第二十二話 未来への布石①
Side:近衛高麿
無事に俺達はニューヨークに着いた。
しかし高橋是清が期待した公債の買い手は現れず、ロンドンに向かうことになる。
そしてロンドンで交渉相手を探して数週間。
遂にシフと接触することが出来た。
この時シフは56歳、まさに脂の乗り切った時期であり、ユダヤ民族への強烈な帰属意識を持っていた。
何度かの交渉の後、高橋是清は史実通り戦時公債を引き受けてもらい任務を完了したのだが、ここからが俺の本番だ。
ある日、俺は一人でシフに会いに行った。
俺は前世でも英語は得意だったが、役に立つ時が来たな。
「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
「これは近衛様。実は今までお伝えしていませんでしたが、お父上のことは度々私の耳にも入ってきていますぞ。今やエンペラー・ムツヒトの片腕と言われておりますな」
結構正確に伝わっているじゃないか。
都合がいい。
「実は本日伺ったのは、今回の債券の件ではありません。更に先の話についてです」
彼の表情は全く変わらない。淡々と応じている印象だ。
「ほう?先とはどの程度先ですか?」
俺もいちいち反応を気にしていられないから話を進めた。
「15年程と読んでいますがロシア帝国についてです。ご存知のように先々代の皇帝が暗殺されて以降、ロマノフ王朝と帝国は少し不安定になっています。
ポグロムもこれと無関係ではないでしょう。この先は我が日本と戦争になりますが、ロシアに勝ち目はありません。
何故なら彼らに地の利がないことがまず一点。
次にイギリスがロシアの邪魔をすることが一点。
更にロシア軍の士気が低いことが一点です。
敗戦を重ねる度にロシア国内では厭戦気分が広がって、革命前夜の事態になるでしょう」
「私の見立てと同じですね。続けてください」
俺は史実を喋っているだけだが、次の質問をしよう。
「突然ですが、カール・マルクスをご存知ですか?」
「もちろん知っています。彼も私と同じくドイツ出身ですし、元々は彼もユダヤ人でしたから」
「そうですね。おそらくですが、ロシアではロマノフ王朝を倒すのは彼の考え方に賛同した一派によってでしょう」
「なるほど。可能性はありますね」
可能性じゃなくてそうなんだよな。
「そこで彼らが資金を必要とした時に、融資をしないでいただきたいのです」
初めて顔色が変わったな。
「…何故ですか?ロマノフ王朝を倒す好機なのに。また折角のビジネスチャンスを捨てろと仰る?」
「そうではありませんが、彼らはロシア帝国以上にユダヤ人を迫害するでしょう。
彼らは100%の忠誠と同意を求めます。
例え1%でも意見が合わなければ収容所に送ります。
更に本当に嘘をついていないか密告を奨励します。
当然のことながら、彼らはユダヤ教は認めませんが、それでも融資しますか?」
共産党は異分子を認めない。これは頭に中国と付いても日本と付いても、程度の差はあれど本質的には同じだ。
「…いえ、それでは融資出来ません」
「良かった。まあ相当先の話ですから、また時期が近付いてきたら改めてお話しさせて下さい」
ここで当然の疑問を彼は口にした。
「しかし、そんな先の話をなぜ今されたのです?」
「これは融資頂いた身で申し上げにくいのですが、あなたは今回ロシア憎しの気持ちが前面に出ていました。
同様にマルクスの手先にも同じように接するのではないかと心配していたのです」
「これは手厳しい…しかし身に覚えはあります」
俺のペースになってきているぞ。
「ところであなた方は、パレスチナが約束の地であると考えることを変える気持ちはないのでしょうか?」
今度は困惑の表情だな。当然か。
「…これはまた急なお話だ…何故そのようなことをお聞きになるのですか?」
「あなた方の目指すことを確認したいのです。
自らの国があればポグロムのように迫害されることもない。
逆に自らの国家を持たなければ、またどこか別の場所で大きな試練に遭うかもしれないと考えるでしょう。
それはパレスチナだけを指すのですか?ほかの可能性は全くないのですか?」
「我々は聖書に書かれている神の言葉に従うだけです」
「しかし2000年以上あの地を離れているのですから、今になって土地を返せと言われても現在住んでいるパレスチナ人が同意しないでしょう。
空き家にする方が悪いのだと主張するに決まっています」
彼はだんだん感情が昂ってきたように見えるぞ。
「それでも我々にはパレスチナ以外に帰る場所はありません。
それとも日本が代わりの土地を探して下さるのですか!?」
来た!
「実はそうなのです。今は具体的には話せませんが土地の目処はあります」
今日一番目が大きく見開かれた。
そう。具体的な場所も想定しているが、今のところどうなるかは未知数なので黙っておこう。
「!!・・・・・・」
息が荒くなってきた。布石としては十分かな。締めよう。
「いずれにしましても、これから長いお付き合いをお願いします」
「それは私も同様です。今日は神の導きがあった気がします。これから先に期待しています」
俺たちは握手をして別れた。
こうして今回の目的はとりあえず達成できた。
その目的とは二つ。
1、ロシア革命時に、共産主義者達への融資を妨害して史実よりも赤軍を弱体化させる。
2、第三次世界大戦の原因の一つにもなったイスラエル問題を発生させない。
つまりは三枚舌外交をしたイギリスの尻拭いと言えなくもない。
けれど、ここから得られる日本の国益は莫大だ。
以上の二点だ。
とりあえずきっかけは掴めたし反応も悪くなかった。
上々の成果だ。
さて日本へ帰ろう!