第二十話 日英同盟成立!
それからしばらく経ったある日、帰宅した父が珍しく血相を変えて俺のところにやって来た。
「高麿よ!本当にイギリスから同盟の打診が来たぞ!これからどうなる?どうすれば良い!」
俺は占い師じゃないが。
「落ち着いて下さい。条約締結を粛々と進めましょう。
同盟を結んだとしても、ロシアは撤退する素振りを見せるだけで、結局は満州に居座り続けるでしょう。
いよいよ、ロシアと雌雄を決する時は近付いています。
軍部の体勢は整っていますか?」
なんだか俺も、半分占い師みたいなことを言ってるな。
「海軍は、連合艦隊の戦力増強と猛訓練によって、いつでも開戦は出来るとの話だが、陸軍の準備が出来ていない。
武器弾薬が不足しているのだ。
戦費が足らん!まずは資金をなんとかしないと開戦できない」
やはりそうなるか…
であるならば。
「国内だけで戦費を賄うのは、もはや無理があります。
海外公債を発行して資金を集めましょう」
「やはりそれしか手段がないか…
外国に頼るのは可能な限り避けたいし、債券を買ってくれるかどうかわからないが」
「もはや外債以外に道はありません。
日銀副総裁の高橋是清という方を派遣なさっては如何ですか?
すごく有能な方らしく、今回の任務向きですよ」
これも何となく占い師っぽいな。
「そうか。小村外相にも相談してみよう」
呆れるくらいスムーズだが、ここから真剣勝負だ。
「つきましては、私も同行させていただけませんか?
留学には少し早いとは思いますが、アメリカとイギリスの状況を見ておきたいのです」
これは嘘だ。
目的は別にある。あの人に会いたいのだ。
「う~ん。私は構わないぞ。これも小村外相に相談してみよう」
よし!いよいよ彼に会えるかな?
それにいよいよ世界に影響を与える機会が来た。
頑張ろう!
その後、日英で協議ののち、史実通り1902年(明治35年)1月、日英同盟が締結された。
内容については史実のままだが、念のため触れておくと、日米安全保障条約との最大の違いは、「大人同士の対等同盟」である点だ。
即ち「日英双方はどちらか一方が、どこか一国を相手に戦争した場合は中立を守り、敵が二国以上となった場合は、同盟国を助けて参戦すること」が明記された。
奇しくも露仏同盟も同様の内容であった。
だから、仮に仏が露を助けて日本に宣戦布告した場合、自動的に英国が参戦することになり、一気に世界大戦へと発展するリスクをはらんでいた。
むろんこの場合は、ドイツ皇帝は大喜びすることになるわけだが、英仏ともそこは百戦錬磨の外交上手だ。
裏で英仏秘密協商を結び、ドイツを喜ばせないよう手を打った。
完全に余談だが、日露戦争中にモンテネグロ公国という小国が、ロシア側に立って日本に宣戦を布告してきたが、日露双方ともこれを無視している。
理由は今まで述べた通り戦争が拡大するからだ。
どちらからも相手にされない、小国の悲哀…
たしか平成の国会答弁で、これが話題になったことがあった。
それはともかく、日英同盟成立後に父は帝国議会で大演説をぶちかます。
要約すると「日英同盟があっても、ロシアは軍を退く素振りは見せても決して退かないだろう!
しかしこれで世界を味方にした!
もはや恐れるものは何もないのだ!
そして今こそ仇敵である大陸国家ロシアの野望を挫き、地政学リスクを振り払い、皇国の威光と正義を世界に示す時だ!
海洋国家である我が国は、同じ海洋国家である英米との協調路線を歩み貿易立国を目指そう!」
更に父は閣議にも出席し、戦争勝利後の樺太獲得と朝鮮半島はイギリス領とし、日本は通商権のみを獲得する方針を主張し支持された。
これに陛下も政府も賛意を示し国家の方針が固まった。
さすが近衛篤麿。
お見事な中央突破作戦だ。
とてもじゃないが俺には無理だ。
相当根回しもしたみたいだし、ほぼ誰も反対しなかったそうだから恐れいる。
しかし議会演説時に、地政学という言葉を連呼している。
議会の議事録に残るし参ったな。
俺がいつぞやうっかり「地政学においては…」と言ってしまったみたいで、父は聞き漏らさずしっかりインプットして学習したらしい。
しかもその概念をほぼ正確に把握して自分のものにしている。
それだけじゃなく、陛下をはじめ政府要人や財界要人にまで地政学の概要と、それに基づく日本の最善の針路を説いて回っていたらしい。
その上での大演説だった。
こうなれば、父の名前で正式に本を出して世界に広めようか。
マッキンダーさん、ハウスホーファーさん。
申し訳ない。