【外伝】最終話 四人の新入社員たち
連載開始からちょうど1年、ぴったり200話で完結です。
気がつけば650万PVを超える反響をいただきました。
長期間の応援、誠にありがとうございました。
本日が完全な最終回で、次回作(内容未定)にもご期待いただければ幸いです。
私自身も、初めて明治から昭和にかけての日本と世界の状況を学べましたので、全く違う視点でこの時代を扱った作品を書くかもしれません。
ではまた!
1969年(昭和44年)4月
東京都銀座区 鈴木財閥 合同入社式にて
Side:アメリカ人 新入社員の D.T. (22歳)
アメリカ合衆国出身のワシが日本に来て、もう7年が経つんか。
日本に留学し、オオサカの高校を卒業してから、同じくオオサカの大学へ進学したんや。
そこで無事に卒業資格をもろうて、日本の大手企業であるこのグループに拾ってもらえたのはラッキーやった。
しかし入社試験は風変わりやったな。
日本文化の習熟度を見るという趣旨で、日本庭園でニシキゴイに餌やりをさせられたんやが、日本は何かにつけて作法がうるさいのが欠点やな!
面倒になって、最後はエサをぶちまけたら面接官のアベさんにエライ怒られた。
それから日本の国技として有名な、大相撲の観戦もさせられたんやが、これまた行儀作法にダメ出しされた挙句に、案内役も兼ねていてくれたアベさんから「君はまさに、日本文化をまさに馬鹿にしているね?」って言われたんやが、面白い奴やと思われたみたいで、無事に採用してもろうた。
そもそもの話、まともな文化なんてあらへんアメリカ人に、作法を求めるのが間違いやと思うけどな。
仮にワシが天皇陛下や、エリザベス女王に会うたら絶対に粗相してまうやろ。
ワシらアメリカ人は細かいことは気にせず、なんでも無造作にダイナミックにやればええんや!
大きいことはええ事やって考える人種やからな。
ああそやそや、アメリカ人のワシがなんで日本に留学したかといえば、就職後の給料が全く違うんや!
アメリカみたいに、人口はそこそこいても、未来のない貧乏国なんてゴメンやで。
日本に負けてからは、ええことなんて何にもなかったんちゃうか?
身内同士でいがみ合うだけで、おまけにCSAとテキサス共和国から小突き回される日々や。
そのせいか、最近ではアメリカ合衆国への移民の数が激減しているそうや。
メキシコなど中南米の国々からも、見放されたってことやな。
「どうか移住してきてください」と頭を下げても、来てくれるかどうかは分からん状況らしいわ。
もう終わりや。
去年の暮れ、久しぶりにニューヨークに帰省したんやが、テレビもねえ!ラジオもねえ!クルマもそれほど走ってねえ!と悲惨な街に落ちぶれとった…
せやからアメリカで就職するなんて考えた事も無かったし、あり得へん選択や!
その点、このスズキグループは、ケイレツと呼ばれる傘下に、超大手の化学メーカーや世界最大級の造船会社、巨大な製薬会社に総合商社まで抱えとるからな。
ワシらの適性とか希望も、ある程度は聞いた上で配属してくれるみたいやし、ええ会社やと思うで?
ワシとしては、グループ内にある世界シェアNo.1の殺虫剤メーカーを希望しとるんや。
あの会社のテレビコマーシャルは、ほんま衝撃的やったわ。
『社長も社員もみな家族!効け効け良く効けカネチョール!ああ、効け効け!』
とか、宴会場で盛り上がっとる片隅で、ワシらみたいなガイジンが『エライカイシャ二、ハイッテモウタ…』と怯えるバージョンのも傑作やったな。
それから『亭主元気で死ぬがいい』で有名な『引き出しにドン』も良かった。
ワシは必死に習得したオオサカ弁を駆使して、アメリカ人の部下を使うてゴルフを楽しみつつ、気に入らん奴には「お前はクビや!」って言えるような、そんな立場になるのが将来の夢やな。
そう言えば不動産にも多少興味があるから、銭を貯めてシンジュクで山を買うてもええな!
あるいは、ドウトンボリで牛を飼うのもええかもしれん!
この場にはワシのような大卒も多いが、大学院を卒業した者も結構おるみたいで、人種や国籍も実に様々や。
そしてワシと同じアメリカ人もかなりおるらしい。
考える事はみんな同じなんやろな。
今は広い講堂で行われた入社式典を終え、それぞれの出身地域ごとに集まっての立食パーティーに参加しとる。
みんな初対面やが、出身地域で固めたのは、その方が話がしやすいやろという配慮らしいな。
さっきからワシの隣でキザにシャンパンを飲む奴は、ちょっとスカした野郎っぽいが、案外ええやつかも知れんから話しかけてみるか。
もちろん社内公用語は日本語だけで、就業時間内は日本語以外は使用禁止や。
「それにしてもこの国の勢いは全く止まらんな?
GNPがとうとう世界の4割を超えたそうやで。
同盟国のロシアと合わせたら6割や!」
「ああ…残念だが、もうアメリカ合衆国は追いつけないだろう」
「そらそうやな。
当面はこの状態が固定化するやろ。
それに…何と言うても、この国が凄いのが宇宙開発や!日本の『ウラシマ3号』に乗ったガガーリン少佐の名言は忘れられんな!『地球と日本海は青かった』これは1000年残る名言やろ!」
「…そうかもしれないな」
「それからあの月面着陸船や!『カグヤ8号』で着陸に成功した関行男大佐は世界の英雄やで!
そんでその時世界に生中継されたあの言葉や!
『人類は今、宇宙を手に入れた』…くぅ~!男やったら、いっぺん言うてみたいよな!」
ワシの熱弁に対して、この男は冷めた表情で答えた。
「ああ……そうだな。だが、そのせいで空母万能論者と戦略爆撃機優先論者、そして宇宙覇権急進派がいがみ合い、醜い予算獲得競争が起きている。
調整に失敗した第五代の統合作戦本部長は、自殺に追い込まれたそうじゃないか。
したがって、この国だって無敵の超大国ではない」
なんやノリの悪いやっちゃな。便秘かいな?
しゃあない。話題を変えよう。
「ところであんた生まれはどこや?」
するとこの男はようやく表情が和らぎ言った。
「私は北東部デラウェア州の出身だ。
日本語の達者な君は、どこの生まれなんだい?」
おお、アメリカ合衆国のお仲間かいな!
「ワシはニューヨーク州や。
そやけど、高校もそうやが最近までオオサカの大学に行っとったからな。
せやから、オオサカ弁はマスターしたで!どや!?上手いもんやろ!」
「それはすごいな。
私はニイガタの先端技術大学出身で、そのままそこの大学院に進み、4年間学んでから入社した。
今年26歳だから、君よりそのぶん年上だな。
遅くなったが、私はジョー・バイデンという名だ。
これからよろしく頼むよ。ええと?」
そや。名乗ってなかったな。
「ワシはドナルド・トランプっちゅうもんや!
あんたも日本語がうまいやないか?こっちこそあんじょう頼んまっせ!!」
そこへ別の男が二人割り込んできた。
まず最初の男が俺に言った。
「君がオオサカ弁と上手いあるね?
俺はキョウトのでーがく出身に、シジョウオーミヤを住んでいたアルが、あんたほどキョウト弁にマスター出来てないあるヨ。
何より言葉をホンネに一致しなくだ、反対の意味に含むことも多いよって、わけと分からんあるョ。
まあとにかく、にかくゲンキが得意で、おれの自慢の愛車はボロクソワーゲンある」
…それを言うんやったら、フォルクスワーゲンやろ!
なんでわざわざ安物のドイツ車に乗るねん。
日本車に乗らんかい!
圧倒的な世界シェアを誇るということは、ええクルマやという証拠やろ。
それと「でーがく」ってどこや?大学か?
こいつ、絶対おバカの低脳やな。
ようこんな奴が入社出来たなと思うが、それよりも…
「…なんやら知らんけど、テキサス訛りの日本語っぽいな。あんたの出身地はどこやねん?」
するとコイツは馬鹿っぽく答えた。
「もちろんテキサス共和国アルヨ。
名前はジョージ・ウォーカー・ブッシュ。
父親が政治家をやっているにだ。
よろしゅうおたの申しますぅ。どすえ?」
…なんや腹の立つガキやな。
しかも裏切り者のテキサス野郎とくれば尚更やで。
バイデンも嫌そうや。
ワシたちの空気を察したか、もう一人が話しかけて来よった。
「ちょっと雰囲気が険悪だね?
バイデンくん以外は三人とも同じ年齢だろうし、しかも同じ北米大陸出身の人間なんだから、政治は持ち込まず仲良くしようよ?
僕はアメリカ連合国のアーカンソー州出身で、ビル・クリントンという者だ。
日本で出会ったヒラリー・ロダムという素敵な女性と結婚することになったんだ。
仲良く頼むよ?」
こいつもスカした嫌な野郎で、しかもCSA出身かい!
気に入らんから一発かましたろか!?
ワシは一発ギャグを炸裂させた。
「みんなで仲良くせな『あーかんそー!』なんちゃって! ガハハ!」
あれれ?反応が薄い…
「「「 ……… 」」」
あかん!3人ともシラケまくりで、完全にウケんかった。
それでもバイデンが気遣うように言った。
案外ええ奴なんかな?
「…トランプ君は楽しい人だね。
毎日が喜びに満ちているみたいだが、私はあまりそのような気分にはなれない」
そうバイデンが自嘲気味に言うと、クリントンが不思議そうに尋ねた。
「何故だい?僕たちは、こんな有名な大企業に無事就職出来たんだよ?
人生は順風満帆と言えるんじゃないのかい?」
「そうかもしれない…だが、祖国のことを思うと晴れやかな気持ちにはとてもなれないんだよ」
するとテキサス出身のブッシュが慰めるように言った。
「…だんが、もう終わったハナシあるョ。
過去が縛られて苦しむニダより?前と向くのを良いアルヨ。どすえ?」
ほう…ブッシュはお馬鹿やが、他人をフォローする才能はあるらしいな。
これに対してバイデンは更に表情を暗くして言った。
「ブッシュ君はそう言うが、君やクリントン君とは違って、私やトランプ君のようなアメリカ合衆国民の感情は複雑だ。
何しろ日本に対して卑怯な騙し討ちを行い、あろうことか返り討ちに遭ってしまったばかりか、ロウズヴェルトとトルーマン政権には、ソビエト共産党のスパイが大量に紛れ込んでいて、対日政策に深く関与したことが完全に確定しているんだ。
しかも、いまだに騙し討ちの印象は強く、他国は真っ当な契約や外交付き合いをしてくれない有り様じゃないか。
本当なら恥ずかしいし、日本には来たくなかったが、アメリカ合衆国にはまともな就職先もなければ、健康保険すら最近までなかったほどの後進国なんだから仕方なかった」
グダグダとはっきりせん男やなぁ。
ハッパかけたろ!
「それやったらバイデン。あんたが大統領にでもなって、アメリカ合衆国の立場を宣伝しまくったらええがな。
ほんで他国に法外な相互関税を課して、『良いディール以外は受け入れない』と、偉そうにするか、何の脈絡も無くローマ教皇のコスプレでもして満足したらええねん。
ワシは…とてもそんな気持ちにはなれんけどな!」
「そうだね…ちょっとここからの逆転は無理だろうけどね…
だがアメリカ合衆国だって今後は必ず発展するはずだし、可能ならば私が再び偉大ならしめたいものだね」
何が『再び偉大ならしめたい』や!そんなん無理に決まっとるやないか!
ちょっと冷たいかもしれんが、本人のためや。
ワシは敢えて強めに言った。
「それはちょっと難しいんとちゃうか?
国全体もそうやが、具体的な例で言おか?
USスチールが日本製鉄に勝てると思うとるんか?」
そしたらバイデンは顔を歪めながら言った。
「…それは無理かもしれないが…」
あっさり認めるんか〜い!
こいつの愛国心はこの程度かいな。
なんや知らんが辛気臭い連中やなぁ。
もうこんなとこに長居は無用で、さっさとハチオウジのアパートに帰って、屁ぇこいて寝たいわ!
そういや、このあと配属先を通知されるらしいけど、ワシの未来はどう転がるんやろか?
殺虫剤の工場か、シンジュクの不動産部門か、はたまた宇宙航空事業部か?
まあ、なるようになるわな。
世界がどうなろうと、ワシはワシや。屁ぇこいて寝て、起きたらクソして、また笑ろたらええねん。
=======完=======
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
最終回では、少しユーモアを交えながら、関西人らしい筆致で締めくくらせていただきました。
緊張感の続いた物語だからこそ、最後は肩の力を抜いていただければと思った次第です。
本作の舞台である近現代史、特に昭和の戦争期は、史料が多く残されている一方で、立場や価値観によって解釈が大きく異なる、非常に繊細な時代でもあります。
読者の皆様の反応も、否定的なものが多いだろうと最初から覚悟はしていましたが、予想通り辛辣なものが多かったのは事実です。
それでも私がこの時代を題材に選んだ理由は、昔から「どうすればあの敗戦の悲劇を回避できたのか」と考え続けてきたからです。
当初は単純に、「ミッドウェーに勝っていれば」「ガダルカナルを放棄していなければ」といった発想に留まっていました。
しかし調べを進めるにつれ、問題はもっと根深く、小手先の修正では本質的な転換には至らないと痛感しました。
私なりの結論は、本作の根幹にもある通りです。
つまり【大陸進出を避け、海洋国家としての道を選ぶべきだった】というものです。
朝鮮半島や満州に投じられた莫大な資金や優秀な人材を国内に還元し、自国の産業育成と技術開発に集中していれば、全く異なる未来が開けたのではないか。
具体的には鉄道やダムなどのインフラであり、現地では、今でも現役で使用されているものも多く存在します。
インフラ以外では教育分野も同様で、京城帝国大学(ソウル大学と同じ場所)は、なぜか大阪大学や名古屋大学よりも早期に設立されたのです。
しかしこの物語ではそうはせず、ユダヤ人と手を携え、そのネットワークや資本を取り込み、資源大国ロシアと協調を築く。
そして、海上交通路を守るため日英同盟を維持し、国際社会で信頼を得る。
それは決して理想論ではなく、冷静な地政学的選択として描いたつもりです。
この路線に立ちはだかる最大の壁が、陸軍とくに薩長間の対立でした。
作中ではこの要素にも可能な限り配慮し、リアリティをもたせるよう努めました。
ちなみに、「主人公」には当初、近衛文麿をモデルに転生させる構想でしたが、日清戦争以前から動くには幼すぎるため、彼より5歳年長の架空人物を創出し据えました。
本作は特定の政治信条に基づくものではありません。
また、特定の国家や宗教に対する特別な共感や知識があるわけでもありません。
ただ一点、「憲法第九条」については、現実的な視点から見直す時期に来ているのではないかと考えています。
理念として掲げるならば、それを本気で守る覚悟が必要です。
守れないのであれば、現状を正直に記し、厳格な制限のもとに改定すべきではないか。
曖昧なままにしておくことこそ、将来において、より大きな過ちを招く要因となるのでは?
そうした危機意識も、作中に込められています。
正直に申しますと、私は歴史学を本格的に学んだことなどありませんし、近現代史が最も苦手でした。
世界史は高校時代に赤点を取ったほどで、地政学も軍事知識も、経済学も、すべて執筆を通して学んだ分野です。
語学、数学、地理、哲学、宗教、科学、政治、金融……触れなければならない領域はあまりに多く、知識が追いつかない焦燥に駆られる日々の連続で、小説という営みは、まさに「森羅万象の総合格闘技」だと実感しました。
時に筆は主人公に“乗っ取られ”、作者すら制御不能となる場面もありました。
それでも執筆を継続できたのは、書くことでしか見えてこない「何か」を確かめたかったからかもしれません。
この作品には、誤解を招きかねない描写や、独善的に映る主張も含まれているかもしれません。
その点については、私の未熟さが原因ですので、すべての読者の皆さまに心よりお詫び申し上げます。
ただし、根拠のない陰謀論や特定の思想への誘導を意図したものではないことだけは、明確に申し添えます。
たとえばスターリンとルーズベルトの関係についても、すべて一次史料を基に構築した上で、あくまでフィクションとして展開しています。
やや真面目な話になりますが、今の日本が明るい未来に向かっているかといえば、率直に言ってそう感じてはおりません。
だからこそ、私たち一人ひとりが主権者として政治に関心を持ち、行動することが不可欠だと考えています。
声高に叫ぶ必要はありません。まずは選挙に行く。それだけで社会は変わり始めます。
投票率が低ければ、特定の組織票が政治を支配し、若者や無党派層に不利益な政策が続くでしょう。
また、移民や労働力の急激な流入による文化的変化にも、もっと真剣に向き合う必要があります。
歴史と政治を軽視すれば、その代償は必ず未来が払うことになる。
それは、もはや法則と呼んでも過言ではないと感じます。
もし本作に“プロパガンダ”的な要素があるとすれば、それはただ一つ。
「私たち一人ひとりが、主権者としての責任を果たすこと」この一点に尽きます。
本作が、読者の皆さまにとって少しでも思考の糧となり、より良き未来への小さなヒントとなれば、これに勝る喜びはありません。
最後に改めて、心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。
織田雪村
(酒とマラソンを愛する、貧乏サラリーマンより)




