第十五話 状況整理と世界情勢分析
Side:近衛高麿
ついでにと言っては失礼だが、無事に伊藤博文も我が陣営に引き込めたので上々の仕上がりだ。
これで日英同盟を阻む不安要素はなくなったな。
それから暫くは平穏な日々が続き、俺は相変わらず書庫と学校に大忙しの毎日だ。
ちなみに、俺たち家族は最近転居した。
現在の自宅は、令和では新宿区下落合2丁目。
簡単に言えば学習院大学の西隣で、令和においても通称は『近衛町』と呼ばれていた。
なぜこの場所に引っ越したのかといえば、父が学習院の第七代院長に就任したからだ。
史実では、父は亡くなるまで10年近く院長を勤めたはずだ。
この世界線ではどうなるかはわからないが。
もう少ししたら弟の秀麿が生まれるだろう。
文麿は小学校に通い始めたが、相変わらず繊細で優しいままだ。
一方で、継母は俺たちに少し遠慮しているかもしれない。
特に幼くして父に意見をし、国家の進路にも大きな影響を与えている俺に対しては、何か恐ろしいものを見るような目で見られる時がある。
ま、しゃあないわな。
見た目は子供でも、中身は70を過ぎた爺さんなんだから。
その代わりに文麿は、俺を神のごとく尊敬してくれていて、将来は必ず俺の側で働きたいと言っている。
とても有り難い。
少し落ち着いたので、改めて現在の状況を整理して今後修正すべき点があるか方針を確認だ。
国内の状況は少しずつではあるが俺の知っている明治とは違ってきている。
大勢の脚気患者が助かっているし、餓死者も減っているから当然だろう。
しかし世界を見渡せば俺の存在が与えている影響は皆無だ。
全く世界の情勢にズレは無い。
これがこの時代における日本の地位を表している。
現在の世界の五大強国は英・露・独・仏・墺だ。
以前も触れたが、この五大国を軸に戦国時代の世界拡大版とも言える争いが継続中だ。
具体的な国力と軍事力を、独断と偏見で無理やり数値化して最強国の英を100とすると、他の列強の力は以下のような数値だと思う。
全て欧州に集中している。
先行して産業革命を成功させたし、陸続きの国同士が競り合ったからだ。
英→100 世界最強国。人類史上最大の版図を持つに至る。
露→70 陸軍大国。 陸軍力は世界最強と認知されている。
独→55 陸軍大国。 モルトケの精兵。プロイセンのDNA強し。
仏→45 陸軍強国。 ナポレオンの精神的遺産が残る。
墺→25 陸軍普通。 ほぼドイツのパシリ。 オーストリアのこと。
また五大国以外ではこんな感じだ。
土→20 オスマン帝国。 かつての国力はなく停滞中。
米→20 ただし工業力を中心に国力爆上がり中。
清→15 これから更にどんどん弱っていく。
伊→10 味方にすると恐ろしい国。
日→ 7 文明開化。富国強兵。 殖産興業。 臥薪嘗胆。
日本とロシアの国力差は10倍だ。
よくこれでロシアに勝てたなと思うが、例え俺がノータッチでも史実通り勝つことはできるだろう。
しかし…史実では後年アメリカと戦う際に、この事実が問題となってしまった。
つまり、『国力差では日露戦争の方がずっとあったではないか!
あの時も勝てたのだから今度も勝てる!』
という威勢のいい意見が通ってしまい、慎重論がつぶされる原因になったのだから。
国民の意識も当時アメリカのやり方に憤っており、新聞をはじめ開戦支持一色だった。
もっとも俺は将来アメリカと戦う事態は想定していない。
日米戦争は無駄な戦争だからだ。
無駄とは戦争をする必要性が無いという意味だ。
する必要など全くない戦争だったのだ。
たまに日米の戦争は宿命だったなんて言われるが違う。
俺の前世での研究によれば、あの日米戦はお互い憎しみ合い、戦争に至るよう双方が誘導され、仕組まれた戦争だというのが結論だ。
誰に?
ルーズベルト大統領でもハル国務長官でもない。
ましてや蒋介石でもない。
それこそが俺がこの時代に転生してきた意味に繋がるのだと思う。
犯罪捜査では、行われた犯罪によって、もっとも利益を得るのは誰かを探し出すのが基本らしい。
そいつが犯人だ!というやつだ。
今回もそれだ。
俺はそいつと、その組織を破壊する為にこの時代へ飛ばされたのだ。
ただし、そいつが表に出てくるのはもっと先の話で、それまでに国力を蓄え、負けないような体制にしておかねばならない。
気を引き締めてかからねば。
国力増大策を真剣に考えねばならないな。