【外伝】最後の艦隊決戦
1海上マイル=1.852kmの21世紀の国際基準(海上、航空)で表記しています。
ちなみに、陸上における表記は1マイル = 1.609kmが標準です。
1946年7月3日 午前5時
Side:チェスター・ウィリアム・ニミッツ・シニア (海軍大将 アメリカ連合国 大洋艦隊司令長官)
於:アメリカ連合国 バージニア州 ノーフォーク軍港 旗艦 巡洋戦艦「レキシントン」艦上
皆さん、ごきげんよう。
私は…断じてアメリカ合衆国を裏切ったわけではない!
たまたま、本当にたまたま、このノーフォーク軍港の所在地が、アメリカ合衆国からアメリカ連合国に“所属変更”された。
それだけのことなのだ。
私も、そして私の部下たちも、誰に対してもやましいことなど一切ない!
…とまあ、周囲にはそう説明している。
だが実のところ、あのままアメリカ合衆国に帰還したら、本当に監督責任を問われて軍法会議にかけられかねなかった。
それも、正直な理由のひとつではある。
とはいえ!
私が積極的に合衆国を裏切ったわけでもない!
しかもあの状況では、部下を守るためにも正しい選択だったのだ。
納得できない者たちは艦を降りて去ったが、彼らの選択も尊重した。
だが私は、ここに残る者たちの未来を預かった。残された将兵への責任を果たさねばならなかった。
それなのに軍法会議とは…あまりに理不尽ではないか!
そもそもの話、本当に責任を取らねばならないのは我々軍人ではなく、もっと他にいるはずだ。
そうであれば「敵」に身を委ねるのも、人生における選択肢だろう。
しかも私の「祖国」たるテキサスは、アメリカ連合国と同盟を結んだのだから、なおのこと、この選択に対する抵抗感がなかった。
…まあ、もう私の話はこれでいいだろう?
我々は実績が全てなのだよ。
参謀長より報告があった。
「司令長官閣下!アメリカ合衆国海軍に動きがあります」
「ほう?これまで彼らはジャーマニー海軍か?と誤認する程の艦隊保全主義だったが、遂に諦めて穴蔵から出てきたのか?」
「ハワイ沖において、日本艦隊に大敗を喫して以降は母港に逼塞していましたが、どうやら我らに対して決戦を挑むべく出撃したと思われます」
我がアメリカ連合国は日本やカナダなどと10ヵ国同盟を結んで、本格的にアメリカ合衆国との戦争に踏み切ったからな。
既に我が陸軍はワシントンD.C.を目指して北上中だ。
しかも、太平洋艦隊を全滅に追い込んだ日本海軍がカリブ海に進出を果たし、間もなく大挙して東海岸へとやって来るのだ。
USAとしては、戦力バランスが崩れる前に我らに対して先手を打ちたいのだろう。
ニューヨークの遥か上空には、昼夜を問わず、巨大な戦略爆撃機が遊弋中だし、恐ろしく高性能な戦闘機がマンハッタンのビル街を我が物顔で飛行しているらしい。
相当追い詰められているとみて間違いない。
「ふむ。では受けて立とうではないか。
参謀長。敵艦隊の針路は?」
「情報によりますと、本日夜半にニューヨーク軍港を出港し、そのままアメリカ合衆国沿岸に沿って南下中らしくあるとのことです」
距離にして僅か120マイル程だからな…となればそれほど時間をおかずに姿を現すな。
「よし。全艦出港して敵艦隊を迎撃するぞ。
それと…ブリテン艦隊も、東海岸近くまで来ているはずだから連絡しておけ」
「イエッサー!」
このままだと、ロングビーチ沖で激突することになりそうだな。
だがアメリカ合衆国海軍の主力は、ハワイ沖海戦とその後の戦いで、せっかく建造した新鋭戦艦16隻を全て失い、現在保有しているのは大西洋艦隊に所属している旧式戦艦ばかりで、私もよく知っている顔ぶれとなっている。
そして出港から3時間後の午前9時過ぎ…
「先行する駆逐艦『ポーター』より発光信号あり!
10時の方向敵艦隊発見。
距離は本艦から22マイルで、 艦数は30から40隻。戦艦8隻を先頭に1本の単縦陣で接近中」
敵の総数はこちらと変わらんな。
ほぼ全力で出撃してきたらしい。
「先頭の艦名は判別可能か?」
「先頭艦は『レキシントン』級巡洋戦艦『サラトガ』です!
その後ろは『コロラド』級戦艦『ウェスト・バージニア』が続くとの報告です」
この艦の姉妹艦ではないか。なんという皮肉な運命だ。
だが仕方ない。
「…全艦砲撃戦用意!16マイルで発砲を始める」
よく考えると、この大戦が始まって以来、世界で初めてとなる本格的な水上砲戦ではないのか?
しかも…もしかすれば最後の?いや、間違いなく世界の歴史でも最後の戦いだろう。
などと考えていたら、見張り員から思わぬ報告があった。
「敵先頭艦発砲!」
え?
私は驚いて、隣にいた参謀長に思わず声をかけた。
「少し…いや、かなり遠くないか?
相当焦っていると見えるな?」
参謀長が、彼らの心理を代弁するかのように言った。
「我が国をはじめとして、多くの国々が同盟を結んでしまいましたから、敵にはもはや後がありません。
したがいまして、一か八かの勝負に出たのでしょう」
「それにしてもだ。
目の前の我々に対して、がむしゃらに突撃してくる印象だな。
まるで私は闘牛士にでもなった気分だ」
敵の指揮官は誰だったか?確か。
「参謀長。大西洋艦隊の司令長官はハルゼー大将だったか?」
「はい。まだ交替したとの話は聞きませんから、そのままでしょう。
閣下は面識がおありでしたね?」
「もちろんよく知っている」
「どのような人物だとお感じになりましたか?」
「…私より3歳ほど年長だ。
性格的には…上品な人ではないな。
勇猛さに定評があるが、クレバーで繊細な行動は苦手だった。
表現も粗雑で実に乱暴だったし、お世辞にも紳士的とは言えない人物だった。
しかもイレズミまで入れていたからな…
まあ目の前のことに集中する能力は高いだろうとは思うが…周りのことにも意識を向けて指揮するタイプではない」
うん。海軍士官にあるまじき、実に下品で嫌なやつだった。
あんなのが私の後任として、栄光あるアメリカ合衆国大西洋艦隊司令長官を務めているとは…世も末だな。
「ではいかが致しましょうか?」
ここはあの男の性格を利用するのが最善だろう。
「敵の頭を抑えつつ同航砲戦に持ち込み、距離を取って時間を稼ぐ。
ブリテン艦隊の来援を待とう」
「はっ!全艦に通達します」
その時、忘れていたが、敵の放った砲弾が落下して来た。しかし、とんでもなく遠い場所で空しく水柱を上げた。
敵はレキシントン級が搭載するMk2 16インチ砲の最大射程距離で発砲したが、そんな距離では命中など期待できない。
そもそも、射撃の下手さで定評ある我々アメリカ人が、こんな距離で撃っても当たるはずがないではないか?
まともな訓練すら行う余裕はなかっただろうに。
それでも日本人ならば、この距離でも当てるかもしれんが、彼らは日本人にでもなったつもりか?
まあいい。頭を押さえよう。
「おもかじ30度。変針せよ」
現在の日本海軍なら、絶対にこのような戦いはするまい。
航空機を用いた遠距離雷撃にて片付けるだろう。
何よりその方が圧倒的に安いし、攻撃側の被害も無くて済むのだからな。
こんな昔ながらの野蛮な戦いを、いまだに続けるなんて我々だけで、日本人が知ったら笑うに違いない。
今回の戦いは、せめてこちらの被害ができるだけ少なくて済むようなやり方をしよう。
砲弾のムダ撃ちになりそうだが、命のムダ撃ちよりは余程マシだろう。
そう言えば、ハルゼー提督は、その勇猛さと後先考えない単細胞ぶりの性格から「猛牛の突進」に喩えられていたな。
まさに今回私は闘牛士になった気分だ。
それであれば、せいぜい苛立たせてやろう。
「敵の頭を押さえたうえで引き摺り回すぞ!」
「イエッサー!!」
距離はこのまま付かず離れず、ただしブリテン艦隊が来るであろう方向に誘導させてもらうぞ。
「砲術長。ブリテン艦隊が来援するまでは無理に当てる必要はないから、訓練のつもりで気楽にやってくれ。
当てられるならそれでも良いがな」
「はっ!ですが…手は抜けませんので全力で頑張ります」
頑張ったところで命中弾は期待できないが、真面目だな。
7月3日 午後1時
Side:ウィリアム・ハルゼー・ジュニア(海軍大将 アメリカ合衆国 大西洋艦隊司令長官)
戦闘開始から4時間。未だ決定打なし。
……クソったれだ。
「やつら、適当に撃っては逃げ回るばかりじゃないか。
こっちは決戦をする気満々で前に出てるってのに、向こうはただ距離を取るだけ。まるで臆病者の集団だな」
俺は舌打ちし、手すりを叩いた。
性能が互角なら、なおさら勇気がものを言う。だが、あいつらにはそれがない。
「こんな茶番みたいな戦闘、やってられん。
ネバダ、ニューメキシコ、コロラドにサラトガ。
こっちにある艦艇は、向こうにも同型艦が存在しているからな。
どいつもこいつも同じ顔した旧型艦ばかりで、まるで鏡と殴り合ってる気分だ」
副官が口を開く。
「敵艦隊は、おそらく自らが主役を張るつもりはないのでしょう。
日本やブリテンといった“実力者”の到着を待っていると思われます」
「はっ、なるほどな。
自分じゃ何も決められず、ただ他人の威を借るだけ。典型的な腰抜けどもだ。
自分の手を汚す勇気がない連中が、集団の威光だけは振りかざす。最低の部類だ」
副官は小声で言葉を継いだ。
「…さらにフランス、オーストラリア、オランダも加勢しているらしいです。
イタリア、スペイン、ロシア、それに台湾や中東の小国、フィリピンやハワイまでも。
気づけば、包囲されていた形です」
何を今さら言うのだ?
「笑わせるな。
いつの時代も我々は孤立していたさ。
だがな、孤立している者が一番危険だということを、やつらはまだ理解していない。
我らに勝てると思っているのか、こっちが怯むと思っているのか。どちらにせよ、思い違いも甚だしい」
怒りを抑えきれず、私は唾を吐き捨てた。
あの勘違い大統領の犯した失策、後手後手の政治判断、そのツケを今こうして現場で支払っている。
「敵の中で最も見苦しいのはフランスか。
あいつらは白旗を上げる速度だけは超一流だ。栄光の軍隊が聞いて呆れる。
先の大戦でも今度の戦争でも、国土を差し出すのが早すぎて、笑い話にもならん。
そのくせ勝ち戦に便乗して、のうのうと戻ってくるとはな」
私の言葉を聞いて、副官が露骨に渋い顔で応じたがどうしたのだ?
事実を話しただけだろう。
見張り員が聞きたくなかった報告をした。
「左舷10時、艦影発見…所属不明です」
味方の艦隊はすべて出ている。つまり敵だ。
嫌な予感が背筋を走った。
「まさか……あの紅茶漬けの連中が来たのか?」
別の見張り員が声をあげた。
「…確認。先頭艦、ブリテン海軍・戦艦ライオン級です!」
来やがったか、やっぱり!
やつらはライム果汁の海で溺れておれば良いのだ!
「全艦に伝えろ!
先頭から数えて奇数艦はCSA艦隊へ、偶数艦はブリテン艦隊へ突撃だ!
機関がぶっ壊れても構わん、速力限界まで出して突っ込め!
やつらに『アメリカ合衆国海軍の恥』などと言わせるな。こっちは正面からぶん殴ってやる!」
「はいっ!全艦に指示します!」
それからお偉いさんたちにも伝えておこうか。
私は通信士官に命令した。
「おい。平文でいいから、次の文章をアメリカ合衆国艦隊司令部へ打電しろ。
宛先は作戦部長…スプルーアンス大将だ。
『我らはこれより敵に対して最後の突撃を行う。
合衆国の正義は何処にありや。全世界は知らんと欲す』以上だ」
この瞬間、私の全身は全ての者への怒りと戦意で燃えていた。
我らの意地を見せてやる!
同時刻
Side:チェスター・ウィリアム・ニミッツ・シニア
見張り員が悲鳴に似た声をあげた。
「アメリカ合衆国艦隊が二手に分かれ、片方は我が艦隊へ全速で突入してきます!」
これに対して参謀長が呆れたように応じた。
「いったい何をとち狂っておるのだ?自暴自棄になったか?」
ブリテン海軍が到着し、敵を挟み撃ちする態勢に入ったからな。圧倒的に不利な状況を見て覚悟を決めたか…
そうであれば私も腹をくくるしかない。
「全将兵に告げる!今こそ我らの先祖が受けた屈辱を晴らす時だ!
覚悟を決めて戦い、USAを叩きのめそう!」
7月3日 午後7時
ブリテン艦隊が出現してからの戦いは酷いものだった。
あれからはとんでもない乱戦に陥ってしまったが、これを救ったのがブリテン艦隊だった。
片方の艦隊を無力化したブリテン艦隊が、我が方への来援に駆けつけて挟撃した結果、「サラトガ」をはじめ、合衆国艦隊は全て沈んでいった。
それにしても最後の戦いにおいてブリテン海軍に救われるとはな。
「レキシントン」も「サラトガ」も、アメリカ独立戦争において、アメリカがブリテンに対して勝利を収めた戦場の名前から命名されたのだ。
何という皮肉だろう。
とにかくこれでアメリカ合衆国は丸裸だ。
西海岸は日本人によって完全に制圧され、その勢いは内陸部まで及びつつあるが、東海岸においても同様になるだろうな。
もうすぐ日が暮れるが、アメリカ合衆国の落日も…また近い。




