【外伝】ドイツ包囲網
1945年(昭和20年)4月
Side:近衛 文麿(元帥 統合作戦本部長)
いよいよ我が日本陸軍を含む同盟軍は、ドイツ陸軍と正面から対峙する局面を迎えますが、彼らは「機甲師団」すなわちパンツァーカイル――戦車による楔形突撃――を用い、最重装甲の戦車を先頭に敵陣に楔を打ち込む戦法を得意とします。
その後続には装甲の薄い戦車や自走砲が続き、さらに砲兵・歩兵が占領地を確保するという段階的戦法です。
これは装甲の厚い戦車を盾とすることで、後続の装甲戦力を安全に投入できるという利点があります。
各国とも、自軍の特性に応じた戦術を取るのは当然であり、日本陸軍もまた、航空機による攻撃と連携した三段構えの戦法を用いています。
これは英軍から「トライデント戦法」と呼称されていると聞きます。
ただし、いずれの戦術にも長短があります。
かつての強敵、ソ連の戦法は融通のきかない物量作戦ですから、正面から受け止めるのは得策ではなく、勢いをいなして側背を衝くか、航空戦力で撹乱することが有効でした。
ではドイツのパンツァーカイルに対しては?
検討の末、空からの破壊活動の後、機動力のある歩兵部隊を用い、携帯式対戦車ロケット砲「二式対戦車砲」で敵の楔の先端部――すなわち重装甲戦車群――を重点的に狙う戦術が最適と判断しました。
この兵器はモンロー効果を利用し、タイガー戦車や新型の「キングタイガー」にも効果を発揮するでしょう。
これに加え、三式戦車との連携により突破口を広げる作戦です。
やるべき準備は整えました。あとはこの戦術が、ドイツ機甲師団に対しても有効であることを祈るばかりです。
Side:エーリッヒ・フォン・マンシュタイン (ドイツ国防軍元帥)
於:ドイツ陸軍 参謀本部
参謀たちから報告が上げられてきた。
昨今の戦況についてだ。
まず東側だが、遂に同盟軍はかつて飛び地となっていたオストプロイセンを完全に制圧し、我が国との国境線に向けて進撃中だ。
また半数の部隊は南へと向かい、オーストリアに進撃中だ。
おそらくだが、このままオーストリアを制圧し、ザルツブルクとミュンヘン間の南側からベルリンに向けて北上してくるだろう。
そして…ポーランドにいる残り半分は、南側と呼吸を合わせてベルリンを攻撃するだろう。
ポーランド国境から、ここベルリンまでは300kmもないのだ。
その気になれば2週間程度で到達可能だ。
西側も絶望的だ。フランスは完全に奪還され、ベルギーとルクセンブルクもすでに解放された。南部オランダも連合軍の手に落ち、今や彼らは北海に面したスケベニンゲンにまで部隊を上陸させたという。
今後、彼らは複数の戦線から進撃を開始し、こちらが守る間もなく、ベルリンを目指して殺到してくるだろう。
そして海も、完全に制海権を奪われた。今や海軍は、出撃どころか艦を湾外に出すことすらできぬ状態らしい。
海軍の象徴、最新鋭戦艦「エーリッヒ・ルーデンドルフ」級に至っては、キール軍港に停泊中、日本軍の長距離爆撃機による空襲を受けて撃破され、2隻とも横転。いまやその巨体は、無惨にも横腹を剥き出しにしたまま、港の片隅に打ち捨てられているという。
最後の制空権も…
参謀が報告を続けた。
「報告によりますと、本土防空を優先するという総統の方針に基づき、東欧における我が軍の航空戦力は大幅に減少しており、現在では敵の『TYP Drei』と呼ばれる戦闘機1000機に対し、我が軍は100機で対応せねばならない状況です。
このように数で押され、性能的にも…絶望的な開きがあります」
もう制空権を失うのは目前だな。
無能者の伍長が余計なことをして、更に我が軍を弱らせている。
「本土防衛の状況だが、順調に進んでいるのかね?」
それに対して参謀は、諦念を感じさせる素振りで答えた。
「いいえ…本土上空においても、東欧と大差ありません。
こちらには西側から同盟軍の戦闘機が飛来しますし、あの恐るべき空母機動部隊の攻撃にもさらされているのです。
それらは地中海に展開している超大型空母群12隻と、北海に展開中の50隻からなる小型空母群であり、双方から間断のない攻撃を受け続けています」
「空母部隊の艦載機搭乗員は、陸上基地機の搭乗員よりも腕利きが多いというのは本当かね?」
「はい。ご指摘の通りだと思います。
理由としては、空母部隊の搭乗員は、艦上での運用に必要な高度な技量を備えており、陸上基地所属の搭乗員と比べて総じて高い練度を持つとされているためです。
結果として我が方の戦闘機では対抗が困難で、一方的に撃墜されるケースが目立っています。
さらに最近ではイングランドが空母を投入してきていますので、状況は悪化の一途をたどっています」
参謀は淡々と報告しているが、その表情からは苦悩が滲み出ている。
我が海軍は、空母など建造したこともない。
やはり海洋国家が本気を出せば極めて厄介で、もう我々にはどうしようもないな。
参謀は淡々と続けたが、声にわずかな緊張が滲んでいた。
「もっと悪い情報もあります。
敵の長距離爆撃機ですが、今まで知られていたのが『TYP Eins』と、『TYP Drei』でしたが、最近になってここに『TYP Fünf』と呼ばれる新型機が投入されてきました。
この爆撃機は、これまでのものより更に高空を飛行し、もっと悪いことに高速で、装甲も厚く、我が軍の戦闘機では追いつくのが精一杯という状況で、しかも我が戦闘機は長時間高空に留まれませんので、撃墜するのは絶望的です。
最近ではこの爆撃機の事を『破壊の黒鳥』と呼ぶようになってきているそうです」
破壊の黒鳥とは…何と不吉な名前なのだ!その名を聞いただけで、部屋の空気が凍るような気がした。
かつて我々が空から死を振りまいた時代は、今や過去の幻影にすぎない。
「なるほど…それで最近、日本軍の爆撃が一層激しさを増してきたのか。
被害の状況はどうなっているのだ?」
「はい。総統府やナチス党の関係者は情報を隠していますが、国内の被害は甚大です。
まず、バイエルン州シュヴァインフルトのボールベアリング工場群が壊滅しました。
これによって『ティーゲル戦車』や『ティーゲルⅡ戦車』の製造は不可能となってしまいました。
同じバイエルン州アウクスブルクのメッサーシュミット社の製造工場や研究拠点も既に失われております。
期待されたジェット戦闘機『Me262』の製造ラインも失われました。
この近くではリヒテンベルクの軍需工場も爆撃により焼失しました。
新設されたレーダー施設もほとんどが破壊されましたので、敵の攻撃を予測することも出来ません。
その一方で、住宅地の被害はほとんどありませんので、人的被害は多くないのが現状です」
人的被害が少ないのはありがたい。日本軍はソビエトに対しても同様だったと聞く。
これは同盟国たるロシア人を気遣っての行為かと考えていたのだが、どうもそうではないらしいな。
参謀が報告を続けた。
「ザンクト・ピオティーとシュトゥットガルトのマイバッハ社も破壊されて、エンジンの製造が不可能となり、部品の供給も出来ない状態です」
これで戦車の製造は完全に止まるか。
参謀はここで声を潜めて言った。
「フォン・ブラウン博士が中心となって開発中のロケット工場と研究所も、爆撃を受け大爆発を起こしました。
ロケット燃料タンクが誘爆したものと思われます」
そうか。伍長が「大逆転の秘策があるのだ」と大見得を切っていたが、これでは挽回はもはや望めぬな。
ここまで黙って聞いていた副官が私に尋ねた。
「元帥閣下。我々国防軍は今後どうあるべきでありましょう?」
そうだな。そこが最も重要なところだな。
「既に多くの重鎮たちと協議を重ねている。
ブラウヒッチュ元帥、ルントシュテット元帥、ボック元帥、レープ元帥、クライスト元帥――いずれも私よりも先任の諸兄だ。
そして、方針はすでに決定されている」
こんな大義の失われた戦争では、たった一人の兵士の命ですら無駄に失われてはならんのだ。
日本軍の撒いたビラは、既に多くの国民の目に触れるものとなっており、兵士たちの動揺も激しい。
宣伝省は必死になって火消しを続けてはいるがな。
副官が最近になって伍長が発し始めた命令について語った。
「どうも噂によれば、総統は親衛隊などには後先を考えずに、敵に向かって突撃せよとの命令を下しておられるみたいですし、我々に対してもまもなく同様の命令が下るでしょう」
それは無駄死にというもので、我々は明日の祖国の為にも生き延びなくてはならんのだ。
私は告げた。
「我々は同盟軍との正面決戦を、可能な限り避ける方針だ。
もはや我が国に大義も正義も存在しない。
それらが失われた戦争など、ただ早期に終結させるべきものに過ぎぬ」
私がそう言うと、参謀は大きく頷き、副官は安堵したように言った。
「小官も全く同感であります。
既に総統は、正常な判断能力を失っているように思われますので」
そんなものは最初から無かったのかもしれんぞ?
「では、総統から命令が下った際には、その解釈を意図的に誤り、全ての部隊をまったく異なる地点へ誘導することにしよう」
私も出撃して、最後まで指揮を執ることにしようか。
Side:西 竹一(陸軍少将 第一機甲師団 司令官)
於:シュレージェン地方 ブレスラウ市南方 オーデル川左岸 ドイツ占領地内
我々は同盟軍の先鋒として、ドイツ占領地東方のシレジア地方を進撃中だ。
ここは石炭や鉄鉱など豊かな資源がある為、歴史的に猫の目のように帰属が変わった土地であり、フランス側のアルザス・ロレーヌ(エルザス・ロートリンゲン)同様に民族の入り混じる土地だ。
現在は北上中で、もうすぐこの地方の最大都市ヴロツワフなのだが、前方に敵軍が現れた。
戦略爆撃機と攻撃機の援護を要請したが、あいにくと手一杯で、こちらに回してくれる戦力は無いとの返答だった。
我らは先鋒であり、最も危険な立場なのだが…しかし、ここは戦場だ。そのような齟齬と誤認は常に存在する。
したがって臨機応変な対応を要求される立場でもあることは理解しているつもりだ。
参謀が報告した。
「敵は有力な機械化師団で、最近配備され始めた「キングタイガー」と呼ばれる新型戦車が含まれます」
そうか。しかし、この戦車は一般にはタイガーの上位と言われるが、正しくはパンサーの上位互換ではないのか?
ともかく、私も双眼鏡を構えて敵の状況を見たのだが…
「この状況でありながら、これだけの規模となると…どうやら、ドイツ国防軍ではなく、かなり有力な武装親衛隊の装甲師団らしいな。
『タイガー戦車』を先頭にしてこちらに向かってきている。
その一部は長砲身・傾斜装甲の『キングタイガー』が混じっていて、兵員輸送車などを含めた全体の車両数は…ざっと見るに300両はいそうだな」
兵員数は2万人前後か…かなり有力な部隊だが、さてどうするかな?
規模的には、こちらと同等だが。
私は参謀にどうすべきか問うた。
参謀の考えでは航空機の支援がない状況ではあっても、次の二通りの手段があるという。
「まず、最初の対応としては前線に全兵力を集中せず、後方に複数の防御ラインを設ける戦術が考えられます。
最初の防御線は『遅滞戦闘』に徹し、パンツァーカイルの突進を消耗させるのです。
そして2線・3線と後退しながら迎撃しつつ、敵の突破速度を削いでいく方法です」
それに対して私は周囲の状況を見渡して言った。
「だが、現在の地形では、それを選択できるだけの十分な後背地がない。
よってこれは却下だ。
もう一つは何だ?」
参謀は表情を変えずに言った。
「次の対応策としては、最初の策とは逆に火力の集中を行う戦術が考えられます。
つまり、『パンツァーカイル』が一点集中して突破を図るので、逆にその楔の先端部に対戦車砲を集中させる戦術です。
そして次に側面に火力を集中し、楔形陣形を横から崩します。
楔の先端を止めるより、脇腹を打つ方が効果的でしょう」
そうだな。それが最善だろう。
よし!今回の敵は典型的なパンツァーカイルの陣形だから、クサビの先端部を潰して逆浸透しよう。
私は参謀に対して頷き、符丁を用いて師団へ命令を発した。
「こちら営業本部長だ。各支社に連絡する。
今月の売り上げ目標は大変高いものであるが、全社員が一丸となって達成させてほしい。
関東支社は群馬支店と栃木支店と共に得意先回りをしろ。
九州支社は関東支社の後方から新規開拓を手伝え。
東北支社と北海道支社は倉庫で棚卸し準備を行え。
中部支社は売掛金を集金せよ。
近畿支社は本部の予備だ」
因みに新規開拓とは「二式対戦車ロケット砲」を用いた攻撃を指し、得意先回りとは「三式戦車」を用いた突破戦術の事を言う。
また棚卸しとは「三式突撃砲」による対地榴弾攻撃、売掛金の回収とは歩兵による占領地の確保を指す。
さあ!戦闘開始だ。
関東支社全体が北上しつつ、麾下にある左翼の群馬支店と右翼の栃木支店が発砲を開始し、その間隙をついて九州支社の各支店がロケット攻撃を敢行して敵の先頭部に損害を与える。
各方面から連絡が入り始めた。
「こちら栃木支店。沖縄支店の新規開拓が成功。成果は50件です。
これをもとに鹿沼、宇都宮、日光、真岡営業所により得意先回りを強化しています。
小山と那須営業所は請求書を作成中です」
「こちら群馬支店。鹿児島支店の新規開拓による獲得数3。
競争が激しく、売り上げが伸びません。
前橋と高崎営業所の退職者が増えています」
右翼は概ね順調。「二式対戦車ロケット砲」部隊は敵戦車を50両破壊し進撃中。
問題は燃料と弾薬消費が激しいことで、2個小隊が補給のために一時的に前線を離れている状況だ。
一方の左翼部隊は進撃を阻まれているというわけか。
前橋と高崎では撃破される「三式戦車」が増えている状況で、このままだと左翼と右翼間に間隙が出来てしまい、そこを敵に突かれたら厄介なことになりかねんから本部の予備より応援を出そう。
私は通信回線にて通達した。
「こちら営業本部長だ。進捗は了解した。前橋営業所には本部の神戸支店から、高崎には奈良支店から得意先回りの社員を送る」
その後一進一退の攻防が継続したが、左翼部隊の状況が好転しない。
「こちら館林営業所。所長が左遷されました」
小隊長が戦死したか…
群馬支店長(中隊長)が通信で館林営業所へ命令した。
「了解した。課長を所長に任命する。一旦は会議を開くように」
会議とは退却を指す。
「こちら太田営業所!外資系企業の新製品発売により返品多数!陳列棚を維持できません!」
いかんな…
「三式戦車」がこれほど苦戦するとは…敵は「キングタイガー」の比率が高い、武装親衛隊でも最精鋭を送り込んできたな?
私が割り込んで直接命令を発した。
「こちら営業本部長だ。
急ぎで九州支社から応援を出す。
宮崎、熊本、大分、佐賀の各支店員は群馬支店の応援だ。
値引きしてもいいから売りまくれ!」
後先考えずに対戦車ロケット砲を撃ちまくれという荒っぽい命令だが、これしかない。
この攻撃でようやく状況は好転したらしい。
「こちら群馬支店。外資系企業は欠品を起こして出入り禁止になりました。
我が支店の売り上げは福岡支社の応援で回復。
今月の目標は達成の見込み」
よし!
武装親衛隊も補給に苦しんでおったみたいだな。
途中で砲撃の速度が落ち、退却し始めたところを「二式対戦車ロケット砲」で次々と撃破していったとの報告だった。
「では東北支社と北海道支社は、ただいまより倉庫を出て棚卸しを行え」
ここで「三式突撃砲」による側面からの榴弾攻撃だ。
しかも単なる榴弾ではない。海軍お得意の「近接信管」を用いた対地榴弾だから、「ティーゲル」だろうが装甲の薄い天井部への攻撃で撃破できるだろうし、砲兵や歩兵はひとたまりもない。
結果、敵の武装親衛隊部隊の撃破に成功した。
こちらも少なくない損害を受けた代償に、敵戦車はほぼ全滅に追い込んだから、この方面における敵の攻撃はこれで終わりだろう。
しかし、「ティーゲル」もそうだろうが、我々の「三式」系はどれも巨大で重く、従って燃料を呆れるくらい多く消費してしまうし、速度も遅い。
もう少しバランスが取れた戦闘車両でなければ、今後は意味が無いな。
戦場を確認していた主席参謀が報告をしにやって来た。
「閣下。今回戦った武装親衛隊の戦車の車体には、『鍵』を思わせるマークが描かれていました。
これは精強な武装親衛隊の中でも、最精鋭と目される『第1SS装甲師団』、正式名称はライプシュタンダルテ・シュッツ・シュタッフェル・アドルフ・ヒトラー、略して、LSSAHと呼ばれる強力な部隊だったと思われます」
私はその名を聞いて、嫌悪と共に思い出した。
「確かに知っている。だが、不名誉な悪名もまたその名には付きまとう。
この部隊は非戦闘員に対する数々の虐殺で悪名高い。
つまり、LSSAHの兵士たちは、その強さと冷酷さゆえに、恐れられ忌み嫌われてきたのだ。
これを撃破したことは、我々にとって大きな意味を持つだろう。」
参謀は深く頷き、続けた。
「捕虜の証言によれば、指揮官は『国境を死守し、たとえ死んでも戦い続けよ』と命じていたそうです」
私は呆れて言った。
「馬鹿げた命令だ。死んでしまっては戦いようもあるまい」
参謀は頷き、言った。
「噂通りの手強い相手でしたが、これ以上の強敵はもう現れないでしょう。
補給と補充を整えたのち、予定通りブレスラウ(ヴロツワフ)を制圧いたしましょう」
そうだな。そして…いよいよベルリンを目指すことになるだろう。
この戦争も終わりに近い。
一刻も早く帰国してウラヌスに逢いたいものだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回の【外伝】タイトルは「ヒトラー最期の12日間」です。




