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【外伝】トルーマン登場

1944年11月3日


Side :ハリー・S・トルーマン


激しい選挙戦を制し、遂に勝利をつかんだ。

8年続いた共和党政権に代わり、私が大統領に選ばれたのだ。

共和党の失政をただし、世界恐慌以前の活力あるアメリカ合衆国を取り戻す。

それが私の責任だ。


大統領就任までに具体的政策も練り、人事も進めていかねばならん。

何より、ユーラシア大陸はいまだ大戦争の渦中にあるのだから、世界情勢の分析を最優先としよう。


その為には、色々と話も聞きたいし、優秀な人材も紹介してもらいたいから、民主党の前任大統領たるロウズヴェルト氏の所へ挨拶に出向くとするか。


翌日、私はニューヨーク州郊外にある、ロウズヴェルト氏の自宅を訪ねた。


彼は私を見るなり、開口一番こう言った。


「トルーマン君ではないか!

当選おめでとう。期待しているよ」


久しぶりに会ったが、意外なほど元気そうだ。

人前にはめったに出ないと聞いていたから、もっと憔悴しているかと思っていたが…時間が経ち、彼なりに折り合いをつけたのだろうか。


あるいは、あの高いプライドがそう見せているのかもしれない。


「ありがとうございます。

これからが大変ですが、職責を果たせるよう頑張ります」


「うん。期待している。

アメリカ合衆国はこんな状態になってしまったが、まだやりようはあるだろう」


そうかもしれんが、そうさせたこの人の責任は大きいぞ?

この人の判断が全てを狂わせたのだ。

側近の言うことを、真摯に受けとめておれば、ああいった悲劇的な終焉には、最終的には至らなかったはずなのだ。


「…そうですね。

ただ私は大学を出ておりませんし、外交的な知見も全くありませんから、経済対策と並んで、先ずはそこが一番不安なのです」


すると彼は手を振りながら言った。


「なに。それほど心配することでもないさ。

何故なら自分が苦手だったり、出来ないことは、誰かに任せれば良いのだから。

私も以前から身体がこんな具合だから、妻のエレノアに頼ることはとても多いんだよ」


うん?夫人が若い男との密会写真を撮られたのが、この人の再選を阻む致命的な原因だったはずだが、まだ別れてなかったのか?

まあそれはどうでもいいか。


一番の用件を言おう。


「…どなたか優秀な人物を、ご紹介いただくことは可能でしょうか?」


彼自身はともかく、周囲には優秀な人物が多かった印象があるからな。


すると彼は一段と大きな声で言った。


「もちろんさ!

私の周りには優秀なスタッフが大勢いたからね。

君に外交的経験や知見がないからといっても、恥じることなんてない。

全てに精通している人間なんてこの世に存在しないのだから、優秀なスタッフを信頼して任せる。

あるいは使いこなすというのは大統領として当然のことだろう?」


それはありがたい!わざわざ来た甲斐があったな。

機嫌も良さそうだし、ついでに以前から疑問に感じていたことも聞いておこう。


「ありがとうございます!

とても助かります。

ところでひとつ質問しても?」


「なんだね?今日はとても調子が良いから、なんでも聞いてくれたまえ」


「ではお言葉に甘えて…例の分離独立騒動の件なのですが、何故あれほどの騒動が同時に起こったとお考えですか?

というのも、今になって冷静に考えた時に、過去のアメリカ合衆国の矛盾が、なぜか一気に噴き出したような印象を受けるのです」


するとこの人は表情を消して言った。


「…それは私もずっと疑問に感じていた。

何故なら特に大きな現象だったアメリカ連合、テキサス、ハワイだが、あれらの地域がアメリカ合衆国の一員となった歴史的経緯は、それぞれ全く別物で、互いに関係が無かったにもかかわらず、ほぼ同時に独立運動が起こるなんて不自然だ」


「はい。本当にそう思います。

どうしてだとお考えですか?」


「証拠がないから何とも断言しづらいが、何者かに操られていた。

つまり分離独立には元々その素地があったとしても、それを煽って、焚き付けた黒幕がいたのではないか?と考えている」


ふむ…


「…それは誰だとお考えですか?」


「あれほど大規模な陰謀なんて、そうそう出来ないだろうから、個人ではなく組織や国家だろう。

そしてあの前後の経緯やその後の態度を考えた場合、犯人は日英しか頭に浮かばないね。

アメリカ合衆国が分裂して最も利益があったのが、日英なのは間違いないのだから。

世間でも言うだろ?『犯罪の結果として最も利益を受けたものを最初に疑え。それが犯人なのだから』と」


なるほど…

私は言った。


「つまりアメリカ合衆国は、日英の何れか、もしくは双方の陰謀によって引き裂かれてしまったとお考えなのですね?」


すると彼は怒気を含んだ声で言った。


「その通りだ!あの当時において私は日本を特に敵視していたからね。

彼らが反撃に出たのだとするのが、最も確率の高いシナリオだろう。

そして現状は既にソビエトは敗れ、ジャーマニーも負けそうだから、私の懸念が当たりそうな状況だろう?

このまま指をくわえて見ているだけだと、世界は日本のものになってしまうぞ!?」


そうなのだろうか?

だが、仮にそれが本当なのだとしても、優秀なスタッフを使いこなせなかったという現実と、そこに至らせた責任の一端は、あなたにあるのではないか…


やはりこの男は罪深い。


よく分からないが、現状分析も含めて参考にはしてみよう。

とにかくスタッフ集めから始めるか。



1945年3月2日


私はいよいよアメリカ合衆国大統領に就任した。

しかし、この国の現状は予想より酷いではないか。

ある程度は覚悟していたが、その予想ラインすら下回るものと言える。


何といっても前任者は、共和党の政治家らしく経済対策が無策で、市場のなすがままに放置していたから、縮小均衡の悪循環に陥っている。


唯一やっていたのが雇用対策かもしれないが、これとて、失った大西洋艦隊の補充を行っているに過ぎないのだ。

しかも…陸軍と海軍の戦力バランスが、以前より悪くなっているではないか。

仕方ないこととはいえ、海軍に予算を振り向けすぎて、陸軍はアメリカ連合とテキサスを抑え込む程度の戦力しか持っていないのではないのか?


このままではダメだから、新型戦闘機や新型戦車の開発にも着手せねばならんな。

幸いにして、海軍の戦力は急速に回復中だから、こちらの予算を削れば何とかなるだろう。


そう考えたのだが、私の予算案は議会を通過しない。

下院において共和党が過半数を占めており、私の政策を認めないのだ。

総額を前年と一致させても頑なに拒否し続ける。

就任早々、私は途方に暮れる羽目になった。


仕方ない。経済対策に取り掛かろう。

南部の農業と、石油天然ガスは期待出来ないのだから、北東部の工業、特に五大湖周辺の開発が最優先だな。

アパラチア山脈周辺の炭田と、スペリオル湖の西にあるメサビ鉄山、エリー運河を含む五大湖を繋ぐ水路と港、ピッツバーグの製鉄所、デトロイトの自動車工場、クリーブランドの製鉄所などの強化が必要だな。


これら諸地域は、鉄鉱石と石炭を利用した製鉄、作った鉄を原料とした製品としての自動車工場や造船所に、それらの輸送手段としての水路や運河という繋がりが期待出来るし、産業地帯として有力だからな。


軍事費を削ったことでこちらは何とか議会を通過した。

取り敢えずは一息つけたし、内政はそれで良いとして…やはり問題は外交政策だな。

これについては、ロウズヴェルト氏の周辺で活躍していた、経験と知見が豊かなスタッフを紹介してもらい、私の側近として再度登用したから、何とかなるだろう。


アルジャー・ヒス 国務長官


ハリー・ホプキンス 商務長官


ヘンリー・モーゲンソー 財務長官


ハリー・D・ホワイト 財務次官


ロークリン・カリー 財務次官補


スタンリー・C・ホーンベック 国務長官特別補佐官


主には以上のような有力な人々で、他にも多くの人物を紹介してもらった。


私はさっそく彼らの意見を聞いた。

まずは世界情勢について、国務長官アルジャー・ヒスが発言した。 


「現在の世界情勢は極めて危険で、我が国にとって危機的な状況であると言わざるを得ません」


冒頭からいきなり衝撃的な発言だが。

確認しなくてはならんな。


「かつてロウズヴェルト大統領は、『ロウズヴェルト・ドクトリン』によって、世界平和を構築する為にソビエトとジャーマニーを結び付けようとしたが、それが失敗したからかね?」


「そうです。ロウズヴェルト大統領は、本気で世界の平和を希望なさっていらっしゃいましたが、その努力は水泡に帰しました」


「それは現在の戦争の状況についてだね?

ソビエトはあっけなく倒れてしまい、スターリンも逮捕された。

ジャーマニーも、まもなく倒れるだろう。

何といっても彼らは他国を侵略したのだ。

こうなれば世界を相手に滅びるしかあるまい?」


これに対してヒス国務長官は、子供にものを教える教師のような態度で私に言った。


「ご指摘の通り、現在の戦局はそう見えます。ただし、少々補足させていただければ、ロウズヴェルト大統領がヨーロッパに干渉せず、何もしていなければヒトラーはソビエトに攻め込んだでしょう。

そうなった場合の人的・物的な被害は、想像が出来ません。

従いまして、東欧や北欧が犠牲となるのは止むを得ない処置であり、ロウズヴェルト大統領の判断は正しかったのです」


よく分からないな?

大きな被害を防ぐために、ある程度の犠牲はやむを得ないということか?


「だが、ジャーマニーが降伏すれば平和が訪れるのだろう?」


しかし、国務長官は首を横に振って答えた。


「取りあえずはそうでしょうが、問題はその後です。

勝利の勢いに乗る彼ら同盟軍は、アメリカ合衆国を次の目標に行動に移す恐れがあります」


そうなのか?全く実感がないな。


「だが国務長官。我々は、自由と民主主義という価値のために、あの戦争の趨勢を見守ったのだ。武力介入しなかったのは、あくまで内政の均衡を保つためであって——」


私はどこかヒスの言葉の裏にある、私への軽蔑に似たものに反発を覚えてそう語ると、向かいの席にいたヒスが、静かに目を上げた。


「お言葉ですが、大統領閣下。我が国はこの戦争の最中、価値ではなく、利害で動いていたと見るのが妥当でしょう」


「それは——」


「欧州が燃え上がる中、ワシントンは中立を選び、日本がモスクワに旗を立てた後も、我々は声明一つ出すだけでした。自由と民主主義のため、とは……結果論に過ぎませんな」


ヒスの語調は決して責め立てるものではなかった。

だが、その理詰めの言葉には、外交官としての冷ややかな重みがあった。


「我々は傍観者だった。その事実は、いかなる美辞麗句でも拭い去れませんよ」


私は言葉を失い、ただ、視線を落として聞いた。


「それで…同盟側が、我が国に刃を向けると言ったかね?そうなる確率は高いと?

そうなるとして、その確率はどれほどの数値なのだ?」


「私たちの研究チームでは、確率は7割以上と見込んでいます」


何だと?そんなに高いのか!?

だが、何か計算されたような不自然さがあるように見えたのは、気のせいか?


私は聞いた。


「それに対する方向性は何がベストかね?」


国務長官は声に力を込めて断言した。


「はい。やられる前にやる。つまり先制攻撃あるのみです。

そして戦時体制に移行し、政府予算を一気に拡大させることが可能となれば、現状の不況からの脱出も容易となりますので一挙両得の最善策でしょう」


ヒスの言葉は妙に冷たく、何か隠された意図を感じさせた。彼の真意は一体どこにあるのか…?


だが、戦争による景気浮揚を図るというのは、確かに理屈は通る。

だが、そんな短絡的な策でこの国を救えるのか?

ここは慎重に、十分に考えなければならない。


ここでハリー・ホプキンス商務長官が発言した。


「…そういえば大統領閣下は『特殊計画』について、何か報告は受けておられますか?」


「ロスアラモスの件を指しているのかね?

報告は受けたが、具体的にはどのような研究が進んでいるのかね?」


「ランドン前大統領が承認された研究施設ですが、ここでは核爆弾の研究を行っております」


「…核爆弾…具体的には?」


「はい。エネルギー密度の桁が違うため、常識を覆す爆薬になります。

この開発に成功すれば、今のような均衡は崩れるでしょう

これを敵の拠点や都市において使用すれば、戦争のあり方そのものが革命的に進化するでしょう」


「そうなのかね?

ではその爆弾があれば通常兵器など時代遅れになると?」


「はい。おっしゃる通りです。

既にアメリカ生まれのユダヤ人科学者である、ロバート・オッペンハイマー博士を中心としたグループが研究を進めており、あと数年以内には実現可能でしょう」


そうなのか?

これは我が国にとって決定的な兵器となるだろう。

敵に囲まれた現状を一気に覆す事が可能となる、夢の兵器と言えるな。


では更に予算を付けて研究を推進させよう。


経済対策が優先だから、同盟側への対策は一旦保留としよう。


だが…予算編成に口うるさく言ってくる議会を黙らせるには、戦争というのは確かに良い選択かもしれない。

一気に予算を拡大させれば、景気対策としても最善であるのは間違いない。


あとは時期の問題か。

少し遅きに失した感は否めないが、ここからの挽回は可能だろうか?

いや、ヨーロッパの戦争が終われば、日本はあの強力な艦隊を太平洋に配置するだろう。

そうなれば…


彼ら優秀なスタッフとも協議を続けたほうが良いな。


それにしても戦争か…


ヒス国務長官が「同盟軍が我が国に襲い掛かってくる確率は7割」と言った時の表情が気になるな。


それは何かに操られているような、そんな影を感じたが気のせいだろうか?

彼をそうさせるのは外の敵か、それとも身内に潜む何かか。

今の私には、まだよく分からないな。



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― 新着の感想 ―
ちょ、日本のスパイの方〜!?このアカく染まった大統領の側近達を暗殺しないとヤバいわよ!? アメリカを泥沼の破滅へと引き摺り込もうとしてる〜!?
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