【外伝】ソコトラ島にて
1944年8月20日
Side:ウィンストン・チャーチル (イギリス首相)
於:ソコトラ島 日本軍ソコトラ飛行場
初めてこの場所に来たが、日本人はここを上手に活用している。
今や戦略上、欠かせぬ場所へと成長したが、こうなると、日本に渡したのは少し悔やまれるな。
ともかく…この戦争にもようやく終わりが見えてきた。
開戦から4年、誰もこれほど長引くとは思っていなかっただろう。
だが、あの共産主義者どもは、今や追い詰められ、日露両軍によってモスクワは包囲されている。
もはやスターリンは逃げ出す方策があるまい。
後はジャーマニーにどう対処するのかという点と、もっと大切なことは戦後の世界秩序の構築だ。
これ以上、日本人に大きな顔をさせるのは言語道断で、大小ピットやディズレーリ、ソールズベリー侯らによって成された、我が大英帝国の栄光と覇権を取り戻さねばならんのだ。
しかし腹が立つのが、国内における日本に対する信頼の高さだ!
それは一般市民層だけに留まらない。
政治家はもちろん、政府高官や、果ては王族にまで及ぶ広範囲なものだ。
特に意外だったのが、マウントバッテン卿だ。
あの男を駐日大使として赴任させたのはよいが、今ではコノエに対して下僕と見紛う態度を取っておる有り様で、我が国は植民地を手放すべきだとまで発言しておる。
植民地解放が、コノエの夫人であるロシアの第一大公女殿下の願いだからだそうだ。
夫人同士が姉妹だからな。
マウントバッテン卿は自分の夫人の尻に敷かれて、まったく頭が上がらないという噂を聞いていたが、事実だったらしいな。
彼の夫人に対して余計なことを言うなと文句を言いたいが、相手は第三大公女殿下だ。
めったなことは言えん!
その影響か、国王陛下までその方向に傾いていると聞く。
確かに先の大戦においても日本軍は立派に戦った。
海上でも、水際でも、大地でも、街角でも、丘でも戦った。
そして戦勝に大きく寄与したのは認める。
今回の戦争においても、ロンドンを襲った空襲から人々を救ったのは、日本海軍の空母機動部隊の功績が極めて大きいだろう。
敵が仕掛けてきた通商破壊戦に対しての実績もまた大きい。
だが!所詮は日本人ではないか!
彼らは交渉ごとの出来ない民族だ。
我々が日本人に要求すると、彼らは予想に反して反論してこない。
「あなた方の要求を飲みますから、仲良くしてください」と言いつつ受け入れてくれる。
お人好しな顔をして卑屈な態度を取るものだから、我々は安心してまた高い要求をすると突然、顔つきと目つきが変わる。
そして宣言するのだ。「イギリス人は紳士だと思っていたが、悪逆非道の野蛮人である。もうこれ以上は要求を受け入れない。交渉決裂だ」と言って我々を非難する。
それほど怒るのであれば、最初から無理だと言えばいいではないか。
なぜ突然キレたように爆発するのか理解できない。
全ては駆け引きなのだから、最初から交渉すれば良いではないか。
よって対応策は一つだ。
彼らに対しては徹頭徹尾、厳しく交渉し、こちらの意を通す。
これしかないだろう。
そんな日本人が世界のリーダーになるなど、認められるはずがない!
従って今回の会議は、日本人の増長を押さえ、今後の世界情勢を決定付ける極めて重要な場なのだ。
そもそも!なぜ戦争をするのかと言えば、勝利して新たな秩序を構築するためなのだから。
ソビエトを降伏に追い込めば、ジャーマニーに対する圧力も強まり、いよいよ東西から締め上げていくことになるだろう。
これまで十分な時間をかけて、日本の戦略爆撃機による重点地域への爆撃を継続し、制海権を奪って海上交通路を遮断しつつある。
あとは時間だけの問題なのだ。
戦後処置についてだが、ソビエトやジャーマニーに対しては賠償金と領土の割譲を迫らねばならん。
さて、どんな話し合いが持たれるかな。
主な出席者は日本のコノエ首相、ロシアのコノエ首相、自由フランスのド・ゴール将軍、あとはベネルクスの三国に北欧と南欧諸国の代表者たち、それから東パレスチナとトルコに、台湾やフィリピンにハワイ、タイ、オーストラリアやニュージーランド、南洋諸島といった諸国か…
ほう。ウクライナやベラルーシまで来ているのか。
ここは年長者の私が会議を仕切ろうではないか!
「やあやあ。親愛なる皆さん。お忙しいところ集合いただき感謝に堪えません。
早速ですが、この戦争の帰趨も決しつつある今、これからのジャーマニーに対する戦争方針と、戦後の世界秩序を決定せねばなりませんな?」
ふふ。いい感じだ。このまま我が国の主張を採用させようではないか?
この調子で言ってしまおう。
「我が国が譲れないものは二つですな。
まずは賠償金。そして領土の割譲であり、これが達成されないと戦争は終わらないものと考えます」
おや?日本のコノエ首相が発言したいみたいだな。
コノエが言った。
「日本の立場としては、それには明確に反対します。
理由は新たな戦争を呼び込まない為です」
何を青臭いことを言っとる?
そんなことでは世界情勢には乗れんぞ?
「おやおや?コノエ首相が反対とは?
この年齢になっても、新たな感動を得られるのだとは知りませんでしたな。
しかし、敗戦国に対して賠償金と領土の割譲などの、戦後補償を求めることは常識であり、これまでの慣例でもあるのですぞ?
それを捨てろと?
いやはや…世界一の経済力を持つ国の人々は、ゆとりがあって羨ましい。
それとも優しさですかな?」
優しさなどであるものか!お前たちが主導権を握りたいだけであろうが!
これに対してコノエが言葉に力を込めて言った。
「あなた方の、その野蛮な考え方そのものが、悲惨な戦争の原因であり、世界平和を乱す要因なのだという事実をぜひ自覚いただきたいものです」
この男は私に面と向かって、罵声を浴びせたに等しい言辞を弄したな?
「ほう?では日本が主導されたならば平和が訪れると?
それはまた大胆なご提案ですな?」
するとこの男は更に語気を強めて言い放った。
「そもそもこの戦争。
もう第二次世界大戦と言ってしまいますが、この戦争の原因は、あなた方が前の戦争、第一次世界大戦終結後のパリ講和会議において、ドイツを追い詰め過ぎたことが要因ですが、その自覚が無いのでしょうか?
自覚症状の無い病気は厄介だと聞きますが、貴国は既に不治の病に冒されてはいないですか?」
何だと!?言いたい放題だが私も負けんぞ。
「ご自分たちの国は戦場とならなかったのですから、何とでも言えるでしょうが、わが国とフランスはそうではなかった。
そこはご理解いただきたいものですな?」
それに対してこの男は平然と言い放った。
「そうであればこそ、今回の第二次世界大戦終結後に、敗戦国に対して過剰な賠償金や、領土の割譲を要求することに断固として反対します。
憎しみの連鎖を断ち切らないと、恒久的な平和は訪れません」
日本人らしくない物言いと、青くさい理想を言う男だ!
ふん!恒久平和だと?
「恒久平和とおっしゃるか?
そのようなものが本当に達成できるとお考えですかな?」
するとこの男は嘲りとも、憐憫とも分からぬ表情で言った。
「最初から達成が不可能との考えを前提として取り組んでは、何事も決して達成出来ませんよ?
貴方も時々、気まぐれで良いことをおっしゃっているではありませんか?
『成功が結末でもなければ失敗が終わりでもない。肝心なのは続ける勇気である』と。
あるいは『何度となく繰り返して過ちを犯すだろう。だが寛大で誠実で情熱を持っていれば、世界を傷つけることも深刻に悩ませることもない』
その他にもたくさんの名言を残されておいでですが、これらの言葉は、やはり口先だけだったのでしょうか?
貴国におかれては理想と現実には、相当な距離があるようですね」
ぐぬぬぬ…身に覚えがあるだけに反論しづらい。
コノエが続けた。
「それから、皆さんがお持ちの植民地について申し上げますと、インド国民はチャーチル首相を敬愛しているかも知れませんが、私はもう力で植民地を保持する時代は終わったと考えています。
事実として台湾はとっくの昔に独立を果たしています」
この男も第一大公女と同じく、我らに植民地を手放せというのか!?
どちらが先に言い出したのだ?
「貴国もフランスも、植民地など保持しても苦労を背負い込むだけで、利益を得られないと既にお判りでしょう?
今回の戦争を遂行するという口実で、多くの兵士を現地で徴兵して戦場に送り込んでおられるようですが、戦後に彼らへ渡す見返りはお考えなのでしょうね?」
こいつ!インドは確かに戦場に兵士を送る見返りを要求するだろう。
それを止めることは不可能かもしれない。
場の空気が悪くなって来たと感じるが、これは我らに対する敵意や反発だな。
特に有色人種たちは、露骨に日本を応援していると見るべきだ。
ここで雰囲気に負けじとド・ゴールが発言を求めた。
「我々自由フランスも、アルマーニュに対する賠償金は何としても得たいと考えています。
彼らの行為によって、我が民族は国家の分断と塗炭の苦しみに見舞われたのです。
復讐する権利は当然保持しているものと考えます。
更に植民地を手放すなど出来ませんし、認められません」
するとコノエが言い放った。
「あなたが認めなくても現地の民衆は独立を求めるでしょうし、日本に対して助力を求めても来るでしょう。
私はこれを拒むつもりは毛頭ありませんし、それどころか応援しようとさえ考えていますが?」
何だと!?我らを脅すのか!?この言い方は「お前のような小物は引っ込んでいろ」と言わんばかりではないか!?
ドゴールの顔は怒りで紅潮し始めたな。
日本人め!我らの弱みに付け込んで足元を見ておるな!?
今や日本はアメリカ合衆国をすら凌駕する経済大国であり、軍事大国へと成長してしまった。
日本の保有する武器は高性能で優秀だと聞くが、もとは我らの技術を模倣しただけであろうに、何という言い草だ!
これはひょっとしたら植民地人への扇動活動すら、既に行っているかもしれんぞ。
だが、ここで日本を怒らせてヨーロッパ戦線から手を引かれたら困る。
何とも腹が立つが、どうしようもないのか?
ここで弟であるロシアのコノエ首相が発言した。
「我がロシアは、日本の方針に対して全面的に賛成します。
人類はもはや戦争などという愚かしい行為は、永久に捨て去るべきであり、今回の戦争を最後とすべきです。
そしてこれは、我がアレクセイ陛下のご意志でもあります」
おい!ここで皇帝の名前まで持ち出すな!!
国王陛下との信頼関係だけが私の基盤なのだ。
もし皇帝が国王陛下に植民地の開放を迫ったら、陛下は認めてしまうだろう。
いやきっと天皇も同じく要求するだろう。
それでは私は孤立無援になってしまう。
これでは逃げ場がない!
くそう!トーリー党の流れをくむ我が保守党は、労働党との連立を組むことで何とかホイッグ党の後継を自任する自由党を抑え込んでいるが、支持基盤が弱いのが泣き所だ。
ここで国王陛下にまで梯子を外されたら、私は総辞職に追い込まれるだろう。
それにそうだった。
こいつの夫人も第四大公女だったではないか…
もしや…大公女たちが、裏で連携しておるのではあるまいな?
いや…そういえば第二大公女が陛下を始め、各国の王族をしつこく回っておったではないか!
そして周りをよく見れば…王室を持つルーマニア、ギリシャ、スウェーデン、オランダ、デンマーク、ベルギー、ノルウェーの代表たちの表情が微妙だな?
これは既に話が通っていると見ておいた方が賢明か。
彼女たちが持つ、世界の皇室や王室に対する影響力は想像以上に絶大だから、無視など出来ない。
極めて厄介な姉妹だが、我らは振り回されるだけなのか?
それでも…ここでいがみ合って交渉が決裂してしまった場合、損をするのは我ら英仏であって、日露は痛くもかゆくもないだろう。
既に最大の懸案事項だったソビエトは、風前の灯火なのだ。
しかもジャーマニーは、最初から日露の脅威ではないのだ。そこは忘れてはいかん事実だ。
これでは…戦後の世界秩序は日本を中心に動き、世界の中心は日本海に移ってしまう。
我らが世界の果て、極東と笑っていた土地が、世界の中心になってしまうとは…
これで子午線基準まで変更されたら、我らの存在価値は無くなってしまうではないか!
ここで日本のコノエが衝撃の宣言をしよった。
「私は世界の歴史の流れを考えた際に、白人の方々が勝手に決めたこれまでの取り決め、古くはスペインとポルトガルで世界を分割支配しようとした、トルデシリャス条約やサラゴサ条約。
比較的新しい所ではウェストファリア体制でしょうが、これからの世界は、我らが協調を基盤とし、全人類が参加できる枠組みでなければなりません。
もはや西欧だけがルールを作る時代ではないのです」
英仏代表団には、何とも言えない、重く暗い雰囲気が漂っている。
これは怒りか?それとも諦めか?
日本人による世界征服宣言に等しい暴挙だ!
しかし我々には抗う術がない。
この男の日本人離れした強行姿勢は、話に聞く我が国のパーマストン首相によく似ているのかも知れん。
我らは、かつては加害者だったが、立場が変わればこれほど無力感を感じるものとは知らなかった。
この男は、我々を歴史から退場させに来た亡霊なのかもしれん。
帝国の夢も、白人の矜持も、世界秩序も、すべてが彼の前で否定されていく。
私は戦いに勝ったつもりだったが、実は“歴史の敗者”だったのか。
…私は、もう過去にすがる老兵に過ぎないのかもしれんな。
同日、同場所
Side:近衛 文麿 (元帥 統合作戦本部長)
本日はここソコトラ島において、戦争終結後の世界秩序を話し合うため、日英露仏を中心とする同盟側の首脳会談が開催されています。
私たち軍人は、ド・ゴール将軍を除いて会議には参加していませんが、軍事的な詰めを別室で行っています。
それにしてもイギリスのバーナード・モントゴメリー将軍はユニークな方ですね。
初対面でしたが、とても刺激になりましたね。
頑固で見栄っ張りで、真似をしたくないという意味でですが。
おや?会議は終了したみたいですね。
チャーチル首相とドゴール将軍のご機嫌が悪そうですが、何か揉めごとがあったのですかね?
あとで知ったのですが、兄上と彦麿が、チャーチルとドゴールと激しくやり合ったそうです。
喧嘩はいけませんよ?
それでも多くの事柄が約束され、これからの世界の流れを決定付けそうですね。
合意事項を並べると以下の通りです。
まずはソ連の扱いです。
①ソ連という国名は当然ながら消去されますし、ソ連の領土だった地域は、ロシア立憲君主国に一旦は復帰することが決定され、帝政ロシア時代と同じ領域を版図とする、巨大なロシア立憲君主国が誕生します。
②その次の段階として、現在ソ連が制圧しているフィンランドやバルト三国の解放は当然として、ベラルーシ、ウクライナといった中央アジア諸国に対しても、独立を認める方向です。
③これに合わせて、英仏蘭などの国々が保有している植民地は、戦争終結後に独立を認める方向で話し合いを継続するそうです。
英仏は納得していないらしいですが。
④現在東欧諸国などに在住しているドイツ系住民は、終戦後にドイツ本国へ安全に送り届ける。
また、現時点での占領者と被占領者は、戦争終結後に分離させ、報復の連鎖を遮断する。
更に細かく、拘束力を持つ協定が結ばれました。
・降伏した敵兵や協力者に対する報復的行為の禁止。
・法の支配による戦後処理の徹底と私刑の禁止。
・性別や立場に関係なく、人道的取り扱いを保障。
・戦後社会の融和と再統合を重視する。
・これらに違反した場合は、戦争犯罪人として訴追される。
兄上の表現を借りると、もはや「力」にて制圧する時代ではなく、「徳」によって治めなくてはいけない時代だからだそうです。
ちょっと中国的な思考なのが気になりますが。
まあ西洋的な「覇道」から東洋的な「王道」への転換といった表現としましょう。
新たな世界秩序は、憎しみの連鎖を断ち切ることから始めなくてはならないでしょう。
それから次はドイツに対する作戦が話し合われ、特にフランス奪還作戦について、首脳陣の合意が得られたようですから、具体的な作戦に落とし込んで実行するようにしましょう。
それにしても、皆さんにこやかに写真撮影に応じておられます。
揉めごとがあったとは思えない態度ですが、さすが皆さん政治家ですね。
私には出来ない芸当です。




