表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

175/200

【外伝】新型魚雷完成

1944年(昭和19年)2月7日


Side:佐久間 勉 (海軍中将 潜水艦隊総司令部 司令長官)

於:九十九里浜沖 太平洋 重巡洋艦「羽黒」艦上


今日はとても良い天気に恵まれたな。

波も穏やかだし、新型の「滑空魚雷」といったか?その最終試験には絶好の天候だ。

この魚雷は我が潜水艦隊が運用する、必殺の「一式酸素魚雷」と同様の音響追尾魚雷だが、航空機から発射するタイプだというのが新しいな。


まさに国運を左右しかねない新兵器で、この成否が今後の国防を決定すると言っても過言では無いだろう。

それもあってか、私の隣にいらっしゃる最近元帥へと昇進された、近衛統合作戦本部長も少し緊張されているのだろうか?

そんな状況だが近衛元帥が私に話しかけてこられた。


「佐久間中将。『一式酸素魚雷』はヨーロッパの戦場においても、まだ通用しますか?」


「はい。通用するのはもちろんですし、ドイツ軍の情報を集めたところ、彼らはいまだに『一式酸素魚雷』の存在に気付いておらぬのは確実と思われます」


「そうなのですね。確かに同じような話は情報部からも上がってきていますが、既に『一式』を用いて撃沈した枢軸側船舶は相当数に上るはずですよね?

どうして気付かないのでしょう?

理由は分かりますか?」


「…これは小官の想像ですので確実ではありませんが、まずは『一式』の有効射程がとんでもなく長大であることが考えられます。

わが軍の潜水艦は、彼らが考える魚雷の有効射程の遥か外側から発射しますから、まさか魚雷による被害なのだとは想像もつかないのでしょう」


「なるほど…確かにそうでしょうね。他にもまだ要因があるのですね?」


「はい。次に考えられますのが、『一式』の特徴が有利に働いたのだと思われる点です。

即ち、射程を伸ばすために、電池駆動も併用したハイブリッド仕様で、しかも最終段における駆動方法が電池ですから、従来の魚雷よりも静粛性と隠密性が格段に上がっています。

よってドイツ側では『一式』を探知出来ていないものと思われます」


「うん。それは十分に考えられますね!通常の酸素魚雷でも発見しにくいでしょうが、あの魚雷は更に隠密性が向上していますから、言うなれば『海中から忍び寄る、青白き殺人者』とでも表現するのが適切でしょうか?」


さすが、陸軍士官学校でも秀才と言われたらしいからか表現が巧みだな。


「その通りだと思います。そして…最も大きな要因は我が日本海軍の実績にあると考えます」


「ほう、それはどういうことですか?」


「はい。本部長もよくご存じの通り、先の大戦において我が遣欧艦隊は、ユトランド沖海戦にてドイツ巡洋戦艦部隊に対して、機雷を用いた戦術によって大打撃を与え、戦勝に大きく貢献しました。

聞くところによりますと、それは実際には近衛首相の功績であるというのが事実らしいですが…

ともかく、他国の海軍においては『日本海軍とは機雷を用いる戦法が得意』という常識が定着しているのは事実ですので、魚雷攻撃を受けたという認識に至らないまま『日本海軍のお家芸と言える機雷による被害を受けた』と報告する事例が殆どらしいです」


「なるほど…私の兄が聞いたら何と言うかは分かりませんが、一種の怪我の功名ですかね?」


「はぁ…何れにしましても敵の誤認を誘発しているのであれば、このまま秘匿兵器として運用するのがよろしいかと考えます」


「分かりました。それであれば、本日試験を行う滑空魚雷は敢えて酸素魚雷ではなく、通常の圧搾空気を使用した魚雷として制式採用することとしましょう。

私は今まで滑空魚雷も秘匿性を増すために、酸素魚雷方式にしようと考えていましたが、そういった事情であるならば、圧搾空気を用いて航跡を強調した方が『一式』がより引き立つことでしょう」


そうだな。それが最善だと私も思う。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「そもそも敵の目前まで飛翔していくのですから、秘匿させる意味もありませんよね。

それはさておき…そろそろ試験開始時間ですね」


そうだった。

どれ、どんな性能を発揮してくれるのやら?


それから間もなく、遠方に航空機が10機姿を現した。

双眼鏡で確認したのだが、見慣れぬ機体だ。

これは、噂の新型攻撃機の試作機かな?


近衛本部長に確認した。


「あれは『三式攻撃機』のプロトタイプですか?」


「そうです。本日は試作の滑空魚雷を各機の胴体下に2発ずつ吊架しており、合計20発による試験を実施します」


そうなのか。しかし同時に運用した場合の誤作動は、どれ程を見込んでいるのだろう?

「一式酸素魚雷」の場合は、最短でも1分以上の発射間隔で運用しているが。


やがて15キロほど手前だろうか?その距離から10機の攻撃機が、各2発の滑空魚雷を一斉に発射し、沖合を全速航行中の標的艦に向かって飛翔していった。

やがて魚雷は標的艦の1km〜2kmほど手前で着水し、魚雷となって向かっていく。


そして命中する時間となったが…うん?命中は1発か?

試験だから炸薬は実装していないものの、航跡で確認できるし、命中すればすぐに判別が付くのだが、20発中1発しか当たらなかったな?


試験に立ち会っていた技術者が、呻くように報告した。


「…着水時の衝撃で15発が破壊されてしまいました。

また、残り5発中4発は前走魚雷を追走した後に目標を見失い、海中に沈んだものと思われます」


うーん…なかなか思い通りにはいかないものだな。

だが、着水時の角度が大きかったな?


そんなことを思っていると本部長が私に尋ねた。


「佐久間中将。どのような対策を施すべきとお考えですか?」


発射高度に問題があるのだと思うからな。


「まずは着水時の海面との角度が大きかったので、衝撃もそれだけ大きかったのが壊れた原因でしょう。

それと前走魚雷を追走するのは宿命かもしれませんね。

潜水艦隊では一定の間隔、一分以上開けていますが、それによってこの影響をかわしています。

ですが、航空攻撃の場合は一斉に発射する場合が多いでしょうから、自身の音響特性をカットする技術が必要でしょう」


「なるほど…確かにご指摘の通りですね。

ではまず、角度は可能な限り浅めにとるために、出来るだけ低空から発射しましょう。

もう一度実験してください」


そして再び同じ条件で実験が行われ、今度は故障魚雷を7発に抑えることが出来たが、相変わらず前走魚雷を追走した為に命中魚雷は20発中の6発に留まった。

これを見た本部長は、複雑な表情を浮かべながら口を開いた。


「まずは一歩前進と評価できますね。あまり一度に欲は張らずに、後日の課題として気長に対処しましょう。

そもそもドイツ艦隊に対してこれを使用する予定は無いのですから、時間はたっぷりあります」


そう本部長は宣言されたが、技術者は安堵の表情を浮かべていた。

思わず私も技術者に助け舟を出してしまった。


「恐らくですが、前走魚雷に対する追走は100%カットできるとは思えません。

したがって、現行の試験モデルを制式採用しても、当面は問題ないと判断いたします。

そもそも誘導装置を持たない単なる魚雷と比較して考えた場合、命中率が30%というのはとても立派な数字です」


「そうですか…うん。そうですね。とにかく制式採用した後に技術を高めていくのも一つの方法かもしれませんね。

わかりました。ではこの滑空魚雷を『四式滑空魚雷』と命名して、運用実績を重ねましょう」


ほう?優柔不断な性格と聞いていたが、こと軍事に関わる問題についての判断は速いな?

何故かな?もしかしたら…


「念のためお聞きしますが、この兵器の使用可否に対する最終判断は首相が為されるのですか?」


私の質問に対して近衛元帥は驚いたような表情を見せた。


「…よくお分かりですね?

実はこの魚雷は、随分前から首相閣下が待ち望んだ兵器でしてね。

私個人としては、わざわざ魚雷にせずとも、そのままロケット兵器として弾頭を敵艦にぶつけた方が効率的と判断したのですが、兄は…いえ首相閣下は何故か水線下への攻撃にこだわっているのですよ」


やはりな。ご自身が責任者でないからこそ、冷静に判断できるのかもしれない。

首相がこの兵器にこだわる理由も、おおよそ察しがつくしな。


私は自分の推測した事を伝えた。


「…その理由は大型戦艦が、多数現存しているからではないでしょうか?

戦艦の装甲は一般的に他の艦より頑丈ですから、艦上構造物や舷側への攻撃は、要するに砲弾と大差ありませんし、そうであれば多数の命中弾が必要となりますが、水線下への打撃であれば少数の命中であったとしても確実に浸水をもたらし、それは必然的に速力の低下と艦体の傾斜を招きますので、極めて効果的と考えられます」


そう。速度が奪われれば、次の攻撃からの回避に影響するしな。


「…そういう話ですか。なるほど確かにそうかもしれませんね。

では戦艦という艦種が時代遅れとなれば、必然的に滑空魚雷も役割を終えるのですかね?」


そうだな。遠距離から攻撃する手段が確立されれば、戦艦は不要となるな。


「確かにそれは否定できません。

なかなか実感がありませんが、そんな時代がすぐ目の前に来ているのかもしれませんね」


いや、考えてみれば恐ろしい時代に生きているな。

だが、この滑空魚雷は一つの時代を終わらせるような、そんな画期的な兵器となりそうな予感がするな。



同じ頃…


Side:タチアナ・ニコラエヴァナ

於:ロンドン


久しぶりに四人で集まり、お姉様の提案を話し合ってから1年半。


あれから私は、ヨーロッパの親戚を回る日々が続いています。

植民地解放という難しい問題ですから、当然ながら一度の訪問で終わるはずも無く、何度も行き来しているのです。

もっとも…ほとんどの国の王室と政府は、ドイツとソビエトによって占領されてしまい、ここイギリスに亡命してきていますが。


多くの王室は当初、総じて植民地を手放すことに強い抵抗感を示していました。

難しいことは明確には分かりませんが、植民地というものは経済的な利益や国家の威信に必要であると考える人びとが多い為か、その喪失は王室の権威低下につながると懸念する意見が圧倒的だったのです…


最初に断られた日の夜、涙を流しそうになりましたが、過去のロマノフ王朝が行ってきた数々の過ちを考えた時には、とても許されぬ贅沢だと奮起した事をよく覚えています。

私たちの生まれたロマノフ王朝は、人々の血によって築かれてきたものだったのですから。


きっと、お姉様は日本で暮らすうちに、それに気付かれたのでしょう。

あの国は多少の戦乱期はあったとしても、ヨーロッパのような酷い状況とは一線を画する歴史を有していますし、植民地も農奴も存在しないのですから。


そんな日本の行動に刺激されたのか、一部の王室や政治家の方は、独立の潮流が不可避であることを認識し始めていました。

先の戦争もそうですし、今回の戦争によってもヨーロッパの国力が著しく低下し、国際的な世論も独立を支持する方向に傾く中で、植民地の維持は困難になると考える人びとです。


いくつかの国では武力による統治ではなく、自治権の拡大や段階的な独立といった、穏健な解決策を模索する動きも出始めていました。


これに対して独立後の植民地との関係がどのように変化するのか、経済的な影響や政治的な連携が維持できるのかといった点について、多くの王室は懸念を抱いていたと言っていいでしょう。


それでもありがたいことに、私がお姉様の名代として、また天皇陛下とアレクセイの代理として何度か行き来するうちに、王室の方々の態度と方針が軟化しつつあります。


植民地の多い国で言えば、オランダ王室はオランダ領東インドの独立運動に対して武力を用いようとしましたが、天皇陛下からの強い申し入れもあり最終的には独立を承認してもらえそうです。


ウィルヘルミナ女王との夜会において、女王陛下は「戴冠式において、私は『神の助けを借りながら、国民のために全力を尽くす』と誓いました。

ですが、それから時が流れ、もう我が国だけが繁栄を享受する、そんな一方的で偏狭な考えは通用しなくなっているというのは、よく理解しています」


そうおっしゃっていただいた時は、本当に嬉しかったですわ。


ベルギー王室は、コンゴを王室の私領として支配していましたが、国際的な批判の高まりを受け、国家の植民地とした過去の経緯があります。

こちらも独立運動の高まりの中で、最終的に独立を承認していただく運びとなりそうです。


本当は独立を要求される前に植民地を手放すのが、最も穏健な方法だったかもしれませんが、それは不可能だったでしょう。


問題はイギリスです。

ここ数年、王室内で様々な問題が発生していたイギリスですが、現在のジョージ6世陛下におかれては、個人的なご意見としては植民地の独立を承認いただけたのですが、「チャーチル首相はとても認めないであろう」とのことで、時期が来るまで保留となっています。


このあたりは駐日全権大使夫人である妹マリアの言う通りです。

ですが今は戦争中ですし、しかもまだ先の見通しが立ちませんから、少し時期的には早いのかも知れませんね。

この時間を利用して、周囲の方々の理解を深めてまいりましょう。


最後の難関がフランスです。

王室が存在しませんし、私たちの話を聞いていただけるような環境にもありませんから、こちらは政治的に決着していただくしか手段が無さそうです。


ともかく各国の王室に対しては、引き続き内密に粘り強くお願いをしていくほかありませんわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ