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【外伝】その頃、日本本土では


1943年(昭和18年)1月  


Side:有賀 幸作 (海軍大佐 空母「大和」艦長)

於:紀伊半島沖 


約5年の歳月をかけ、秘密裏に建造されていた、基準排水量7万トンの超大型空母「大和」型4隻が、全艦同時に竣工した。

1番艦「大和」、2番艦「武蔵」、3番艦「信濃」、4番艦「甲斐」の各艦で、早速合同での訓練が行われている。


艦内は複雑で、転勤してきたばかりの乗組員にとっては、まずそれを把握することから仕事が始まっている。

副長もその中の一人で、疲れた様子で帰ってきた。


「副長。艦内の様子はどうだった?」


「…いやあ艦長。格納庫は単純な構造ですから分かりやすいのですが、そこから下の艦内は複雑過ぎて、自分がどこにいるのかさっぱり分からなくなってしまいました。

これは慣れるまで時間がかかりそうです」


そうだろうな。艤装工事に立ち会った私でさえ、実のところ完全に把握できたとは言い難いからな。


「副長は、つい最近まで重巡に乗っておったのだから、余計そう思うだろうな?」


「はい。全くその通りです。

それにしても大きい艦だと事前に聞いていましたが、実際に目にすると想像以上です」


排水量以上に大きく感じるのは事実だからな。搭載機数は150機だがこれは余裕を見た数字で、実際にはもっと積めるのだから当然の感想だろう。


「この艦は当時国防大臣を務めておられた、首相閣下の指示による設計らしいからな。

藤本造船中将がその意を受けて、新機軸を盛り込んだと聞いている」


「例えばどういったものなのですか?」


「斜め飛行甲板の採用は、まず特徴として挙げられるだろう」


「そうですね。これは凄いと思います

発艦しながら同時に着艦も出来そうですよね」


「まあ確かにそうなのだが、斜め飛行甲板、いわゆるアングルド・デッキを採用した本来の目的は、重量が増大し、着艦作業の危険性が増す環境下での対応が主目的だ。」


これは近い将来に登場が想定される、噴進機の重量と速度を考えたら必須のものだろう。


「なるほど…ほかの方に聞いたところ、直線と斜めの飛行甲板を使用して、同時に発着艦する方法も考えているようでしたが」


「確かにそのような運用も、慣れれば将来は可能となるだろうな」


現時点でいきなりは難しいかな?


私は続けた。


「船体防御について言うと、水線下の装甲を厚くして対応するのが従来の考えだとしたら、この艦はそのような装甲に頼るのではなく、水密区画を増やして対応している。

それから飛行甲板についても、『伊勢』型や『出雲』型と同様に装甲を施してはいるが、それは最低限の重量に抑えた設計だ。

発着艦に必要な最低限の面積にすることで、重量を抑えているというわけだな」


あまり副長は理解していないかな?

怪訝な表情で言った。


「従来とは逆に装甲が少ないのですか?

飛行甲板の重量を押さえる必要性は、何なのでありますか?」


「一般的に重量物が上部にあれば、艦の復元力が悪化するから、これを回避するためには乾舷、つまり海面からの高さを低く設計しなければならんのだが、そうすると、格納庫は最低でも1段減らさなくてはならなくなって搭載機数減に直結する。

それを防ぐには、要するに高度なバランスが必要という話だ」


ようやく納得してくれたらしいが、感情が顔に出るのはあまり良い傾向ではないぞ?


「それで『出雲』型より、搭載機数が飛躍的に増えているのですか!」


「そうだな。それにダメージコントロールの考え方を徹底している。

消火装置も最新型だし数も多い。

従来の装甲に頼る考え方をしていた時代では、無かったことだろうな」


「対潜と対空を専門とする艦も直衛として随伴しますから、個艦防御には極端な重点を置いていないのでしょうなぁ」


「そういった見方も可能かもしれんな。

艦隊全艦で力を合わせて、敵に対応しようとする考え方だろう」


「それで我々は早速、地中海や北海に進出するのでしょうか?」


「そうではないかな?

陸軍は、東部も南部も順調にモスクワを目指しているらしいし、我々の出る幕は無いだろう」


「そうですね。

しかしさすがはトハチェフスキー元帥ですね!

敵を誘い出して、一方的に破るなんて鮮やかすぎます」


そうだな。「エカチェリンブルクの戦い」と名付けられた戦闘において、我が軍は歴史的な大勝を納め、ソビエトを追い詰めつつある。


そして東部戦線に投入された250万人の日露を主軸とした同盟軍は、着実にモスクワへ向けて前進しているが、現在その軍は二手に分かれている。

一つはカザフスタンを経由して、ウラル山脈南側からモスクワを目指す南方軍団と、もう一つがウラル山脈中部入口のエカチェリンブルクを起点とした、北方軍団だ。


エカチェリンブルクから西のウラル山脈は、それほど難所でもなく、鉄道もウラル西側のペルミ、その先のカザンへと繋がっているから進攻は容易だろう。


そしてもっと重要な点は、カザンの街はヴォルガ川に面しており、北の源流に向かうとモスクワ近郊、南側にあるカスピ海を目指して下っていくと、途中にあるのがスターリングラードだ。

しかも直線距離では、モスクワまで700km程度と近い。


さらにはソ連南部おいても、ウクライナ民衆の熱烈な歓迎のもと、順調に北上中だ。

前年6月に南部戦線を形成し、ルーマニアを橋頭堡とした200万人の日本軍は、ルーマニアとトルコの援軍も合わせて250万の兵力をもって、モスクワを目指し北上中で、連日の戦略爆撃機「朱雀」による猛攻によって、軍需工場をはじめとしたソビエトの重要施設を爆撃中で、戦況は明るい。



翌日


Side:笹井 醇一 (空軍少佐 空母「武蔵」戦闘機隊長)

於:静岡県沖 


ゴマ粒のように小さく見えていた、4隻の空母だったが、みるみるうちに、その巨大な姿がはっきりと見えてきた。


しかし周囲の護衛が少ないな。


あれ?飛行機救難船(トンボ釣り)以外は、対潜駆逐艦が2隻だけか?

まあ本来はその必要も無いのだろうな。

ここまでドイツがUボートを進出させてくるなど考えられないし、あくまでも念のためだろう。


それにしても…我々が着艦すべき母艦はどれだ?

周囲を旋回しつつ確認する。

見た目では明確に区別できないが、飛行甲板最後尾に「ム」と大きく表示されている艦が、俺たちの新しい職場である空母「武蔵」だろう。


だが近くで改めてみると…大きい!!

何なんだ?この怪物みたいな母艦は?

最近まで俺たちが乗艦していた「加賀」とは、比較にならん大きさだ。

しかもアングルド・デッキか!話には聞いていたがどんな感じだろう。


そんなことを考えていたら、母艦「武蔵」から通信が入った。


「笹井隊の到着を歓迎する。

指示に従って順次着艦されたし」


そうかい、歓迎してくれるとはありがたいね。

では俺から着艦しよう。

列機たちにお手本を見せなくてはな。


「了解した。1番機より着艦する」


さぁて一発で着艦出来るかな?

この機は注目されているだろうからな。

失敗して海に落ち、トンボ釣りのお世話になったらいい笑い者だ。


高度を落とし徐々に近付いていく。


おおっ?今までみたいに母艦の後ろからではなく、右舷後方から近付くからか、煙突の熱風や構造物が発生させる乱気流が穏やかに感じるな?


さて…それでも初物だから慎重に、と。


いつも通り、着艦誘導灯を確認しつつ、スロットルを絞り、最後の瞬間にわずかに機首を持ち上げ三点姿勢に移行して、機体後部の着艦フックでワイヤーを引っ掛けるという手順だ。


あっけない程のスムーズさで愛機は着艦し、着艦フックによって無事に停止した。

今までの母艦より、ピッチングやローリング、それとヨーイングといった複雑な揺れも少ないから、安心して着艦できるな!


まあ愛機と表現してしまったが、ここ数年、苦楽を共にしてきた機体じゃ無い。

俺たちは、開戦後にヨーロッパに派遣された第二機動艦隊の一員として、北海から地中海、そして黒海まで転戦し続けたが、飛行隊丸ごと転勤辞令を受けて一旦帰国し、立川で新型戦闘機の試作機を受け取ってここまで飛んできた。


よって、機体のクセも完全に把握したとは言い難い。


しかし、この試作機は凄い!発動機の出力が「零式」と比べても段違いで、しかも動きが俊敏で意のままに操れるし、「零式」も頑丈だったが、こっちはもっと頑丈だから、安心して急降下に持ち込める。

武装も20ミリ機銃が4丁と40ミリ機銃、いやこれはもう「機関砲」だな。

これが1門装備されている。

こんな重武装でありながら、航続距離は「零式戦闘機」の倍、3000kmもあるからな。


信頼性も高いし整備性も良さそうだ。


非の打ち所がない機体で、「零式戦闘機」との模擬戦に参加したが、よっぽど油断していない限り、後ろを取られる心配はないと言えるんじゃないかな。

あとは可動率をいかに維持するかだが、これにはスムーズな部品の支給が欠かせない。

まぁ現状だとこれも大丈夫だろう。

太平洋、インド洋、地中海、そして大西洋も我が軍が押さえているのだから。




Side:猪口 敏平 (海軍大佐 空母「武蔵」艦長)


笹井少佐率いる最強部隊がやって来た。

何といっても笹井少佐は、最強の撃墜王として世界的に知られ、「レッド・バロン」の異名を奉られた、マンフレート・フォン・リヒトホーフェンの持つ撃墜記録80機を超える、90機の撃墜数を誇るエースパイロットで、柔軟な思考と考課基準を持つ空軍において、驚異的な速度で昇進を重ねている。


彼は各地を転戦して、ソ連やドイツの戦闘機を墜としまくっていると表現していいだろう。

その結果、ついたあだ名が「黒海の貴公子」だという。


笹井少佐の薫陶を受けた部下たちも猛者ぞろいだ。

しかも制式採用されれば、「三式戦闘機」と命名される予定の新型戦闘機が彼らに配備されるから、まさに鬼に金棒だろう。

本艦は訓練を終えたら、ヨーロッパ戦線に投入されるだろうが、期待通りの活躍をしたいものだな。


「笹井少佐。よく来てくれた。私が艦長の猪口だ。よろしく頼む」


「はっ!ありがとうございます!今後とも全力で頑張りますので、ご指導ください!」


「うん。君は開戦以来ずっとヨーロッパで戦ってきたのだろう?

久しぶりの日本はどんな印象かね?」


すると笹井少佐は、それまでの精悍な表情から一転して、若者らしい態度で言った。


「それが……戦時体制一色かと思っていたのですが、少なくとも東京の雰囲気はまったく予想と違っていて、肩透かしを食らったような気分でした」


ほうほう。

最近よく耳にする話だな。この撃墜王も同様に感じたのだろう。


「やはりそう思うかね?

ヨーロッパ帰りの連中は大体そう表現するが、具体的にはどんな所かね?」


「街を歩く女性たちの姿に、まず驚きました。

以前より華やかな服装で…洋装がほとんどで、和服姿の若い女性はほぼ見かけませんでした。

髪型もパーマが流行っているのですかね?

全体的に以前よりも派手でした!

何というか…大正時代のモダンガールを、もっと洗練した感じと表現すればいいのでしょうか?」


そうか。私は身近に若い女性がいないからよく分からんが。


「若いだけに見る所が違うな。

他にはどんな所に注目したのだ?」


「街角のポスターです。

『欲しがりません勝つまでは』とか、或いは『贅沢は敵だ!』とかの標語で溢れているのかと思いきや、『消費は美徳なり』と書いたポスターを目にしたときは驚きました。

物資も豊富で平時と変わりありません。

少なくとも、ドイツ軍機の空襲に怯え、配給物資が不足しがちだったロンドンとは全く違います」


やはりそう思うか。私も同感だがな。


「ははは。意外だろう?

だがそれは東京だけでは無いし、地方に行ってもそれほど変わらんだろう。

最近の新聞に出ていたが、来年度の国家予算は600億円を要求するそうだ。

君はもうすぐ25歳になるのだったな?

ということは…1918年生まれか。

あの頃の国家予算は20億円前後だったと記憶しているから、比較したら30倍だな。

しかも予算の中身は戦争に使うだけでは無いらしい。

政治家の考えでは『ついでに思い切って色々とやってしまえ』という話なのだろう」


笹井少佐は目を白黒させながら言った。


「ははぁ…そうなのでありますね。

そう言えば、帰国後に電車に乗る機会があったのでありますが、車内で宗谷海峡トンネルとか間宮海峡トンネルの話題を耳にしました」


「そうなんだよ。

樺太の石油と天然ガスが、北海道と東パレスチナに供給されるようになったし、並行して列車の運行も始まった。

さらに現在は北海道と青森を結ぶ海底トンネルを建設中なんだ。

それから本州では『東海道新幹線』と、『東名・名神高速道路』。それに『首都高速』と『阪神高速』が完成しているからな!

しかも全国で高速道路や新幹線の建設が続いている。

どうやら戦争と経済は別物であるらしい。

我が国は同盟国や友好国が多いから貿易も盛んだし、当然かもしれないがな」


笹井少佐は理解が追い付いていないみたいだな。


「自分ではどういう話なのか分かりませんが、要するにアジア太平洋地域の資源を、何の気兼ねも無く使用できているからなのでありますか?」


そうだな。そうかもしれんな。


「私も専門外の軍人だから完全に理解は出来ていないが、まあそういう話なのではないかな?」


笹井少佐は少し考えながら言葉を発した。


「戦争とは、もっと悲惨なものだと覚悟していたのですが、現状ではそうなっていません。

この原因というか要因は何なのでしょう?」


う~ん。そう言われてもな?


「私が子供の頃とは、全く雰囲気が違っているのは事実だ。

その要因は…日露戦争の賠償金と領土を上手に活用したうえに、かつての敵国ロシアは、今では強固な同盟相手だ。

そのロシアの資源と、日本海を利用した交易も盛んで、ユダヤ人たちも資金面で協力してくれている。

要するに…良い流れが加速しているということなのだろう。

しかもヨーロッパとは独自の海上交通路、シンガポールやコロンボ、そしてソコトラ島などを活用できているし、中東の原油まで格安で利用できているからではないかな?」


とにかく、国民が明るい雰囲気で生活できているなら結構なことだ。

さあ。訓練と試験を計画通りに終わらせ、我々も戦場に向かうとしようか。


そう言えば、我が国が威信をかけて建造した、超弩級戦艦「壱岐」型はどうしたのだろう?

ヨーロッパで活動しているのかと思いきや、ヨーロッパ戦線帰りの連中に聞いても、見た事も無いし話も聞かないと言っていたな?


そもそもの話、4隻合計で1万人以上の乗組員が在籍しているはずだが、そういった辞令や発令を一度も見たことが無いのは奇怪だ。


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