【外伝】エカチェリンブルクの戦い 後編
1942年(昭和17年)12月11日 朝
Side :野中 五郎 ( 空軍大佐 爆撃機「朱雀」攻撃隊指揮官 )
於:チュメニ上空 1万1000m
「ったく。陸軍のやつらは、人遣いが荒すぎるんじゃねえか?
こんな朝っぱらから、しかもひでぇ気象条件で出撃を命じるなんざ外道の所業だぜ」
俺の発した悪態に対して、参謀がなだめるように言った。
「しかし隊長。命令ですから…」
この参謀とは付き合いも長い。
毎度お決まりの掛け合いみたいなもんだ。
実際はこの高度で飛んでいる限り、地上の天候がどうであれ、あまり関係は無い。
だが、こき使われている部下の不満を溜めないためにも、ここは悪態をついておいた方が良いだろう。
そんな思いで掛け合いを演じているわけだが。
「まぁやるしかねえか?」
あと少しで陸軍から指示された地点に達するな。
今回は地上の3箇所から発信される電波によって、目標地点まで誘導される。
これは最近実用化された誘導方法で、夜間爆撃において特に有効な手段でもあり、誤爆を防ぐという意味でも効果が大きい。
従って俺たちは、指示通りに爆弾を落とすだけ、という楽な仕事だ。
そろそろ目標も近い。
爆撃地点に対しては、北から南に移動すればいいらしい。
東西にはだいたい3kmに拡がって飛行しておけばいいと。
そして南北には10kmにわたって25番を落とすんだな?
3km×10kmとは、結構な広範囲じゃないか?
「全機ちゃあんと間隔をあけて、キッチリついて来てるか!?」
「はい!問題ありません!」
今回の出撃に動員された「戦略爆撃機 朱雀」の兵力は、実に3個航空団486機。
クラスノヤルスクや、ウラジオストクにある予備までかき集めての全力出撃で、1機あたり25番を16発積んでいるから全体では8000発近い爆撃だ。
そんな大規模な部隊が爆撃する地点はといえば…
下を向いても何も見えん!これは本気で悪態を吐きたくなった。
「しかしよぉ!下界は分厚い雲に覆われてて、なぁんにも見えねえじゃねえか!
いったい目標は何なんだ?
陸軍のすっとこどっこいめ!俺たちをなんだと思ってやがる。
俺たちは陸軍の家来じゃないぞ!爆撃目標が何なのかぐらい、事前に教えろってんだ!」
俺の苛立ちを感じたのか、参謀が本気で心配し始めた。
「隊長…そこらへんで…」
…まあ俺たちは指示通りに落としたら、さっさと引き返すから知ったことではないがな。
そんなことを考えていたら、航法士より報告があった。
「隊長!まもなく指示された地点に到達します」
ほぼ同時に通信士も声を上げた。
「あ…ちょうど今、爆撃開始を指示する信号を受信しました」
何となんと!上空待機せずに済むのか?
じゃまあ機嫌を直そうか。
「そうかい。時間もぴったりたぁ、恐れ入りやの鬼子母神だな!進路も合ってるな?そんじゃあ一発かますか!
爆弾扉を開けろ」
よーし。爆撃隊全機が爆撃コースに乗ったな。
「北西の季節風が強いからな。影響を考慮した補正値を入れて照準するのを忘れるなよ?」
まあ言わずとも分かっているだろうがな。
「進路そのまま…そのまま…よーソロ!
よぉおし!投下、はじめ!!」
まあいつものお決まりの仕事だから何の問題もないし、あっという間に任務は終了した。
こんな気象じゃ、仮に敵戦闘機が優秀であったとしても上がってこれないし、対空砲も気にせずに済むから楽でいいな。
「さぁて、全機ヌキ終わったな?
んじゃさっさと帰って宴会をするぞ!
あぁ、その前に陸軍部隊に連絡を済ませておけよ?」
だが、俺たちが吹き飛ばしたのが何なのか気になるな?
帰還したら司令部に確認して教えてもらおう。
同時刻
Side :ロディオン・マリノフスキー ( 上級大将 ソビエト陸軍 東方軍団 総司令官 )
於:ベロヤルスク湖上 南進中
この季節は湖面が完全に1m以上の分厚い氷に覆われ、戦車のような重量物も渡る事が出来るから、部隊の移動が楽でいい。
湖の周囲はタイガの森林に覆われていて行軍が困難だが、このルートであれば素早い移動が可能だ。
要するに我が軍団だけが高速道路を使用するようなもので、敵は予測しておるまい。
待っていろトハチェフスキー。
お前の背後に突如現れて退路を断ってやる
そして…お前をひっ捕らえてスターリン閣下のところまで送ってやろう。
私は今回の功績により、赤軍における最高位の立場となって全軍を指揮し、この戦争に勝利して英雄として尊敬を受けるのだ。
この本隊の進撃速度を計算すれば、それも間もなく達成できるだろう。
うん?吹雪の中だが、上空で航空機の爆音が聞こえる?
気のせいかと思っていたのだが……
周囲で爆発が発生し始めた!
これはいったい何だ!?
いや、こいつは爆撃だ!
それもとんでもない数の爆弾の雨が降り注ぎ、湖面を覆っていた分厚い氷が一斉に割れ始めた。
まずい!このままでは!
Side:ミハイル・トハチェフスキー
待っていた報告が連続して入った。
「閣下!空軍部隊から連絡があり、所定の場所における爆撃任務が完了したとの事であります!」
「偵察部隊より入電!敵左翼本隊は、ベロヤルスク湖上において全滅!!『生存者確認できず』との内容であります!」
やったか。
我が軍は敵に対して故意に隙を見せたが、これを包囲殲滅の好機と判断した敵の裏をかいた作戦が見事に決まったな。
ナポレオンによるアウステルリッツ会戦の仕上げが、どうやら史実ではないらしいが、今回のような方法だったという伝説がある。
さしもの分厚い氷で覆われた湖といえども、超高空から行われた250kg爆弾の猛爆に耐えきれるはずも無く、随所で割れてソ連軍将兵は戦車などの重装備と共に湖に沈んでいった。というわけだろう。
「了解した。それではまず、全周波数帯域への通信妨害を行って敵の耳を潰すぞ。
我々は密集隊形で急進し、正面に位置する敵中央部隊を攻撃する!
敵兵力は我が方の四分の一だから撃破は容易だろう。
その後は反時計回りの機動を行い、本隊を失って動揺する敵右翼部隊の左後背に回り込み、これを粉砕する!」
補給は十分に受けて燃料弾薬に問題は無いから、連続した攻撃も可能だろう。
これに勝利すれば支配地域は大幅に広がるだろうし、ヴォルガ川もそう遠くない。
そういえば今日は12月11日ではないか。
我がロシア立憲君主国の建国記念日だな?
ではその記念日に花を添えるとしようか。
side:イワン・コーネフ (ソ連陸軍大将 右翼部隊司令官)
ここ数日は凄い吹雪で前が見えないくらいだが、そろそろ敵発見の報告が有ってもおかしくない頃合いかな。
気象のせいか通信状態が悪く、ここしばらくは他の部隊との交信が出来ていないのが気になるが。
私の率いる右翼部隊は、敵の生命線であるシベリア鉄道を抑えた上で、ゆっくりと北上してきたが、作戦の目的の一つである、シベリア鉄道の奪取に成功したのは大きかったな。
そこへ参謀から報告がもたらされた。
「司令官。敵が現れました!」
ようやく現れたか。
位置は我が軍から見て10時から11時の方角だろう。
「そうか。では予定通りに密集隊形で前進し、敵の分断を図るぞ」
だが、報告は我が耳を疑う内容だった。
「そ、それが敵が左の側背部に出現しました!」
馬鹿なことを言うな。頭がおかしくなったのか?
「何を言っている?我らは敵に向かって前進している。
すなわち、敵は前方にいるのだ。
そんな場所にいてたまるか!」
だがこいつはしつこく食い下がった。
「違います!間違いなく、敵軍は我が軍から見て8時の方向に出現しました!」
わけが分からん。それなら敵は我が中央部隊を放置するという、非常識な機動を行ったというのか?
一瞬焦ったが、落ち着け!対応策は有る。
そうだ。
我らは左翼本隊の到着を待てばよいのだ。
慌てたふりをして時間を稼ぐとしようか?
そうだな。敵はこちらの倍の戦力を擁しているという話だったのだから、この場で反転して対応するのは悪手だ。
よって背後から攻撃を受け続けてしまうが、これに耐えつつ、3時方向へ進軍して攻撃を受け流せば、味方の左翼本隊が到着して、敵の左側面を突く形に持っていけるだろう。
反転するのはその時だな。
更に中央部隊と呼吸を合わせれば、敵を縦深攻撃する事で殲滅が可能となるだろう。
計画通りだ。
我が部隊は相応の被害が出るだろうが、まさに「肉を切らせて骨を断つ」作戦だな。
うん?これは敵将トハチェフスキーの編み出した戦法ではないか!
まさに「策士、策に溺れる」という言葉通り、因果応報だな。
そう判断した。
そして敵の一方的な攻撃に晒され、多大な被害を出しながらも最終的な勝利を確信し、前進を継続していたのだが。
今度は別の幕僚から味方についての報告があった。
「コーネフ司令官!最前線の偵察隊が帰還し、報告がありました。
それによれば、我が左翼本隊は壊滅した模様!従って来援はありません!」
なん…………だ、と?
「それは事実なのか!?事実であれば急いで中央部隊と合流するぞ!」
だが、こうなると中央部隊はまだ存在するのだろうか?いまだに姿を現さないところを見るに、もしかしたら……
いや、一番数の少なかった部隊を、敢えて正面に置いて囮としたのだ。
既に中央部隊は存在しないものとして行動した方が賢明だな。
それであれば、この場で反転して踏みとどまり、なんとしても敵を押し返すしか方法が無い!
そう考えて奮闘すること1時間。
しかしついに…
同日 夕刻
Side:近衛 彦麿
最前線のトハチェフスキー元帥から、敵の大軍を打ち破ったとの報告が来た。
今日は24回目の建国記念日だったが、めでたい事が重なったね!
早速、僕は宮中に参内してアレクセイに報告した。
「陛下。我が陸軍がウラル山脈東方にてソ連の大軍を打ち破りました。
今後はエカチェリンブルクを押さえたうえで、いよいよウラル山脈を越え、ヨーロッパ側へ進軍していく事となるでしょう」
それに対してアレクセイは感慨深そうに言った。
「エカチェリンブルクか……我が一家があの地で危機に瀕してから随分時間が経つが、今でも思い出したくない場所だな。
姉上たちも皆、同じ気持ちだとは思うが」
そうだね。でも今回はめでたい話だから、後でアナスタシアにも教えてあげよう。
「私はまだ訪れた事がありませんが、近年においてはあの街は軍需工場が集中しているそうですから、制圧する意味は大きいと思います。
ソ連側もそれが分かっていたからこそ大軍で迎え撃ったのでしょうし」
だけどそれが致命傷になりかねないね。
ソビエトは、まさか東側から攻め込まれるなんて想定していなかっただろう。
どうせ日露を制圧したらドイツとの決戦を始める事を考えていただろうし、歴史的に見ても西からの侵攻に備えるのは伝統的な考えだろうからね。
同日 夜
Side:ヨシフ・スターリン
「なに!?陸軍が大敗したと!?
ウラル山脈東方で迎撃し、一気に押し返すはずではなかったのか?
被害状況はどうなのだ!?」
「はい同志書記長…将兵の損害は死傷者350万人、喪失戦車3000両。捕虜が50万人出たそうであります」
ほとんど全滅と言える損害ではないか!だが敵と刺し違えたのなら、許してやっても良い。
「敵に対して被害に相応しい損害は与えたのだろうな!?」
これ以上前進出来ぬくらいの痛手を与えたのであれば良しとしてやる。
これで当面の敵は排除出来たのだからな。
「そ、それが… マリノフスキー総司令官を失った後は残った部隊間の連携が取れず、中央部隊は瞬時に粉砕され、右翼部隊のコーネフ副司令官は左後背からの奇襲を受けつつも、反転して奮戦していたのですが…。
部隊後方にジューコフ率いる敵の予備部隊50万が現れて、挟撃を受けた為に壊滅しました。
敵に与えた損害は微々たるものとのことです…」
なんだと!!怒りで体が震え始めた。
「微々たるものとは!?具体的に言え!」
「は、はい。『敵の一個師団に損害を与えた可能性あり』との内容でした」
「同盟軍の一個師団とはせいぜい1万5000がいいところだろう!
しかも『可能性あり』とはなんだ!
それでは一方的に殲滅されたに等しく、我が赤軍は押しまくられただけではないか!
これから先の進軍を許し、万が一でも敵にヴォルガ川を押さえられてしまったら、我らは万事休すとなってしまうぞ!」
それ以前にエカチェリンブルクがロシアの手に落ちては大変だぞ。
これは…敵を誘引する戦略が間違っておったのだろうか?
誰だ!誰が儂にこのような策を吹き込んだのだ!
責任を取らさねば納得できん!
儂は他人事のような顔で座っておるモロトフと目が合った。
犠牲の山羊はこいつに決まりだ。儂は神は信じないがな。
こんな時に儂と目が合ってしまった、自らの不幸を呪うがいい。
「モロトフ外相。君の策は失敗したみたいだな?
どう責任を取るつもりかな?」
「えっ?……私は同志書記長のご指示通りに、ゲルマーニヤとの共闘戦線を構築したに過ぎませんが…」
反抗するつもりか!?
「ミロシニチェンコ親衛中尉。たった今、反革命的言辞があった!モロトフ外相を逮捕・拘禁したまえ!」
「はい!同志書記長!」
モロトフが弱々しい声を漏らした。
「同志書記長…お許しを…」
ふん!役に立たんやつは消えろ。
「たっぷりと収容所にて反省するがいい」
これで少しは怒りが収まったかな。
それは良いとして…何か対策を講じないとマズいぞ!




