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【外伝】エカチェリンブルクの戦い 中編

1942年(昭和17年)12月7日


Side :ロディオン・マリノフスキー ( 上級大将 ソビエト陸軍 東方軍団 総司令官 )

於:ウラル山脈東麓 エカチェリンブルク市の東北にて


「そうか。ようやく動き始めたか」


主席参謀が報告を続けた。


「はい。偵察部隊からの報告によれば、敵の総兵力は200万人。

主力戦車の『tip98(九八式戦車)』が2200両と見込まれます」


うん?これまで敵の総数は250万だったはずだな?


「…残りの50万はどうした?」


「気象条件が悪く判然としませんが、東方のチュメニ近郊にて待機中ではないかと想像します」


後詰か予備か。いずれにせよ大した兵力ではないな。


「本隊の具体的位置はどの辺りだ?やはりシベリア鉄道に沿って来ているのか?」


参謀が自らの想像を交えて意見を述べた。


「それが…シベリア鉄道よりも、かなり北側を進撃中です。

おそらく我が方の存在に気付いているためだと思われます」


これは…本格的に焦り始めたな?


「私の率いる左翼部隊は、エカチェリンブルクよりも北に進出してきた。

そのため敵は補給線を守るよりも、我々への対応を優先している。

つまり、奴らの生命線とも言えるシベリア鉄道を奪う好機だな?」


「はっ!その通りだと思われます。

従いまして、まもなく同盟軍は地上から姿を消すことになるでしょう」


うん。

この夏にチュメニまで進軍して来た同盟軍だが、そこで進撃を中止し、態勢を整えているような素振りを見せた。

どのような状況か探らせたところ、彼らは補給物資の供給に苦労しているらしい事実が判明した。


ようやく効き目が出て来たかと、ホッとしたのが正直なところだ。

もっと早く兵站で苦しむかと思っていたが、シベリア鉄道は効果的で偉大であるというのが、またしても証明された格好だな。


あれから数ヶ月経つが、ここにきてまた西進を再開したらしい。

懲りない連中だ。

この極寒の状況では彼らも戦車などの車両のエンジンを切ることは無いだろう。

つまり燃料消費が夏季に比べて激増するのだ。

どうして暖かくなって補給にゆとりが出るまで待てない?

それほど追い込まれているのか?


季節はもう厳しい冬を迎えており、同盟軍に対する補給面への負荷は、これまで以上に重くのしかかる一方であるはずだし、こちらから本格的に攻撃する良い頃合いと言えるな。


いかにトハチェフスキー元帥やジューコフ将軍が、有能であろうとも、覆せない現実はあるのだ。

お前たちは燃料の消費は出来ても、生産など出来まい?

我が軍はスターリン閣下の指示通り、そろそろ決戦を仕掛け、彼らに壊滅的打撃を与えて撤退に追い込もう。


いや…上手く行けば、その戦力の殲滅も決して夢ではない。

私はその為に必勝の作戦を用意したのだからな。


副司令官のイワン・コーネフ大将が私に確認を取った。


「マリノフスキー総司令官。

それでは、軍団編成はこれで最終決定ということでよろしいですか?」


「良いだろう。

敵を包囲殲滅する目的で、軍団を3つに分けたが、私の指示通りに動くよう徹底させろ」


この作戦は私が考えた必勝策だ。

補給に苦しむ敵は間違いなく短期決戦を狙ってくるし、長期戦を採るなど考えられない。

我々はそれに対してシベリア鉄道を襲う動きを見せつつ、敢えて正面の中央部隊を弱く見せて敵の更なる進撃を誘い、西の奥深くまで故意に攻め込ませるのだ。


そして次に南から、我らから見た場合は右翼部隊だな。

これの圧迫によって、長く伸びた敵の側面を突き、あわよくばその中央を突破する。


仕上げは私が直卒する本隊で、北部にある凍結したベロヤルスク湖を縦断するのだ。

そして敵の後背に突如として出現して退路を断ち、最後は全軍で包囲して殲滅する。


仮に敵が、補給線である南側を走るシベリア鉄道の死守を第一に考えた場合は、我が右翼、南側の部隊に対して最初に相対しようとするだろう。

だが、中央部隊に比して距離があるから、敵が南に進軍した隙を利用し、正面中央部隊を前進させて敵の背後を突けば、同じく包囲が可能となって足止め出来る。


最後は本隊が到着して敵を打ち破るから、勝利は疑いない!


これで確実に勝てそうだが、更なる朗報がもたらされた。

参謀が先ほど触れたように、天候が荒れて、この先1週間程度は視界が極端に悪くなり、季節風も強まるとの予測内容がもたらされたのだ。


ふふふ。これでは、あの恐るべき重爆撃機からの爆撃は無いだろうし、「ノーリ(零式)戦闘機」も戦場に投入されまい。

一時的にではあるが、日露戦争時代の戦闘形式に逆戻りするのだ。


私は「イエナの戦い」において、プロイセンのブラウンシュバイク公カールを戦死に追い込んだ、ナポレオン配下の「不敗のダヴー」のごとき名声を得るだろう。


これぞ「赤いナポレオン」に対する、皮肉以外のなにものでもあるまい。


では全部隊指揮官に号令しようか。


「我らは赤軍における最精鋭部隊であるだけでなく、兵力面においても敵に倍する。

十分な兵站物資もあるし、作戦も完璧だ。

しかも、我々は待ち構えておったのだから疲れもない!もはや勝利は疑いないぞ!」


よしよし。

そろそろ所定の位置まで動くとするかな。



12月9日


Side:ミハイル・トハチェフスキー (ロシア陸軍元帥 同盟側 東部方面軍 「一時的な」総司令官)


於:西シベリア平原 エカチェリンブルク市から東に60㎞


わが軍は、チュメニにおいて十分な補給と休養を行い、サモトロール油田からの補給線も確保したうえでゆっくりとここまで西進してきた。

今日はとても天候が悪いから、超高空からの重爆撃機による爆撃は、『一定の条件』を満たさない限りは使えないだろう。

だが、私はそれを待っていた。


何故なら今回の相手は、今までのように後方に「督戦部隊」が存在するような急ごしらえの軍隊ではなく、赤軍の中でも最も練度の高い部隊で構成されていると判明したからだ。

従って「督戦部隊」を、超高空からの爆撃で吹き飛ばすという戦術はとれないし、効率が悪いだろう。


だからこそ、今後しばらくは天候が荒れるであろうタイミングで戦いを仕掛ける事にした。

決定的な勝利をこの地でもぎ取ることこそ、この戦争における大きなインパクトを与える象徴的な戦いとなるだろうからだ。


私は今回だけ副司令官となったヤマシタさんに訊ねた。


「ヤマシタ大将。敵情報告はどうなっていますか?」


「敵は大きく3つの集団に分かれ、我が方を包囲殲滅せんとする意図を感じます。

まずは我が軍の正面に当たるエカチェリンブルクの東方30km。我が軍から見ても前方30kmの距離に中央軍団が存在しております。

兵力は約50万人、主力戦車『T-34』は500両ほどです。

次に敵の右翼、我が軍の南方80kmの位置には、チェリャビンスクを発した軍団があり、こちらの兵力は100万人。戦車が800両と見込まれます。

そして…最も規模の大きな軍団が、北方にあるベロヤルスク湖対岸を隔てた100km地点にあり、こちらに向かっています。

この部隊は兵力300万人、戦車は2000両と見込まれます。

やはりシベリア鉄道という獲物に食い付いたと言えるでしょう」


やはりな。そこは予定通りと言える。

敵の総数は合計すると450万人。戦車3300両か。


我が軍は後方30kmに残した、ジューコフ中将率いる50万人の予備兵力を除いて、ここにいるのは200万人だから、彼我の兵力差は倍以上となるな。

戦車においても倍近い差となるが、敢えてここで決戦を行おうと思う。


我が軍は三方を敵に囲まれているわけだが、この場合に我らが絶対に達成しなくてはならないと、一般的に思われることが二点ある。


一つは数的に優勢な敵を合流させないこと。

これは当然だろう。合流させたら兵力の少ないほうが極めて不利で、更に困難な事態に追い込まれる。


もう一つが、我が部隊の南側を東西に走る補給線(シベリア鉄道)の確保で、南側の敵に奪われないことだ。

これも当然だろう。

退路の確保も重要だが、こちらのほうがより重要だ。

そう敵も判断するだろう。


これに対する私の考えは、「内線作戦」を用いた各個撃破を応用し実行する策だった。

圧倒的に優位な敵の裏をかいて勝機を見出すのだ。


内線作戦とは、彼我の部隊の位置と態勢によって決まる作戦の類型名だが、これは複数の敵の間に位置する態勢、普通に考えたら死地に置かれた状況からの逆転を狙った戦法と私は理解している。

すなわち、分進合撃の最中にあって、未だ合流を果たしていない敵を、各個撃破に持ち込んで殲滅させようとするものだ。


一方の敵は、我が軍とは逆に「外線作戦」を選択する形となる。

複数の部隊と補給線によって、我らを押し込もうという態勢であり、この際の最も重要なポイントは各部隊間の位置的、時間的な連携が作戦通りに実行できるか否かに掛かっているだろう。


この「外線作戦」を成功させた具体例をナポレオン時代に求めれば、それは「ライプティヒの戦い」が挙げられるだろう。

これを有効に使用して対仏大同盟諸国軍は、ナポレオンに勝利した。


ナポレオンが負けた側なのだ…

この戦いの結果、フランスは最終的に敗北して第一帝政は崩壊し、ナポレオンはエルバ島に流される結果となったのだ。


考えてみれば、ナポレオンの人生はロシア遠征失敗を契機として坂道を転がり落ち始めたが、私も「赤いナポレオン」と呼ばれる男で、彼と同じようにモスクワを目指して進軍中という共通点がある…


いや!嫌なことは考えないようにしよう。

目の前の戦いに集中するのだ!


今回で言えば、正面の敵50万は、明らかに我らを誘うエサで、我らを西へ西へと誘う役目があるだろう。

すなわち、彼我の距離が近付けば彼らは後退するだろうから、我が軍は自然と縦長の陣形となり、そこを南側の右翼部隊を動かして攻撃を開始させ、我が軍を前後に分断して各個撃破を行うだろう。

最終的な仕上げが、北部に位置する軍団で、おそらくこれが本隊と思われる。


挿絵(By みてみん)



この部隊によって我らの退路を断つ計画だろう。


では我々はどう動くべきか?

一般教則を用いるなら、対応策はA案とB案の二つが考えられる。


まずはA案だ。

シベリア鉄道を死守する為、南側の敵側右翼部隊を先に集中攻撃する。


この案を採用して右翼部隊に攻撃を集中すれば、我が軍に最も近い位置に展開している中央部隊が前進を開始し、我が軍の後方を襲うだろう。

反転してこれを打ち破ることは可能だが、時間を稼がれてしまう結果につながるから、敵左翼本隊の到着によって我らは壊滅の危機に陥ることが予想される。

しかも中央部隊は決戦を避け本隊の到着を待つだろう。


従ってあまりよろしい選択とは言えない。


次にB案を見てみよう。

敢えて敵の策に乗り、正面の敵に対して攻撃を開始する。


危険が大きいが、得られるものもまた大きいかもしれない。

ただし、我らは縦長ではなく密集して動く必要がある。

一時的に補給線を危険に晒しても実行する価値は有るかもしれない。


だが中央部隊を粉砕しても、その次の段階における打開策が無い。

結局のところ敵の左翼本隊が到着することによって、退路を絶たれる危険性が高い。


このパターンとなれば、中央部隊を破った我が軍は反転して、敵の左翼本隊を迎え撃つ形となった場合、右翼部隊が我が軍の後方へ回り込んでくれば万事休すだ。


あるいは中央を破った後に、右翼部隊の左側背部に回り込んで攻撃しても、相手に受け流されてしまえば結果は同じだ。


A案よりはマシだが結果は敗北だ。


そこでC案を考えた。


敢えてこの地に踏みとどまり、敵の動きを待つ。

最も遠い位置にある敵左翼本隊が移動を開始するまで待つのだ。


この時期は既に湖は完全に凍結し、分厚い氷に覆われているから、タイガ地帯を行軍するよりベロヤルスク湖を進んだほうが楽だ。

私としても、そこを進んでもらったほうが時間的計算もしやすい。

そして敵の左翼本隊が湖上にあるのを確認して、我らも動き始めるのだ。


勝利のための秘策は事前に講じてある。


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