第十二話 台湾政策について
Side:近衛高麿
日清戦争終結に伴う下関条約によって、台湾の統治権も日本が手中に収めたから、ここも要確認だな。
ただし、朝鮮半島とは違って、台湾の地政学的価値は日本にとって不可欠なものとなる。
俺は父に確認をとった。
「ところで下関条約によって、台湾も日本の統治下に入るそうですが方針は決まっているのですか?
「台湾総督府を設置して統治するらしいが、お前には何か策はあるのか?」
まあ、この時代の日本人らしく、戦略的思考が感じられない回答だな。
だから俺としては、父の意識を現実的で未来志向な方向に誘導しなくてはいけないだろう。
「そうですね。台湾は立地的にも欧州や東南アジアとの交易においても、非常に大切な位置にありますので、日本が統治するのは大変結構なことだと思います。
また台湾は肥沃な土地になり得ますし、住民の意識も朝鮮とはまるで違うでしょうから、それほど難題があるとは思えません。
ただし、開発や資本投資は徐々にゆっくりと進めてください。日本本国の開発を優先して行うべきですので」
台湾の地政学的有用性は、朝鮮半島とは比べ物にならないほど大きいのだ。
まずは列島線としての効用で、千島列島から台湾までの線を活かし、大陸勢力を閉じ込める防壁として活用できる。
また、日本の海上交通路にとっても、極めて重要な場所に位置している。
それぞれの地域に住んでいる人間について言及すると、朝鮮の民衆と台湾の民衆には違いがある。
それは何かといえば、朝鮮の民衆が英語で言う『nation』に近い位置にいるのに対して、台湾の民衆は、『ethnic』に近い位置あるのが最大の違いだ。
日本語で言えば、どちらも『民族』という意味だが、国家を形成する程の文化と歴史を有するのがnationで、そうでないのがethnicと分類できるだろう。
よって、これら地域を植民地とした場合に、一致団結して宗主国に反抗する危険があるのがnationであるのなら、ethnicは比較的危険性は低いと言えるだろう。
だから、史実の台湾統治も朝鮮に比べれば、霧社事件のようなこともあったにせよ成功したし、歴史的怨恨にも繋がらなかったわけだ。
もっとも、歴史的怨恨がなかった件については、日本の後に台湾を治めた国民党のおかげでもあるがな。
というのも、日本から国民党に体制が替わった時に、台湾人が言った言葉は『犬が去って豚が来た』だった。
つまり少々口うるさいけれど、役には立つ犬が去った後に、ただ喰うだけで役に立たない豚が来て、大変困ったということだ。
面白いことを言うな。
また台湾は、清国政府が今から20年以上前に、『台湾は化外の地』であると公式に宣言した土地だ。
要するに「台湾はウチの領域ではないんです」と、中国政府が公式に認めたのだ。
それを第三次世界大戦時にも言って欲しかったよな!
いずれにしても、台湾の統治に際しては住民感情にも十分留意しつつ、じっくり時間をかけて行うことが決定したみたいで何よりだ。
資源も人材もまず日本国内に集中投入してほしいからな。
日清戦争に勝利し、国際的に注目されるようになったとはいえ、まだまだ無い無い尽くしの状態なのだ。
他民族に手を差し伸べる余裕はない。
お人好し国家日本の悪癖は、少しでも改めさせないといけない。
とはいえ、当面の対外政策は仕込めたな。
後は父が上手く根回ししてくれることを期待しよう。
今後の俺のプランで、最も鍵となるのがイギリスだ。
・史上最強国。
・七つの海の支配者。
・日の沈まぬ帝国。
パーマストン子爵こと、ヘンリー・ジョン・テンプルは既にこの世にいないが、もし存命ならと考えるだけで恐ろしい。
そんなイギリスを朝鮮半島に引き込めたら面白いことになるぞ。
さすがのイギリスも、あそこの地政学的意味に気づいてはいないだろう。
日本にとって北緯39度線から南に、大陸勢力が来る事態は死活問題だ。
だが同様に、39度線に海洋勢力が来ることは大陸勢力から見ても悪夢なのだ。
中華にしてもロシアにしても、枕を高くして眠れなくなる。
この関係は令和でも同様だった。
北朝鮮が潰されずに体制を維持できたのはこれが要因だ。
つまり、決して偶然ではない。
アメリカも日本の苦労を研究していたら、もっと守りやすい39度線を停戦ラインとすべく頑張ったはずなのに、理解できなかったばかりに38度線を選んだ。
こういうところが雑なアメリカ人らしい。
史実の日本が苦労したように、イギリスには苦労してもらおう。
その間に我が国は経済力を高めよう。
日英同盟における日本の存在価値が高まれば、史実よりも、もっと楽な展開になるのは間違いない。
そして第一次世界大戦により深くコミットして、その後の世界を動かしやすくするのだ。
そういえば…日英同盟への懐疑派筆頭は伊藤博文だったな。
反対しないように手を打たないといけない。
史実と違って、同盟が流れたら大変なことになる。
ああアレを使って懐柔するか。
大日本帝国憲法の欠陥を修正するのに一石二鳥だ。
ということで次は憲法修正だ。