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【外伝】エカチェリンブルクの戦い 前編

1942年(昭和17年)11月


Side:ミハイル・トハチェフスキー (ロシア陸軍元帥 同盟側 東部方面軍 副司令官)


於:西シベリア平原 チュメニ近郊


昨年夏に進軍を開始して以降、ここまでは順調に西進できているといって差し支えないだろう。

クラスノヤルスクからモスクワまでの3300kmのうち、だいたい半分くらいの地点まで進出できたことになる。

チュメニにおいては、皇族の方々が最前線の慰問に訪れてくださった。

兵士の士気は大いに向上したし、とてもありがたい出来事だった。


そこまでは良かったが、しかし、問題はその後にあった。

補給の問題が表面化したのだ。


ソ連軍は、スターリンたちは、我が軍をシベリアの奥深くまで誘引し、補給線に負荷を掛けて均衡を崩したうえで、一気に決戦に持ち込むであろうことは戦前から予想されていたことだ。

故に点在する街を確実に制圧し、補給拠点と飛行場を整備し、慎重に時間をかけて進軍してきたのだ。


だが、計画以上に供給網が逼迫している。


頼みの補給線であるシベリア鉄道が、せめてあと1ルート存在していれば、話が全く違っていたのかもしれないが、とにかく燃料の消費量が多く、補給部隊に過剰な負荷を掛ける事態になりつつあったのだ。

ヤマシタ総司令官や、ジューコフたちとも話し合ったのだが、戦術や戦略の話ならともかく、補給という現実は非常に対処の困難な課題として重くのしかかっていた。


特に冬期が問題だ!


以前も触れたが、エンジンオイル等の凍結を防止する対策としては、最も簡単な手段がエンジンを切らない事なのだが、当然それによって燃料消費量が増大し、補給に過大な負荷を掛ける要因に直結する。

ましてや、本国から離れれば離れるほどその現象は表面化し、一般の将兵にまで状況が知れ渡る事態になりつつあった。


良くない。これは非常に良くない現象だ。


これから西へと進めば進むほど、事態の悪化が予想され、正直な話として悲観論が頭の片隅にちらつくようになっていたのは事実だった。


更に頭の痛い問題が表面化した。

膨大な数に膨れ上がった捕虜の問題で、食べさせるのにもひと苦労だったのだ。

なぜそれほど膨大な捕虜が存在したのかと言えば、ソビエトらしい卑劣さががもたらしたもので、実に人命を軽視した戦術を採用しているのが原因だった。


その象徴が「督戦部隊」の存在だ。


ソ連は最初から人海戦術による突撃を繰り返してきているが、優秀な将校と指揮官に恵まれていないのが致命的で、単に戦死者と捕虜を増やすだけの行為となってしまっている。

この状態は、先の世界大戦時の帝政ロシア陸軍と殆ど同じと言ってよく、違う点はソ連兵の後方に「督戦部隊」がいて、一般兵を脅して前進させている点だ。


私は慣れているが、日本の方々には信じられない存在だったみたいだな。

いや、私自身の感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。


当然ながら、ヤマシタ大将からも疑問を投げかけられた。


「トハチェフスキー元帥。ソ連軍はなぜあんな無謀な突撃を繰り返すのですか?

日本軍も、かつては肉弾攻撃に近い方法を検討した時期があったのは事実ですが、今ではもう考えられません。

あれでは命の無駄遣いとしか言いようのない、自殺行為に等しい行動ですが、一体どうなっているのでしょう?」


「あれはですね。申し上げにくいのですが、後方に『督戦部隊』が控えていて、前線の兵士が逃げ出さないように監視し、必要と判断した場合は後方から味方を攻撃して、前進以外の方法を奪うのです」


総司令官の顔は見るからに歪み、深い嫌悪の色を浮かべた。


「つまり、兵士たちは自らの意思で我々に向かって来るのではなく、そうせざるを得ない立場に追い込まれていると?」


「ご指摘の通りです。

その証拠に、最前線部隊の装備は貧弱で補給も僅かですが、後方の『督戦部隊』は装備も最新式で、機械化率も高いのです」


山下大将は怒りに震えているな。


「ではその『督戦部隊』とやらを優先して攻撃しましょう。

といっても、陸上部隊を用いたら我が方にも無駄な損害が出てしまいますから、高空からの爆撃が最も有効でこちらの損害も少ないので実行しましょう」


そして空軍指揮官の寺本さんと協議して、戦略爆撃機「朱雀」を用いた超高空爆撃を実行した。


政治局員を頂点とする督戦部隊は、共産党において重要な役目を果たす存在で、常に指揮官に同行し指揮官以下の軍全体を監視している。

彼らの意識は共産党への忠誠が一番で、軍事的合理性は二番以下という厄介な存在であり、我ら軍人から見て憎悪の対象となっている。


この政治局員の存在自体が、猜疑に満ちたスターリンの心が作った歪んだ存在と言えるが、私が在籍していた時よりも、その存在が大きくなっていると感じる。


きっと私やジューコフをはじめとする、参謀や幕僚たちが一斉に亡命したために、スターリンの猜疑心に火がついたのだと想像する。

せっかくドイツとの間で結んだ「ラパロ協定」によって育て上げた、大切な将校や将軍を粛清してしまったのでは話にならない。


そして…督戦隊のプレッシャーが解けた、前線部隊における捕虜の数は異常な数値となっていて、シベリア鉄道は往路が軍需物資を満載しているが、復路は捕虜を満載している状態で、本国の捕虜収容施設はいくら拡幅してもキリがないとの話だ。

我らの補給線を圧迫する目的で、故意に捕まっているのでは?との声が一部で出ているほどだった。


そうかもしれない。


いや恐らくそうなのだろうが、だからといって捕虜を粗末に扱えない。

この捕虜の存在が、我らを苦しめていた要因の一つであることに疑いはなく、一種の焦土作戦を仕掛けられているに等しいから、何か抜本的な解決策が無いと、最後はソ連軍に押しつぶされてしまっただろう。


実に汚いやり方ではあるが、戦争においてはよくある風景でもあり、我々としては反共産党プロパガンダに積極的に利用できる点だけは良い。



そんな時、私が考えた事すらなかった解決策が提示された。

我が国のコノエ首相より、「チュメニ近郊に、大規模な油田が眠っている可能性が高い」との情報がもたらされたのだ。


当然だが、ヤマシタさんは信じていなかった。


「トハチェフスキー元帥。疑うつもりは無いのですが、本当に油田が存在するのですか?

何だか都合が良すぎるような気がしますが」


「ヤマシタ総司令官…私もそんな気がするのですが、指示ですし、一応探索してみましょう」


「そうですな……」


そう半信半疑で指示された地点を探索したのだが…


あった!


それも信じられないくらいの量を産出する巨大油田が見つかった。

しかも一箇所だけではなかった。

指示された複数の場所で発見された。

中でも有力だったのが、チュメニの北東部、オビ川流域のサモトロール周辺で発見された油田だった。


これは…もしかしたら、世界的に有名なカスピ海西岸、アゼルバイジャンのバクー油田に匹敵するか、もしかしたら上回るくらいの量が確保できるかもしれない。


当然だが、精製設備を整備して安定的に供給されることが前提だが、我が遠征軍がどれほど無駄遣いしようが、全く問題無いと断言できるだけの量が確保できそうで、一気に問題が解決出来る見込みがたった。


しかも補給線に負荷を掛けないどころか、燃料の輸送をしなくて済むのだから、その余裕が出た分で多めに食糧や武器弾薬の補給が可能となる!


だが不思議なのは、なぜコノエ首相はこんなことを知っているのかという点だが、ロシア立憲君主国に長く住む者たちは不思議ではないらしい。

これまでも金鉱や鉄鉱石、油田にガス田といった地下資源を数多く「発見」した実績があり、この近辺の油田についても昔から予言(?)していたそうだ。


何れにしてもこれは、この戦争の行方を占う際において無視などできない巨大な要素だ。


あれから3ヶ月ほど経つが、我が軍はチュメニ近郊に留まったまま、原油の精製設備の完成と、十分な備蓄が整うのを待っている。

そんな中で、私はソ連軍に対して勝利する、具体的な戦術構想が固まってきた。


「ヤマシタ総司令官。本当に油田があったことはとても喜ばしいのですが、もっと重要な点はソビエト軍や共産党の連中は、この事実に気付いていないという点です」


「おっしゃる通りですね。彼らはわが軍の補給線が伸び切り、前進も後退もままならない状態になる事を期待し、準備しているでしょう」


そうだ。敵としては当然それを狙っているだろうし、それであれば対処は容易だ。

そこで私はヤマシタさんに提案を行った。


「スターリンは間違いなく、ウラル山脈東方で雌雄を決しようと考えているはずです。

何故なら、ウラル山脈を越えられるとソ連の『心臓部』は目の前であり、特にヴォルガ川は重要なのです。

ここはソビエトにとって頸動脈に等しく、ここをわが軍に押さえられてしまえば南北の物流が途絶します。

いかにバクー油田が存在していても、輸送手段が無ければ、存在しないのと同義なのです」


ヤマシタ大将も同意した。


「故にこそ、彼らは我らの補給線が最長となり、尚且つ、守りやすいウラル山脈東方を決戦の地に選定するはず、という話ですね?」


そういうことだ。

だが…


「そんな彼らの前に現れるのは…補給に苦しむ、瘦せ細った我が同盟軍ではありません。

豊富な燃料を使用できる、元気いっぱいの同盟軍なのです」


「つまり、ウラルを超え、ヴォルガ川を制すれば、逆にソ連の補給線を圧迫できる。

というわけですね?」


「はい。その通りです」


ヤマシタ大将は納得出来たらしく、結論を言った。


「では…もう少し補給物資を貯え、入念な準備をしてから、前進を再開しましょう。

ところで元帥は、決戦の地はどの辺りになりそうだと考えですか?」


そうだ。

まさに、それが私の戦術構想において重要な点だ。


「ここから先は、西シベリア平原でも湖沼地帯と言える地理環境になります。

またタイガの針葉樹林も深く、戦場に設定できる場所は意外にも多くありません。

……というのが軍事的な常識ですが、小官はそこにこそ活路を見出すべきと考えます」


「とおっしゃいますと?」


ちょっと恥ずかしいが言ってしまおう。


「私は『赤いナポレオン』と呼ばれていたのです。

もちろん、彼の戦術と戦場における采配は研究しました。

従いまして…アウステルリッツ会戦の再現をしたいと考えています」


「それは、具体的にはどういったものなのですか?」


「言葉にすれば、数の上で優勢な敵の進軍に対し、故意にこれを誘引しつつ、各個撃破を図ります。

最後は敵を死地に追い込んで殲滅します」


これに対してヤマシタ総司令官は慎重な姿勢を見せた。


「そう上手く敵は乗ってくるでしょうか?」


乗ってこなければ、乗ってくるように誘導するのだ。


「意図的に隙を見せ、敵に好機と誤認させることで必ず乗ってきます。

つまりは『餌』をちらつかせるのです」


「その『餌』とは?なんですか?」


「わが方の補給線です。

シベリア鉄道の守りを故意に緩め、敵の攻勢を誘うのです」


これに対してヤマシタ総司令官は、思考が追い付いていないみたいだな?

だが前向きに考えてくれていそうだ。


「…私には到底思いつかない戦法ですが、そういうことであれば、一時的ではあっても元帥に指揮権を委譲しますので、思い切り采配を振るってください」


そうきたか。こうした上司を持てることは幸運だ。


ソ連時代にスターリンがこのような姿勢でいてくれれば良かったのだが。

今さらかな。

だがとてもありがたいことだ。


「ありがとうございます。ではもう少し寒くなるのを待ってから進軍を開始しましょう。

この作戦においては、寒さが特にカギとなるのです」


チュメニの南西部に拡がる、広大な湖沼地帯が決戦の場となるだろう。

総司令官の信頼に応えるためにも、何としても勝利を手にしなくてはいけない!


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