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【外伝】ある機長の一日

1942年(昭和17年)11月15日 深夜2時


Side:大日本帝国空軍 戦略爆撃師団 第102航空団 第2飛行大隊 第1飛行中隊 第3飛行小隊(6機編成) 2番機機長


於:モスクワから南西へ50km オブニンスク上空


独ソ戦は激しさを増しております。

日露両国はソビエトへ集中攻撃を加えており、私たちは戦略爆撃機「朱雀」に搭乗し、モスクワ近郊の軍需工場を爆撃するため飛行中です。

南部戦線を構築して以来、スターリングラードや河川の港湾設備など各地を爆撃してきましたが、今夜初めて敵の中枢部を直接攻撃するという壮挙に臨んでいます。


機内は実に快適です。

与圧されておりますし、暖房設備のおかげで地上との温度差は全くと言ってよいほど感じません。

しかもトイレはもちろん、休憩室や仮眠室まで完備されているため、現在地上1万メートル以上という高空を飛行中であるとは信じ難いほどです。


信じられないことはもう一つあります。それは、この機体を操縦しているのが私を含めて全員女性だという点でしょう。

国防方針の大転換により航空戦力の充実が図られましたが、男性だけでは人員を賄いきれなかったためでしょう。

今回の出撃では、我が機のように女性だけで編成された機体が全体の2割以上を占め、随伴する戦闘機パイロットも同様と思われます。


機内では全員が軍服を着用しているのは当然ですが、半袖だったり厚手の軍服だったりと、思い思いの格好で搭乗することが許されているのも特徴で、軍隊としては比較的自由度が高いと言えるでしょうね。


機内で交わされる会話も軍隊らしいものではなく、女性同士の一般的な会話です。

なぜなら我が空軍は実力優先であり、年上や先任士官だからといって、偉ぶることはできないのです。

空の上では実力のある者だけが生き残りますからね。下手な人の命令に従えば全員死んでしまいます。

従って上位下達の雰囲気は薄く、会話も服装も自由なのです。


それでも全員が軍服を着ているのは、もし軍服を着用しない状態で撃墜され捕虜となってしまうと、戦闘員とは認められず、最悪の場合テロリストとしてその場で射殺されても文句は言えないからです。

それが戦時国際法というものだと教えられました。


もっとも……ソ連という国では、男性であっても捕虜としての当然の権利が認められるかどうかは、かなり怪しいですが。

噂では強制収容所で虐待を受け、生きて帰ることは不可能に近いらしいです……


この点はドイツ軍も同様らしいですから、本当に運次第でしょうね。

それに私たちが捕まってしまったら、男性以上に酷い目に遭いそうですが、それも覚悟の上ですわ。


この「朱雀」の装甲と機銃員、そして護衛の戦闘機を信頼しましょう。


挿絵(By みてみん)


敵には夜間飛行が可能な戦闘機は多く配備されていませんが、この高度まで到達することが可能な敵側の対空砲には要注意です。

特に目標地点はモスクワ近郊ですからね……十分な対策が施されている可能性が高いです。


それでも最近の女性たちは逞しいです。

口の悪い人たちは「近頃の女とストッキングは強くなった」などと言っていますが、前の首相が就任して近代化に着手してから、既に25年ほどになるのです。

私たちの世代では一世代前の女性とは、物の見方が全く違うと言えますね。

敵の砲火の中でも冷静に作業できる私たちは、もはや弱い存在ではないのです。


とはいえ世の中の常識というものはなかなか変わらず、年配者の世代では私たちを揶揄するような女性さえいるのですから、時には最前線で戦う姿を見せることによって、更に私たちの立場を強化しなくてはなりませんわ。


今回の我が第二飛行大隊の主要任務である爆撃目標の軍需工場は、モスクワ中心部クレムリンから南東へ10kmほどに位置し、モスクワ川の沿岸にあります。

ロシアのKGBからの情報によると、ここは大型ボールベアリングの生産工場だそうです。


ソ連の主力戦車であるT-34の砲塔基部に使用される部品で、これが無ければ砲塔は旋回できませんから、非常に重要な部品です。

いえ、これは戦車だけでなく、航空機や自動車など、あらゆる産業に使用される重要な精密部品で、別名『隠れたアキレス腱』なのだそうです。


にもかかわらず、ソ連領内でこれを生産できる施設は、もはやここだけとのことですから、ここを叩いてしまえばT-34の生産を完全に停止させられますし、ソ連の産業への打撃も計り知れません。


現在東部戦線において、日本、ロシア、東パレスチナ、台湾、フィリピン、タイ、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、南洋諸島といった国々からなる同盟軍がソ連軍を圧倒し、順調に西進中ですが、今回の爆撃が成功すれば彼らへの強力な援護となるでしょう。

ソ連は西側からの侵攻に備えて、ウラル山脈東部や西側の裾野に軍需工場を移していましたが、完全に裏目に出そうというわけですね。


その他にも、先行する第101航空団が対空陣地と飛行場を主に破壊する予定で、その後を我が第102航空団所属機が様々な目標、戦闘機工場やエンジン工場などを攻撃する予定です。今夜の爆撃が成功すれば、ソ連に大きな打撃を与えることが期待されています。


我々はキーウ近郊から飛び立った南部戦線の空軍部隊です。飛行距離は往復1500kmですが、搭乗する『朱雀』は4000kmの航続距離を持ち、今回は燃料を抑えて爆弾を5トン搭載しました。


我が空軍においては、飛行小隊が3つで1個飛行中隊を構成するので18機。

更に飛行中隊が3つ集まって、1つの飛行大隊を構成しますので54機となります。

飛行大隊が3つで162機。

これで最大単位となる1個航空団を編成するのです。


今回投入された航空団は2つですから、全体で324機が出撃しました。

けれどエンジン不調その他のトラブルで14機が引き返しましたから、現在は310機が飛行中です。

それと護衛の二式夜間戦闘機「月光」が250機、私たちの護衛任務についてくれています。

頼りになる守護天使で、こちらの機体も航続距離が4000kmもありますから最初から最後まで護衛してくれるので、私たちは「小さな友達」と呼んで愛しているのです。


そろそろ仕事にかかりましょうか。


あっ、たった今各大隊所属の先導機が、それぞれの目標に対して標識弾の投下を始めましたね。

全ての爆撃機は、割り当てられたこの標識弾を目標に爆弾を投下しますから、この位置が正しくないとすべての基準がずれ、爆撃効果が期待できなくなるばかりか、誤爆によって民間人に被害が出てしまってはなりませんから責任は重大です。


これについては、まもなく敵地に潜入した工作員の方々による、地上からの誘導システムが開発されるらしいですから、精度が上がる事が期待されますね。


今回はどうやら問題なさそうですね。

大隊長機からも命令が来ました。


「第二飛行大隊全機に告ぐ。これより目標への攻撃を開始する。

進路を合わせ各中隊長機に続け。全電探使用開始を許可する。敵戦闘機の襲撃に備え全対空銃座、撃ち方用意」


私も気合を入れましょう!


「さあ行くわよ!みんな!覚悟はいい!?」


「「「「「オーケー!!」」」」」


私たちの所属する中隊は、中隊長機を先頭に雁行陣を取り、各小隊はそれぞれ前後100メートルほどの距離を空けて進撃中です。

そして各小隊長機から定位置に付いたという報告が入りました。

ここから目標までは針路を変えられませんから、敵の攻撃を受けないよう祈るだけですわ。


もうすぐ目標上空ですが……遂に敵の対空砲が火を噴き始めましたね。

先行の航空団がそれらに対して爆撃を行っていますが、あまり目立った効果が出ていないような気がします……


私は爆撃照準器の目盛りを合わせつつ、航法担当兵へ命令しました。


「自動操縦装置、作動開始。位置・速度固定開始」


次はいよいよ爆撃開始ですね。位置と速度が変えられないこの瞬間が一番危険です。


「爆撃用意。弾倉を開け」


「標識弾確認。前方およそ3000メートル」


大隊全機が一糸乱れず爆撃コースに乗っている様は圧巻でしょうが、敵の対空砲火も同時に激しくなってきました。

あちこちで炸裂する砲弾の閃光が、我々を照らしています。


その時です。私たちの少し左上空を飛行中だった僚機が閃光に包まれました。

敵対空砲弾の直撃を受け、搭載爆弾が誘爆してしまったみたいですね。

一瞬で僚機は錐揉み状態で墜落していきましたから、脱出する時間は無かったでしょう……

遠心力によって身体が壁に貼り付き、自由な行動ができなくなってしまうので、最も危険な状態といえます。

それでも今は気にしてはいけません。目の前のことに集中しないと。


「爆弾投下。はじめ!!」


いよいよこの機体に搭載されている100kg爆弾が投下され始めました。その数50発。

それらは吸い込まれるように落ちていき、地上に到達して次々と爆発しています。

機体によっては、もっと大型の爆弾を搭載したものも含まれているらしいですが、今回の目標は地上に建設されている軍需工場なのですから、100kg爆弾でも十分な効果があるでしょう。

正確に爆撃できていればですが……


いえ、炎に照らされた川の形から見る限り、照準は正確なようで、十分な爆撃成果は得られたように見えますね。

さて、全ての爆弾の投下は終了しましたね?


大隊長機から新たな命令が入りました。


「第二飛行大隊全機に告ぐ。攻撃が終了した機体から順次戦場を離脱。帰路に付け」


仕事は終わりましたから、後は逃げましょう!


「弾倉扉を閉鎖。自動操縦装置、作動停止。キーウに向けて変針後、最大戦速まで増速せよ。

さあ逃げるわよ!?」


その時また一機、敵の対空砲弾の直撃を受け、砲弾の破片に巻き込まれた機体が出ました。

頑丈な装甲のお陰で、何とか墜落は免れているようですが、燃料タンクに損害を受けていた場合は少々厄介ですが大丈夫でしょうか?

火災は……ギリギリ大丈夫みたいですね!


とにかくこんな場所に長居は無用です。

まだまだ私たちにとっての戦争はこれからと言っていいのですから。

来週には、スターリングラードの軍需工場地帯への再出撃が予定されているようですし、そろそろ「朱雀」に代わる新型の戦略爆撃機のテスト飛行も始まりますからね。

この機体の特性にも慣れておかねばなりませんし、忙しくなりますわよ!

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― 新着の感想 ―
そういえば主翼で起きた火災を、主翼の上に消化器担いで乗って消化した馬鹿が居たらしい。馬鹿かな?
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