【外伝】新鋭戦艦沈没裏話
1942年11月12日
Side :エルンスト・リンデマン (ドイツ海軍大佐 戦艦「プリンツ・アーダルベルト」艦長)
於:デンマーク沖 北海 北緯55度 東経7度付近
竣工して初出撃となる今回の作戦行動は、ここまで順調だ。
最近では、日本の空母機動部隊の活動が、何故か弱まりつつあるのも安心材料で、心置きなく通商破壊戦に集中できる状況らしいのがありがたく、既に同盟側タンカーを2隻、貨物船を1隻撃沈する戦果を挙げている。
当たり前の話だが、このような敵船舶に対して、自慢の主砲を使用するなど考えられない。
舷側に並べて設置されている、合計8基の55口径15センチ砲を使用すれば、十分対応できる相手ばかりだ。
なんといってもこの艦は、ドイッチュラント海軍が威信をかけて建造した最新鋭艦たる「プリンツ・アイテル・フリードリッヒ」級の2番艦で、40センチ連装砲を4基8門装備した5万トン級の巨艦なのだ。
本艦はヒトラー総統の命令で建造された、期待の戦艦なのであり、この艦の艦長に選ばれた私は、とても誇らしい気持ちになるのと同時に、責任の重さも痛感している。
だが、まずは順調な滑り出しと言えるだろう。
この艦の強みは、最大速力が31ノットという高速が発揮可能という点にあり、我が艦よりも有力な敵、具体的にはイングランドの最強戦艦「レーヴェ」級か、日本の「イキ」級と遭遇しても、俊足を活かして離脱可能だ。
そんな充足感に耽っていると、見張り員から報告があった。
「艦長。2時方向に船影確認。距離3万8000m」
おっ?また獲物かな?
「何隻で航行中だ?」
「5隻です。うち3隻は護衛の駆逐艦と思われます」
小規模の船団だが、我が艦に出会ってしまった自らの不幸を呪うことだな。
「よし。まずは最大戦速で接近し、敵情を確認する」
こちらは31ノット。短時間だけ無理をするなら33ノットが発揮可能だが、相手は鈍足の輸送船を守りながらの逃走だから、20ノットがせいぜいだろう。
つまり30分もあれば、1万2000メートル近く距離を詰めることが可能だ。
そして追跡すること30分。
「先ほどの駆逐艦は、日本の『シキナミ』級と認む。こちらに向けて変針中です。
距離2万7000m」
ほう…これまで我が軍のUボートを、さんざん沈めてくれた憎き相手ではないか。
しかも対潜に特化したタイプで、魚雷発射管は搭載していない。
つまり、本艦に対して無力なのだ。
副長が嬉しそうに言った。
「艦長。日本の駆逐艦は、現在魚雷発射管を何故か全廃していますから、やりたい放題です。
主砲も12センチ砲ですから、本艦から見れば豆鉄砲に等しいでしょう」
その通りだ。日本海軍がなぜそのような方針を取ったのかは、今でも判然としないそうで、現状を思えば少し気の毒ではあるが。
「では…主砲を使用して全艦を葬る!副長。仇を取るぞ!」
「了解しました!!」
「目標が小さいからな。2万5000mで発砲開始だ。
煙幕を張って逃げようとするかもしれんから、水上レーダーを使用せよ」
…本当は砲撃訓練が完了していないから、少々練度に不安があるからだが。
それと、新開発のテレフンケン社製10センチ波レーダーも、目視できている目標をスコープに映し出す事ができない現象が頻発していて、全く頼りにならないのも不安材料ではあるが。
よって煙幕など張られたら、本当に厄介だ。
いや…あの駆逐艦は船団護衛中だから、自分自身では無く煙幕を張って輸送船を逃がそうとするだろうな。
だが逃がさん!風上に回り込んで全て沈めてやる。
「まもなく2万5000mです」
「よし!アントンと、ブルーノを用いて砲撃戦に入る。
主砲発射用意。初弾から当てるつもりで撃て」
本艦の最初の主砲による戦果は日本の駆逐艦だ。
覚悟しろ。
その時突然、艦は衝撃に襲われた。
「後部に被雷!」
被雷した!?ということは魚雷?
まさか前方の駆逐艦からなのか?
「なに!?あの駆逐艦が魚雷を撃ったのか!?」
まさか魚雷発射管を急ぎで搭載したのか?
「魚雷の航跡は確認できませんでした!
また付近に潜水艦らしきものの反応もありません!」
それであるなら…これは機雷だ!
副長が叫んでいる。
「日本海軍のお家芸とも言える浮遊機雷だ!
あの駆逐艦が逃走中に撒いたのだろうが、他にもあるかもしれん。前方針路に注意せよ!」
そうだった。
日本海軍は、機雷戦を得意とする組織だったのを失念していた。
魚雷発射管は全廃したとしても、機雷はたっぷりと搭載されているのだろう。
副長より報告があった。
「艦長。触雷により浸水発生!応急処置中です」
まあ5万トンを超える本艦にとって、致命傷とはならないだろう。
速度は落ちるが問題はない。
そう思っていたのだが…
その時、またもや艦尾付近に触雷してしまった。
直後に不気味な振動が、連続して響くようになったが、これはなんだ?
航海長より報告があった。
「プロペラを損傷!全速航行できません!」
ちょっと待て!前方に機雷など無かったではないか?
機雷はどこからやってきたというのだ!?海上から見えないほど深く設置しているのか?
それと、プロペラを損傷した?
「スクリューの損傷は4軸全てか!?」
「はっ!ブレードの一部を欠損したか、変形が生じたものと思われます!
このまま高回転を続けるのは危険ですので、回転数を落とします」
仕方あるまい。
敵駆逐艦との距離は開いてしまうかもしれないが、まだ射程内だ。
混乱から立ち直ったら砲撃を開始しよう。
そこへまた機雷?が襲ってきた。
またもや艦尾での爆発だ。艦が振動する。
この艦橋がある場所は、海面から30m以上の高さにあるから、振動がやけに大きく感じてしまう。
「損害を報告せよ!」
「主舵損傷!3番プロペラシャフト損傷!破口より浸水!
歪んだシャフトが艦底部を叩いている模様」
プロペラシャフトが損傷した?
このままでは…歪んだシャフトが艦底部を打撃し続けることによって、隔壁まで破壊してしまうぞ。
「3番軸、回転中止だ。排水に注力せよ」
船足が更に落ちていき、せっかく間合いを詰めた敵輸送船団が遠ざかっていくが、この状態では指を咥えて見送るしかないな。
いやそれ以前に…
「このままでは危険だ。
一旦キール軍港に引き返すぞ」
そこへ4発目の機雷が襲ってきた!またもや艦尾で爆発が発生し、振動が艦を揺さぶる。
いったい何なんだ!?なぜ、どうして艦尾にばかり被雷する!?
「航海長。損害を報告せよ!」
あちこちから報告を受けていた航海長が、やがて悄然として私に報告した。
「…艦長。艦尾への連続被雷で、推進力を完全に喪失した模様です。
また、主舵機も副舵機も損傷して、固着してしまいましたので、本艦は海流に乗って漂う以外、何も出来なくなりました」
「なん…だと?」
それでは敵に見つかれば、なぶり殺しにされてしまうではないか!
「何としても応急修理せよ。
1軸でも良いから動かせ!微速でも前進できるようにするんだ!」
その後
海上で停止し、何とか艦を動かそうと奮闘して3時間経ったが、成果は芳しくなく、再び前進できる見込みが立たないまま、虚しく漂流するのみだった。
たった1ノットでも良いから、前進できないだろうか。
そうすれば、活路が見出せるのだが…そんな私の願いを嘲笑うかのような報告が来た。
「艦長!後方7時の方向、大型艦発見!距離3万6000m。明らかに味方艦ではありません」
くそっ!どうにもならんのか!?
それでも機関は生きているから、砲戦は可能だな?
「砲術長。主砲の発砲は可能か!?」
砲術長が答えた。
「浸水によって、3度ほど左に傾斜していますが、発砲に問題ありません」
「では砲撃戦用意。
カエサルとドーラを用いて迎え撃つ」
「先ほどの大型艦3万1000mまで接近!
識別確認しました。
イングランド戦艦『レーヴェ』級です! 更に後方に『ケーニギン・エリーザベト』級戦艦1隻と、複数の駆逐艦を認む!」
艦橋内が一瞬、静寂に包まれた。
戦艦『レーヴェ』級とは、40センチ主砲を12門装備した戦艦で、日本の「イキ」級に触発されて4隻建造された。
よりによってイングランド海軍最強の戦艦がお出ましとは…
だが私は諦めん!
「副長。なんとか敵艦隊に対して横を向けないか?
いや斜めでもいい。
全砲塔を使用して応戦したいのだが」
「艦長…残念ですが、現状ではその手段がありません」
「そうか…ご苦労だった」
やむを得んな。この状態で戦うしか無い。
「距離2万8000m。『レーヴェ』級戦艦が発砲しました!」
前部主砲6門を使用しての砲撃か。
こちらも負けずにやりかえす!
「応戦せよ!フォイヤ!」
そう命じながらも、心は黒いもので満たされ始めた。
命令とほぼ同時に、この艦からも4発の主砲弾が放たれたが。
「着弾まで10秒、5、4、3、2、1…着弾します!」
最初に我が艦を取り囲むように、敵弾による水柱が立ち上がった。
合計6本。
初弾から夾叉されてしまったのか…
確率的には、このままだと遠からずして被弾するだろう。
一方こちらの着弾は…4発とも大きく左に外れたか。最新鋭艦らしく訓練不足が仇となったな・・・
砲術長が叫んでいる。
「右へ3ミル修正。続けて撃て!」
いや遠近が全く取れていないから、左右だけ修正しても無駄だな……後方の戦艦も発砲を開始したし、駆逐艦も真っ直ぐ突撃してくるが、こちらは身動きの出来ない、単なる目標でしかない。
無念だ!だが最後まで諦めん。
一隻でも多く道連れにしてやろう。
「使用可能な火器は全て、もちろん機銃まで使って応戦せよ!全ての銃砲弾を撃ち尽くすのだ!」
同時刻 同海域
Side:日下 敏夫 (海軍少佐 潜水艦 伊415号艦長)
「ライオン」級戦艦を含む、イギリス艦隊の猛攻を受けて敵戦艦が沈みつつある。
未確認の大型艦だったが、おそらくは最新鋭の「プリンツ・アイテル・フリードリヒ」級戦艦の、どちらかで間違いないだろう。
こちらは3万メートル以上離れた距離から、弾頭直径61cm、炸薬量850kg、雷速設定40ノットで「一式酸素魚雷」を4発発射し、全弾が命中した。
副長より報告があった。
「艦長。あのイギリス艦は、塗色から判断して『ライオン』級戦艦4番艦の『サンダラー』と思われます。
それにしても…やはり評判通りに、命中弾は後部に集中しますね」
「そうだな。音響追尾魚雷だから、そうなるのだろうな。
だが、今回は敵艦の推進力を完全に奪ったみたいだったな?」
「はい。最後は海上を漂うだけの物体になり果てていましたから、ああなってしまっては、いかに防御の堅いドイツの最新鋭戦艦といえども、どうにもならないでしょう」
同感だな。しかし…
「あの艦を建造する為に、どれ程の時間と費用と工数を要したのだろう?
それが何も出来ずに、一方的に撃沈されるだけで終わってしまっては、やりきれないだろうな」
それに…多くの優秀な人材が虚しく失われただろう。
戦争とはいえ、悲惨だ。
「そうですね…」
どこの国も、なんで戦艦なんてモノに今更こだわるのだろうか?
全ては戦略ミスなのだろうが、「壱岐」型も決して不沈戦艦ではないだろうから、わが国も気を付けないといけないな。




