【外伝】大西洋の戦い 後編
1941年(昭和16年)5月20日
Side :山本五十六 (海軍中将 第三機動艦隊 司令長官)
於:英仏海峡 旗艦 護衛空母「足摺」艦橋
ようやく本国からの増援部隊が到着した。
あと10日も遅くなっていれば危ないところだったが、ギリギリ間に合ったな。
我が第三機動艦隊は第一・第二機動艦隊に戦場を委ね、一旦イギリス南部のポーツマス軍港へ寄港して補給と整備を受けなくてはならん。
同時にあの巨大な「利尻」型輸送船群から降ろした航空機はイギリス空軍を援護するために早速投入されるだろう。
我々も機体を「零式」に切り替えて再び戦場に戻らねばならんが、宇垣君も感慨深そうだな。
「長官。あの『零式』戦闘機はとんでもなく素晴らしい機体みたいですね!これまでの『九三式』が忍者なのだとしたら『零式』は鎧武者みたいな印象があり、これまで以上にドイツ軍機を葬れそうです」
なるほど。適切な比喩だろう。何といっても1500馬力もあるのだからな。
「そうだな。しかし実は『零式』だけではないのだ。
既にあれを上回るような機体を開発中だ」
「そうなのですか!?では今後はますます優位に戦えますな!」
これは嘘では無い。
私が空技廠を離れる直前から開発がスタートしていた計画だが、目標となるスペックは最高出力2800馬力、最高速度780km/h、上昇限度1万2000m、武装は20mm機銃×4丁と40mm機関砲×1門を装備し、目標航続距離は3000kmという化け物だ。
この性能を上回る機体はプロペラ機では開発不可能で、おそらくその次は噴進エンジン、ああジェット機というのか?
そのタイプとなるだろうとの話だったな。
同時に艦上攻撃機も計画中で、この機体は大型魚雷を2発搭載できる双発機となる事が予定されており、その分大型だから運用できる空母はこの「宗谷」型護衛空母は無理で、「伊勢」型、「出雲」型と「大和」型に限定されるだろうが、大きな攻撃力を実現できるだろう。
ともかく「最後のレシプロ機」の制式採用まであと2年はかかるだろうが、それまではこの「零式」が頼りだな。
「再出撃するまでは十分に心身を休めておけ。
それも戦いの一部だ」
私も整備と補給、そして新型機の入れ替えが終わるまでは、少しだけ休ませてもらうとするか。
1941年5月末
Side :ヘルマン・ゲーリング ( 空軍元帥 ドイツ国防軍 空軍総司令官 )
むむむ……いつになったらイングランドは屈服するのだ!
我が空軍が誇るメッサーシュミットBf109は無敵であり、イングランド空軍など一瞬で屠れるだろうと考えてきたが連中は頑強に抵抗してなかなか音を上げん。
どうやら我らの動きを事前に察知できるみたいで、的確に迎撃機を上げてくる。
しかも地の利は奴らにあるから、攻めるわが軍が不利だ!
そこへもってきて日本海軍が来援し、Bf109と死闘を演じているが、こちらもやや分が悪い。
あのサル共の戦闘機は防御が弱く、航続距離も短いみたいだが空戦における格闘性能は侮れないと聞く。
いつの間にか背後を取られて機銃を撃ち込まれるとの話だ。
しかもこちらが敵の空母部隊を襲おうとしても、奴らは神出鬼没で所在が分からぬ上に、発見できたとしても攻撃に成功したためしがないのだ。
何故なら我が空軍機のパイロットは、動き回る軍艦を爆撃するような訓練をしたことがないからだ。
実に厄介な存在だが、それでも疲労と損害が蓄積したのであろう。
最近では出撃機数が減りつつあったから、あと一歩で無力化出来ると思っていたのだ。
ところが!そこに新手が加わった。
日本本国からの増援部隊で、連中は我々が見た事もない巨大な航空母艦から戦闘機を盛んに発進させ、我らを翻弄している。
しかも元気いっぱいの連中で、戦闘機も従来の「Typ93」と呼ばれていた軽量機ではなく、もっと大型で高速の新型機が主力となった。
やつらはそれを「 Typ null 」と呼んでおるらしいが、Bf109では全ての面で負けておる!
稀に幸運に恵まれ、後ろを取って機銃を撃ち込んでも、93みたいに簡単には墜ちぬというのも実に腹が立つ。
いったい我が方の参謀たちはどんな対策を取っておるのだ!?
「貴様たち!どうやって戦況を覆すつもりだ!?」
「閣下。我らは最善を尽くしておりますが、日本側の戦闘機に歯が立たないのは事実であります」
まずいな。このままでは総統からお叱りを受けてしまうではないか…
何とか総統の意識をイングランドから逸らさねばならんが、さてどうしたものか。
「そもそもの話…イングランドを直接攻撃して彼らの譲歩を引き出し、和平に持ち込むとの作戦を提案したのは我々なのだ。
ここで結果を出さないと私のメンツが丸つぶれだ」
「恐れながら…それであれば陸軍内部の不協和音を利用できませんでしょうか?」
「というと?」
「はい。現在陸軍の内部では深刻な意見の隔たりがあるとか…そこを利用して総統に提案できないものでしょうか?」
そうだ。陸軍だ!
陸軍内のゴタゴタを活用して総統に提案しよう。
「…確かにフランスを降した西部電撃戦において名を挙げたマンシュタインの事を、総統は快く思っていないはずだな?」
私もあんな尊大で貴族趣味の奴は嫌いだ。
いやマンシュタインの野郎だけでなく「ユンカー」出身の連中は、我らを下品な成り上がり者と愚弄しているのが肌で感じられるから嫌いなのだ!
奴らの視線は軽蔑そのものだ!
そして総統も同じ事を考えておられるはずで、ロンメルたち新進気鋭の戦術家の立場を引き上げたいと考えておられるだろう。
「そうだな。そこに食い込めばなんとかなるのではないかな?
さっそく総統に提案してみよう」
「総統閣下!イングランド侵攻作戦は順調に推移しており、まもなくイングランドは音を上げると思われます。
ですが、彼らは最後の足掻きをしており、我が方の損害も無視できないものとなりつつあります。
そこで、現在忙しくない陸軍にも活躍の機会を与えていただきたいと愚考します」
「陸軍か。マンシュタインが渡洋作戦の計画書を提出してきおったな。
制空権を完全に掌握したのちに陸軍の大部隊を船舶に乗せてドーバー海峡を越えようとの内容であった」
「…それで、総統はどのように返答されたのですか?」
「制空権を確保したうえで行うのであれば、確かに必勝の策だろう。
だが、この作戦には『華』もなければ『色』も無い。
誰でも考えつく凡庸な策ではないか?と言ってやった」
「私も全く同意見です。
そんな事より同盟国イタリアが北アフリカ方面への進出を計画中とか?
この方面を抑えてしまえば地中海の制海権も確保出来るでしょう。
となれば、あの日本海軍も補給が途絶えて孤立する事は疑い有りませんから極上の策でしょう!
我が陸軍も大規模な増援を送るべきと愚考します」
「君もそう思うかね?
そうかそうか。
では北アフリカに陸軍を向かわせようではないか」
「…それで、その方面の指揮は誰に委ねるのですか?
成功しますと大変な功績であり、その者には十分に報いねばなりませんが」
「君は誰が適任だと思うね?」
「実績『だけ』で言えばフォン・ルントシュッテット元帥やフォン・ボック元帥、若しくはフォン・マンシュタイン上級大将辺りとなりそうですが…」
「実績だけならな!だが君がその含みのある言い方をして明確に言わんのと同じく、吾輩も違う人物を当てるのが適当と考えている」
「それは素晴らしいお考えです。
私もいま挙げたユンカーの方々とは考え方が違いますので」
「よし!よく言った!
ではロンメルに任せよう!
イタリアを助け北アフリカ戦線に陸軍の全力を投入するよう命令しようではないか」
1941年(昭和16年)5月28日
Side :田中頼三 (海軍少将 第五対潜戦隊 司令官)
於:英仏海峡 旗艦 対潜軽巡洋艦 「鈴鹿」艦橋
「司令。『雪風』と『磯風」より発光信号有り!
『ワレ通常爆雷ヲ投下!30秒ノ間隔ヲ空ケ各艦3発。本隊方向ヘ敵艦ヲ追イコム』
以上です」
「田中司令。狙い通りですね。
『狼』たちがこちらに追われてくるでしょう」
そうだな、これまで同盟軍側商船の脅威となり続けていたドイツ潜水艦による「群狼戦術」だが、ここに来てその戦法は裏目に出ようとしている。
なんといっても敵艦をまとめて一回で葬れるのだから、我が方から見たらたいへん効率が良く、各方面に展開中の部隊を合わせた敵潜水艦の撃沈数は相当なものとなっているだろう。
事実として敵の出現数はここのところ急減中だ。
「敵潜水艦の数はどうだ?」
「変わらず3隻です」
よし。では仕上げをしようか。
「発光信号用意!『高波』と『早波』は2時方向から、『浦波』と『綾波』は10時方向から突撃し所定の位置に付け。
『長波』と『沖波』は本艦に続け!」
「各艦配置に付きました」
「よし。砲術、対潜迫撃砲用意。まずは左舷側発射機を全基使用した一斉投射だ」
「了解!左舷全対潜迫撃砲、打ち方、用意!」
「発射始め」
この対潜迫撃砲は通称「ヘッジホッグ」と言ったか?
24連装という多数の小型対潜爆雷が艦の左舷方向300m地点を目標に順次4発が発射された。
さて効果のほどはどうだ?
この爆雷は水圧感知では無く、敵艦に当たれば爆発して確実に仕留めるタイプだから、命中すればすぐわかるのだが。
しかも一発でも敵艦に触れて爆発すれば、その水中衝撃波によって残りの23発が一斉に爆発するから確実に敵潜を始末できる優れものだ。
おっ?左舷3番砲が放った辺りの海面において爆発が発生したな。まずは一隻片付けたというわけだ。
「浦波」の発射した砲でも一隻沈めたみたいだな。
残るは一隻か。
「次弾装填急げ」
この調子で潜水艦狩りを進めていけば遠からずしてドイツUボートを無力化出来るだろう。
先の大戦時みたいに根拠地を叩ければ確実だがな。




