第十一話 朝鮮半島政策を変えよう②
Side:近衛高麿
さっそく俺は父に相談した。
「どうした高麿よ。何かまた良い提案があるのか?」
「はい。その通りです。今回は朝鮮半島についてです」
すると父は渋い表情になって言った。
「うむ…今後どうするべきか…政府内でも意見が割れている。私は以前は、朝鮮を併合して日本の安全圏を確保すべきとの考えだったが、お前といろいろ話をするうちに、考え方が変わってきているのも確かだ」
そうか、そういえば最近我が家に来る顔ぶれが、相当変わってきたと思っていたところだ。
頭山満も、知らない間に来なくなったし。
よし!もうひと押しだ。
「朝鮮民族の考え方は、我々大和民族とはかなり違います。
大昔から稲作をはじめ、日本にモノを教えてきたのは自分たちであると思い込んでいるのです。
また、ずっと中華帝国に振り回され続け、朱子学に毒されてもいます。
もし併合してしまえば厄介なことになりますので、当面はかかわらずに放置するのが上策でしょう」
「そうだな。しかしこのままずっと放置し続けるのも問題だな?
ロシアは黙っていてくれないだろうし」
「その通りです。よって10年近くかかるかもしれませんが、イギリスと同盟を結び、ロシアと戦争して南下政策を防いだ後は、イギリスに朝鮮半島の統治を任せてしまうのがよろしいかと思います」
父は目玉が飛び出すのではないか?といった表情で言った。
「……イギリスにか!?…そんなことをすれば、ロシアの代わりにイギリスが我が国の脅威となりはしないか?」
「いいえ。以前も申し上げたように、イギリスは海洋国家ですので、考えなしに膨張政策は取りません。
また植民地運営も”経験豊富”ですから、上手くやるでしょう。
仮に朝鮮民族が騒ぎを起こしたとしても、その恨みは全てイギリスが引き受けてくれますし、その間に日本は商売を通じて、実質的な利益だけあの地から頂けばよろしいかと思います。
名より実を取るのです。
イギリスが何をするにしても、まずは近い日本から物資の調達をするでしょうから、商売も上手くいくでしょう。
そのうちイギリスも、日本にしてやられたと気付くでしょうが、そんなのは無視していいでしょう。
大切なことは、ロシアとの戦争に勝ってから朝鮮をイギリスに渡すことです。
でないとイギリスに恩を売れませんし、朝鮮とロシアは、日本がロシアに臆してイギリスの影に隠れたと言われなき誹謗中傷をしかねません」
日本の安全と独立が危機に瀕する事態に至るのは、『朝鮮半島にある国家が敵対するか、敵対する勢力によって支配されたとき』だ。
元寇は、まさにそのような事態となってしまったから発生した。
だが、イギリスは日本にとっての敵対勢力ではなく、同盟国なのだ。
父は腕を組み、真剣な表情で言った。
「それは分からなくもないが、それでは国民が納得しないのではないか?
得るものが全くないと騒ぎそうだ」
それは十分に考えられる。だから代替地は必要だ。その候補地の名前を俺は言った。
「朝鮮半島の代わりに、樺太を全てロシアから奪いましょう。
価値としては朝鮮より樺太のほうが大きいです」
史実の満洲と朝鮮を諦める代わりに樺太だ。
樺太南部だけでなく、北部もいただこう。
樺太北部には史実の「オハ油田」とか、「サハリン2」とかあるからな。
原油だけで11億バレル眠っている。
昭和15年の年間消費量が300万キロリットルとして、これが何年分に相当するのかといえば…
実に60年分だ。
それは当然ながら、高度経済成長期の基準で表現したら大した量ではないかもしれない。
だが、ここには原油以外にも莫大な天然ガスがあるのだ。
実際にこれをどのようにして活用するかは別問題ではあるが、将来有用なのは間違いないだろう。
あと、これも忘れず言っておかないと。
「さすがのイギリスでも、朝鮮半島を守り切るだけの軍隊をアジアに派遣できません。
よって日本を頼りにするでしょうし、何かあったとしても簡単に同盟関係を解消できなくなります」
そう。これは日英同盟を継続させつつ、中国大陸への野心をむき出しにする、史実のアメリカに対しての対策でもある。
つまり、英米を離間させる策でもあり、遅効性の毒として効いてくるだろう。
まだ誰にも言えないが。
だだ、将来明らかになるだろう。
具体的には「南満州鉄道問題」だ。
父は口を開けて呆然としているな。
「………」
「さらに戦争後の話ですが、南下政策を諦めた日本とロシアは、協調路線を取ることが可能となります。
日英による同盟と露仏同盟が合わされば、かつて酷い目にあったドイツに対して一泡吹かせることもでき、一気に国際舞台で注目される存在になれるでしょう」
父は額に汗を浮かべながら言った。
「うむむ…かなり壮大な未来予想だな。しかしお前の話は妙に説得力がある。幼い頃から優秀だったが、まるで未来が見えているみたいだな。
よし!イギリスの動きが分からぬが、そのような可能性はあるのは想定しておこう」
と言ってくれた。
このあと父は政府内部の根回しを始めた。
同時に新聞社にも接触して俺の策の意義を説き、世論誘導も怠りなく行っている。
さすがだ。
最近知ったのだが、父は史実よりも早く貴族院議長になりそうだ。
このところの人気と高評価は凄まじいからな。
史実でも、父は何度も入閣の打診があったが、全て断っているところをみると、大臣や首相として「表」で活躍するよりも、貴族院議長として「裏」から国政を操ろうとしているらしい。
「表」だと任期もあるし批判も浴びるからな。
実に上手いやり方だ。
責任も取らなくていいし。
やはりこの父には長生きしてもらったほうがいいな。
父には人を惹きつける強烈なカリスマ性があるし、相当おかしなことを言わない限り、周囲が受け入れる独特の雰囲気を持っている。
仮に俺が大人になって同じことをやろうとしても、おそらく成功率は父の半分以下だろう。
史実で父が亡くなるまではあと9年だが、実は父を死なないようにするのは難しくない。
父の死因は感染症だが、きっかけは日露戦争開戦直前に中国へ視察に行ったときに、現地か船中で罹患したのが原因だ。
だから中国行きをやめさせれば良いだけだ。
もっとも、その訪中は大アジア主義者の首魁としての訪問だったろうから、考え方が変われば訪中そのものがなくなるはずだ。
まあまだ先の話だから今は忘れよう。
それより次は台湾政策だ。