【外伝】近衛文麿 ②
1938年(昭和13年)2月
私のファンの皆様。
大変ご無沙汰しておりました。
ええ!私はもちろん元気にしていましたよ。
初登場から10年以上経過してしまいましたが、現在の私の年齢は46歳。
そして今の階級は中将、統合作戦本部にて、参謀たちの取りまとめ役である「総参謀長」の任に就いております。
この役職は、統合作戦本部長、同次長に次ぐ第三位の職位で、技術部長や軍政部長などと同格であるとされています。
私がここまで出世できているのは、課題だったロンドン軍縮会議を無事に乗り切った事が大きな業績として評価いただいたというのが、表向きの理由でしょうが、私は裏の事情もあったと感じています。
何故なら、私たちへの人事権は統合作戦本部長たる岡田元帥にあり、岡田元帥への人事権は兄上にあり、兄上への人事権は父上にあるのです。
岡田元帥も色々と気を遣わざるを得ないのではないでしょうか?
私としては余り認めたくありませんが…決して縁故で出世しているとは思いたくないのです。
それはともかくとして、私が統合作戦本部に在籍してもう16年経ちますが、この部署は単に日本軍全体の作戦立案を行うのみならず、軍全体の予算編成にも携わりますし、当然新兵器の開発とも深い関わりがあります。
これまでの日本軍は、どちらかと言えば。。。いえ完全に『気合い』だけの組織だったと言えるでしょう。
物理的な不足を精神力で補うという…
ですけれど、それは実際に戦争になった場合、短期決戦ならともかく長期戦ともなると逆効果でしかないと思うのです。
特に現在の仮想敵は、ソビエトに加えてドイツ、そしてアメリカ合衆国なのです。
とてもではありませんが、短期決戦で何とかなる相手ではありませんからね。
ですから長期戦に耐えられるよう、正面装備にもっと力を入れて開発せねばならないのです。
これには兄上の強い意志が反映されています。
そして、ここ最近の日本軍の装備は凄いらしいのです!
いや…私が作ったわけではありませんので、あまり偉そうには言えないのですが。
でも成果を出せたのは、兄上が作った組織の力であることは明白で、とても大きい要因だと思います。
これまでの軍はとても閉鎖的な組織で、民間を下に見る傾向がありました。
ですが現在ではこれを改めて、民間や大学の知恵も積極的に学んで取り入れるようにしているらしいですし、全てではありませんが、基礎的な研究は共同で行ったりしているとの話でした。
それから…過去においては陸海軍の軍人同士のいがみ合いは目に余るものがありましたが、これも改善されているでしょう。
この軍種対立とも言える現象は、どこの国でもある程度は存在するのでしょうが、日本軍の場合は特に酷かったと言えます。
兄上の危惧もそこにあって、帝国陸海軍がそれぞれ航空機を製造したり、陸軍が独自の水陸両用歩兵部隊を開発して駆潜艇や、空母を含む船や潜水艦を運用し、海軍が独自の歩兵と海兵隊を編成したりするようになっては効率が悪すぎます。
しかも、お互いの作戦なんて考慮に入れていませんから、敵地で同士討ちなんて起こったら…シャレになりません。
この対立の根本原因は予算の奪い合いと、出世競争でしょう。
そもそもは、薩長の争いに端を発した利権争いでもあります。
実に幼稚な原因ですが、取り返しのつかない事態を招きかねないのです。
兄上は陸海軍を統合することによって、これらの原因を取り除くことに成功しました。
今では少なくとも、我々統合作戦本部内においては人事異動も盛んに行われますから、陸海軍の対立は存在しないと思います。
実戦部隊では分かりませんが…
反乱未遂事件である「九・一事件」の記憶はまだ生々しく残っているのです。
これについても、兄上は従来の陸軍・海軍に加え、海兵隊と空軍を新設して四軍体制とし、軍種間対立を分散しようとしています。
さてここからは、新兵器のご紹介を三回に分けてしましょう。
これらの開発は、統合作戦本部内にある技術部で統括しており、それぞれ航空技術工廠(空技廠)、陸上技術工廠(陸技廠)、海上技術工廠(海技廠)を傘下に持って開発しています。
また火砲などは可能な限り共用して、製造価格を下げてもいます。
開発に際しては、予算も十分な金額が与えられていますので、失敗を恐れずに挑戦しやすい環境だと言えるでしょうから、ここも以前とはかなり変わった点でしょう。
そして更に、日本人以外の技術が加わっているのです。
主にはイギリスですね。
特に先端兵器の基礎研究ではとても参考になっていると聞きます。
さすがはイギリス人です。
無駄にライムばっかり食べているわけでは無いみたいですね。
そして…最近とても影響力が大きくなってきていると言われているのが、ユダヤ人科学者たちです。
彼らは物理学や、生化学といった分野がどちらかと言えば得意なのでしょうが、新兵器に対する情熱も凄いものがあるらしく、何よりも自分たちを排斥したドイツ人への復讐心というのは傍で見ていても強く感じられるほどだと聞きますし、成果に対する情熱や執着も極めて大きいので、日本人技術者の対抗心に火をつけてお互い切磋琢磨しているらしいのです。
特に顕著な成果を上げているのが、かつてドイツの「カイザー・ヴィルヘルム研究所(KWI)」という先端兵器を研究する部門で働いてきたユダヤ人たちで、これまではとても手にすることなど叶わなかったであろう新兵器の数々が制式採用され始めているとの噂だったので、とても興味が湧きました。
また、総参謀長の立場としても作戦立案のためには、兵器の性能と新兵器開発の進捗状況を知る事は必須なのです。
現在、私は立川にある航空技術工廠を訪ねていますが、ここでは戦闘機をはじめとする様々な航空機の開発を行っていると聞きます。
では早速工廠長の山本五十六少将に案内をしていただきましょう。
「山本少将。これは新しい戦闘機の試作モデルですか?」
「はい。二年後の皇紀二千六百年の制式採用を目指して、三菱と開発中の機体でして、おそらくは『零式戦闘機』と命名されそうです。
これは現行機の九三式艦上戦闘機の代替として採用される予定で、九三式より大型で航続距離と防弾性能が向上していますし、各国が今後開発してくるであろう戦闘機に対して優位に立てるだけの冗長性も持たせています。
航続距離については1500km程度を予定しており、九三式に比して3倍の距離となります。
格闘性能は九三式には劣るかもしれませんが、最高速度や上昇能力・攻撃力、そして防御力といった、それ以外の性能は全て凌駕しています」
「それは期待できますね!
ですが、九三式と比べて開発年度が違うとはいえ、急速な進歩を遂げているように見えますが、何故ですか?」
「優秀な発動機開発に成功したからで、これまでの計画よりも出力が5割以上も向上したのです。
総参謀長閣下は、マイトナー・ボルン( M&B )社という企業をご存知ですか?」
「…いえ初耳です」
「ヨーロッパ各地から脱出してきたユダヤ人研究者や技術者が設立した企業で、代表者はリーゼ・マイトナー博士とマックス・ボルン博士です。
この会社では、物理学系の研究の他に航空機用発動機の開発を行っていまして、その成果がこのエンジンです。
英国のロールス・ロイス社と共同開発された、水冷V型12気筒エンジンでして、出力は1500馬力発揮可能です」
「そうだったのですね。それでこれほど力強い機体の開発に着手出来たのですか…」
「発動機の出力が高いですから、無理に機体を軽量化する必要性が無くなりました。
当初の計画では、『栄』という空冷星型エンジンを採用する予定でしたが、残念ながら1000馬力程度と非力なために、少し前まではひたすら軽量化に取り組んでおり、新素材の採用を行った上で更に金属の肉厚を削って限界まで薄くし、リベットの頭も空気抵抗を減らすため平坦にしたりと、涙ぐましい努力をしたのですが、現在では乗員の生命を最優先するために、分厚い装甲板を操縦席背後に設置していますし、仏印や蘭印といった友好国の支配地域からゴムも大量に購入できていますので、燃料タンク周辺への防弾材に多用しています。
先ほど冗長性と申し上げましたが、現在は発動機の回転数を抑えた運用ですし、燃料の改善と冷却機構の改良を行えば、発動機の出力はまだまだ上げる余地があるのです」
「優秀な上に生残性も高いとは素晴らしいですね。
期待させていただきますので、よろしくお願いします。
それで、そのお隣に鎮座している機体は、戦闘機よりも少し大型ですが、これは急降下爆撃機ですね?」
「その通りです。このたび九八式爆撃機と命名されましたが、川西飛行機との共同開発機でありまして、先ほど紹介した発動機と、エアダイブ・ブレーキと呼ばれる急降下時の速度を抑制する装置や、引き込み式の格納主脚を採用した高性能機です。
もちろん防弾性能も高いですから、敵戦闘機の襲撃に対しても耐久性が高いです。
またリベットに代わって電気溶接技術を用いて軽量化も図っていて、それは『零式』戦闘機も同様です」
続けて山本少将は別の機体も一緒に紹介してくれました。
「そして九八式の隣にあります試作機が、雷撃と水平爆撃に使用される中島航空機製の攻撃機です。
おそらく、先ほど紹介した『零式』戦闘機と同じ時期に制式採用される見込みで、戦闘機と同一作戦に投入されても問題が発生しないだけの最高速度と上昇能力を有する予定です」
これも強力な攻撃力を得そうな予感がしますね。
言い忘れていましたが、兄上の指示によって、これまではあった陸上機と艦上機の区別はせず、同じ機体を運用するのがこれからの方針のようで、九八式爆撃機はその最初の機体となるのです。
これは区別しなくても済むだけの性能向上が果たせたからに他ならないのですが、わざわざ分ける意味もありませんし、別々に開発するのも無駄ですから…
そしてこれらの機体を基本とした哨戒機であったり、巡洋艦などに搭載予定の水上偵察機といった種類の航空機も開発される予定なのです。
現在のところ、これら航空機の合計生産能力は月間500機ですが、各地に工場を増やして三倍の1500機にする計画を立てています。
続きまして、違う建物に案内されました。
ここは、先ほどの場所よりも広く天井も高く、かなりな大型機の製造がおこなわれているみたいですね。
「こちらの建物では、中島航空機と共同開発した『戦略爆撃機』と呼ばれる、超大型の爆撃機が開発中です。
これこそ国防大臣閣下の肝いり兵器であり、我々が最優先で取り組んでいる機種と言っていいでしょう。
重装甲で大馬力、そして多数の爆弾を搭載可能な機体を目指しています。
発動機は先ほどの戦闘機と同じく、M&B社が手掛けています。
制式採用まであと3年ほど掛かりそうですが、画期的な機体であり、これまでの戦争の概念を覆すであろう傑作機となりそうです」
それは凄いですね。
こちらの機体も、大馬力の発動機の開発目途が立ったことが非常に大きな出来事のようですが、これもユダヤ人やイギリスの技術供与の効果が大きいと言えますね。
「まず大きさですが、全長が30m、全幅は45mであり、この巨体を四発のエンジンで駆動させることによって、最高時速600km、最大上昇高度は1万2000mに達する性能を目指しています。
そして航続距離は実に4000kmを目標としています。
これは樺太の北端から、台湾南端までの距離に匹敵する距離なのです。
つまり、発進した基地に戻る事を前提とした場合は、半径2000kmがその作戦範囲となります」
これは…話には聞いていましたが、戦争のあり方を変えてしまう兵器となりそうです。
そして戦術的には敵の陸上兵力を、この戦略爆撃機による高空からの絨毯爆撃によって破壊し、弱ったところを先ほどの攻撃機と戦闘機で更に弱らせ、最後は地上戦力でもってトドメを刺す作戦を採用することになるでしょう。
味方の犠牲と被害を最小限とするには最善の方法ですから、納得の作戦と言えるでしょうね。
兄上はこの戦略爆撃機を用いて、敵の後方戦力の破壊も考えておられるみたいです。
つまり、軍需工場、油田、鉱山、発電所、港湾設備、駅、線路、橋梁、送電施設、ダムといった社会資本を徹底的に破壊して、敵の継戦能力という名の体力を奪っていくのです。
兄上の方針は敵味方を問わず、可能な限り犠牲者を少なくしようと考えておられるみたいですから、これはその目的に沿ったやり方でしょう。
制式採用には3年ほどかかると山本少将は言っていましたが、とても楽しみな機体ですね。
ただし…
「しかし、これだけ脚の長い爆撃機が完成しても、戦闘機の護衛が無ければ実戦投入は危険ではないのでしょうか?
敵の対空砲火による被害も想定しておかねばなりませんしね」
「その点にも注意が払われておりまして、現在開発中の機体がこちらです」
山本少将が案内してくれたのは、先ほどの『零式戦闘機』よりも二まわりほど大きな双発の試作機でした。
「こちらが、先ほどの戦略爆撃の護衛任務を担う予定の、夜間戦闘機です」
「夜間戦闘機、ですか?とても大きいですが、これはどういったものなのでしょう?」
「戦略爆撃機は危険な任務ですから、昼間ではなく、夜間に投入されると考えますが、こちらは戦闘機では初となる電探を装備した機体ですので、闇夜での戦闘行動が可能となり、航続距離は試作中の戦闘機の倍以上に達する4000kmを目標にしています。
これによって、戦略爆撃機への随伴が可能となります」
凄いですね。
燃料の搭載量が大きいから機体も大型化するのでしょうね。
しかも夜間に使えるのが素晴らしい点と言えますが、これまた従来の日本軍単独では成し得なかった成果となりそうです。
長くなりましたが、陸軍と海軍の新兵器についてはまた次回ご案内したいと思います。




