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【外伝】近衛彦麿 ⑭ 

1934年9月


ヨーロッパからのユダヤ人脱出作戦は概ね成功したね。

300万人以上の人々が東パレスチナや日本へ避難できたし、ロシアもこの作戦に協力したから、ユダヤの人々から感謝してもらった。

ロシアが協力するのは過去の行状に対する罪滅ぼしと言ってもいい動きだけど、人道的にも意味はあるだろう。

これによってユダヤ人のロシアに対する感情も本格的に好転しつつあるみたいだし、やって良かった。


そんなことを思っていたら高麿兄様より緊急連絡が入った。


ソ連領内に潜伏している日本の諜報員からの連絡で、ウクライナ社会主義ソビエト共和国において大規模な飢饉が発生しているとの情報だった。

これは同時にロシア側でも掴んでいた情報だったので信憑性が高い。

最近ではKGBを使ってソ連領内で潜入捜査をする機会も増えてきたからね。

今まではやられっぱなしで守勢一辺倒だったけれど、最近は少しずつだけど攻勢に出る事が可能となっているんだ。


僕は早速アレクセイに報告した。


「陛下。ウクライナにおいて大規模な飢饉が発生したらしくあります」


これに対してアレクセイは意外そうだった。


「ウクライナで飢饉?…しかしあそこは世界的にも有名な穀倉地帯で、飢饉が発生するなど考えにくいが?」


そうなんだよ。普通なら飢饉が発生するような場所ではないんだ。

KGBの報告では、今年は天候が良かったにもかかわらず小麦の収穫量が異常に少なかったらしい。

理由は昨年の収穫時にあって、共産党が徴収した量が収穫を上回るものだったんだ。

それらは殆どが国外へ輸出されてソ連の外貨獲得のために利用されたらしい。

しかも今年の作付け用の種子まで徴収されてしまったから、今年の収穫が絶望的になって飢饉に繋がったという。

これって人為的な飢饉で、天災では無く人災だ。


しかも高麿兄様からの情報では、単なる人為的な飢饉ではないらしい。

どうなっているの?と思ったけれど、この辺りの事情はアレクセイが教えてくれた。


「ウクライナの人々はロシア帝国時代においても伝統的に皆で一つにまとまり、独立を勝ち取りたいという強い意思を持っていたからな。

ソビエトに、ましてや共産党支配に組み込まれる事を拒否して内戦となった経緯がある。

だからスターリンは自分の思い通りに動かないウクライナ人を絶滅させたいのではないかな?

あの土地は大穀倉地帯なのだからソビエトが独立を許すはずが無い」


つまりウクライナの人民はソ連にとって深刻な脅威とみなされたのだろう。

よって、ソ連共産党の執行部、特にスターリンが独立精神の強いウクライナのソビエトへの「同化」を最も重要視し、ウクライナの人々を従順なソビエト人に変えたいのだろうね。


それにアレクセイによると、あの土地には複雑な事情も有るらしい。


「ソビエトによって作られた『ウクライナ社会主義ソビエト共和国』の範囲は、基本的に三つに分けられると言っていいだろう。

西部、中部、東部の三つで、このうち西部は神聖ローマ帝国やポーランドの版図だった歴史もあるし、宗教的にはカトリックに近いと言っていいだろう。

基本的にロシアの版図に入って歴史も浅い」


「そうでしたね。ユダヤ人の歴史を学んだ際に知りました」


「うん。そして中部はドニエプル川沿岸地域を中心にウクライナ正教の影響力が強く、ウクライナコサックの支配地域でもあった。

その代表がザポリージャコサックと呼ばれていた集団だ。

中心都市はキーウやザポリージャで、歴史的にはオスマントルコとの係争地になった事もある」


「ポーランドの支配に対しても反乱を起こしましたよね。

とても精強な戦闘集団という印象があります」


「そのとおりだ。最後の東部は18世紀まではオスマントルコに支配されていたが、ロシア帝国が進出を始めた事によって「ノヴォロシア(新しいロシア)」とも呼ばれるようになった場所で、ロシア人比率が高い地域だ」


「それら三つの地域が『ウクライナ社会主義ソビエト共和国』という名で無理やり統合されたのですから最初から一体感の無い状態でしょうけど、レーニンは何故こうしたのかわかりますか?」


「これは私の想像だが、三つの地域がお互いに反目し合って内輪もめを始めたら、ソビエトにとって有利になるからではないかな。

それと忘れてはいけないのが、レーニンの出自はユダヤ系であり、トロツキーもユダヤ人だという点だ。

そしてユダヤ人排斥運動、つまり『ポグロム』が最も激しかったのもウクライナだったという事実だ」


そういうことか。

過去の復讐も兼ねて何とか自分たちの思い通りになるように仕向けたのだね。


「スターリンはグルジア人だから何をどう思っているのかは分からないが、やはり抵抗するウクライナ人が邪魔なはずだ。

よってこの飢饉は故意、というより悪意に基づいた人災。いや犯罪だと言えるだろう」


そうだね。僕も同じ意見だ。


「陛下としてはこの問題をどのようにお考えでしょうか?

つまり、これまでの経緯を考えて、このままスターリンの思うがままにするのが良いとお考えなのか、それとも過去のしがらみは一旦忘れて、ウクライナの人々に手を差し伸べるのが正しいとお考えなのか、いかがでございますか?」


アレクセイは断定的に言った。


「それは無論手を差し伸べるべきと考える。

単純に人道的な意味だけでは無く、マキャベリズム的思考から言ってもそれが正しい道だろう。

しかもさっきも言ったように、中にはロシア人も含まれるのだから、なおさら見捨てることは出来ない」


そうだね。僕もそう思う。

でも人数が多そうだけどそこは問題ないのだろうか?


「私の兄からの情報によりますと、救出せねばならない人数は1000万人に達するかも知れません。

現在の我が国の人口に匹敵する人数ですが、そこは問題はありませんか?」


「多少無理をしてでもロシアの正しさ、公正さを他国に宣伝せねばならない時期なのでは無いかな?

ここで手をこまねいてはソビエトがスラブ民族の正統政府なのだとの印象を与えてしまうだろう。

ロシアが正義で、ソビエトは邪悪なのだとの印象を植え付けねばならないのだとは、首相が普段から言っている事なのだし、ここは無理をしてでも受け入れよう。

そもそもの話、1000万人受け入れたところで、我が国の面積を考えれば何ほどの事も無いだろう。

食糧確保については首相に負担をかけるが、何とか対応して欲しい」


僕が思うに完全に正しい判断だと思うし、我が国は常に人手不足に陥っていて開発が思うように進まないから、人員確保の点からみても効果が大きいと言える。


「ではそのように手配いたしましょう。

とにかく味方は多い方が心強いですからね」


昔のロシア帝国は常に正しい選択をしてきた訳では無いだろうけれど、そういった過去を清算し未来に向かう為にも、これは正しい判断だと僕も思う。

ロシア人では無い人たちが大量に移住してくるけど、大昔からの隣人なのだし、何とか上手く付き合ってくれるようにKGBを使って宣伝もしておこう。




1934年10月

Side:フランクリン・D・ロウズヴェルト


大統領に就任して1年半経ちましたが、ニューディール政策は上手くいっていません。

国民は自分勝手ですね。

私の理想をなぜ理解して協力してくれないのでしょうか?

それどころか、ニューディール政策を共産主義、社会主義的だと攻撃する人々が多数に上るのですよ。


そんな鬱々とした日が続く中、エレノアから提案されたことがありました。


「私のお友達に宋美齢さんという方がいるのをご存知でしょう?

ご主人の蒋介石さんは内戦で戦死されてしまい、合衆国に亡命してこられた方ですけれど、最近では中国大陸や朝鮮半島におけるイギリス人の専横が激しくて被害者が沢山いるそうです。

それに日本人が裏で暗躍して人々を苦しめているという話でしたから、貴方のお力で何とかなりませんでしょうか?」


また日本人ですか!本当にどうしようもない人種ですね。

それに台湾を植民地にしていたのに手放すという話らしいですが、いったい何を考えているのでしょうか?

黄色人種が中途半端に植民地を持ってもロクなことになりませんね。

それに何やら、またぞろヨーロッパに介入しようとしているという話ですが増長にも程があるでしょう!




1934年11月


Side:近衛彦麿


日本において高麿兄様は国連を通じて対策を訴えてきたけれど、ヨーロッパ各国は証拠がないので動けないとの態度だったので、ウクライナ国内での証拠集めを行い、様々な事実が明らかになった。

まずは国内パスポート制で、ウクライナと他の共和国との国境は封鎖され、農民は自由な出入りは許されず、村や集団農場に縛り付けられてしまっていた。


これだけでも人道的には問題だけれど、既にウクライナにおいては食料がほとんど無い事が証明できたので、ソ連に対して日本は国際連盟の名のもとに改善要求を行ったが返答が得られなかった。


このまま座して待てば多数の餓死者を出してしまうのは明らかであり、より強い警告をソ連に通告したが相変わらず無視された。

そこで最終手段として武力行使を辞さないとの最終通告を行い、臨時の緊急国連総会を招集して善後策を協議した。


重大な案件だったから、この総会には僕が直接参加して協議に加わった。

久しぶりの里帰りだけど、感傷的な気分になろうはずも無く真剣な討議の連続だった。


けれど、世界各国の総意としては、ウクライナの民衆に対しては何とか手助けをしたい気持ちはあっても、世界恐慌の痛手から立ち直っておらず、多くの国が制裁や武力行使には及び腰だった。


他人のために血は流せないし、資金も出せないという話なんだけど、救出に賛成だけはするという意見が多く、多数決によって救出の方針は決定された為に、更に日英露仏四カ国の常任理事会で協議した結果、黒海を通じた脱出作戦を敢行する事に決定した。


会議後は兄様と綿密な打ち合わせを行った。


「昨年のユダヤ人脱出作戦に協力してくれて助かったよ」


「いいえ。隣国として当然の事をしたまでです。

それに…我が国が過去において犯した過ちに対する謝罪の意味も含まれていたのです」


「そうだね。その効果もあってユダヤ人のなかでは日露に対する肯定的意見が圧倒的になっているらしいから、頑張った意味が有るね」


本当にそうだね。

無理をした甲斐があったと思う。


「今回は日露両軍による軍事作戦だ。

主な作戦海域は黒海となるだろうけど、海軍部隊は主力を投入して護衛に当たるつもりだからソビエトの黒海艦隊は手出しできないだろう。

空母機動部隊も初めて実戦に投入するつもりだが、ソビエトの戦闘機より圧倒的に優秀だから制空権も問題なく奪取出来るだろうし、敵の陸上部隊には空爆で援護出来るだろうから安心してもらって良い」


心強いね!それとソビエトの赤軍は体制が固まっていないからつけ込む隙はあるだろう。


一方のソ連としては当然だが「内政干渉をするな」との姿勢だが、そんな言葉に構っていられないし、そもそもあそこは日英露仏の四カ国同盟の立場では国家として承認していないのだから、現状は「ならず者集団」が武力支配しているに等しいとの認識だ。



僕は帰国して準備を整え、脱出作戦を実行する事になった。

この作戦の主力、敵正面の黒海方面へ派遣する兵力はロシア軍は5万人、日本軍も5万人だ。

これらの兵力はユダヤ人移送でも活躍した3万トン大型輸送船50隻に人員と物資、武器弾薬を積載して送り出した。

この兵力を率いるのは海軍総司令官のアレクサンデル・コルチャーク大将だ。


これ以外には陽動としてクラスノヤルスク東岸から陸軍を動かしてウラル方面へ西進する構えを見せている。


「コルチャーク総司令官。

この作戦は我が国の命運を左右することになるかも知れません。

是非とも作戦を成功させ、ウクライナの人々を救出して下さい」


「お任せ下さい。

陛下のためにも全力で任務を全うさせていただきます。

それに精強無比な日本海軍が全面的に共闘してくれますから心強いです」


確かにそうだね。ここから先は日露海軍の奮闘に期待して成果を待とう。




Side:ヨシフ・スターリン


日露軍によるソビエトに対する侵攻が行われた!

これは主権国家に対する内政干渉であり、明確なウェストファリア条約違反だ。


しかもだ!ソビエトは悪の帝国だと奴らは宣伝していて、結果として私は大恥をかかされたのだ!

決して許せるものでは無い。


復讐だ!復讐するのみだ!

しかも儂の責任ではないが軍部の対応はぬる過ぎるだろう!何故もっと日露軍に対して反攻しないのだ!?


「いったい赤軍は何をやっておるのだ!

仕事をしろ仕事を!」


「申し訳ありません同志スターリン。

制空権を取られてしまっているのが現状なのです。

奴らは圧倒的な航空戦力を持ち込んできており、数において太刀打ちできず、歯が立ちません」


役立たず!!粛清してやろうか?

いや軍部は最近儂の言う事を実行するのが遅くなってきておるから、徹底した粛清が必要な時期だな!

それにしても腹立たしい。


「おいベリヤ!

一体どうなっているんだ!どうして日露軍が我が物顔で我らの領域を犯すのだ!?

そもそもなぜ侵攻を察知出来なかったのだ!

何も出来ないのであればお前も粛清してやろうか?」


「す、すみません親分!決してサボっていたわけでは無いのですが、奴らの動きが急激すぎたのです!」


「これからも何もできず、指をくわえて見ておるだけなのか?!」


「いいえ親分!有能な奴を日本に送り込んで反撃に転じる準備が出来ました!」


「どんな奴を送り込むのだ!?生半可な奴では話にならんぞ!」


「お任せください!

今回送り込む奴はリヒャルト・ゾルゲという名のドイツ人ですが、こいつは極めて優秀ですし日本人協力者の目処もついていますから、そいつを使って日本人の仲間を増やしていきます。

ですのでもうしばらくお待ちください!」


むむう。

儂の我慢も限界に近付いておるぞ!

それにしても赤軍は特に陸軍が脆かったな!

陸軍の機械化を推し進め、忠誠心の足らん幹部は粛正して必ず日露に復讐してやる。


必ずだ!

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