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【外伝】近衛篤麿 ㉚ ユダヤ人脱出作戦 前編

1933年(昭和8年)11月


私はやりたくなかった首相に返り咲き、引き続き国政の運営をする日々だ。

早く高麿に譲りたかったのだが、どうもその時期にはまだ至っていないらしく、私がやるしかなかった。

おそらくだが機が熟していないのであろう。


それにしても、このところ世界の動きが激しくなってきたと感じる。


どうやら世界恐慌をきっかけとして、人類は悪い方向へ向かおうとしているらしい。

これは当然だな。

人々の心がすさみ、明日への希望を失っておるのだ。


そんな人々の絶望に付け込もうとする者どもの暗躍により、世界が更に混乱してしまうだろうというのが高麿の見立てであり、その通りになりそうな悪い予感が日々強くなってきておる。

それは共産主義、あの邪教の浸潤であり、世界恐慌の悪影響を受けて資本主義に絶望した若者たちを中心に日本以外では信者が増殖中だ。


更に動きが怪しいのがアメリカで、新大統領のルーズベルトはいきなりソ連を国家承認してしまった。


これまで過去10数年にわたって、共和党が頑なに承認してこなかったテロ集団をいともあっさりと、しかも就任早々に国家承認してしまったのだ。

これは日英露仏に対する明確な敵対行為であり、もっと言えば、どうも日本を最も敵視しているらしい。


そんなアメリカにも要注意だが、共産主義と並んで現時点で最も危惧されるのがドイツだ。


実のところ私は、ヒトラーが政権を掌握した当初は楽観しておったのだ。

何故ならヒトラーの主張の一部は反共産主義であり、共産党員の排除を訴えていたからだ。

だが、物事はそんな単純なものではないらしい。


私にはよく理解できないが、ヒトラーが共産主義を嫌うのは、私が嫌う理由とは違うらしい。

高麿によれば、ユダヤ教と共産主義は「根」の部分が共通すると言っていた。


詳しく教えてもらったのだが、今一つ理解できない部分が多かったのは事実だ。

だがとにかく、ヒトラーが共産主義者とユダヤ人を共に排斥しようとしているのは明らかで、2年前に政権を掌握して以降「ユダヤ人には一刻も早くドイツ国外へ出て行ってもらう」と堂々と公言するようになってきた。


つまり彼の主張としては「東パレスチナという彼らにとっての約束の地が出来たのだから、移住してはどうか?」と度々発言するようになったのだ。

これに呼応したのがドイツ国民で、あからさまな差別が半ば公然と行われるようになっていった。

最初はユダヤ人に商品を売らないとかといった段階であったであろうが、徐々に差別の度合いが激化しつつある状況だ。


特に心配なのが先日、長く大統領の座にあったパウル・フォン・ヒンデンブルクが死去したことだろう。


彼は先の大戦における「タンネンベルクの戦い」の英雄であり、ドイツ国民の人気は絶大であった。

現在ドイツが威信をかけて建造中の巨大な飛行船には、彼の名前が採用される予定であるほどなのだ。

だが、ヒンデンブルク大統領の死後は、ヒトラー首相が大統領職も兼任した上で正式に『総統』に就任するらしい。

これは私の想像だが、ヒトラーは目の上のコブであったヒンデンブルクの死を待っていたのではないかと思う。


ドイツのワイマール憲法下における体制では、首相と大統領が別人であることに意味があったのであり、それぞれに制限を受けていた二つの権力を同一人物が兼務するとなったら、いったい誰がヒトラーを掣肘(せいちゅう)するのだ?

ヒトラーの主張がそのまま政策に反映され、誰も反対が出来なくなるではないか。


これまでの成果に目が眩み、ドイツは元より、世界でもあまり指摘する者がいないが、これは独裁そのものではないのか?


更にこの男は宣伝が非常に巧みで、国民を誘導するのに()けておるから、一体これから何をしでかすのか不安だ。


こうしたヒトラーの態度と、ドイツ国民の反応に対して、ドイツ国内に在住する多くのユダヤ人の不安を掻き立てるのには充分であったはずだ。


「父上。ドイツにおけるユダヤ人への迫害は座視できません。

これ以上被害が拡大しないうちに積極的に日本が関与し、彼らを援けるべきです」


「それは構わんが、具体的にどうするのだ?」


「大量の船舶を使用してヨーロッパ在住のユダヤ人を東パレスチナへ移動させるのです。

幸いにしてヒトラーは目の前からユダヤ人が居なくなるのであれば、現段階では文句は言わないはずですから、日本が積極的に役割を果たすべきです」


「だが、簡単に移動させると言うが、対象人数はどれほどを予想しておるのだ?」


「はい。最大で600万人を想定しています」


600万人!?全く想像が出来ん数字だ。


「だが、それだけの人数を運ぶだけの船舶があるのか?

東パレスチナにはとても用意出来まい。それにドイツの協力も得られないであろう?」


「そこは日本が頑張って用意するしかありません」


「しかし…そうは言ってもな…」


「先ごろ完成した大型輸送船『利尻』型100隻を使用すれば、展望が見えてきます。

あの船は軍艦基準の排水量で3万トンに達し、全長も300メートル近くある巨大船なのです。

内部は少し手を加えねばなりませんが、一隻当たり6000名は運べるでしょう。

それが100隻存在するのですから、それだけで60万人を運べます。

更には『宗谷』型護衛空母や、『金剛』型戦艦といった大型艦船を総動員すれば、一回当たり150万人は運べます。

つまり、4往復、およそ1年をかければ実行可能です」


ふむ。物理的に実行は可能か。しかし…


「莫大な費用が掛かるであろうから、議会の承認が必要だな。それと国民の同意も得なくてはならん。

我らはヒトラーやスターリンとは違うのだ。

手続きと同意は必須のものとなろう。

何か皆を納得させるだけの策はあるのか?」


「あります。

震災時にユダヤ人から10億円の無利子融資によって、助けてもらったではありませんか。

あの時の恩を返す絶好の機会とはお考えになりませんか?

それに人道分野において我が国が指導力を発揮すれば、世界の人々に対する希望となるでしょう。

これからは日本が世界を明るく照らさねばならないのです」


……これはもしかしたら。


いや!間違いなく高麿の『故意』だ。


これを実行するため、援助する理由を作るために、故意に10億円の無利子融資を受けたのだ。

あの時に保有していたアメリカ株を売却すれば、復興費用は捻出できたのにもかかわらず、高麿は「売却時期ではない」と言って手を付けさせなかったのだ。


しかも「利尻」型100隻の存在だ。


民間造船所への支援が云々と言っていたな。

確かに造船所の経営は立ち直ったであろうが、それが主体ではなくて、この目的のために最初から用意していたのだ。

なんということだ。全て意味があったのだな。


では実行しようではないか。日本のためにな。


そして私と高麿は帝国議会に諮ったのだが、予想通りに当初は野党を中心に「他国のために我が国が費用を出す必要はない」との反対意見が多数出た。


そこで「関東震災からの復興に際して無金利融資という、多大な援助をいただいた事実」を挙げ、恩返しであることと、世界におけるユダヤ人のおかれた立場と、キリスト教徒、特にカトリックから見た宗教的な偏見を説明して、人道分野における日本の国際的指導力の必要性を強調し、何とか予算の承認を得ることが出来た。


また新聞を通じて世論も喚起したことで、国民は概ね納得できておるらしい。


動かせる船舶は先ごろ完成した、基準排水量3万トン級大型輸送船「利尻」型100隻と、貨物船やその他輸送船、改装が終わった「宗谷」型護衛空母や、「伊勢」型空母から「金剛」型戦艦まで、とりあえず一定期間使用しても日本経済に影響の出ない範囲で使用が可能な大型の船舶を総動員して実行することになった。


その数、500隻。嬉しいことにロシアが加わってくれた。


「利尻」型と同型の輸送船が50隻完成して引き渡し済みであったから、試運転を口実にして協力してくれたのだ。


彦麿のやつめ。なかなかやるではないか!


それにしても…これまで誰も経験したことのない、民族大移動なのだ。

戦時下ならとても実行できない作戦だったであろう。

このあたりの詳細は東郷茂徳駐独大使を通じてヒトラーと直談判を行った。

こうして日本主体でユダヤ人移住作戦は決行された。


ただし、高麿はこのまま単純に移送作戦を実行するのは不安があるという。


「不安とはどういう意味だ?」


「ヒトラーは疑り深い性格ですから、我が国が無償で積極的に移送作戦を行うということに関して、疑念を持つかもしれません」


「疑念とは…何故お人よしにも他民族に力添えするのか?と思われるというのだな?」


「おっしゃる通りです。何か日本にとっても利益があるのだと思われると、ヒトラーの気が変わって作戦を認めないかもしれません。

よって一芝居を打つ必要がありますので、東郷駐独大使に訓令電を打ってください。

内容は・・・・・」


いつも思うが、よくここまで考え付くものだな。


それもこれもヒトラーの為人(ひととなり)を良く知っておるからであろうが…




1933年11月


Side:アドルフ・ヒトラー


日本人が、ユダヤ人を助けると称してしゃしゃり出てきた。

吾輩としてはアフリカ大陸の東岸にあるマダガスカル島辺りに送り込もうかと考えていたのだが…

しかしとてつもない費用がかかるからな。


たかがユダヤ人ごときのために、貴重な資金を浪費するのは大変な無駄だと考えて躊躇していたら、日本人がお節介にも極東の果て、東パレスチナまで船舶を使用して移送するという。

一体何を目的としておるのだ?

良からぬことを考えておるのであるまいか?


これに関して日本の駐独大使が、吾輩に言いたいことがあるという。

一応、話だけは聞くしかないな。


「総統閣下におかれましては御多忙にもかかわらず、面談のお時間を頂戴しまして感謝に堪えません。

それにしても、最近はめっきり冷え込んできましたな。

ベルリンは東京よりも寒いので私は苦手です」


黄色人種は何を考えておるのか表情が分からんから苦手だ。

言いたいことがあるならさっさと言うが良いだろうに、魚を生のまま食べるせいで思考が鈍っておるのではあるまいか?


「いやいや……我らアーリア人は、国際的な信頼というものを一番大切にしておりますからな。

その点においては英仏とは違うのですよ…

それで…本日の用向きは何でしたかな?」


「この度、総統閣下が不要と判断されましたユダヤ人たちを、我が大日本帝国が船舶を使用して移送することになりましたが、我らも慈善事業でこれを行うわけにもいかず、総統閣下のご協力をいただきたいとの本国の意向です」


「協力とは?」


「費用のご負担をいただきたいとのことです。

我が国は新造の輸送船の試験を兼ねてユダヤ人どもを移送しますが、それによって我が国に利があるわけではないのです。

ただロシアと東パレスチナという隣国との関係上、止むを得ず実行するのですから、国民の理解が得られません。

総統閣下におかれては邪魔なユダヤ人が目の前から消えるのですから、利が多いのは間違いありませんな?

であれば、我が国にも利が欲しいとの近衛総理大臣の希望です」


ちっ!無償で運ぶという話ではないのか!?

だが、まあ言っている内容は理解できるが。

所詮は日本人もこの程度の守銭奴というわけだな。


「いかほどの費用が必要とお考えで?」


「そうですな…ユダヤ人には価値がありませんから、三等客室料金で構いません。

ヨーロッパと横浜間の三等運賃は約200円であり、現在の為替レートは1マルク=1.5円ですから、それに該当する金額に諸費用を足して一人当たり400マルクでいかがですかな?」


「しかし我が国から送り出す人数が多いことを考慮いただきたい。

しかもドイッチュラント在住以外のユダヤ民衆も多いのですから、出せるとしても一人当たり200マルクが限界です」


「…仕方ありませんな。ではそれで手を打ちましょう。

ただし、移送が開始されて以降は一切の口出しをしないでいただきたい。

もはや貴国だけの問題ではないのですし、不要なユダヤ人を送り出すに当たって、最早ドイツの人々が口を出す権利は無いものとお考えいただきたい」


言いたい放題言いやがって。人の足元を見るのもたいがいにしろ!


だがまあ…これでユダヤ人が消えるなら良いか。


ふふふ。ユダヤ人め。これで日本人からも厄介者扱いされるようになれば面白い。

決して安住の地など無いのだ。


日本か東パレスチナで不味い米でも食って震えて暮らしやがれ!

お前たちにはお似合いだ!



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とにかく何か食べさせようとしてくるヒトラーオカンワロス
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