表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

122/200

第七十六話 スターリン登場

1929年(昭和4年)7月


Side:近衛高麿


ニューヨークでの株式暴落から半年以上が経過したが、全世界、といっても資本主義国家だけに悪影響が及んできつつある状況で、今後景気の悪化に伴い貿易の縮小とブロック化が徐々に表面化していき、失業者も増加していくだろう。


しかし以前にも述べたように、ソ連のような共産主義国家には、ほぼ影響がないと思われるので、世界の人々が共産主義に一種の憧れを抱き、共産主義こそ人類にとって発展した理想形だと誤認する人々が続出する事態になってしまうのが問題だ。


日本においてはインテリ層、中でも学者が危険で、俺も他人のことをとやかく言えないが、研究室に閉じこもって社会人経験が無いから、世間の常識といったものを知らない人物が多く、視野が狭いから染まりやすい。


いわゆる「学者バカ」と呼ばれる人種だが、知識()()は豊富にあるから、なおさら始末が悪いのだ。


しかも日本おいては、「学者」だの「教授」だのといった肩書きに騙される一般人が多いから、共産主義に対する礼賛などされたら、折角封じ込めた共産主義が性懲りもなく復活するきっかけになるかもしれないので要注意だ。


だから俺は内閣特命担当(NTT)の報告を元に、モグラ叩きのように、共産主義者のアジトを見つけては摘発するということを継続している。


そんなソ連において、スターリンがトロツキーを追放して権力を完全に掌握したとの情報が、内閣北方協会(NHK)を通じてもたらされた。


いよいよ、あの悪魔のような男が、歴史の表舞台に立とうとしている。


史実より1年ほど遅いが、それだけソ連という国家体制が俺が知っているものより脆弱であり、体制固めに時間がかかったからだろうと俺は判断した。


やはり、ジェイコブ・シフによる資金融資がなかったのが影響していると見て間違いない。

お陰でその間にロシアは着々と国家体制を構築し、NHKが積極的にソ連領内でロシアへの脱出を助けたこともあって、建国から10周年を迎えた昨年末には人口も1000万人を超える規模になっている。


ただし、スターリンが権力を掌握したから、確実に東側の国境線は封鎖されるだろう。

陸路でロシアに向かう手段は、今後不可能になると覚悟せねばならない。


ここでスターリンとはどんな人物なのか見てみたい。

1879年にグルジア(21世紀はジョージアと発音)の靴職人の子として生まれた。


貧しい家庭だったらしいが学校の成績が良く、神学校に入学した。


「オマエが神学校に行くのかよ!」と突っ込みを入れそうになるが、ここでも良い成績で優秀と評価されたものの、学生時代から共産主義運動を始めたために退学処分となる。


その後、スターリンは革命と称してテロ、暗殺、銀行強盗、売春宿経営などを行った。


令和の日本だと立派な反社、というか極悪人だな。

幼少期に両親から虐待を受けたらしいが、それだけでこんな外道になるのだろうか?

生まれた時から外道だったのでは?


だとしたら本物の悪魔だが。


特にこの男は何軒もの売春宿を経営し、共産主義活動を行う資金源としていた。

共産主義の理想論で言えば、人間による人間の搾取に反対する立場でなければならないはずだが、スターリンがこのような方法で資金集めしていた事実が表面化すると、当然だが非難が集中した。


特にレーニンはこれを非難している。


「どんな立場の人間、それが例え売春婦であったとしても、搾取はしてはならない」と諭したわけだが、スターリンには響かなかったらしい。

これは最初の段階で道を踏み外しているな・・・


これからこの男が、史実においてやらかす悪行を述べてみよう。


女性関係で言えばスターリンは、最初の妻エカテリーナ・スワニーゼと死別した後、次々に結婚したり、愛人を作ったりしたが、女性たちがスターリンの残虐さや女性関係の派手さを忌避してスターリンを批判すると、その女性たちは不審な死を遂げたり、いつのまにか姿を消したと言われている。


まあこんなのは、まだまだ序の口あり、酷い逸話としては自分の眠りを妨げたという理由で、盲導犬とその主人である盲人すらも殺害したというのがある。


農業については集団化を推し進めるようになる。


これはスターリンが行った農業政策で、個々の農家がそれぞれ農業をするのをやめさせ、全員を集団農場に集めて働かせ、収穫した農産物を国家に納めさせた。

スターリンは農業の停滞の原因は富農による搾取であると考え、農業でも社会主義を適用して完全国営化し、富農の淘汰を実行したのだ。


集団農場が各地に作られ、個人の農家が持つ土地は取り上げられ、集団農場のものとなると、農家が持っている家畜も取り上げられたため、それに絶望した農家は自らその家畜を殺したケースが広範囲に行われた。


そして農村地帯では、富農と判断された農家は、殺害あるいは強制収容所での強制労働に従事させた。

この富農絶滅政策によって、900万人近い農民が農地を追われ、そのうちの半分が処刑されたといわれている。

農業に熱心な富農が淘汰されたことにより、優秀な農家が激減して農家全体の労働意欲が低下したし、貧農と判断された農家は、集団農場の労働者として従事させられた。


しかしこの結果としての労働者への見返りは低く、農民は「これでは帝政ロシア時代の農奴より酷いではないか」と不満を抱えるようになり、実際に賃金も生活水準も低く民衆は貧しかったと言われている。


にもかからず、スターリンは新しい考え方である社会主義国家(土地や財産、産業を社会全体で共有し、国家が管理する統治形態)が成功するためには、やむを得ない処置であると言って、農民に犠牲を強いるばかりだった。


やがて国内に絶対的な権力を確立したスターリンは、猜疑心と権力欲に取り憑かれ、自身に反抗する者を片っ端から粛清したり、「反抗する疑いのある者」をシベリアの過酷な強制労働収容所へと追放したりした。

最低800万人、最大では1000万人以上もの軍人、知識人、市民、外交官、富農たちが犠牲となって殺されたと言われている。


これに加えて、ウクライナ地域で行ったホロドモール(人為的飢饉)による死者は、最低400万人から最大1500万人、確定的には1000万人とする説もあったから、合計すると概ね2000万人以上殺したことになる。


史実で言えば、あのヒトラーすら上回る、人類史上ワースト2位となる不名誉な記録だ。


良く知られているどうでもいい話としては、この「スターリン」は本名ではない。

「スターリン」は、「スターリ(鋼鉄) のように強固な意思の男」を意味し、本名はヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・ジュガシヴィリという。


そしてこれからスターリンは、生き残りをかけた工作を仕掛けてくるだろう。

失敗したら自分の命が無くなるとの考えに取りつかれた妄執かもしれないが、本人は真剣だ。


東に日露、西に英仏という強大な敵とどう向き合うのか?という大きな課題だ。


彼は今頃、それを必死になって考えているはずで、答えは米独と組んで日英露仏と戦うとの結論に至るはずだ。


それを実現させるためには、何としても日米を戦わせる必要があり、そこに英仏露が巻き込まれていけば、スターリンの笑いは止まらなくなるだろう。


ここからはスターリンが史実において、主に日米に対して謀略を仕掛けるに至った動機を紹介しよう。


初期においてスターリンにダメージを与えることになるのは、ローマ教皇庁、バチカンだ。

日本ではローマ「教皇」より、ローマ「法王」の方が一般的かもしれないが、より正しい表現は「教皇」だと思われる。


とにかく、ローマ教皇庁の共産党に対する態度は一貫して最初から否定的であり、共産主義に対抗する目的でナチスドイツを盛り立てるという方向に動く結果となった。

何度も述べているように、共産主義がキリスト教をはじめとする宗教を是認しないイデオロギーであるからだ。


欧米人にとって「神を信じない」という態度は致命的なものに映る。


異教徒はまだ良い。

しかし無神論者は理解の対象外なのだ。

有名な逸話としては、ソ連最後の共産党書記長だったゴルバチョフが、欧米の指導者たちに対して、「私はロシア正教の洗礼を受けていた」と告白したことが、西側諸国に好意的に受け入れられたという事実が挙げられる。


それ以後の彼の行動について、否定的な意見が西側で出ない背景には、その点も加味しなくてはならないだろう。


この点では日本人も欧米人から聞かれたら、嘘でも適当に「ゼンです」とか「シントーです」答えねばならないし、間違っても「信仰している宗教はありません」などと、馬鹿正直に言ってはいけない。

それに日本人は無意識であっても、実際には無宗教ではないのだから。


ともかく…ソ連の場合はそれに加えて、敬虔なロシア正教の信者であったロシア皇帝一家を無残にも殺してしまった点もマイナスに響いただろう。


いかにバチカンが共産党を忌避していたかは、時のローマ教皇ピウス11世が次の発言をしたことでも確認できる。


・「ドイツ元首ヒトラーが、共産主義ならびに虚無主義と戦う決意の人であることを認め、喜びにたえない」


・「ヒトラーの成功は、ボルシェビズムに対する防衛の強化である」


・「結局、ヒトラーの善意は保証できる」


バチカンはナチス政権を承認し支持した。

また先ほど触れたように、ナチス政権はその反共主義によりソ連に敵対することが期待された。

こうした経緯もあって、ヒトラーが政権を取ってから数年間、ヒトラーには国際的に高い評価が与えられていた。


ピウス11世と、次の教皇ピウス12世は、それぞれソ連、ポーランド、ドイツなどで共産主義に相対した経験から、強い反共主義の持ち主だった。

この反共主義が、彼らをムッソリーニやヒトラーに接近させる。


事実として、今年の5月に、まずはイタリアのムッソリーニ政権と「ラテラノ条約」を結び、バチカン市国の独立を果たした。

ファシスト政権とバチカンの関係は、これまで必ずしも良好とは言えなかったが、史実通りに、これ以降バチカンは主権国家として外交を展開することになるだろう。


さらに今年か来年あたりにはナチス・ドイツと「ライヒスコンコルダート(政教条約)」を結び、カトリックはナチスの公認となるはずだ。


ここから先は不透明だから、史実のみを並べるが、最終的にピウス11世は1937年の回勅でナチスを批判するに至るものの、以後もバチカンはどちらかと言えばナチスに寛容的であった。

第二次世界大戦前後におけるピウス12世の一連の行動(ドイツによるポーランド併合の事実上の承認、日本との外交関係の開始、英米への接近)は、すべて反ソ・反共主義に突き動かされていたと言えるだろう。


それだけではなく、大国に手をまわしてソ連を圧殺しようと考えていた時期すらあった。

こうした策謀によって、スターリン政権は成立直後から滅びのシナリオに直面していた。


この時期において、ソ連が滅びるシナリオは四つあって、それは以下の要因だ。


①、日独からの挟撃。


②、日英からの挟撃。


③、日英米からの挟撃。


④、日独英米からの挟撃。


以上四つで、そのいずれにも日本が含まれているのがポイントだ。


なぜなら、ソ連のすぐ東側に位置しているのが日本だからだ。


史実においても、1936年にドイツと交わされた「日独防共協定」というものが、その一つの傍証と言えるだろう。


つまり「防共」とは、「共産主義に対するけん制」というものであり、後にイタリアやハンガリー、スペインといった国々が参加している。

また、この動きに対して、特にイギリスは好意的に受け止めていた点も見逃せないだろう。

なぜなら、復活しつつあったドイツの牙が、ソ連に向かうのは大歓迎だったからだ。


つまり、①~④の事態は、決してスターリンの妄想ではなかったのだ。


結局のところ、これらは現実のものにはならず、ソ連は何とか生き延びることが出来たが、この体験は深くスターリンの心に刻まれただろう。


逆に言えば、ヒトラーが英仏に戦いを挑んだ史実は、スターリンにとって願ってもない状況だっただろう。


その後、ドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻する2カ月前に、日本は日ソ中立条約を結んでいたが、ドイツ軍の侵攻に合わせ、満州国境で大規模な関東軍特種演習(関特演)を行っただけで、スターリンは震えあがる始末だった。


スターリンが、どれほど日本を恐れていたかがお分かりいただけるだろう。


あの時に、日本海軍の空母機動部隊が真珠湾ではなく、ウラジオストクなどを襲い、陸軍もソ連に攻め込んでいたら?

それこそがスターリンが最も恐れたシナリオだっただろう。


つまりソ連の崩壊を防ぐためには、何としてもソ連から見て東の隣国である日本からの干渉を防ぐ必要があり、だから工作活動を活発化させたわけだ。

それと同時にアメリカに対しても謀略を本格化させ、何としてもアメリカと手を結び、これを自分が有利となるように動かそうとしていた。


スターリンは全てのシナリオを熟知しており、自身の破滅を防ぐために、あらゆる策謀を実行するわけだが、日本に対する工作は資料として表面化しているケースは稀で、結末から推測して判断していくほかなさそうだ。


しかし、以前も指摘したようにソビエト共産党の出先機関であるコミンテルンの暗躍は、日本政府中枢に及んでいたのは明らかで、それは首相を務めた近衛文麿の周囲において顕著だった事実は相当以前にも紹介した。


それが一部表面化したのがこれまでも紹介してきた「ゾルゲ事件」というわけだ。


これに関連するのだが、この世界に転生する少し前に、俺にとっては衝撃的な話を聞いたことがある。

それはある予備校講師の体験談だったのだが、その講師は世界史を担当しており、塾生100人に対して「ゾルゲ事件って知ってるかい?」と聞いたところ、「知っている」と答えたのは何と3人だけだったというのだ。

しかも、その塾生たちは東大や京大を目指している人たちで、出身の高校も中高一貫の有名校や、公立でも偏差値ではそれぞれの都道府県の上位3位以内に入るような高校の出身者であったにもかかわらずだ。


その講師は「我々は歴史から何も学んでいない。次に日本が戦争に巻き込まれたら、また日本は敗戦国になってしまうだろう」

そう話していたのが印象に残ったし、危機感を覚えたのも事実だった。

それもこれも、歴史教育の稚拙さが原因だ。


ゾルゲ事件こそ、日本人が反省すべき歴史として子孫に受け継いでいかねばならない事象だと考える。

それを無かったことにして「水に流して」しまえば、我々は同じ過ちを繰り返すだろう。


そして…身内のことは悪く言いたくないのは本音でも、文麿は少し怪しい。

なにしろ文麿は、東大と京大でマルクスを学び傾倒していたのだ。

交流した人々も真っ赤っかな人物が多かった。


最大限好意的な表現をするならば、まんまと利用されたという辺りか。

ただし、今更確認のしようがないのはもちろん、当たり前だが、この世界線における文麿に直接聞いても、「何を言ってるのですか?」と返されて終わりだ。


文麿の他にも、表面化していないスパイや情報漏洩の類はもっと多く存在したはずで、アメリカ同様に日本の指導者の周辺にはソ連のスパイが存在しており、それらの暗躍によって日米は戦争へ誘導されてしまったというのが俺の結論だ。


この影響は戦後も尾を引いて、アメリカがソ連を「敵」と認定したのは、昭和25年に起こった朝鮮戦争前後のことになる。


だから、日本の敗戦直後に進駐してきたマッカーサーをはじめとするGHQの連中は、『神風特別攻撃隊』という、彼らにとって理解不能な攻撃を受けたこともあり、「日本なんて少し共産化した位が丁度いい」と考えていた節があり、その考えが修正されるのは、さっき述べた朝鮮戦争前後のことで、それ以前は『日教組』や『日本共産党』の再建を許してもいる。


アメリカにとって、とにかく怖いのは『軍国主義日本の復活』なのだから、日本を縛り付けて二度と軍備を持たせないように、戦争に向かないようにするために、日本国憲法というものを急ごしらえして押し付けたのもこの頃で、それを当時の日本人は有難がって押し戴き、それ以後長きにわたって金科玉条の如く墨守するという、奴隷のような態度を取り続けることとなる。


憲法を策定した理由として、マッカーサーは日本を永遠の後進国とするために、精神的なものも含めて徹底的に日本を破壊しようとした結果の産物だという点には特に注意が必要だ。


俺個人の思い出として、あの日本国憲法の前文と、例の憲法九条をセットで中学3年の初夏、無理やり社会科の教師によって一字一句全て覚えさせられたが、正直な感想として「変な日本語だな」と思ったのが挙げられる。


特に「戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し」って何だ??

我々が決意すれば戦争は起こらないのか?言い回しもくどい。とてもくどいと感じた。


「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」とは?公正と信義「を」信頼してではないのか?

そもそも「諸国民」の中にソ連は含まれるのか?とか考えだすと、なんか脳に虫が湧きそうな文章だなと思いつつ無理やり憶えた。


変な文章になった理由は、GHQの連中が10日ほどで作成した、英語で書かれたやっつけメモを日本語に直訳したからだそうだ。


この時にマッカーサーからの初期の指示の中には、「日本は自国の防衛のためであっても戦争を放棄する」との極端なものがあったらしく、これでは日本人は皆殺しになってもOKだと言ったに等しいだろう。


つまり昭和20年8月の段階では、アメリカは共産主義を危険視していなかったし、ナチスドイツと大日本帝国という難敵を倒したことで、これで人類は戦争から解放されると本気で考えて有頂天になっていたということだ。


実におめでたいというか能天気というか、アメリカ人らしいと言ってしまえばその通りなのだが、なんたるアホさ加減かと呆れるばかりだ。


そもそも、第二次世界大戦におけるアメリカの戦争目的とは、東欧諸国をヒトラーの支配から解放するのと、中国大陸での利権確保だったのにもかかわらず、二つとも見事にスターリンと毛沢東にくれてやるというお粗末な結果で、第二次世界大戦によってアメリカが繁栄を謳歌し世界一の超大国になったなどという説は相当割引いて考える必要がある。


朝鮮戦争前後は、ようやく共産主義の危険性に気づき、アメリカ本土ではアカ狩り(レッドパージ)が行われたことによって共産主義者は公職を追放され、冷戦終結まで長らく共産主義はアメリカにおいてはご法度となった。


そして朝鮮戦争後は、共産主義国に対してアジア方面では実質的にアメリカ単独で立ち向かわなくてはいけなくなったが、本来であれば大日本帝国と中華民国という友好国と連携して対処できれば、もっと早期に抑え込めたはずなのだ。


なお、1952年(昭和27年)5月3日、アメリカ議会聴聞会において、マッカーサーは「明治以降、1945年に至る日本が起こした一連の軍事行動は侵略戦争ではなく、自衛のため、生き残るための戦争であった」旨の証言をしている。


これは、彼が突然発狂して日本を擁護したわけではない。


マッカーサーは、自分自身が日本にいる状況下において初めて、朝鮮半島が敵対勢力によって占領されたら日本がどうなってしまうか?という、地政学的リスクを身をもって体験できたからだ。


そしてなぜ、日本が日清戦争以降、あのような行動を取ったのかようやく理解できたわけで、間抜けなことに気付くのが遅すぎた。


また、北緯39度線の重要性には最後まで気付けなかったから、安易に38度線で妥協した。


気付いていたなら、より防衛のしやすい39度線を何としても確保したはずだからだ。


結局、それをさせたくなかった中ソの思惑通りだったわけで、朝鮮戦争は痛み分けという評価が一般的だが、39度線を確保した中ソの勝利だと判定できるだろう。


更に言えば、本当のことをよく知らないまま中ソの陰謀にはまってしまい、日本が一方的な侵略行為をしているのだ、との思い込みを基に対応したのはマッカーサーだけではないから、最後にはバレたとはいえ、共産主義者たちの工作は大成功だったと言えるだろう。


しかも、21世紀の日本人はまだ騙されたままで、「日本は悪いことをした」と思わされている。


日本は戦後一貫して「自国の歴史を否定する国民」の比率が高いという珍しい国だが、この辺りの教育が変だから自然にそうなってしまうのだ。


あのドイツにしても、ホロコーストについてはユダヤ人に謝罪したが、全てナチスとヒトラーに責任をなすり付けたし、戦争そのものについては謝罪などしていない。



結局、マッカーサーは共和党の大統領候補となることは叶わず、自身の副官を長期間勤めたドワイト・D・アイゼンハワーが後に大統領に就任したが、「改心」したマッカーサーがもし大統領になっていたら、その後の日米関係は大きく変わった可能性がある。


ついでだから書くのと、俺の偏見だから笑ってくれていいが、アメリカ人とは陽気で明るく、お人好しが多い印象で、思い込みもまた強いから敵にまわると厄介だが、根が善人なので「改心」したら強力な味方となる確率が高い。


アーレイ・バークなんて、その典型的な人物だろう。


彼は、海上自衛隊の創設に尽力した功績によって、日本の最高位勲章である「勲一等旭日大綬章」を昭和天皇から贈られており、アメリカ海軍作戦部長を長らく勤めた実績もあって、自国はもとより、世界各国から勲章を山ほど貰っていて、彼の記念施設にはそれらが飾られている。


しかし、唯一「勲一等旭日大綬章」だけは、レプリカが展示されている。


他は全て本物なのに。


この理由は、本物は彼の遺言により、彼自身の胸にそれだけが飾られて、永遠の眠りについているからだ。

そこまで喜んで名誉としてくれたのだ。


それは良いけれど、何故同じ勲章を、カーチス・ルメイなんて外道に贈ったのだろう?


今からでも取り消して欲しいと思うのは、俺だけじゃないはずだ。


ともかく、ソ連によって操られた具体的なスパイたちの名前は、ソ連崩壊後の1995年に「ベノナ文書」という証拠が出てきていることで、確定的になっている。


この辺りのことは、F・ルーズベルトの登場時に詳しく検証したいと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
一応日本国憲法には「戦争しない」ではなく「交戦権を放棄する」と書いているように、少しの抵抗はしてるので… (交戦権と戦争を行う事は別物[多分]。交戦権は、"初撃で決着がつく戦争"を否定していないと解釈…
前世60歳の中学頃って昭和50年位でしょ 当時の考え方が令和の人間過ぎる…
>欧米人にとって「神を信じない」という態度は致命的なものに映る。 >この点では日本人も欧米人から聞かれたら、嘘でも適当に「ゼンです」とか「シントーです」答えねばならないし、間違っても「信仰している宗教…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ