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【外伝】近衛篤麿 ㉘世界恐慌 中編

1928年(昭和3年)12月末


今月6日(木)に始まった、ニューヨーク株式相場暴落をきっかけとする、経済的な混乱が拡がってきた。

そんな中で、私は高橋首相に面談を申し込まれた。


「近衛さん。お忙しいところ申し訳ありませんな。

来年度の予算編成は順調に進んでいますかな?」


「高橋首相。慣れない仕事の連続ですが、何とか進んでいます。

基本的な予算案は作成中ですが、最終的には来月の閣議において公表したいと考えています。

ただし、アメリカ発の経済的混乱の影響を受けるでしょうから、例年通りの予算編成で良いのか、悩ましいところではあります」


「そうですね。特別会計を組まなくてはいけないかもしれませんね。

しかしながら、ご子息のおかげで、資金に余裕はありますから、使い道を精査して有効に使いたいですな。

ところで…本日の用件は、それに関連するかもしれませんが、内閣の機密費についての確認です」


あっ…しまった。


高橋さんに引き継いでいなかったな。


「…あれの件ですか。引き継ぎを失念していましたな。これは申し訳ない」


「いえ…この機密費の支払先ですが、大きく三つに分かれていますね?

NHK、これは内閣北方協会ですか?

それとNTT、内閣特命担当と。

最後がNECで、内閣遠方駐在所ですか…

ううん…これらはいったい、どのような支出先なのですか?

それに費用が巨額です。詳しく教えていただいても?」


…やむを得んな。洗いざらい喋るか。


「これはですな。それぞれロシアと日本国内、そしてアメリカにおける、諜報組織の秘匿名称です。

NHKは、かつてロシア革命時に、日本に亡命してきたロシア人を中心とした組織で、活動範囲はロシアと日本国内における外国人、主には共産党員が諜報・監視対象です。

次のNTTは、日本国内の不穏分子、共産党を始め、右翼や秘密結社、そして軍がその対象となります。

最後のNECは、アメリカ合衆国が対象国で、あの国が内包する歴史的な矛盾を利用して、アメリカ国内の意見の分断を図ることがその目的となります」


「そのような組織を運用されていたのですか…

すると?…もしや、震災時に発覚した近衛さんへの暗殺未遂事件や、軍の反乱未遂事件の摘発にも関与しているのですか?」


さすがに鋭いな。いや、誰でも気づくことなのかな?


「ご指摘の通りです。NTTとNHKの潜入捜査員による情報を元に対処しました」


「あれだけ手際よく処理できた理由は、そういう裏事情があったのですか…

それではロシア革命に際して、皇帝御一家の日本脱出作戦にも関与したのですな?」


それも知っているのか?

いや…単に推理しただけか?

まあ、この人なら話をしても大丈夫だろう。


「そうですな。確かに関与しています。

ただし、先ほどの諜報組織が出来る以前の話となりますがな。

あの時は陸軍の特別作戦として実行しました」


「…そういう事情があったからこそ、近衛さんに恩義を感じたニコライ2世陛下は、東パレスチナ建国を承認なさったのですな?

それでは、そのロシア革命に際してですが、皇帝御一家についての情報は国防大臣、つまりご子息を通じて得られたのですね?」


うん。そうだった。そうでなければ私も動けなかったのだ。


「確かにそうでしたな」


「では、ご子息はどのようにして、その情報を得て、近衛さんに共有することが出来たのでしょう?」


どうだったかな?

そう言えば、ごく自然に話を持ちかけられたので疑問に思わなかったな。

今から思うと、未来を予知していたのだろうが。

更にはロシア革命発生の10年以上前となる、日露戦争終了後には、家族全員でロシア語の習得を始めたが、それも今にして思えば高麿の深謀遠慮によるものだったのだとわかる。


「…いやお恥ずかしい話ですが、そこはあまり明確に憶えていません。

何せ我が家の長男は、幼い時より先々の事がよく見えて、しかも的確な指摘ができる子でしてな…

それが日常であったために、当時はもう深く考えたり疑ったりしなくなっていましたからな」


ここで高橋首相が表情をさらに引き締めて言った。


「近衛さん、そこです。そこが知りたいのです。

単刀直入に申し上げますと、貴方のご子息は先々のことがよく見えているのではなく、未来を見透す力をお持ちなのではないですか?

私は近年あの方と接するようになって、確信を持つに至りました」


何と!そこに気付いておるとは…さすがとしか言いようがないな。

それとも、私が鈍感なだけなのか?


「他言は無用でお願いしたいのですが、まさにご指摘の通りで、私は最近になってようやく気付きました」


「やはりそうですか!

ではご子息は、その特殊な能力を活かして、どのような展望を持たれていると考えますか?

もっと言えば、日本をこの先どうしたいのでしょう?」


それは昔に聞いたことがあったな。


「以前、本人に確認したことがあります。お前はどこを目指しているのかと。

すると息子はこう言ったのです。

それは『栄光ある日本』です、と。

少し前までのイギリスのように、また経済と軍事の力を付けてきたアメリカのように『力』で抑えつけ、自国の利益だけを優先するのではなく、世界の人々から尊敬され、憧れの対象となるような国家である日本を目指していると言ったのです」


高橋さんの目が大きく見開かれたな。

そんなに驚くことかな?


「そういうお話だったのですか。

ではご子息は、ご自身の能力を自己のために使用しているわけではないと?」


「そうですな。私利私欲で動いている形跡は一切ありませんし、自分の力は日本の国家に捧げるつもりのようですね。

従いまして、私は息子に総理の座を譲ろうかと考えていましたし、現在でもそれは変わりません。

高橋さんに総理の座を譲ったのは、息子によれば、あなたのご協力が無ければ現在の危機を乗り越えられないからだそうです」


「…まさにご子息が適任かもしれませんな。

そして、まだ私の力が必要だと?」


「そうですな。どうも息子の話ですと、今回の経済的な荒波は、生半可な対策ではとても乗り越えられないので、この難局に対処するには、あなたのお力が絶対に欠かせないと思っているみたいですな。

そして、これから世界はますます混迷を深め、難しい舵取りを迫られる時代となるそうです」


「一歩間違えば、国が滅びかねないというのですか?」


「そうです。以前から進めている軍に対する統制も、まさにその一環らしくありますな。

軍部が暴走しないよう、政治家が押さえつける体制を確立しないと危ないのだと。

これも、最近確信を持つようになったのですが」


「事実、不満を漏らした陸軍の一部が反乱を起こしそうになりましたからな」


「そうですな。

そして私が思うのは、息子は世界的な混乱が発生したとしても、犠牲者を可能な限り減らそうとしているのではないか。そう思えるのです」


「具体的な例はありますか?」


「数年前の関東震災時の防災訓練も、今から思えば人々を安全な場所へ避難させる為には、ああするしか無かったのだと考えています。

そして訓練を行なっておらず、人々が日常生活を送っている時にあの地震が来ていたのだとしたら、犠牲者の数は桁が違っていたと感じます」


「…確かにそうですね。

では、ユダヤ人についてはどうなのですか?

あれも人助けの一環であると?

正直な感想としては、少々ユダヤ人に肩入れし過ぎているようにも見えますが…」


「そこは私にも不明な部分です。

ですが、あのユダヤ教というのは、かなり排他的な教えですし、世界では嫌う人も多いのです。

特に東方正教会や、カトリックはそうでしょう。

従いまして将来、ユダヤ人が排斥されるか、争いの中核になるような事態が来るのかもしれませんな。

少なくとも高麿は、彼らだけを優遇している訳では無さそうです」


高橋さんは、さっきからにこやかな顔だが、まるであだ名の「ダルマさん」では無く、大黒様のように見えるな。


「いや近衛さん、お忙しいところお手数をおかけしました。

実はご子息が目指す方向性が分からず、何やら恐ろしいことが起こるのではないかと危惧していたのですが、心配する必要は無さそうですね。

では、これからは国防相の能力を存分に活用させていただきましょう。

ああ、それから機密費の件も納得できましたので、引き続き予算計上をさせていただきますぞ」


ふむ。何にせよ納得してもらえたのなら良しとしよう。




Side:高橋是清


やはり私の勘は当たっていたな。

それにしても…近衛さんは、もう少しとぼけるかと思ったが、あっさり認めるとは驚きだ。


完全に疑問点が解消できたわけではないが、今日の時点ではこれが限界だろうな。

だが、国防相は(よこしま)な野望は持っていないらしいと確認できたから、とりあえずは私の懸念していたことは杞憂で終わりそうだな。


であるならば、その能力を活用したほうが得策というものだろう。


特に、今回の株価暴落を発端とする経済的混乱の影響は深刻だ。

世界を見渡しても、楽観視している人たちが多いのは事実だろうが、私の「勘」では、とんでもないことになりそうだからな。


そしてある程度は、この経済的危機を乗り越える算段はついているが、それが正しいのかどうかの「答え合わせ」として、国防相の意見を活用させてもらうとしよう。


なんだか楽しみだな。


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