【外伝】恐れる人たち
Side:近衛オリガ
「おはようオリガ・・・」
ようやくお目覚めになられましたね。
「…おはようございます。
昨夜は珍しく外でお酒を召し上がったのですね?」
具合が悪そうですが、大丈夫でしょうか?
「そうなんだよ…有栖川殿下たちに誘われてね。
先帝陛下を偲んで、ささやかに懇談しようと言われたら断れなかった……。
それでも可能な限り、量は少なくしたつもりなんだけどね…ところが北白川殿下がお構いなしに注ぎまくるんだよ。
おかげで頭は痛いし、胃もむかつくし気分は最悪だ」
そうなのですね?それでは?
「昨夜、お義父様がやってこられて、何かお話をされていたようですが?」
「えっ?父上と?そうだったっけ?
全く憶えていないけど…何の話をしていた?」
「…私も詳しくは聞いておりませんでしたが、お仕事の話では無かったみたいですよ」
完全な嘘はついていませんのでお許しください。
「そうなの?
じゃあ大した話じゃ無いだろうし、まぁ気にしなくてもいいか」
やはり昨夜のお義父様とのやり取りは憶えていらっしゃらないようで一安心です。
それにしても…遂に恐れていた事態が起きてしまいました。
お義父様が高麿様の能力に気付いてしまったようなのです。
もしかしたら転生者であるのも発覚したのかと思ったのですが、どうやら単純に未来を見透す能力が有ると誤解しているようです。
それはそれで、いつ本当のことが発覚するのか、恐れて暮らさねばならないのでとても心配です。
実は高麿様の中身が別人で、自分の息子なんかではないと知られてしまったら…
とても恐ろしいですわ!
ですが、私からこの話をお義父様にするわけには当然のことながら参りませんし、高麿様に昨夜の会話の内容を告げることも出来ません。
高麿様はお義父様との会話を全く覚えておられないのですから、何も無かった事にするしかありませんよね?
それにしても高麿様の能力というか、力?と呼ぶべきか迷いますが、強いて言えば記憶力でしょうか。
前世では明治時代以降の日本史を扱う専門家をなさっていたらしいですが、かなり細かい事や日時まで憶えていらっしゃるので驚きました。
ただし積極的に歴史に関与し改変していますので、私自身の運命を含めて以前に教えてもらった年表の通りに歴史は進んでいませんし、近年は史実との乖離も大きくなって参りました。
まずは「スペインかぜ」と呼ばれる世界的な大流行が発生して、死者は5000万人から1億人という気の遠くなるような、膨大な人数となるはずでしたが、日本がヨーロッパに本格参戦したことによって戦争期間が短縮され、結果として世界的な人流が変化したことで病気そのものが拡がることが無かったのです。
本来はこの世にいない人々が活躍し、子孫を残すのですから、当然、歴史そのものが変化しても何らおかしくありませんし、変化して当然でしょう。
それでも台風や地震といった自然現象は、改変されることもなく実際に発生しました。
先年の関東震災は、本来「関東大震災」と呼ばれる筈だったのです。
今回は50人程度で済んだ死者は、史実では11万人に迫る悲劇的な災害で、日本はこの地震をきっかけに暗い深淵へと沈んでいく運命だったのです。
実のところ、私が高麿様が転生者であることを確信したのも、この地震発生が決定的で、それまでは半信半疑だったのは事実です。
ですが今は完全に信じています。
いえ信じるしかありません。
地震の発生日時、そして場所と規模が当たったのですから。
でも仕方ないこととは言え、地震対策で防災訓練をせねばならなかったのは高麿様としては不本意だったかもしれませんね。
予知能力が有るのでは?との疑念を抱いた方々もいらっしゃるでしょう。
ですが、それよりも問題となるのが、これからが人類を襲う嵐の本番がやって来そうな事でしょう。
史実と比べて時期は違えど、ソ連の指導者になりそうなスターリン、ドイツのヒトラー、アメリカではロウズヴェルト、中国の毛沢東、カンボジアのポル・ポト…
人類に不幸をもたらす人物は多いですが、このうち毛沢東は内戦で行方不明となっていますから、この点は何とか安心です。
その代わりに全く予想外の人物、本来なら生を長らえていないはずの人物、平凡な人生で終わるはずだった人物などが台頭する事で、人類に災いをもたらすかもしれませんけれど。
そしてこれから始まる、ソ連とドイツの地における大虐殺。
私個人としては、特にソ連領内に在住する同胞には、なんとか幸多かれと祈るばかりです。
続いて第二次世界大戦の惨禍と、無辜の民衆が受けてしまう被害。
戦後も長く続く、ナチス占領地から追放されたドイツ民族の流浪の日々。
インドにおける宗教対立と大量の餓死者…
何よりも!大きな都市を一発で消滅させることができてしまう悪魔の最終兵器!
人類は…神に挑もうとしています。
もはや人類はリュツィフェールに堕してしまうのです。
高麿様は、そういった未来の歴史的事実に抗っておられるのです。
これからの高麿様の敵は共産主義及び、一神教を信じる白人の一部といっても差し支えないでしょう。
共産主義は、私も実際に恐ろしい目に遭いましたから理解出来ました。
しかし一神教を信じる白人が敵というのは、私の立場では最初、全く理解できませんでした。
それでも詳しくお話を聞くと、ある程度は理解できるようになりました。
要するに一神教や白人そのものが敵なのではなくて、自身の正義を普遍的で絶対なものと信じて自己の利益だけを追求し、他者や異教徒に対する尊敬や理解が出来ない狭量な考えと、有色人種に対する差別意識が敵なのです。
それは残念ですが歴史が証明してしまっています。
十字軍もそうでしょうし、本格的にはスペイン、ポルトガルによる侵略から始まって、オランダ・フランス・イギリス・ドイツ・ベルギー・アメリカ・ロシア・イタリア…と続き、次から次へと世界各地に侵略の手を伸ばしました。
いったいどれほどの文明を滅ぼし、文化を破壊し、何億人の人々の命を奪ってきたのか…しかも土着の神々を否定し、ヨーロッパの教えを強制的に押し付けてしまったにもかかわらず、教化と称して彼らのために良いことをしたと思い込んで誇ってさえいる…
反省することなき私たち白人の手は、血で赤く染められてしまっているのです。
日本に住んでそれがよく分かるようになりましたが、世界は依然として日本人の生き方を理解できない人々で満ちています。
それこそが高麿様が乗り越えなくてはならない壁であり、恒久平和への苦難の道なのです。
力なき私の身ではどうすることもできません。
私にできることは、高麿様のご無事と、人類の明るい未来をただ神に祈る事。
今はそれだけなのです。
Side:高橋是清の疑念
近衛国防相という人物は謎多き男であるな。
そもそも日露戦争開戦前の公債引き受け交渉時において、ユダヤ人銀行家ジェイコブ・シフと行ったやり取りは、いまだに謎のままなのだ。
シフが引き受けてくれた金額のうち、5000万円はまだわかる。
私が直接交渉したのだからな。
しかし残りの1億円は、どのようにして引き受けてもらったのか全く分かっていない。
あの当時の国防相は、確か17歳前後だったはずで、いかに近衛篤麿の長男だからといっても、それだけで相手が金額を増やすはずがない。
何を言ったところで、『怪しい黄色人種の青二才など信じるに値しない』と思われて終了だろう。
であるのに1億円を追加することに成功したのだが、長らくこれは私の中で謎のままだった。
だがそれから15年ほど経ち、ロシア革命が発生した前後に、確信は持てないものの、おぼろげながら裏事情らしきものが見えてきた。
東パレスチナというユダヤ人国家の成立だ。
あれが成立する過程においては、ロシア皇帝の承認が必須で、何らかの方法でそれを得たのだ。
まぁあの当時、皇帝一家は近衛家に滞在していたのだから、難しくは無いのかもしれないが、それは先帝陛下がご病気がちであったから近衛家が選ばれたに過ぎんのだし、皇帝が領土の割譲という重大なことをあっさり認める理由にはならないだろう。
だが事実としては認めた。
それにはおそらく国防相が絡んでいるはずなのだ。
それとロスチャイルドとの関係性も合わせると、あの公債引き受け交渉時に何らかの密約をユダヤ人と交わしていたのだろうと想像する。
何らかの密約とは、もちろんユダヤ人国家の建設に関する内容についてだ。
ロシア革命が近々発生するから、そのドサクサを利用してユダヤ人国家を建設しよう、といったような内容だったのではないか?
だが、その場合はロシア革命が発生することと、その日時をあらかじめ知っておかねばならないから、普通の人間では無理だ。
そもそもロシア皇帝が日本に脱出した経緯も、未だに公にはされていないから、世界の人々はもとより、圧倒的多数の日本人も知らないことなのだ。
もちろん私も知らない。
知っているのは、大戦終了直後に、突然ロシア皇帝一家が日本に滞在している事実が公表されて驚いたということだけだ。
間違いなく、ごく一部の政府・皇室・そして陸軍関係者以外は知らなかったはずなのだ。
噂では、どうも何者かが皇帝一家の脱出を手助けしたらしく、最初それは日本の外務省関係者だと思われていたのだが、そうではないらしい。
さらに不可解なのが、首相が管理している内閣の機密費だ。
かなりな金額が毎年計上され、費消されているらしいが、いったいその金額がいくらなのか、何に使われているか、大蔵大臣である私ですら知らないのだ。
故にこれも私の想像なのだが、何か得体の知れない組織が近衛首相親子の周辺に存在しているのではないか?というのが私の推論だ。
その組織を利用して、皇帝一家の脱出を手助けしたのだと。
だがその場合、先ほども触れたようにロシア革命が発生する事と、その日時をあらかじめ知らないと行動出来ないのだが、何故それを事前に知っていたのかという疑念は解消されていない。
脱出を助けるといっても準備には時間がかかるのだ。
それにロシア革命は、発生の段階では、あれ程の騒ぎになるとは誰も想像していない事案で、ロシア帝国の体制は盤石なものであると世界中の人間が信じて疑っていなかったのだ。
繰り返すが、革命が発生し、しかも成功することがどうして事前に分かったのだ?
数年前の関東震災において、私の疑念はさらに深まった。
まるで地震が発生する日時や場所をあらかじめ知っていた。そうとしか言いようのない防災訓練の実施とその部隊配置だ。
あの訓練が毎年、決まった日時で定期的に行われていたのなら、偶然という事も考えられなくもないだろう。
しかし、あの時が第一回の開催日であり、しかもあの年以降は一回も行われていないのだ。
明らかに国防相の意図を感じる。
更には国防相の進言に基づいて、現在行っているアメリカ株と短期債の購入だ。
そしてどうやら今は売り時を見定めている段階らしい。
私の想像だが、アメリカ株は近年において異常な高値が続いているから、近々暴落したとしても何の不思議もない。
そして国防相は、明らかに暴落の日時を知っているはずだ。
以上の事実を突き合わせて総合的に判断すると、一つの結論にたどり着く。
国防相には未来が見えるのだ。と。
荒唐無稽だろう。絶対に有り得ないだろう。そんな事が出来る人間なんてこの世にいるはずが無いだろう。常識的にはそう思う。
しかし、私の「勘」が告げているのだ。あの男には未来が見えていると。
では、国防相に未来透視とでも言うべき能力があることを前提にして考えたときに、その目的は何か?
国防相は何を狙っているのか?という点が最近における私の関心事だ。
そもそもユダヤ人国家を建設したのは、戦時公債を引き受けて欲しかったからか?
これも私の勘だが、それは違うと思う。
何が違うのか上手く説明できないが、何となく事実関係の前後が違うような気がするのだ。
つまり、最初からユダヤ人国家の建設が目的だったのではないのか?だからその目的を達成させるために、私と同行したのではないのか?そう思うのだ。
そしてあの1億円は偶然の結果だったのではないのか?
なぜユダヤ人国家を作らねばならなかったのかは、全く分からないから、この推定は弱いのだが…
そして未来透視の能力を持つ国防相の、最終的な着地点はどこなのか?首相は息子の能力に気付いているのか?
この辺りもとても気になる点だ。
彼は普段は穏やかな人物だし、悪辣な計略は持っていないものと信じたい。
だが、いまだに国防相の狙いが奈辺にあるのか、全く分からないからとても不安だ。
もしも国防相が邪な考えに囚われているのだとしたら…力ずくでも止めなくてはならない。
例えばユダヤ人と共謀して外国に戦争を仕掛けるとか…
また、あり得ない話だが、陛下を退位に追い込んで自らが…とか。
いやこれは首相が認めないか。
とにかく、本音が分からないから不気味で怖いのだ。
一度、首相か国防相のどちらかに確認を取る機会を持ちたいものだ。




