第七十三話 アメリカの黒歴史①
1926年(大正15年)1月
Side:近衛高麿
俺はとうとう40歳になってしまった。
前世からの記憶と合算すると100歳という話になるが、どうにも実感が無い。
さて前回も触れたが、今後の戦略を練る際にどうしても避けて通れないのが、アメリカに対するアプローチだ。
これからの世界が日・英・露・仏 VS 独・ソの構図になるのは、どうも避けられそうにないが、その際に変数として重要で、しかも不安定なのがアメリカの存在だ。
最悪のケースとして、日・英・露・仏 VS 米・独・ソとなってしまった場合は、史実の実績と国力と軍隊の実力を考慮した時に、我々が不利な状況に追い込まれてしまうのは明らかだ。
アメリカを相手にすると考えた場合は、日英で何とか対応できるだろうが、そうなると独ソを露仏に任せる事になり、それはどう考えても露仏側が不利な状況で、日英はこの方面へも増援を出さざるを得ないが、今度は日本は陸軍はソ連と、海軍はアメリカと二正面で戦う羽目になり、太平洋戦争と同じくアメリカの工業力と、経済力の前に日英がねじ伏せられてしまうだろう。
アメリカを倒すには日英も全力で当たらなければ厳しいのだ。
これを避けるために必要な事は下記のどちらかだ。
①我々が独ソと戦っている間は、米に中立を守ってもらう。
②独ソと米とは時間差をつけて戦う。
以上の二つだろうが、可能性が高いのは①だ。
守ってもらうと書いたが、現実にはお願いしても無理だから、ユーラシア大陸へ干渉する余裕を無くす、或いは興味を失くさせる方向に持っていくという結論になる。
今のままならモンロー主義が効いているから、第一次世界大戦と同様に中立を保つ可能性は高い。
よってアメリカには従来からのモンロー主義を守り、厳正中立状態を保持し続けてもらうのが最善だとの結論に至ったのは前回の通りだ。
しかし、F・ルーズベルトという存在が厄介だ。
F・ルーズベルトはソ連の調略によって対日戦争に向けた準備をする可能性が極めて高く、史実同様に日本に対して挑発行為を繰り返すことによって、現在は大きな問題を抱えていない日米関係が悪化する確率が極めて高くなる。
だから奴が登場しない、若しくは登場しても、早々に退場して欲しい。
自然とそうなればいいが、そんな虫のいい話などあろうはずはないし、スターリンの視点に立てば何としてもアメリカを参戦させるべく謀略に励むだろう。
よってスターリンに負けないくらい、いやそれ以上に積極的な謀略を仕掛けなくてはいけない。
そんな謀略を仕掛けるような隙がアメリカにあるのか?
実は結構ある。
それは大体想像できていたけれど、予想以上にあった。
以前から明石大将の所管する内閣北方協会(NHK)には、アメリカにおいて可能性のある様々な工作を行う準備と、情報収集を始めてもらっている。
その結果得られた工作対象は主に次の八つだ。
八つもある。
①アメリカ国内の南北対立を煽る。
②ネイティブアメリカンを焚きつける。
③ハワイの独立派を支援する。
④アメリカの病巣、黒人差別に対する工作を行う。
⑤植民地における蛮行をアメリカ国民に宣伝する。
⑥テキサス州の独立派を支援する。
⑦メキシコとの関係を悪化させる。
⑧カリブ海諸国を焚きつける。
以上8点で、すべて実現したらアメリカ国民の意見の分断へと誘導が可能で、ルーズベルト再選阻止は決して荒唐無稽な話ではなくなってくるので、順を追って簡単に見てみよう。
①アメリカの南北対立を煽る。
アメリカ合衆国は、最初から現在のアメリカ合衆国であったわけではない。
最初は東海岸の13地区の植民地の独立から始まって徐々に西部へと領土を拡張させていき、北米大陸に確固たる地位を築くに至った。
更にアラスカとハワイを版図に加えて1920年代の今、世界によく知られているアメリカ合衆国が誕生したわけだ。
そのため各々の地区の独立性を維持しつつ、国全体としての政治を行えるように中央政府である「連邦」政府が作られたという経緯がある。
こんな具合だから初代「President」だったジョージ・ワシントンの時代では、一つの国家と言うより、21世紀のEU(ヨーロッパ連合)により近い存在だったわけで、それは「アメリカ」というまとまった国家ではなく、国家の連合体だった。
よって初代「President」と書いたし、ワシントンは確かに「President」だったが、これをアメリカ合衆国の「大統領」と訳すと、この時代の実態と合わなくなる。
実態はアメリカ連合の「議長」というような存在だったから、21世紀の「大統領」みたいな強い権限なんて無かった。
そういった経緯だから、この「アメリカ連合」は、設立当初から問題を抱えていた。
それは連邦を構成する「邦」同士の独立性が高すぎて、国家としてまとまりのある政策が実践できなかったということで、のちに南北問題に発展した。
具体的には以下の点だ。
■北部
アメリカが独立宣言をしたときに存在した13の邦のうち、マサチューセッツ、ニューハンプシャー、ニューヨーク、ペンシルバニア、コネチカット、ロードアイランド、ニュージャージーの7州がその範囲。
ヨーロッパ側である東海岸を中心に、繊維、機械、造船などの工業と商業を中心に発展した。
工業化に伴って黒人奴隷は労働力として期待されたために奴隷制度は廃止され、統一された経済制度のもとで国内需要を高めるため、連邦主義の立場が優勢であったし、貿易政策では、イギリスの工業製品との競争から国内産業を守るため、保護貿易を主張した。
南部■
同じく13州のうちのメリーランド、ヴァージニア、デラウェア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージアの6州。
温暖な気候を利用した綿花プランテーションを中心とした農業地域であり、労働力として黒人奴隷制が維持された。
北部と違って、連邦政府の権限を制限して州の主権を守ろうとしたし、綿花の輸出を増やすため自由貿易を主張した。
まとめると次の通りだ。
・関税の対立→(産業の強い北部の高関税を希望する考えと、農業輸出の多い南部の低関税の要求)
・奴隷制をめぐる対立→(奴隷制廃止論が強い北部と、奴隷制を保護したい南部)
この二つの対立軸があった。
その結果、北部23州と南部11州の間で起こったのがアメリカ南北戦争だが、内容をご存じだろうか。
「英雄リンカーンが奴隷解放をするために、南部を討伐した正義の内戦だろ?」
多分これが多くの日本人の持つ、だいたいの共通イメージだと思うが実際にはかなり、いや全然違う。
南部諸州は、バージニア州リッチモンドに首都をかまえ、「アメリカ連合国 Confederate States of America」を建国し、独立国としてフランスが国家承認をしている。
つまり「内戦」ではなく「対外戦争」であり、実態としては南部から見たら北部から受けた「侵略戦争」だったのだ。
そして北部のプロパガンダとして利用されたのが「奴隷解放宣言」で、北部による正義の戦争であるとのイメージを世界に定着させることに成功した。
「アメリカ合衆国」は、この対外戦争の結果誕生した国なのだが、21世紀ではもちろん、現在においても「アメリカ連合国」なんて代物は無かったことにされているし、北部では特にそうだ。
アメリカ合衆国の建国の年は、独立宣言の行われた1776年7月4日だと広く認識されているが、そういった意味で、本当の建国記念日は南北戦争が終結し、国内を統一できた1865年4月9日だろう。
だからアメリカなんて精々それくらいの歴史しか有していない浅い国なのだ。
そして南部においては、リンカーン程の悪党はいないと言われている。
実際にリンカーンを暗殺したジョン・ブースは、リンカーンが倒れた時「暴君は死んだ」と叫んだ。
21世紀ならともかく、まだ南北戦争終結から70年だから、南部の老人世代であれば悔しい敗戦の記憶を残している人は少数であっても生きているだろう。
また、日本では「ヤンキー」というと、アメリカ人を指すと思っている人が多い。
関西では1980年代初頭から不良っぽい男性を指す俗語として定着していた。
この場合のアクセントは「ヤンキー」の「キ」にアクセントが付く。どうでもいい話だが。
しかしそれらはいずれも本来のヤンキーの意味からはズレている。
「Yankee」 は、南北戦争の時に南部を荒らして回った北軍のならず者に対して、南部人が軽蔑をこめて言ったもので、もとの意味は田舎者・卑怯者などを意味する蔑称だ。
現在、連邦を構成する全ての諸州は、連邦からの離脱権は認められていないが、こんな具合だから付け入るスキは十分にある。
ついでに加えると、先ほど「歴史の浅い国」と紹介したが、国際社会、特に西欧諸国において国家の歴史の長さは非常に重要な要素として受け止められる。
そして、最も長い歴史を持つ国家は日本であることはよく知られており、「格式・正統性」を重んじる国々からは、確実に尊重される要素だ。
ちなみに中国の歴史は、2024年の段階で75年だ。
決して4000年ではない。
②ネイティブアメリカンを焚きつける。
これはもう、説明するまでもないだろう。
南北戦争中の1864年11月29日に、アメリカのコロラド地方で、北軍が無抵抗のシャイアン族とアラパホー族の村に対して行った無差別虐殺。
この悪名高い「サンドクリークの虐殺」は言うに及ばず、「〇〇の虐殺」なんて枚挙に暇がない程で、各地で蛮行が繰り返され、白人が持ち込んだ疫病も含め、推定1000万人のネイティブアメリカンが虐殺された。
挙句の果てに白人たちは、「良いインディアンは、死んだインディアンだ」などと嘯く始末だった。
具体的な蛮行の内容については、精神衛生上よくない表現しか使いようがなくなるので、敢えて触れないが、人間による人間に対する行為だとは、とても信じられないとだけ書いておく。
だから今から100年後の21世紀になっても、「リトルビッグホーンの戦い」の主戦場が、「カスター国立記念戦場」から「リトルビッグホーン国立記念戦場」に名称変更され、同時に「インディアン戦争」を戦ったインディアンたちの「インディアン記念碑」が建立され、地図と解説の書かれた石碑が設置された。
この石碑には次のような文言が彫り込まれていた。
「The Indian Wars Are Not Over.」(インディアン戦争はまだ終わっていない)
今から100年後でこれだ。
現在付け入るスキは十分あるだろう。
③ハワイの独立派を支援する。
アメリカ内部の動揺を誘発するためには、ハワイにおける騒乱も非常に重要な要素だ。
アメリカにとって、ハワイ諸島は太平洋に浮かぶ要石と言うべき存在で、もしここがアメリカの所有物で無くなった場合、アメリカの世界戦略にとって致命的な損害となる。
日本人は意識していないだろうが、アメリカ本土からハワイ諸島東端のハワイ島まで約4000km、日本本土からハワイ諸島西端のミッドウェー島まで約3900km。
つまり日本の方がより近いのだ。
だからこそ、日米にとってだいたい中央に位置するこの場所において日本の覇権を確立できれば、アメリカは中部太平洋から西に対する覇権を一気に失い、北米大陸西海岸へ封じ込めが可能となる。
普通の状態でハワイがアメリカから独立するなど考えられないが、アメリカ合衆国本土で動乱が起こった場合はこの限りではない。
現在ハワイは、アメリカの準州として存在していて、正式にアメリカ合衆国の州となるのは今から30年ほど先の話だ。
都合のいいことに、このハワイにおいてもアメリカは汚い事をしているから、現地において「潜在的」には独立派が多数派だ。
経済的自立と安全さえ確保出来れば、アメリカの支配から脱したいだろう。
19世紀以降のハワイは、捕鯨の中継点としての利用価値に加え、香木の一種である「白檀」の一大産地だったのでアメリカ人たちが多く入植し始めた。
ハワイを治めていたカラカウア王は、このようなアメリカ人の介入を強く警戒しており、対抗するための外交上の秘策を実行する。
1881年(明治14年)、カラカウア王は日本を訪問し、自分の姪の5歳になるカイウラニ王女と、15歳になる山階宮定麿を結婚させるよう明治天皇に直接持ちかけた。
もし、この縁談が成立していたら、太平洋の歴史は大きく変わっていたであろう。
ハワイ王国は立憲君主制をとり、諸外国とも外交関係を持つ独立国家であったのに、アメリカの介入圧力は次第に強まっていった。
1891年カラカウア王は、アメリカ訪問中にカリフォルニアで急死したため、代わって妹のリリウオカラニが女王となった。
このカラカウア王の死についても、色々な見方があるとだけ言っておく。
結局ハワイ王国は、1893年にアメリカ合衆国からの入植者によるクーデターによって滅亡した。
要因は以下の通りだ。
・アメリカ合衆国が砂糖栽培を中心として、ハワイの経済をほぼ支配していた。
・アメリカ合衆国からの入植者と、ハワイ人の対立が激化していた。
・クーデターは、ハワイ王国在住のアメリカ人を中心とする集団が起こし、アメリカ海兵隊も投入された。
このクーデターによってハワイ王国は崩壊してしまい、翌年にはハワイ共和国が成立する。
ハワイがアメリカに併合されそうになったことを知った日本政府は、邦人保護を理由に1893年11月、巡洋艦浪速(艦長は東郷平八郎)をハワイに派遣し、アメリカを牽制したが翌年3月に撤収した。
アメリカを牽制することはできたが、親日政権を樹立することはできなかったからだ。
現在の日本の国力なら、迷わずハワイと同盟を結び、アメリカと対抗しただろうから惜しまれる。
実現の可能性は低いので仮の話だが、ハワイ王国のプリンセスとしての資格がある人物がそろそろ生まれるから、この人物か彼女の両親を中心に再度、ハワイ王国を復活させるのはアリだろう。
そして、日本と安全保障条約を結ぶ見返りとして真珠湾に日本海軍が進出できれば、アメリカの太平洋戦略は瓦解し、仮にアメリカと戦争になったとしても、確実に日本が優位に立てるだろう。
それ程のインパクトを与えられる超重要拠点だから、ここで独立に向けた騒動が起きるだけでアメリカ合衆国の現役大統領にとって大きな失点になる。
実行は大変だが、やってみる値打ちはありそうだ。
あと五つあるが、次回に続く。




