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【外伝】近衛篤麿 ㉕混乱の後始末

復興策とは別に課題として残っているのが、今回未遂に終わった二つの騒動の後始末だ。


まずは共産党対策だが、こちらは日本国内における組織的な活動はほぼ不可能となったと断言して良いだろう。

なぜなら共産党や共産主義者は日本国民にとっての「敵」と認定されたと言えるからだ。


完全な間違いであるにもかかわらず、「共産党員が井戸に毒を入れた」という流言が国民の間に拡散し、共有されるに至ったのだ。

これはとても大きな出来事だと言えるであろうが、間違った流言の怖さというものも実感できた。


ともかく高麿は、憲兵隊に命令して共産党員や関係者・支援者を摘発中で、多くの国民がそれに協力してくれておるから予想以上の摘発者数となっている。

おそらくは日本国内での表だった活動は今後は不可能となるであろう。



次は反乱未遂事件を起こした軍部、特に陸軍の統制に関する難問だな。

今回の震災に対して当初は大活躍をしたから、軍部への評価は上がりかけたのだがな…


彼らは自ら評価を下げる動きをしてしまったのだ。

反乱を企てた連中は「大正維新を成そうとした」などと大袈裟な事を最初は言っておったが、結局それは私利私欲が動機だったことが最近になって判明しておる。


陸海軍が国防省という一つの組織の下で再編されたのだ。


重複した役職が減ることによって、出世が遅れる者も続出するであろうし、それは彼らの既得権益を犯すことになったから、それが気に食わんという下らぬ理由で反乱を企てた。


気持ちは理解できなくもないが、それを理由に反乱を起こそうなどとは許される話では無い。

要するに、山縣さんたちが陸軍を甘やかしたのが原因なのだ。


まあ市民に囲まれて吊るしあげられたからな。

国民の支持が得られないとわかった以上、再び反乱を計画する危険性は小さくはなったが、まだ油断は出来ん。


この件に関しては高麿が取った軍部への態度は、大変厳しいものであった。


陸海軍を問わず、尉官以上の軍人全員に対して質問状を送り、気になる回答を記入したものは個別に呼び出して詰問しておったが、疑念が残った者は容赦なく降格した上で左遷しておるらしい。


そしてその作業が終われば士官全員へ誓約書の提出を求めるとの事だ。


だが、そんなことをして大丈夫なのか?

またもや暴発するのではないのか?



Side:陸軍士官A少佐とB少尉の会話


「まいったよ。来週国防省へ出頭するようにとの国防大臣閣下からのお達しが来てしまった」


「えっ!?そうなのでありますか?

小官の同期も先週呼び出された結果、閑職に左遷されたとの噂を聞きましたので気を付けてください」


「気を付けろと言われてもな…既に国防大臣は私を処分するつもりではないのか?」


「同期の者は反乱未遂を起こした連中のことを気の毒に思うという内容を書き込んだらしくありますが、少佐殿は何と書かれたのですか?」


「私か?私は近衛家による軍の支配に対して危惧を抱くと書いたな…陛下による統帥が憲法に明記されているのだ。

現在の状況は憲法違反であり、皇国の将来に重大な禍根となるだろうと書いた」


「そんなことを書けば処分されるのはお分かりだったはずですが?」


「お前に言われなくても無論分かっているさ!しかしな。

この次には全員が『軍規と命令に忠実に従って国民を護り、公私の別なく今後は一切の政治的発言を行いません』という内容の宣誓書に署名しなくてはならんのだぞ!?

もはや我慢ならん!あいつは栄光ある帝国陸軍軍人を何だと思っているのだ!

我々は政治家たちの忠実なイヌになれと言われたに等しいのだぞ!

お前はそれについて何も異議が無いのか!?」


「小官は…それが当たり前だと思っていましたが…」


「…お前は長州出身ではないのだから、気楽で良いな!

もういいから退がれ!」



Side:近衛篤麿


軍人たちの不満が溜まっているのではないのか?

本当に大丈夫なのか確認の必要があるな。


「高麿よ。陸軍への締め付けだが、少々厳しすぎるのではないのか?

余りに追い詰めると窮鼠(きゅうそ)の如く暴発してしまう恐れはないのか?」


「父上。この件に関しては、徹底的に厳しく対処する必要があります。

軍人の意識を根底から変えなくてはいけないのです。

これまでは長州閥による支配と山縣さんの悪影響が残っており、軍人が政治的発言をしても誰も不思議に思わなかったこと自体が異常なのです。

軍人は政治家の手足として、軍事の事だけを考えていれば良いのであって、政治にまで口を出すのは完全な越権行為なのです。

私としてはこの機会に文民による統制を完成させて、根付かせるつもりでいます」


ふむ。厄介な課題に正面から取り組むのか。

確かにこやつ以外では達成できないだろうな。


「お前がいつも参考にしておる歴史においても、そういった事例が存在したことがあるのか?」


「もちろんあります。

徳川五代将軍綱吉が将軍在職中に実際に行った施策を参考にしていますが、父上は綱吉についてどこまでご存知ですか?」


突然そんなことを言われてもな…


「徳川綱吉か…そうだな。思い出すのはやはり『生類憐みの令』だろうな。

犬はもちろんだが、自分を刺した蚊を殺しただけで処分された者までおったという話を聞いた事がある」


「その話を聞いて、どうお感じになりましたか?」


「やり過ぎであろう!

なぜ自分を刺した蚊を殺しただけで処分されねばならない?

それに人間より犬が大事か?そんな常識など無いし、どう考えても悪法であろう?」


「そうですね。今から考えるとやり過ぎだと感じる人が殆どでしょうね。

しかし、それには明確な動機があるのです。

そして、父上が今おっしゃった『常識』というのものが大いに関係しているのですよ」


うん?


「常識とな?」


「はい。常識とは難しいものです。

ある人物にとって当たり前の事でも、他の人物にとってはそうでは無い。

これは人種や民族、時代背景、年齢や性別、信仰する宗教が違えばさらに複雑なものとなります」


「それはそうではあるが、それと今の話とはどのように関連するのだ?」


「徳川綱吉が将軍に就いたのは、関ヶ原の戦いから80年ほど後の事になりますが、この当時はまだ戦国の荒々しい気風というものが色濃く残っている時代だったのです。

戦国時代を一言で表すと、『人を殺せば褒められて出世する』ということに他なりません。

それがその当時の常識だったのです。

ですが、綱吉の時代は既に元禄という穏やかな時代を迎えようとしており、戦国時代の考えなど邪魔でしかなくなっていたという事になります。

しかし、人々の常識は急に変えられるものでは無く、辻斬りなど乱暴な事件が後を絶たなかった物騒な時代だったのです。

この時代の人物である、水戸黄門の一人として有名な徳川光圀ですら、若い頃は夜な夜な辻斬りをやっていたという噂があるくらいですから。

こういった人々の意識や常識を変えるには劇薬とも言える処方箋が必要で、それが生類憐みの令だったというわけです」


むむむ…


「日本人の常識が転換したのは、その長い歴史において何度かありますが、この時もそうだったのです。

まさに信長が始めて秀吉に引き継がれ、家康が完成させた宗教改革に匹敵する大変革だったでしょう。

この法令の効果があったのは事実で、これ以降は現在の基準で言うところの刑法犯が激減したのです」


そういうことか!

犬をはじめ、動物を虐待しただけで罪になったくらいなのだ。

当然だが、人を殺せばより厳しく罰せられたはずだな。


「それでお前は軍人に厳しく接しているのか?」


「その通りです。

劇薬、やり過ぎとも言える方法を敢えて行い、軍人たちの意識を根本から変えるつもりです。

言うなれば、信長が実行したといわれる『一銭切り』、つまり、どれほど僅かな金額であっても盗みをはたらいたり、軽微でも軍規違反をすれば死罪に処するという極端な法を敷き、人心の一新を図ったのと同じやり方をしようとしています。


最終的には公私の区別なく、軍人が政治的発言をすることを禁じ、違反者は憲兵隊によって即時逮捕されるよう決定するつもりですし、士官学校と陸海軍大学などの軍関係施設への入学に際しては一番最初に教える項目とする予定です」


ついでに軍人勅諭も根本から改めて、いわゆる民主的・近代的な内容に変更しますとも言っていた。


急進的ではあるが、ここまでしないと意味がないとの高麿の意志は固く、最後は私も納得した。

これで軍人たちが少しは大人しくなってくれれば良いが。

それにしても高麿は近い将来、織田信長や徳川綱吉のごとく誤解され、忌避される存在として評価・記憶されるのではあるまいか?


その点を聞いてみたのだが、覚悟の上での事らしい。

覚悟があるのなら最早何も言うまい。

「大正維新」だなどと大層な事を言う連中とは全く違って、私心が無いのだろうな。


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