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【外伝】人々の動き

1923年(大正12年)8月31日


東京市麻布区六本木 歩兵第一連隊

Side:陸軍士官Aと下士官Bの会話


明日はいよいよ、南関東全域に及ぶ大規模な防災訓練が実施される。

それと同時に、我々憂国の志士による正義の鉄槌が振り下ろされるという、記念すべき喜ばしい日が迫ったのだ。


いかに由緒正しき家系と言えども、近衛親子の行為は過剰だったのだ。

確かに近衛首相は、巧みな経済運営でこの国に繁栄をもたらしたのは事実だし、功績として認めよう。


財閥による不当な搾取も影を潜め、本来なら貧しいままだったと思われるような庶民までも繁栄を享受できている点は良いことではあるだろう。


更には藩閥政治の結果の弊害の一つだった、西日本偏重の国土の開発も是正され、東北地方にも明るい兆しが出始めている。


だが、近衛親子はそれだけでは飽き足らず、恐れ多くも統帥権を干犯した挙句に、軍部を統制しようと介入してきたのだ。

政治家が軍部へ介入するのは禁則事項であり、栄光ある大日本帝国陸軍の聖域へ土足で踏み込むようなことは決して許されるものではない。


しかもだ。


陸海軍が合併されたことによって、重複部門が廃止されてしまい、これによって役職が減らされ、我らの栄達が遅れた挙句に余計な競争が生まれた。


これまでは陸軍内だけで競えば良かったのに、新たに海軍が加わったことによって、更に熾烈な争いに発展したのだ。


許せん!


そのような改悪を、摂政・皇太子殿下の御名にて強制的に行うなど、“君側(くんそく)(かん)”としか表現する以外にない愚行そのもので、首相は帝国陸軍を軽んじておるのだ。


我らは、そのような異常な時代からの脱却を図り、皇国の栄光を取り戻さねばならない。


我々の仲間は少数とはいえども、歩兵第一旅団という帝都の護りを委ねられている、栄光ある部隊なのだ。

国家の中枢を押さえてしまった上で、摂政殿下のご裁可をいただければ、“大正維新”が完成するのは間違いないだろう。


もし、摂政殿下が我らの行動をご理解いただけぬなら…我らに好意的な秩父宮殿下がおられるのだ。

いよいよの時には…


だからこそやるしかない!

私は部下である下士官に確認した。


「決起にあたっての指示系統に問題はないか?」


「はっ!明日14時ちょうどに決起の手はずは整っております。

また、決起の同志たちには白(たすき)の配布を完了しており、白襷の着用が同志の証となります」


うん。事前準備は完璧と言っていいだろう。


「よし!真崎少将の下命があり次第、一斉に蜂起するものとする。

襲撃目標の確認は出来ているか?」


「我が中隊に与えられた制圧目標は国防省です。

近衛国防大臣の身柄確保を優先しており、抵抗があった際には射殺も止むなしとの通達が出ております!

また、他の中隊によって首相官邸、大蔵省、大手新聞社、統合作戦本部、陸海軍作戦部の制圧が予定されております」


「よし!決して外部に気取られないよう、さり気なく行動するように」


「心得ております!」


これで、我々の意のままになる国家運営が出来るようになるだろう。



同日 東京市浅草区

Side:市民同士の会話


明日は防災訓練をするから、仕事が出来ないという。

そんなことを言われても、休業補償をしてくれるわけでもないのに、仕事に行くなっていうのは無茶な話だ。


しかも、割り当てられた避難所に集合しなきゃいけないし、訓練が終わるまで、何をするでもない無駄な時間を過ごさねばならないという。


国防大臣は近衛首相の長男だし、優秀な人物らしいが、これはちょっといただけないし勘弁してくれ。


ちょうどウチにやって来た、近所に住んでいる仕事仲間にも確認してみようか。

と考えていたら、向こうから先に言われた。


「おい。いよいよ防災訓練っていうのが明日あるらしいが、お前はどうするんだ?」


やっぱりこいつも気にはなるのか。


「面倒だから俺は行くつもりなんぞ無い。だが、どこにも行く当てなんてないし、朝から家で酒を飲んで寝ることにする」


しかしこいつは俺とは違う考えらしい。


「大丈夫なのか?一人残らず、割り当てられた避難所に集合するようにとのお達しだったが?」


何を肝っ玉の小さいことを言っているんだ?


「構うもんか!なんでいちいち、そんな指示に従う必要があるよ?

何の補償もしてくれないんだぞ!?

やってられるかってんだ!」


「俺もそうしたいがな…後でお咎めがあっても困るから、一応指示には従おうと思う」


そうかい。勝手にしろ。俺は朝から酒飲んでふて寝だ!



同日 東京市内 某所

Side:コミンテルンたちの会話


コノエ首相は明日、大規模な防災訓練と称されるものを実行するらしい。


これは、千載一遇の好機ではないか?


今までは、東京において騒擾事件を演出することなど、不可能だと思っていたが、この防災訓練の実施によって防衛体制が大幅に変化するのだ。


この機会を利用して邪魔な近衛首相を暗殺し、日本を混乱状態に陥らせたい。

同志たちとも入念な準備をせねばならん。

私は部下に確認した。


「防災訓練というものの実施概要は掴めたか?」


「はい同志。どうやら陸海軍や警察、消防といった主な組織は、東京市内でも東部の人口密集地に重点を置いた体制を取るものと思われますから、首相官邸や国会議事堂周辺の警備は通常時よりも手薄になるものと思われます」


やはりそうか!


「これは千載一遇の好機ではないか!

素晴らしい。

では首相専用車を襲撃して後顧の憂いを断ち、混乱に乗じて、東京市内での活動を本格化させよう。

上手くいけば日本の国家体制の転覆が成るだろう」


「はい同志。既に日本人の若者を仲間に引き入れており、この者に実行犯となって活動させる手はずとなっています」


ああ、あの世間知らずか。


「例の衆議院議員のドラ息子か?」


「はい。そうです。愚かにも我らの考えに染まっていますから、誘導は難しくありません」


「そうか。危機意識の低い日本人のことだから、きっと成功するだろう。

我々はここで吉報を待つことにしよう。

我々が直接表に出て動き回るのは、この国においては目立ちすぎるからな」


ふふふ。

これまで順調に成長してきた日本という国も、これで終わりだ。

今後は同志たちの思惑通り、共産主義による理想郷をこの国にて作って見せよう。



同日 東京市深川区

Side:市民同士の会話


明日は防災訓練の日だってねえ。

どんな意味があるのかよく分からないけど、従わなきゃねえ。


近衛首相には最初は期待していなかったのよね。

だってあの人は、京都のお公家(くげ)さんだよ?

その前の総理大臣も西園寺さんっていうお公家さんだったしね。


このお公家さんってのもどうやら二種類いて、お公家さんの中でも、更に上位の人たちが昔は「公卿さん」って呼ばれたんだとか。


西園寺さんは公卿さんだったらしいけど、近衛さんはもっと上で、最高位の公卿さんだって。


でもさ、それがどうしたの?

私たちには無縁の雲の上の人たちだからさ。私たちの生活なんて理解できないよね?


と思っていたんだけど、いざ政権運営って言うの?

それが始まったら、驚きの連続だったわ。


まず最初に驚いたのが選挙権よね。

新聞は「民主化」っていう言葉を使っていたけど、これまでは、一定以上の税金を納めている男にしか認められていなかった選挙権が、25歳以上の男女全員へと変わったのよね。


これは凄いわ。


最近だと、女性解放を訴える平塚雷鳥みたいな人もいるけど、そんな人の主張のはるか上をいく政策だわ。

後で聞いたんだけど、イギリスやフランスでもまだ実行できていない政策らしいじゃない!


繰り返すけど凄いわ!


更には、私たちが今まで当たり前のように受け入れてきた常識が、次々と覆ったのよね。


教育の格差、就業の格差、賃金の格差、定年の格差。


それらって、今までは仕方ないことだと思って受け入れてきたけど、冷静に考えたら、私たちは損をさせられていたって話だし、世の中全体の意識の変化までには時間がかかるとしても、首相が変化するようにと指示してくれたっていうのは、とてつもなく大きな出来事だわ!


最も大きなものは、容姿による差別の撤廃よね。


今までは、美人だけがちやほやされていたけど、その雰囲気が少しずつだけど変化しているのよね。

それから大きな財閥の力を抑えつけてくれた結果、私たち庶民の生活も良くなったのよね。


そんな首相の指示なのだから、従うべきだと思ったし、近所の人たちとも相談したんだけど、やっぱりみんな同じような考えだったわ。


井戸端会議中のご近所さんとも、足並みを揃えなくちゃね。


「明日は避難所に向かうの?」


「当然じゃないのさ!?あつ様の指示だよ?

間違いないだろうし、ご飯も出るんだよ?行くしかないだろう?」


あつ様って…首相のことだね?

表現がいっちゃってるけど、まあ考え自体は正しいだろうね。


「やっぱりそうよねえ。子供たちはどうしようね?」


「明日は学校も何もかも休みなんだから、朝から避難所でみんなと一緒に過ごせばいいさね」


「それもそうよね」


子供たちも明日は学校も休みだし、朝から指定された避難所に向かいましょう。



同日 東京市麹町区 国防軍憲兵隊本部

Side:憲兵たちの会話


福田憲兵総監閣下から、驚くべき指示が秘かに発せられた。


東京市内に駐屯している陸軍部隊内において、防災訓練を利用して反乱を企てる動きがあるというのだ。


私たちが捜査対象として強制捜査に着手するのは、赤坂区青山にある陸軍第一師団の司令部、その傘下で麻布区六本木にある歩兵第一旅団司令部などだ。


だが、あの部隊は、帝都においては近衛師団を除いて唯一といってよい陸軍部隊なのだ。


下手をすると帝国陸軍同士による戦闘が懸念される事態だが、憲兵総監閣下の方針としては、防災訓練発動の1時間前に当たる午前10時に、一斉摘発のために突入する方針が取られた。

いったいどうなるのか不安だが、準備は入念に行わねばならんな。

私は部下に確認した。


「明日の準備は万全か?」


「はっ!既に隊員には、それぞれの担当任務が振り分けられており、下命を待つのみとなっております!」


「よし!明日は長い一日となるだろうから、今日は早く寝るよう通達してくれ」


「承知いたしました!…しかし…命令でありますから我々は実行するのみでありますが、皇軍同士で相撃つような事態とはならないのでしょうか?」


まさにそこが問題ではあるが。


「わからぬとしか言いようがない。

しかし、だからこそ、相手に反撃の機会を与えぬくらいの電撃作戦としなくてはならんだろう。

今は考えてもどうにもならんから早く休め」


「はっ!失礼いたしました!」


やれやれ。気が重いが、私も早く寝て明日に備えることにしよう。



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