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【外伝】近衛篤麿 ①出会い

私の名は近衛篤麿。


平安の昔から連綿と続く近衛家の第29代当主として、1864年(文久3年)6月に京都で生まれた。

大政奉還と陛下の行幸に伴って東京へと移り住み、1873年(明治6年)に父が、家督を継いだ翌月に36歳で病没してしまったため、祖父忠煕の養子となったうえで9歳にして近衛家の家督を相続した。


長じて1885年(明治18年)4月にヨーロッパへと留学した。

その前月に結婚したばかりの妻を残しての留学であり、少し後ろ暗い気持ちになったが、今を逃せば二度とヨーロッパに行く機会は無いと考えたから、留学の話が出た際に即決した。


当時はフランスによる積極的な中国大陸進出の時期だったため、ヨーロッパへの船旅の途上、台湾海峡を通過した際に澎湖島の所々に立てられたフランス国旗を目撃した。


我が国がこれを対岸の火災の如き態度をしていたら、次は日本の番だとの恐怖の念に襲われたのをよく覚えている。

それはともかく、最初はドイツのボン大学に入学し、後にライプチヒ大学へ転校した。

先進の地としての異文化にも興味があり、留学そのものは語学の勉強には大変役立ったと考えている。

しかし、予想以上に不浄な街並みと、有色人種への偏見には辟易したというのが正直なところだろう。


そんなヨーロッパだが、武力と経済力において、日本は遥かに遅れているのは事実だったから、このままではヨーロッパの諸勢力に征服されてしまうのではないかとの焦りを覚えた。

こんな野蛮な白人たちに、長い歴史を有する日本が征服されていいはずがない!


私なりの感想だが、この時代に欧米を見聞した人間は、帰国後に大きく二通りに分かれると思う。


・先進の西欧文明に憧れを抱き、日本も早期にこれを取り入れて、彼らに追いつこうとする考え方。


・西欧文明に恐怖や嫌悪を抱き、日本がこれらによって征服されるのではないかと恐れる考え方。


私は間違いなく後者だ。

白人による侵略には対抗せねばならん。


1890年(明治23年)に帰国した後は貴族院議員に指名され、4か月後には華族の最高位たる公爵位の立場から仮議長に就任した。


ここからはどうやったら日本を発展させて、白人たちに立ち向かえるのかを真剣に考える日々が続いた。

薩長土肥の出身者で固めた現在の政府、藩閥政治とでもいえば良いのか?こんな政治体制ではなく、もっと広く国内の優秀な人材を登用しての政治体制としなくてはならないのだ。


そして日本の進むべき道は白人に対抗する為に、中国大陸や朝鮮半島へ積極的に進出して力を付けたうえで対抗する方針が最善策だ。

遠い西洋の白人たちではなく、我々日の本の民が大陸へ進出し、陛下を中心に纏まってこそ、強大な西洋に対抗できるのだ。


現在の大命を果たすためにも頑張らねばならない。

そう考えて日々活動していたし、家にも多くの有志たちが出入りして、今後の日本の行く道について話し合っていた。


そんな私の考えを変えるような者が現れた。


何とそれは私の長男の高麿で、まだ6歳の幼児だ。

この子は、私がヨーロッパ留学中に生まれた子で、帰国後に対面した際には周囲の子供たちと何ら変わらない印象だったが、2年ほど経った後、ある日帰宅すると少し様子がおかしくなったという。

「具合でも悪いのか?」と聞けば、そうではなく、見ず知らずの他人のように、改めて家の中の状況を聞きまわっているのだという。


更には「今日は何日ですか?」と聞いたかと思えば、「今はたいしょう時代ですか?」という意味不明な発言があったのだという。


いったい家の者たちは何を言っておるのだ?と思い、高麿の顔を見に行ったのだが、私の顔を見てもきょとんとして、誰だかわかっていないのではないのか?と感じた。


ただ、目の奥に見えた光は、何か強い意志を宿しているようにしか見えず、いわゆる『狐憑き』の類ではないのか?とも感じたのは正直なところだった。


だが、6歳の幼児を問い詰めても仕方あるまいと思い直し、あまり深くは訊かなかった。


それからしばらくして、今度は家人から報告があり、高麿は毎日のように書庫にこもって何かしているらしいとの事だった。


書庫にこもっている?


京都から東京に転居した際に整理しきれていなかったからな。

本格的に整理しようとは思っていたのだが、手付かずだった。


更にはどのような方法かは聞いても答えなかったので、判然としないが、既に文字を読めるようになっているらしい。

古文書の類の整理をしていて、仕分けや分類の方法も的確との話であったから、間違いなく文字を読んでしかも理解しているのであろう。


これはもしかしたら、36歳という若さで無念の死を遂げた父の魂が高麿に乗り移ったか、もしくは父のお導きかもしれぬと考えるようになった。


その高麿が、日夜問わず我が家に訪れる者たちの話を聞いて、今後の参考にしたいと申し出きてきた。

正直な話として、いくら文字が読めるからといっても、話の内容は子供に理解はできないだろうし、仮に理解できたとしても早すぎるから渋っていたのだが、「将来の近衛家のために、参考にさせていただきたいのです」と言われたので同席を許したが、発言は禁じた。


それからほぼ毎日のように顔を出し、熱心に話を聞いていたが、ある日高麿が私に話があるというので聞くことにしたが、内容は私が考えたこともないもので驚いた。


「我が家のお客さん達は、清と戦おうと言う人が多いですが、勝った後はどうするつもりでしょうか?」


最初は戸惑ってしまったが、日頃思っていることを高麿に話してみようと言う気になった。


「そうだな。ヨーロッパ列強はアジアを狙っているのは間違いないから、日本も負けずに大陸に進出するべきだな。でないと日本自身がヨーロッパの植民地にされてしまう」


高麿はそれに対して言った。


「そうすると、必ずロシアが邪魔しに来ますが対策はありますか?」


これには驚いたが、ロシアか…


「可能性はあるかもしれない。しかし、とりあえずロシアはウラジオストクを得ているのだから、これ以上は進出して来ないと思うが、何故お前はそう思うのだ?」


と聞いたところ高麿が断言した。


「残念ながらウラジオストクは、彼らが欲する完全な不凍港ではありません。

それに大陸国家(ランドパワー)であるロシアは、領土を拡大させる習性を持っています。

ある領土を得ると、それを守るため、安全地帯とする為に、更にその先の領土が必要となり、際限なく膨らんでいくのです。

海洋国家(シーパワー)である日本は、その道を選んではなりません」


なんだその表現は?


「大陸国家?海洋国家?そんな言葉は聞いたことが無いな。書庫にそんな事が書いてある本があったか?」


「それはロシアの歴史を見ればわかります。あの国は東へ東へと拡大を続け、アラスカまで一時は領有していました。

イギリスと領土を接する事は不利になるので、当時イギリスと敵対していたアメリカに売りましたが。

これを我が日本に当てはめると、朝鮮半島を取ったら、次は朝鮮半島を守るために南満州を攻め、その次は南満州を守るために北満州を欲するようになり、止まらなくなります。

それ以前にロシアが動きます」


確かに、イギリスとロシアが世界中で角逐しているのは有名だが。

朝鮮半島を領有したら、本当に高麿の言うような事態になるのだろうか?

と考えていたら、高麿が全く違う話をしてきた。


「最近露仏同盟の存在が明らかになりましたよね?そうすると、困るのはどこの国かわかりますか?」


露仏同盟?そういえば、最近になってロシアとフランスが結びつきを強めているらしいが、そうなると困る国が出るのか?


「今度はいったいなんだ?どこの国が困るのだ?理解できん」


高麿はにっこり笑って、いやニヤリとしたのか?次のように言った。


「ドイツです。地理的にも露仏に挟まれていて、挟撃されることを昔から宰相のビスマルクは恐れており、露仏の結びつきを阻止しようとしていましたが、彼を罷免してしまった今のドイツ皇帝はそれが分かっておらず、露仏同盟が成立してしまいました。

今頃ドイツ皇帝はものすごく焦っている筈で、何とか露仏同盟の強い方であるロシアの目をドイツ以外に向けさせようとするでしょう。

その矛先は日本で、時期は日清の戦争が終わった直後と予想します」


ドイツがロシアを動かして日本に牙をむくのか?

ロシアは自分が誘導されたことに気付かないのか?


「話が大きいな。ちょっと理解が追いつかない。ではお前はどうすれば良いと言うのだ?」


と聞けば姿勢を改めてこう言った。


「はい。ロシアが朝鮮半島への野心を剥き出しにすれば、最終的に我が国とロシアとの戦争は回避出来ないでしょうが、ロシアとの争いが終わったら、勢いのまま大陸へ進出してはいけません。

さっき言ったように北へ北へと大陸進出が止まらなくなり、泥沼にはまります。

よって海洋国家である日本は、同じ海洋国家である英米と歩調を合わせなくてはいけません」


もう訳がわからない。アメリカはともかく、あのイギリスと歩調を合わせる?


「イギリスとか?あの凶暴で貪欲で狡猾な国が、我が国に目を向けて歩調を合わせる事があるのかな?」


「それは利害関係が合えば十分ありえる話とは考えられませんか?」


「…それはそうかも知れんが……イギリスから見て我が国は組むに足る国なのだろうか?我が国との不平等条約の解消に最も消極的なのはイギリスなのだが」


「清との戦争で勝利すれば、イギリスの我が国への見方は変わります。イギリスが清国に持つ権益は決して小さくはありませんから、ロシアの南下に対して自国の権益を守る為にも、日本は必要とされるようになるでしょう。

後はロシアを追い払うことができれば、日本の心配事は消える筈です」


それは確かにそうではあるだろう。

だが、そんなに日本にとって都合よく動くだろうか?


「もっともではあるな…しかし今は考えがまとまらないから少し考えさせてくれ」


そう言って高麿との話は終った。

その後いろいろと考え、外務大臣に最近就任した陸奥宗光とも話し合った。


陸奥外相によれば、2年前にドイツがロシアとの再保障条約の継続を拒否したため、反発したロシアが昨年来、急速にフランスに接近しているらしい。

また、フランスは普仏戦争で受けた屈辱を晴らす機会を狙っているらしいから、今後は軍事同盟へと昇格していくことは疑いないとのことだった。


更にロシアは、フランスからの金融援助を期待しているらしいし、バルカン半島でのオーストリア=ハンガリー帝国への軍事的牽制にフランスを利用しようとしているのは明白とのことだった。


そうなればフランスから見てもドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリアの三国同盟の脅威に備えるためにも同盟関係を形成するのは必定だろう。


世界は戦国時代のように目まぐるしく動いている。


ヨーロッパのこうした現状を考慮したうえで、日本の国防方針を決めないといけないのは明白だが、さてどうしたものだろう。


このまま大陸へ進出してはいけないのだろうか?


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