不壊グリーヴ
それは、起こった。
「こーろしはしないよ? わたしたちにんげんにそんなけんりがあるわけないんだからね」
隣で、どさっと崩れる音した。
番鳥がさっきまでの元気を失って、後ろ向きに倒れていた。
特に何かの攻撃が見えた訳でも、聞こえた訳でも触れた訳でもない。ただ、強いショックを受けて意識を失っているようだった。
即効、だった。
殺していないとは言うが、傍目には全然見分けが付かないし、そもそもこいつを信用するだけの理由が僕には無い。
「おい、番鳥! しっかりしろよ!」
だから僕は駆け寄って番鳥を確かめた。
息をしていなかった。
神の加護はなかった。
まさか。
まだ、認める訳にはいかない。
心臓はどうだ。
……。
「動いてねぇぞ……おい」
「あーれ? しょっくでしんじゃった? まあいいや。きみたちみたいなひとごろしは、わたしはみとめるわけにはいかないよ」
軸なんて知った事じゃないと言うその態度、言葉は今の僕にとってはどうでも良くて、ただ、仲間が死んだという認識で頭がいっぱいだった。
そして、
僕はついにキレた。
もう、何と言い繕っていいのかも分からないけど、ここでどうにかしないと僕は僕でいられなくなってしまいそうで、何かによって死んでしまいそうな感覚に囚われての、憤りだった。
見るに、堪えない。
「……僕から『何か』を取り除いたのも、そういう理屈か」
正直、お喋りとかどうでもいい。
言葉を弄するのはもう終わりだ。
「……やっぱり、駄目だ」
「なーにが? わたしはまちがったことをしてるけどまちがったことはいってないとおもうよ?」
首を傾げて、さも毒気の無い人物を演出している、ように見える。
偽善者ではない、悪者のように見える。
見えるだけ。
見えないものは、もっと酷なのだと、気付く。
「そうじゃ、ない」
無理なんだ。
僕には。
「きっと一生かかっても、僕はおまえに、同情しないだろう」
それに、分かって貰うのも無理だろう。
この拠り所のない心、を。
何も信じられない気持ちを。
「……はーー、なにをいうのかとおもえば、そんなこと」
僕の精一杯の我慢も、やっぱり分かって貰えない。
善人という、欺瞞には付き合い切れない。
ぶった切ってしまいそうだ。
「阿木本未遂」
「なーに?」
その平和そうな顔を、やめろ。
「僕は、初めて自分の衝動に従って人を殺してしまおうと、思うんだ」
左手で、目を隠した。
まるで、泣くのを堪えるように。
「……へーーえ。おもしろい」
ふざけてろ。
面白いのは、人生だけだ。
「ところで阿木本。おまえには僕の手の内は一切分かっているんだったよな」
「そーうだね。ふぞくひんもふくめてね」
「一振りだけ、まだ実際には見せていないのがあるんだ」
二つぐらいは見せた。
でも、読まれては意味が無かった。
「だーけど、つかいこなせないんじゃないの?」
阿木本の指摘は正しい。あれは確かに僕の手には余る。
夢の中で出会ったあいつは武器としての刀ではなくもっと別の、刀の姿を模した何かだろう。
善意、とか。
正義、とか。
「そう、僕の制御の及ばない刀だ。あれは」
しかし、力は貸すと言ったのだ。
この救いのない状況で、僕が僕を諦めないために、あれは必ずそうするはずだ。
なら、それに身を委ねるのも悪くない。
「覚悟しろよ、阿木本――」
それまで被せていた手を払い、言う。
「――散々と有言不実行を積み重ねる『僕』とは違ってなぁ、『俺』は有言半実行の二刀流だ。優しくしねぇぞ?」
「……そーういうこと、か」
Wait a minutes...
こんにちは。
ウイルスの侵入:完了
セキュリティ:解放されています
迷惑メール:吸収済
ファイアウォール:行方不明
始めまして。俺は名無しです。
……さて。
「尾ー模試ろい異にな蔦ね。刃角まで空け私ちゃうなんて」
残った情報で知ってはいるがこいつが今回の俺の敵らしい。
まあやんごとなき事情により急遽語り部代行を務める事になった俺だがいきなりのシチュエーションが女の相手とはついてない。
救いのないのはどっちだよとでも突っ込んでやりてぇがこれまた困った事に相手が居ない。
居合いなら出来るがどうにも上手くない言葉遊びに終始してしまうなあ。だめだこりゃ。
……はっどうやら俺はまだ寝呆けているらしいなー。読点が飛んでる。
そろそろ、直すか。
「蛇ー真草いから、夜っ梁練てくんない?」
阿木本(この阿って阿修羅の阿みたいだな)……だったか、そいつがパジャマ姿で襲い掛かってくるっつー、字面の上では表現の自由を侵害されかねない事をやっているんだが、一体俺の何を察したらそういう行動に出るのかさっぱり分からねぇんだ。
俺には持ち主の願いに沿った事しかできねぇようになってんだ。悪意も敵意もあったもんじゃねぇ。
なんたって俺は、魔弾の反対だからな。それなりには償わせて貰うぜ。
「っつーかよぉ、何言ってんのかくらいは分かるように言ってくれよ」
俺って頭悪いから正しいものしか判断出来ねえんだよなー、とか思ってみたり。
まぁとにかく俺はその攻撃を気前良くカウンター気味に拳でぶち壊して阿木本の内臓っぽいものを一つ二つ機能停止に追い込んだりした訳だ。
「いーっっっったたたたぁぁぁぁいいいいいいい!」
「あーもう畜生。俺の一挙手一投足は全てが重くなれるというのはまだまだ常識じゃーねーのか。まぁ、そりゃーそーだよな。名乗ってなきゃー広まるはずもねー」
こんな感じでババアでもねー女を路上で転がして何が楽しいんだか知らないが(年食ったからって転がすつもりもねーが)俺はそれをさらに踏み抜いた。
当然コンクリートには尋常じゃーねーヒビが走った。
いやー昔なら地を割るとか描写するんだが今は便利な時代になったもんだ……いや、違わねーな。
とか適当にも程がある事を考えていたら踏み抜いた奴が元に戻り始めたから、つい気持ち悪くなってそのまま置いていた足を内側でバタバタと往復させちまった。
人の身体が俺の足元で踊ってる。
「……! ……ッ!」
効果音の方が大きくて声が聞き取れねー。
いやさあほらよだってでもよー、あいつ死なねーんだもんよー。怖いに決まってるだろ。何で殺すと決めた相手に容赦しなきゃならねーんだ……と、言い訳を考えながらそんな事をやっていたらなんか輪っかが切れてどっかに飛んでった。
「そういえば俺はこんな事ばっかしてるから折られたんだったっけか。反省してねーな、全然」
ついつい戦国時代を思い出しちまうけど、弱者の手に渡ったのが運の尽きで、今のと似たような事したらついに時代に乗り遅れちまったばかりに思い出はそんなにねー。
あの頃は全員狂気に浸かってたから多少は構わないんだが今はこれすらとんでもねーのか。
残酷なまでに優しい時代だな。
俺のは厳しい善意だけどな。
「さあ立ち上がるなよ命彩。騎士道に背いて俺はお前を殺し、武士道に背いて俺はお前の名を汚す」