電光ホールドアップ
死を忘れろ!
濁々(だくだく)――
「さて、俺と不毛な戦いをするのは誰だ?」
泥々(どろどろ)――
「それとも、あれと眠くなるような戦いをするのは誰だ?」
――と、吉田は針を数本ずつ抜き捨てながら、こっちを見もせずに問いかける。
問いに反応したのは荒井だった。
ただし、返事をするためではない。
「お二方、私から提案があります」
「……何だ?」
「畏まりっ♪」
畏るな。
「私があの奇怪極まりない天邪鬼を遠ざけている間に、あの危険極まりない睡魔をお願いします」
「……勝算はあるのか?」
向こうには聞こえないようにしながら、会話を続ける。
ただまあ、後ろで「るんたった~、るんたった~、らんばらるむの~、みどりげぇーじ~の~ばかやろ~♪」とうるさいのがいて、クールとは程遠い光景になってしまっているのだが。
折角でっかいチェーンソーが使えるとワクワクしてたのに、性能で裏切られたのはさすがの僕も、堪えた。
……ゴホン。
「いえ、既にこちらの敗北は決定しています」
僕は荒井を見たまま瞠目していた。
……敗北?
「ご主人、落ち着きましょう。『いやいや何言ってんの? 自分から振った話題でどうして落ち着けとか言ってんの?』という突っ込みが喉まで出かかっている事は全然考慮していませんでしたが、落ち着きましょう」
僕は、しばらく固まった。
「……ははははは! 僕を誰だと思っているんだい? 自称切れ者だよ?」
図星とは、まさに今の僕の事だった。
スマートもんだよ? カットマンだよ?
「……すみません。今の言葉の最初の五文字をもう一度お願いします。よく聞こえなかったので」
荒井はそれこそ自分に言い聞かせるようにして落ち着こうとしていた。
「ははははは」
そして、その自制は徐々に強まっているように見え、
「漢字変換してみて貰えますか?」
「母母は」
「……畏まりました」
何やら吹っ切れた様に(『切り』ネタを取られた!)ふぅっ、というため息が一つ。
「あのさあ荒井、何か誤解してそうだから言っておくけどさ、僕はあいつらに敵わないとか、そんなのはどうでもいいんだよ」
「!?」
荒井は驚いていた。
僕はそれに驚いた。
……うん、簡潔に驚かれると、今までの僕がいかにふざけた行いをしていたかというのが窺い知れる。
「いえ、これはその場の空気に合わせた演技ですが、確かに意表は突かれました」
どう反応すれば良いんだ、これは。
成程、つまり荒井はクラスの中にわずかに混ざっている『つまらないやつ』みたいなキャラクターなのか。
クラスの面白い奴が絡めないからといじめの対象にする、あのキャラクターなのか。
女子高生の身分でそれは、かなり曲げないと辛いだろうな……。
ただ、曲げるのは自分ばかりとは限らないけど。
人間関係を曲げれば、生き方なんてほとんどやりたいようになってしまうものだ。
「そこで問題になるのが『人間関係を曲げるような生き方が果たして立派な生き方なのだろうか』という、ほとんどの人間が達成出来ない、問いですらない問いだ。ま、普通は〝〟だろうがな」
「!?」
月並みに、驚いてしまう。
こいつ、考えを読んだのか?
「『いいや、地の文を読んだのさ』という答えを期待しようとも、無駄だ。俺が読むのは空気だけだ。本当は〝〟なんだけどな」
……なん「そこから先の底に嵌ってはいけません、ご主人」。
……いやあ、
「おいおい勘弁してくれよー。荒井にまで読まれたら僕のプライバシーはどこに行くんだ?」
しかし……危なかった。
先に進もう。
「どこにもありません。それが偽らざるを得ない真実です」
「どっちだよ!?」
久々に突っ込みを入れた気がする。
「暴露せざるを得ない嘘です」
「嘘を暴露してどうする」
情報を鵜呑みにするブロガーみたいだな……いや、別に誰とかいうのを知ってるわけじゃないけど。
たまに不知火がデマを流す事ぐらいしか知らない(あいつはブログを書いていて、何故か僕の苗字を名乗っている)。
「というようにお分かりだと思いますが、あの男に立ち向かうのは、ご主人では無理です。戦いにもならないでしょう」
確かに僕には強すぎるかもしれない、というのは、僕だけが感じている。
周りに分かるのは 、僕が吉田に対して弱すぎるという事だけだ。
そして彼とぶつかれば僕はきっと、二度と立ち上がれないぐらいに砕かれてしまうだろう。
でも、僕が弱すぎるというのは打葉辺りなら知っているのかもしれない。あいつはそういうやつだ。
「さあ、来い。話が終わったのなら、いつでも、いつまでも受け付けて突っぱねてやろう」
「いーかげん、わたしのでばんもほしいしね」
「そうですか」
間髪入れず、荒井は弾けるように――いや、もっと迅い!
「足労はサービスしますが、多少の息労は失礼致仕方ないですね」
「ちっ、――――」
光った、と気づいた時には移動を完了させて、悪態をつく吉田の、その胴体を弾丸みたいな速度で蹴っ飛ばす動作を終えていた。
ピーン、という甲高い音だけがやけに鋭く響く。
「それではご主人、失礼します」
そして荒井は束の間の発光を残して、消えた。
……光か、雷か。
意識を眼前に戻す。
「さーーて、わたしたちもやろうか」
残された事に何の感慨も無いらしく、阿木本は僕を見て言った。
それに対し、僕は真っ当に的外れな言葉で応じる。
「なになに? 『私達も野郎か』? そんな馬鹿な。この小説は男女比がラノベ的には普通の物語の筈なんだけどなあ」
さながら、牡蠣が温暖化の影響を受けるように、自然な事だ。
「そーーいうことをいってるんじゃなくてえ、」
――――行け!
「こういう事を行っているのかなぁん?」
死神の声が、聞こえる。
背後からやって来る気配に阿木本が振り向いたが、間に合わない。
その本来の用途に適って、番鳥の鎌はしっかりと、狙った者の首を、再び刎ねた(Uー15の良い子は『刎ねた』なんて読めないからオッケー。めでたしめでたし)。
これで、少年誌で漫画化するなら大久保先生というのはこの物語の鉄板になっただろうか。
「これでよし、という訳で傷心のおねえさんを慰めるのだ、統那君」
「傷心なんてどこにも見えない!」
「傷心の呵責を感じるわ……」
「そんなアクティブな傷心は無い!」
悪意の跋扈ならそこら中にあるけど。
「あーのさー、もうあきたんだけど、このぞんびじょうたい」
説明するまでもなく、阿木本は形の一切を元に戻した状態で……テンションをものすごい下げていた。
「てーいうかそろそろわたしのかいふくりょくについてかたるべきときがやってきたのかな?」
「……いや、もうみんな分かってると思うから。言わぬが花だろう、っていう気遣いで喋ってないだけ」
「気違いの気遣いって迷惑だよね~」
「後ろ、うるさい!」
真実を語るな!
僕が気遣ってるとか、思うなよ(!?)
「……なーんかこのままひきのばしてもしょうがないきがしてきたね。それなら、わたしがかそくしてあげるよ。そのついでにおもしろいのうりょくをみせてあげるね」
すぅ……はあ、と呼吸を済ませて、まとう空気をがらりと変えると、表情を殺戮した。
冷え切りも煮え切りもしない、物理的すぎる表情だった。
「巫山戯ないで喋ってみれば、私の通り名は〝夢遊病魔〟という面倒の極まりが無いもので、使っていた技は〝空即是色〟と〝色即是空〟なんだけど、更に〝夢幻抱締〟も使うと良い感じだね」
そう言って、番鳥の方を見て、こう言った。
「『番鳥優子の武器貸借能力』は、二度と起きない」
と、前書きで述べる前に作者の存在が忘れられたりしてる。