苛虐ロス
間に合ったー。
今、何と言った?
「だまくらかしてゴカイサれるのもイヤだからきちんとセツメイスるよ」
音声は全く変わっていない阿木本が無残な口調で告げる。
心底どうでもいい、とでも言いたげな。
「カソウニレンは、アブないからシマってモラう」
「うっ」
「ゼッケイサンザンは、イホウだからキンシする」
「うっ」
「コイグチリクホウは、ヒドいからムコウにする」
「うっ」
「ハッサンハッチョウは、コワいからヤめてよね」
「うっ」
「タイカシチリンは、コジンテキにヒテイしとく」
「うっ」
「コウケツドクショウは、メンドウだしおシマい」
「うっ」
「アトはワタシのリカイをハズれてるからシらないよ」
「うっ」
そして最後に、ぱちん、と。
人を催眠にかけるのと同じ感じで指を鳴らし、阿木本は僕の上からようやく退いた。
いや、そんな描写をしている場合ではない。
多分誰もこの展開についていけてない。
その穴埋めが先だ。
されたのは、必殺技の封印。
既に『今の状態』になってしまった僕にはその事実しか、思い出せない。
何とか残ったものもあるけど、全て『戦う以前』の技だ。
つまり、僕の攻撃力は翼を捥がれた鳥の様に飛躍的に弱まったと言える。
そんな僕に、何ができるのだろうか。そう、何も出来ない(『反語』なんていう猿真似アピールはもう飽きただろう)。
才能なんて、僕には無いのか。
「そうだ。お前には人の役に立たないという素晴らしい才能がある。その事を自覚すれば、お前はその事から一生抜け出せないかもしれないが、それは俺の知っている事であり、知った事では無い」
そして、吉田はどこまでも無表情に僕を殺そうとしていた。
阿木本のそれまでの戦いとは全く以て関係無く、今思いついたかの様に、その血塗れの手を僕に差し伸べる。
「畜生……」
「餓鬼のお前に言われるとは、落ちたものだ」
僕は、ぼんやりとした意識と記憶でそれを眺めていた。
夢の内容の記憶は、どうしようもなく薄れていく。
その『言葉』を利用したのは分かるが、あまりにも出鱈目だ。
同じく『言葉に依存する』強さを持つだけに、尚の事、その出鱈目さが身に染みる。
どうにもならないこのぼんやりした感覚まで現してしまう、虚構の現実に、戸惑う。
これで僕自身が強くなる可能性は閉ざされた事になる、様なのだが……。
……いや、受け入れられないだけで、選ぶ道を迷っている訳ではない。
「いくつか残してくれるとは……ありがたいね」
くそ、声に全然覇気が籠もらない。
切ったところで、結果は同じだろう。
流石に何度も同じ事を繰り返すのは愚だろう。
「れーいにはおよばないよ。もうきみはけいかいにけいかいすることなくたたかわれることになるんだから」
さっき『同じく』という表現こそ使ったが、僕はこいつらと完全に分かり合えないという事が分かってしまうので、やはり言葉の問題は依然としてそこにあるようで、やはり馴染めない。
そこで吉田が周囲への侮辱の態度を続けながら、唐突に口を開いた(……何だよ『周囲への侮辱』って)。
「そうか。一気に『ひらがな』まで警戒がいらなくなったのか……」
だからどうしたんだ、と素直に思う。
そしてこちらを向いて吉田は言った。
「喜べ。お前はほとんどの俺達に友達以下の何かだとすら思われなくなるぐらいに使えない、人でも物でもない何かに匹敵するぐらいの役立たずに、努力せずになれたんだ。そう、最後まで〝〟だがな」
これ以下無い侮蔑を受けて、へらへらしていたら、僕はどうかしている。
比較級でも最上級でもなく、最低と同じに、語られる。
腕が震え、真っ白な停止状態の思考で立ち上がってようやく、僕は自分が怒ったのだと分かった。
きっと膂力に任せたのだろう。
気付けば吉田を跳ね除けていた。
「ふざける……なぁっ!」
何の迷いも無ければ考えも無い、ただ切るだけが目的の突貫。それは狙いを度外視して僕は吉田を『切り抜け』た。
「……まあ、やる気だけあるのは誰かが認めてやるだろうな。誰かにやる気があればの話だがな。俺には『やる気がない』と言うだけの気力しか無いから、まあ、残念と言うのも億劫でな」
吉田は鮮血で既に白衣と呼べなくなっていた物をさらに汚し――むしろ更に赤く清めると言った方が正確かもしれない――て、気だるそうにぎらぎらと、辺りを睨んでいた。
……こいつも切断耐性がついてるとかいうからくりなのかよ。
その目が僕を捉えて、突き放す。
「しかしだ。『ふざけるな』と言ったか? もしかして『死ね』と言ったか? それを、真面目と死体の区別の付かない俺に言うのか? 俺に言わせなくとも、真面目は既に死んでいるだろう? 死んでいないとしたら世界が死んでいるのではなかろうか。普通の世界に生まれた者は真面目であってはならないのはいくら馬鹿なお前でも分かるだろう? ――まあ、それで俺が生や存在にこだわっていると誤解される事が俺の計算であって、それが露見した今この話題を終了してしまってはいけない。申し訳無い事をした。まあ、今回の俺はどうでもいいか」
僕は文脈を繋げるような回答が出来ない。
「畜生……」
「ふん、餓鬼が」
また言われた。
でも、良く考えれば当然の返しだ。
「そーしてわたしがなぐる」
と、彼女自身が言い終わる前に僕は殴られて再び地面に頭を打ち付けられた。
出る物が出る所に出る様にさえ感じた。
「ぐうっ……っ!」
「おいおい、ぐうの音も出ない程になっていないじゃないか。程々にしてやるなよ。可哀想だろう」
「そーうだね。もういちどだけします」
「いや、一度と言わず、二度三度とやれよ。それぐらいの事は望まれてるんだよ」
僕はこの時点で――というか、ついに――こいつらとの相互理解という綺麗事を諦めた。
逆に言えば、まだ分かり合おうとしていたのだが……まあ、週刊少年ジャンプじゃないんだから、そのぐらいの綺麗じゃない事はあってもいいはずだ。
だけど、
「きゃひゃひゃひゃー、っと」
「ここで残念なお知らせがあります」
「命を運ぶギアは今ここから終点まで狂い続ける事を、私はこれぐらい誓いません! きゃひゃひゃひゃー!」
こういうタイミングで味方が戻ってくるのは予想できた事だから、ご都合とは言わない。きっと。
戦力としては優秀な番鳥だがその足取りを掴んで確実に合流できるスキルを持っているのが荒井しかいなかったので、そっちに行かせて先に始末して貰う方がよっぽど有益だと判断したのだった。
そして僕は時間を稼ぎ二人がくるのを待つという戦術だったのだ(結局裏目に出て終わったけど)。
元々リスクをとったのが僕だったというだけの話だ。
まあ、裏目に出たけど。
「ふん。俺に空かされた程度のキャラクターがよくもまあのこのこぬくぬくとやって来れたなと感心するが、関心は無いな」
それは人を人として扱わない――人を扱ったことも無いのだろうけど――台詞だったが、二人も黙ってはいなかった。
「感心も関心も私には不要です。そんな事で揺らぎ蠢く虫の如き評価は、不要です。必要なのは、私とは無縁の何か。普通の命彩には興味はありません。さっさと帰る事を勧めます」
「ところできゃひゃひゃひゃーって笑い方どう思う? ありきたりなようでいてONEPIECEでしか採用されないんじゃないかと私は思ってはいるんだけど」
それどころか、僕に出来ない事をやってのけていた。
僕にはそれがひどく羨ましい。
強い芯が、そこにはあった。