吃驚インターチェンジ
その後、封陣が解ける前に窓枠はどこかへと去っていき、日常に戻ってきた僕は、
突然後ろから襟を掴まれた。
「ぐえっ!」
「なにがあったの!?」
数回揺すられた後、解放された僕はむせ込んで後ろを見る。
窒息しそうになったんだよ! と言うのをはばかり、目の前の朱夏を恨みがましい目で見る。
「ねえ、さっき封陣が出ていたみたいだけど、どうなったの!?」
「奴が襲ってきたんだけど、後から来た小学校低学年の方に追っ払ってもらった……」
「……え?」
朱夏は意外そうに僕を見た。なぜか自然と見つめ合うような形になったのだが、これは僕の自意識過剰さが招いた表現か。
やがて、朱夏は一つの単語を口にした。
「……川井、窓枠?」
「ああ、多分その窓枠だと思う。風船持ってて、爽やかすぎる少女だった」
「ふうん……」
「知り合い、なんだろ?」
「……そうだね」
……なんだ? 歯切れが悪いぞ。
どうでもいいことだが、僕は切れには敏感だ。ひげ剃りにも電動などと言う邪道は使わず、剃刀を使う派。……年二回しか使わないぐらいに伸びが悪いのだけれど。
さらに僕について語っておくならば、情けないことに、本当に情けないと思っているのだが、僕は床屋や美容院、ましてや千円カットで髪を切ってもらった事がないのだ。……つまり家で切ってもらっている。これにはひどく個人的な理由があるのだが、恥ずかしいことに変わりはない。
そういえば、さっきから人の往来の中、僕ら二人は騒がしくしており、周りの人になんとなく見られているのだが、それをこの人は感じないのだろうか、いや、感じないのだろう。これがきっと反語の正しい使い方だろうか、いや、そうではないのだろう。
……かなりどうでもよかった。
「分かった。じゃあ帰ってて」
「帰っててって……」
僕が何か呼び止める間もなく、朱夏はそのまま走り去っていった。
どういう意図で発されたのかよく分からない日本語だったが、僕はそれに抗う術を持ってはいても資格はないようであったので、これ以上の寄り道はせずに帰宅部を全うした。
家に帰ると、僕は居候のボディプレス(としか僕には思えない)に毎回の如く見舞われるのだが、今回の例で言えば、僕の体がぐしゃりという音を出せることに嫌々ながら気づいてしまったりと、毎回それなりにただでは済まない思いをしながら階段を上り、自室の戸をだらーりと開けるのだが、
ばんばん。
僕は早速こけて、覚えた効果音、『ぐしゃり』を使ってみた。
前のめりに倒れ(この状況では死ねないぜよ!)、その後顔を上げて、
「なぜその方法にこだわる!?」
僕の部屋の窓は『ご用の方はこちらまでどうぞ』と案内されているのか、すでに朱夏専用の窓口になっていた。……あなた、不法侵入ですよ?
とはいえ開けないことには進まないので、僕は慌てながら朱夏を招き入れた。
……一体僕はどういう風の吹き回しなんだ? この反応の良さ。
「遅かったね」
「なんでこんなまどろっこしい方法を何回も……」
「その方が手間が少なくて済むから」
「僕の寿命が縮むからやめてくれよ……」
火を吹いた。
「うわあっ!」
短絡的な表現を避ければ、朱夏の手から僕の視界いっぱいに火の手が延びたのだった。
そして僕は定番のようにマトリックスに挑戦する!
目指せハリウッド!
「うおおおお!」
しかし、中途半端に腕を回転させたせいで、ブリッジの姿勢で床に頭突きしてしまった。
以下、僕の偽らざる感想。
『首が痛い! そして、壁が焦げちゃう!』
実際は手加減してくれたのか、空中で留まって立ち消えた。ありがたい。
「ぷっ、くくく……っ!」
朱夏は抱腹絶倒していた。
……前言撤回。ありがちだ。
有り難い、ではなかった。決して。
「いっ、てぇえええ……!」
僕は痛みに悶え、七転八倒していた。
総じて、二人して倒れていた。
「ひひひっ……ひぃ……鈍くさい」
「言うな! 元はと言えばおまえのせいだろ!」
どうしてこう……やりづらい。
それに、なんだ――
――ちゃんと普通じゃないか。
てっきり僕は、全くの別人になったのかと――
「あぁ……面白かった。じゃあ、早速で悪いんだけど、見せて」
「……何を?」
……やっぱり、変わるところは変わっているらしい。
朱夏はいつの間にか起き上がり、姿勢を正していた。
「今、私は何をしたでしょうか?」
「何って……炎を出したんだろ?」
一応、この間も見たので、その事自体には驚かなかったが。
「そう。じゃあ何で今ここで見せたんでしょうか?」
「…………」
倒れたまま考えて、結局分からなかった。
朱夏が僕の脳天ショックブリッジを見たかったわけではないのなら、僕の方に答えはない。
「……分かんない?」
「ああ、しっぽり」
「しっぽり?」
「あ、いや、さっぱり」
ヤバい。分からなくてしっぽり濡れるって何なんだよ。これはバカだろうボク。馬鹿だろうぼく。莫迦だろう僕。
……段々と難しい漢字にレベルを上げても一向に僕の頭の悪さが強調されるという、それはもう悲惨な結果だった。
朱夏はやはり、僕の捨て身の(不意の事故だったが)ボケには構わない。
彼女は結構なボケ殺しのようだ。
「統那にも、何かそういう能力があるはずだと思ったから」
「僕が突っ込み担当だというのはスキルの一端ではないのか?」
「じゃあ明日の朝刊の折り込みチラシ見て申し込めば?」
「突っ込みって資格講座なのか!? ……って話がそれてる!」
通信教育でどう身につけるんだ、あの対応力。
それともやっぱり現地で身につけるものなのか?
なんでやねん。
「だから、統那にも『普通ではない何か』があるはずなんだって……。まさか、隠したりしてないよね?」
ずい、と朱夏が僕の目をのぞき込むようにして、未だ倒れている僕の方にしなだれかかってきた。