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灰色のバックソード  作者: Hegira
第七監
88/95

偽物ブラッドスミス

ブラックゴーストの格好よさには脱帽。

 しばらく、壮絶な光景が続いた。

 それは僕なんかが出る幕の無いぐらいの水飛沫と血飛沫の飛び交う殺し合いで、刀で阿木本の一部を切り落とす代わりに粉骨の一撃が番鳥の何かを抉り、そのまま足を踏み止まらせればその上から踏み砕かれ立つ力をほぼ失う――が、水が防護と助力と痛覚の軽減を与え、力任せに刀を下に突き刺した地点から湧昇流と表現したい程の瀑布が現れ獰猛に敵を呑み込み、文字通り波に乗りながら番鳥は行き着く所まで追いすがり、斬りかかり、水流が引いた跡地の上で阿木本が骨まで切らせて刃を片手で止めた、という所で僕の理解はようやく追いついた。

 若干、二秒も経っていない。

 それまでの戦闘の流れが速すぎる。

「よーう約使まえ頼。間、い炊くもか行くもな生け捕ね」

「Oh! アイアムノットニホンゴワカラナイネ!」

「その文章も大概分からねぇ!」

 こいつら一ミリでも真面目にやる気あるのか!?

 戦闘は思い切りのいい、思い切り比べ物にならないものだったのに、会話だけが台無しだ。

 片方は言語が分からないし(喩えるなら、最低の活版印刷術を使ったような言葉遣い)、もう一方は存在が出鱈目で意味不明。まともなのは僕だけか(僕が一般的かどうかに関しては議論の余地も無く否定される様な気がしてならないけど)。

 ただ、戦いは至極真面目に繰り広げられ、続けられる。

 水が迸る。

 優雅さなんて欠片も無く、荒々しさも微塵と感じさせない。手と骨に捕まっている部分を水で滑らせて引き切り、手の束縛から刃を抜け出させた。その勢いは強過ぎたのか、刀を引き抜いた番鳥の腕はそのままそれと一緒に後ろに持っていかれる。

 そこを見逃さずに、阿木本は目を光らせ、爆発した様な勢いに自分の拳を乗せて間合いを詰めにかかる。

 しかし、その隙はフェイクだった。

 番鳥は恐ろしく冷めた瞳で見つめながら、真横にまで持ってきた刀を握る手に力を込めた。すると峰から水を噴き出しながら刃は弧を描き、番鳥を軸に透明な半円が、重力に捕まるまでの束の間、現れた。

 一瞬だけの間だけど、優雅な、間の無い挙動がカウンターとして、阿木本を二つに割った。

 上体が、落ちる。

「にゃー、しかしきりが無いね。きりきり無いだよね。まったくまったく、マイナス十全とはこの事だよ。不十分ではなく負十分。さながらプラス思考だけどマイナス志向であるである、みたいな心地良い気持ち悪さだよね」

「完全に球磨川に毒されてるな……」

 原作でそんな事言ってないと思うけど。

 さて、インターバルは終了。

「違ー態なぁ。しん堕ら下にも取らな隠だよ? 腑痛は」

 そんな事を言いながら、彼女はちゃっかり元に戻っているのだが、今は(ツッコミ)の出る幕では無い。

 番鳥が代わりに阿木本に告げる。

「悪役は死んでも死に切れないから悪いんだ――という流言飛語を信じるようではこれからの情報社会で奴隷になりかねないよ」

「気ー味の言う言は間際ら恣意……嫌、ま嫌わ恣意ね。都乂取ちゃん」

「れれれ? 名字は教えていないと思ったけど?」

 ……つがいどりって発音してたのかよ、あれ。

「こー紛い言葉とうてもいいんたよ。たぐでんとが、ぱんたぐでんかづいでいるがいないがみだいにね」

 こいつ、さらに読者に厳しくなりやがった。

 絶対に商業化できねえ。

「まあ、非実在青少年にプライバシーなんてものは実在しないから私は何も文句は無いけどさ、一応気になる所だよね、統那君」

「そこで僕に振るのは何か意味があるのか!?」

「だっていまさ、君って実在するしない以前に、存在感が怪しくなっているから」

「本人が一番気にしていることを!」

 今は空気みたいだけど、出番はあるから!

 僕の出番、来るから!

「物語に関わっていながら二千文字ぐらい戦闘に関われないっていうのはさ、恥だよね」

「そんな基準僕は知らない!」

「でもそんな無能で弱々しい統那君がみんな大好きなんだよね」

「そういう言われ方だとものすごく死にたくなる!」

 マザコン気味の僕ですら、周囲の全てがそんな慈愛の眼差しだったら惨めになる。

 ……いやいやいや、誰がマザコンだよ!?

 いくら地の文だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!?

「さーあて、寂者は報って老いて、渡した血はた他界をさ異界仕様よ、根?」

 弱い上に寂しいという称号が付けられた僕は相当に惨めなのだろうか。

 瀬戸内さんに慰めて欲しい。でも源氏物語も持っていない僕に、そんな資格は無いのだろうと勝手に諦めておく。

 面目無い僕が両手に何も持たずに所在なさをアピールしているのを尻目に番鳥は刀を引っ張るように阿木本に襲い掛かろうとして、


 突然死した。


「……なに?」

 何だ? 直前の文末の文字は。

 いくらなんでも言っていいことと悪いことがある。

 落ち着け、順序立てて説明しろ……。

 突然。

 突然の、次の一文字だ。

 あいつがいきなり前のめりに突っ伏しただけで、まさか『死んだ』とか、そんな不穏当な言葉が出てくる訳が無いだろ、そうだろ?

 ……ダメだ、頭が上手く働かない。

 冴えない。

 いや、それはいつものことか……。

 本当に、冴えない。

「やーっ時いたかぁ。街に全かいが悪種」

「何を、した?」

 不信の表情を隠さないのに、そんな台詞が出てくること自体不謹慎でしかないのだけれど、聞かずにはいられなかった。

「べーつに、なに文字て否いよ? み辿ころ眠っているだけにみ彫るけ弩ね」

「だから……僕も、何言ってんのか、分かんねえ……って…………………………」

 突然死が誤植だと気付いた時には既に僕は自分を支えることが、できなくなっていた。

 意識が、ぐるぐると、混濁する。

 眠るように、僕は落ちた。

鈍牛の如く進んでおります。

また次の更新で。

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