錐プレッシャー
「お前を殺して私も死ぬ!」
「待ってくれ、なら遺産の話をさせてくれ」
どのぐらいぶっ倒れていたんだろうか。
少し寝てしまったからどうだろう……三時間少々、か……。
傷は……粗方、塞がったらしい。
あー、うわぁ、顔痛え……。
鼻取れてねえよな……?
「っ! ……がっふぉ!」
喀血。
溜まっていたのか、喉の奥からの血の匂いが強い。
撃たれた所も疼くが、総合的に刺激が一番強く感じられたのは鼻だった。
それでも動けない程じゃあ、ない。
息を、吸い込む――と同時に、僕の上にある顔を見返す。
見返すってことはそいつは僕を見ているって事だ。
「…………」
「…………」
えー、と。
「何でここにいるんだよ」
「お菓子な事を言いますねー統那君。甘々なスイートポテトを食べる為に決まっているじゃないですか」
「今は誤変換タイプのボケは禁止だ……」
番鳥優子がそこにいた。
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「まあぶっちゃけてしまうとですよ? 私は『死』に引き寄せられる体質でして、たまにサスペンスドラマの第一発見者になる事があるんですよ」
「芸能界から消えろ」
監督が迷惑してるぞ。
「あっ、あなたは大御所大道芸人のし――っと、名前イジりは別の人のネタでしたか」
そうだ。系統は分けないとややこしい事になるんだぞ。
「では名も無き大御所大道芸人さん」
「あえてスルーしたがそんなやつはこの場にはいない!!」
「略して大人」
「どう突っ込んでいいか分からねえよ」
黙ってやり過ごそうかと思ったぞ。
「それで大人の四手統那君は、大学受験の事を全く考えていない私を引き寄せておいて一体二体三体四体何をやっているんですか?」
「一体全体、な」
「二体仝体何をやっているんですか?」
「三文字目のそれは何だ!?」
「『の』。五十音のナ行第五音。音節は子音nと母音oから成ります」
「冒頭の三文字目じゃない!」
しかも字下げまで含んでの三文字目。
「いいじゃないですか。IQサプリみたいで」
「いや、あんな『今の問題分かったの、それは良かったね』で終わる番組の事はどうでも良くて……」
「もしかして見ていたんですか統那君?」
「い、いや決してそんな事は無い」
「あれー? 怪しいですね。さてはああいう頭の体操は苦手ですね?」
「多胡輝の方は得意なんだぞ!」
「いや、そんな所でムキになってるとどの道賢くはないと思うんだよね」
……あれ?
「……今、何か台詞回しが変わらなかったか?」
「見下してもイイかなって直感がビビっと来たから、つい」
「確かに歳上の先輩にですます体を使わせている事に違和感が無いでも無かったが!」
「むしろ統那君を攻略するには歳上の魅力を発揮する方が有効ではないかと気付いたから……」
「は……?」
こ、こうりゃく?
何の事だろうね?
「まさか、地の文でカマトトぶっているか言わないよね?」
「言わない言わない! 口が食虫植物になっても言わない!」
もはや死活問題になりそうな口だ。というか言葉を話せるのかも怪しい。
ハエトリグチ。
「結局、仝は教えてくれないのか……」
シフトJISで使える事しか判明していない。
……分かった所で大した意味も無さそうだし、まあこの議論はここで終わっても良いだろう。
「しかし、統那君はアレですか、引き寄せる体質ですか。色々と」
「色々と……」
「そう、色々と色目を使って」
「そんな目は使っていない!」
むしろおまえが使っているんじゃないか?
「しかしかし、」
「増やすな」
「しかし、戦いという事であれば、私が大体の危険から守ってあげられるから、少なくとも命の心配はしなくていいよん♪」
「って言われても、おま……先輩が戦っているの見たこと無いし、安心できない」
呼び方を変えたのは、無言の圧力を感じたからだ。
無言ではあるがしかし、きちんと首筋に工作で使われそうな錐が据えられているので見事なまでに圧力としか言い様が無いんだけど。
敗北主義の僕には埃の如き誇りしか無い――うん、二点。ただし、万点満点の。
二番煎じどころじゃねえよ。
「私も私が戦っているの見たこと無いからお揃いだねっ♪」
「そりゃあ客観的には見ていないだろうけどな」
「大丈夫だって。私の名前を見れば分かるでしょ?」
「いやまあ、僕は分かるけどさあ……」
読者に名前の意味の特定を要求するのはむつかしいんじゃないか?
「ならいいじゃない」
他人の事を蔑ろにしてどこがいいんだ。
「本来なら私は今ごろ幽かに消え去っているような存在なんだから、素直に今こうして存在している事を喜べばいいじゃない」
まあ、それはそうなんだけれど……。
何か納得いかないんだよなあ。
名前を超越している辺りが。
まあ、それは番鳥が狂っているという事で方を付けておくのが、当面の納得としてはいいのかもしれない。
本音を言えば、名前の第一印象に関しては番鳥優子が現時点で一番恐ろしい。次点は惜しい所で、打葉だ。
二人――人と呼ぶ事にいささか以上の抵抗があるのだけど――に比べれば僕なんてどれだけ無意味なものなんだろうか。
それは解説しなければ分からないのかもしれないけれど、敢えて語って『効かせる』類のものでは無いと思っているので、僕がこれについて話す事は無い。
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さあ、お待たせした。
閑話休題を挟んで、僕達はついにあの二人に追い付く事ができた。
もっとも、それは負けの確定した、ほとんど無意味な戦いだったのだけど。
口が裂けても言わない、っていうのは口裂け女に対して何かメッセージを発しているのでしょうか。
また明日……とは確約できそうに無いです。すみません。