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灰色のバックソード  作者: Hegira
第六連
71/95

探偵ビスケット

あの童謡の中ではビスケットは割れていないみたいですね。増殖ですよ、増殖。


――という話題が出来るぐらいに軽いなあ、この章。

 夏休みのまた別の日の次の日。

「あっ、一日振りですね」

 飽きもせず外を歩いていた僕にそんな台詞で話しかけてくる人がいた。

「ああ、荒井か」

 飴ちゃんで釣られた、あの荒井雲雀だ。

「あっ、私のことを安い女だと思いましたね!?」

 確かに安い。

 単価十円以下。

「何を言ってるんだ。君はアライだろう。ヤスイじゃないに決まっているじゃないか」

「そうでした!」

 おいおい、ポンって手を打ってる場合じゃないから。

 読者も『は……?』ってなるぐらい騙されやすいな、おい。

「そういうあなたは随分とモテモテみたいじゃないですか」

 そして素早い切り返し。

 ……一本取られたっ(これこそ読者に伝わっているのだろうか?)。

「……何を根拠にそんな妄想が?」

 というか、そもそも僕の人間関係について話した記憶は無いんだけど……。

 どこかで口を滑らせた、とか?

 うーむ、もう少し固くするひつようがあるか。

「公園でみだらに遊んでいたのを見れば嫌でも嫌々分かります」

「みだらとか言うな。それとなぜ嫌を強調する」

「嫌の協調ですよ」

 嫌だな、そんな協調……。

 むしろ嫌の三重苦だ。

「ロリコンの振りをして、本命はあっちの同級生ですか?」

「ロリコンの振りとか言うな!」

 僕は歴としたロリコンだ! あ、ライクじゃなくてラブの方だから。そこは誤解しないでほしい。

「ロリコンは否定しないのですか」

「お前は挨拶したらいきなりずけずけと畳みかけるんだなあ!」

 上手くやれば将来出世しやすいかもな! などというエールを送りそうになったがこれはやめておいた。

「畳なんてかけてどうしろって言うんですか、かけるのは布団に決まってるじゃないですか」

 明らかに日本語の不思議に走り出した。

「僕はカップ麺にお湯をかけるほうが先に思い浮かんだけどな」

「ここで命をかけると言えば格好良かったのですが」

「抜かった!」

 僕は昨日会ったばかりの君のために命を懸ける! ……どこの熱血だよ。

 上条かよ。

 もっといくと、博愛主義者になりかねない。

「それで、本命はあのロリコンで百合なあの子ですか……ハードル高いですね」

「僕の身の回りにそんな奴はいない!」

 筑紫のあの行動を曲解すればそうなるのも無理無いけど!

「しかしそんな四手さんの為に私は身を粉にして協力しましょう。飴玉の恩です」

「いや、いいよ。飴玉ぐらいで……」

 恩義を感じるのは勝手だけど、かえって親切の押し売りみたいになってる。

「だったら私にもっと食べ物を下さいな」

「お前の協力は決定なのか……?」

「決定的に協力的ということです」

「……『〜的』を繰り返し使ってそのうち的を射たとか言わせるつもりじゃないよな?」

「ばれた!?」

「単純だな!」

 まさか当たるとは思わなかった。

 当たったとしても、むしろ『あなた何言ってるんですか? 馬鹿にしてるんですか? むしろ馬鹿じゃないんですか?』ぐらいの軽いカウンターパンチが来るかと思ったんだけど。

「さあさあ、食べ物を下さいなったら下さいな」

 ねだりながら僕に向かって年頃らしく首を傾げる。

 まあ、それになびいた訳じゃないけど、手持ちを披露することに決めた。

「今日はボリュームがあるぞ」

「わくわく……」

 僕はその言葉を教育テレビの図工番組でしか聞いたことが無い。

 そんなレアな単語を聞かされたからには、期待に応えねば。

「なんと今日の献立はあって嬉しい無くて困らない乾パンだ」

「わーいこのしっかりした歯ごたえと氷砂糖の染み出る食感が――ってどうしてそんなもの持ってるんですか!?」

 いつ開けたのかも分からないぐらいの一瞬で食べ始めてからよくそんな台詞が出てくると思う。

「夏場の空気で保存食と言われる乾パンの氷砂糖が融けるかどうか実験してたんだけど……まさか正午を迎える前に使ってしまうという結果になるとは思わなかった」

 実験は常に誤差との戦いだと痛感させられる出来事だった。

「どうしてそんな考えになるんですか……」

 と言いつつも荒井はしばらくの間ぱくぱくひょいぱくもぐもぐもぐ……と食べ続けていた。

 高校生にもなって、今の消極的な教育を受けているひな鳥のような学生には酷な自由研究をやっていたとは言うまい。

 荒井は『うーん、飲み物、無いんだけどなあ……』という僕の心配をよそにするかのように何事も無く無事に乾パンを完食し、一息ついてから聞いてきた。

「ところで四手さんは暇人なんですか?」

「うーん、夏期休暇があるって事なら、暇人かな……」

 休暇中にも関わらずわざわざ日曜と決められた予定もあるけど、それはこの子とは関係なさそうなので黙っておく。

「そうですか。まあ彼女とフラグと家庭の事情のない男子高校生なんて暇人も同然でしたね」

「それは男性差別か!?」

 そっから続けて『あるいは僕を(おとし)めたくてそんな事を言っているのか?』って聞くと自爆しそうな気がするからやめて置いた。

 今週の僕はスーパー……マーケットまでの半径で行動範囲がほぼ覆いつくせるのだ。

 つまり暇人。

 ……ゴホン。

 にしても、深入りした突っ込みは良くないよねえ……なんて。

 うーん、今日の僕は控えめだなあ。

 本当、手が空いている。

「失言でした」荒井はかしこまった。「それはそうと、実は私こっちに転校してきたんですよ」

「天功……」

「プリンプリンしたセスナじゃないです」

「そんな飛行機乗りたくねえ!」

 よし、呑まれなかった!

 というか、プリンセスってそんな略称じゃないし。

「ちなみにその解釈で行くと私はイリュージョンでこっちに来たことになっちゃいます」

「いや……案外本気でそう思ってた」

「私を何だと思っているんですか!」

 プチ怒られた。

 ちなみに僕は荒井のことをどっかでマジック集団『アライ・アライアンス』とかいうセンスの欠片もないネーミングのリーダーでもやってる人だと思っていた。もちろん冗談だ。

「つまり、転校生って言ったら……」

「言ったら……」

「ズバリ、恋愛ラブストーリーの幕開けですよ!」

「…………」

 ……ベタだ。

 思いの外……というか思いの中に収まってるぐらい、普通。

「……何ですか? その明後日の方向を見るようにして私を見ている目は」

 どうやら僕の目線は荒井を明後日の方向に据えているらしい。

 言い得て妙、か……?

 ……仕方ない、便乗しよう。

「確かに、僕は今二酸化炭素を見ることによって地球温暖化を目で感じていたんだ。だから明後日の視界に君がいたのも無理はない。むしろ道理でと納得するところだ」

「また四手さんが嘘つきになったー!?」

 ホワイトホワイトライアー。

 僕の言動がどんどん白濁していく。

 ていうか我ながら発言の意味が分からん。

「という感じにスルーしようかと思ったけど……さっきの台詞からすると、荒井雲雀ルートでも作れと言っているのか?」

 まあ、どうせ冗談なんだろうけど。

「福のある余りものですよ。衣食住を提供してくれるのでしたら、それ以外の事はお任せ下さい」

 衣食住を満たせないやつに何ができるんだよ。

「残念ながら、居候キャラはもう足りてるから。別の方面を当たってくれ」

 まるっきり片那とスタンス被ってるし。

「では幼馴染みキャラはどうですか」

「僕の記憶ではそのカテゴリは朱夏だけだ!」

「朱夏……? 向かいにあった、獅子島という表札の人ですか?」

「ああ、そうだ――って」

 ……いや、ちょっと待て。

「何でおまえが僕のうちのことを知っているんだ?」

「いえ、私これでも親が個人の探偵をやっていまして、周囲には人一倍気を配るんですよ」

 探偵……ねえ。

 なんだかアンダーグラウンドな話になってきたか?

「ふーん……それで?」

「実は昨日私はこの辺一帯を網羅するべく歩いていて、その中に四手と書かれた表札があったのを思い出したんです」

 思い出した、と言った。

 つまりは、覚えている。

 こいつが嘘を言っていなければ、それはさすが探偵、という文脈だろう。

 僕と会ってから家を見つけたのならともかく、『四手』を見つけてから僕に会ってそれを想起するのは、まあそこらにない名字だというのを差し引いても、普通に町を歩いている程度の感覚では難しいだろう。

 ……やっぱり普通の人じゃないのか、僕の周りは。

「どうです。見直しましたか?」

「さよならの挨拶もせずにどっかにいっちまうのを失礼と言わないんなら上出来なんだろうけどな」

「あっ、それは急いでうちへ帰れという電話が入りまして、あのとき四手さん立て込んでいるようでしたので失礼を承知で帰ってしまいました」

「はあ……まあ別に困らないから良いけど」

 利害関係があるわけでもないし、深く追及しても無意味だろう。

 それこそ昨日知り合っただけの関係だ。今以上の展開をどう望むって言うんだ。

「表札と言えば……四手に獅子島という組み合わせはどうなんでしょうね」

 思いついたかのようにして、荒井はそんな事を言った。

 組み合わせ。

 順列。

 パズルのピース。

 五十音。

「……名字の組み合わせって問題になるのか?」

「いえ、そういう訳ではありません。むしろ名字は素晴らしい側面の方が大きいです。効率よく人を見ることができます」

「ふーん?」

 探偵ともなると、そういう所からも人の来歴を推測できるのだろうか……。

 この名字はこの地方に多い、とか。

 補足的なものだろうけど。

「その点で見ると――まあ、これは私の個人的な見解なので気にする必要はありませんが――最悪ですね」

「……どういうことだ?」

 いくら年下の発言とはいえ、僕はそこまで寛容にはなれない。

 その雰囲気を察したのか、荒井は慌てて付け加えた。

「あっ、二人の相性が、という意味ではなくてですね……この二つをまとめて考えた場合、周りには具合が悪い、といいますか」

 ……つまり、周りに悪影響を及ぼす、って?

 デビルフランケンと巨大化みたいなもんか?(古い、圧倒的に古いぞ僕)

「へえ……で、僕はどうすればいいって?」

「結構冷静ですね」

「まあ、剣道を修めていた者として『切れる』ところは選べないと死ぬっていう覚悟は持っていないとまずいだろうね」

 ホントの所は、剣道っていうか刀道を地で行ってるんだけど、胆力に関しては結構鍛えられたと言っていいと思う。

「なるほど。それで、どうすればという話ですが……そのままでいいと思います。別に二人の間に問題は無いですし」

「だったら最悪ってのはどういうことだ?」

「うーん、ちょっとさっきは発音が悪かったかもしれません。確かこういう時は……そうでした、最厄(さいやく)ですね」

「災厄? 災難に厄日って書く、あれか?」

「いえ、『もっとも』『やっかい』で最厄です」

「…………」

 聞き慣れない、響きだった。

「最強――最凶も最恐も最狂も最兇も同じですが――とは一線を画しています。ある意味では自分でその存在を隠しています。とはいえ『最強』とは次元の違うところでの話なので、だからって気にすることはないんですけど……ううん」

 難しい顔で言った後、瞑目して首を振った。

 再び目を開いて、

「すみません。いわゆる職業柄というのでしょうか、ちょっと気にしすぎたかもしれません」

「いや、名字についての考え方があるという点では参考になったから、礼を言うのかこっちかもしれない」

 それから荒井は「では私はこの辺の地理をもう少し詳しく把握したいので、これで失礼します」と言って去っていった。

つーか乾パンなんてどこに持ってるんだよお前。

ってな感じの話でした。


また明日。

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