境界スポイル
まあそんな事を言ってしまえば、『これ』でさえ台無しと言われても反論できる余地は無いのだけど。
僕は、呆然とそいつを見て、
朱夏は、油断無く見据えて、
番鳥は、息を呑んで見守る。
「……ん、ああ悪いな。こいつは融通が利かないきらいがあってな……案の定、来てみればこの有様だ。ここはこの俺に免じて見逃してやってくれ」
いきなり現れた男は、詰まらなさそうに――ただし、倦怠感などと言うものとは全く無縁の様子で――そう言った……いや、そんな文法では語れない。
詰まらなさそうに呼吸を詰まらない、詰まらなさそうな表情を詰まらない、詰まらなさそうに深い海のような蒼で統一された着流しを詰まらない、詰まらなさそうに整えたのか、詰まらなさそうな髪は詰まらなさそうに手櫛で詰まらなさそうなのが一目で詰まらない。詰まらなさそうに下駄をからんころんと詰まらない、詰まらなさそうに足を止め詰まらない、詰まらなさそうに僕の前に詰まらない、詰まらなさそうに見詰まらない、詰まらなさそうなものをやはり詰まらなさそうだと詰まらなさそうに諦め詰まらなさそうに再び詰まらない。
「なあ、見逃してやってくれよ」
「……おまえは、誰だ」
詰まらなさそうな問いが詰まらなくしたのか、詰まらなさそうに「はあ……話を聞けよ。まあ答えてはやるが」と詰まらない、詰まらなさそうに「俺の名前は、ここで言うには馬鹿げているから止めておこう。それよりもお前の名前に興味がある。聞いておいて損は無さそうだ」
「……いや、僕も、ここで名乗るのは止めておく」
男は「最近は意趣返しでも流行っているのか……おっと、最近に限った話でもないな。これは失礼」と詰まらなさそうに詰まらな終える頃には詰まらなさそうな視線を沖の方へと詰まらなさそうに詰まらない、「俺は命令を実行できたら嬉しいとは言ったが勝手に死なれては困る」と、詰まらなさそうに詰まらなくした。
「ふむ、しかしこいつをここまでにするとはな。やはりお前の名前を聞いておきたいな」
「だから名乗るつもりは――」
と拒否する僕の前に、
台詞を言い切る前に、
至って普通に詰まらなさそうだった。
そして、僕に手を詰まらなさそうに、
「……ふむ、『そいつ』をちょっと見るか。珍しい物だ」
何の効果音もなく、
何の擬音も感じられないままにして、
(え……)
その手が、詰まらなさそうに僕の体に沈みこんで隠れ、詰まらなさそうな僕の『中に存在する物』を、詰まらなさそうに掴み詰まらなくした。
それは、僕の内蔵なんて、ちゃちなものではなく、
『――いやあああああああああああっ!』
『これは――やっべえええええ!?』
村雨と、オウカ。
思わず叫ぶ、その刃格。
それにつられて、僕も。
叫ぶ。
恐い。
「やめろぉおおおおお!」
不意に、離れた。
「――おっと、そんなに騒ぐなよ。中途半端にしちまっただろうが」
詰まらなさそうに、手を外へ詰まらなくした。そして何の大したこともしていない風に、詰まらなさそうに言い詰まらなくした。
「あ……ああああ……!?」
ここではないどこかのRPGで罰金を取られそうな言葉を紡ぎながら、『内部』の惨状に、僕は上体を起こしたままひざを突き、目の前を見ずにただ、ばらばらに壊れている、そして見えない、実際にはここに無い刃を必死に繋ぎ止めようとしていた。
周りから見れば、僕はただ両手を見て絶望しているようにしか見えない。
実際、少なくとも、こいつの目には詰まらないことだっただろう。
「おいおい……そんなに大切な物なら大事に丁重に用心していろよ。むき出しにしてあるからてっきり見せびらかしてんのかと思っただろうが」
「ふざけん、なよ……!」
目線を下に隠しながらふつふつと沸き上がる怒りをコントロールしようとする詰まらない僕がいた。
そして、
「……で? よく分かんないけど、そっちも敵って事でいいの?」
詰まらないことに手先から火を呼気のように吐き出して、朱夏は敵意を男にぶつけていた。
「おいおいなんなんだよ聞き分けが悪いな――いや、『悪い』のは俺だ。だとしたらどうするか……そうだな――聞き分けが無いな。おいおいなんだよ。横から突然しゃしゃり出てきて」
喋ることすら詰まらなくなっている。
「そっちこそ私より後に出てきているじゃない」
「成程そう言う考え方もあるな。しかし、俺のことなど登場していないと考えておけばいい。七人岬程度にとらえておけ」
「……?」
「統那君、何ですか七人岬って」
「さあな、僕は知らない」
ここで『知っている』と発言しても意味は無さそうだったので嘘をついた。
……この中で僕しか知らないのか、七人岬。
「何だよおい、すべったじゃねえか。どうしてくれるんだ陽菜野」
「……申し訳ありません……」
いやいやいや、思いっ切り面食らってたぞ今の沖。
責任押しつけやがった。こいつ。
「さて、どこまで進んだんだか……そうそう、お前だお前。『俺はお前に何の興味も無い』。面白味の欠片も無い奴には何の魅力も関心も無い。『面黒い』奴では興味どころか意味も無い。だからお前は俺に関わるな。目障りだ」
ひどく自分勝手な言葉だったが、それに反論することは誰にも出来なかった。しようと思えば出来るはずなのに何もしようと思わない。……いや、思えない。
いや、
……詰まらない。
この男を前にして、何かをする意欲があっと言う間に消え失せていくことに気付く。
いつの間にか、僕は何を押さえようと自分を制していたのかすら忘れかけていた。
何という、徒労感だ。
この状況で、僕達は何をすればいいのか。
ただ、願うしかないのか。
出来ないに決まってる。
ただ、祈るしかないのか。
はあ? どうやって?
ただただ、段々と、僕らが消え失せていく前にこいつが消え失せるのを待つしか出来ないのか。
待つってさ、一体どれぐらい待てばいいんだよ?
それとも、呆れ、諦め、頽れるしかないのか。
だからさあ、何と、何と、何をするんだ?
「こ……のおっ!」
「……!?」
直接言われていない僕が今の言葉に参っていたのに――番鳥ですら動かなかったのに――朱夏は、どうやら先の言葉を侮辱と見なして火を放った。
字面では完全に危険な放火だったが、
「ふん、やはり面黒い」
「なっ……!?」
それを詰まらなさそうに詰まらなくした。
いかにも至極詰まらなさそうに鼻息を詰まらない。
「興が醒めた。帰るぞ」
「はっ……」
すっかりといった感じに、沖が追従していた。
「お前なあ、読点を三点リーダで代用するなよ」
「はっ、我が盟主」
「……いや、やっぱりそのまま個性を殺すな」
「はっ……」
「……はぁ、どうもこいつは忠実すぎていけないな。なあ? そこのお前」
僕の視界では男の両目と鼻と口と正面全てが見えているのだが、まあ僕に向かって意見を求めているわけではないんだろうなあ、ととぼける僕。
無気力なりの、これが精一杯の出来ることだった。
「ふん……そうだ、対抗までは行かなくとも抵抗ぐらいはしてみせろ。そうでなければ俺の世界が面黒くなる」
言葉も程々に、男と沖は座り込んだその姿勢のまま、呪文のような文言を漏らし、突如現れた、もやもやとした白い穴に飲み込まれ、消えた。
「…………」(僕)
「…………」(朱夏)
「…………」(番鳥)
僕達は、そのまま何も喋らずに――
「……っぷはあっ! ……やったー息止め自己ベスト更新しましたー!」
「そいつぁ良かったなあ!」
物語を仕舞いにすることは出来なかった。
ていうか、それで喋ってなかったのかよ!
よく考えるとこのページの最初からだし。
ちくしょう、やっぱり台無しになったよ。
狂ってる。
番鳥優子が台無しにしたもの3つ。
1、自分の人格。
2、物語の展開。
3、敵キャラの印象。
……最強かよ。
また明日。