襲撃ウエポン
うえぽんってあだ名の人が居たら、その人かなり強そう。
階段の踊り場を見上げて、僕は身構える。
「まさかそうかもしれないな~、と思っていたんだけど……意味ないな」
「そうだねー」
「そうだ」
結局何の対策も打てていない。
だから無意味。
「というか制服の上に乞食のようなコスチュームを纏っているがそれは何だ」
あえて言うなら死神の纏うイメージ、というやつなんだろうけど。
「ミステリック」
「つまり意味のないもの、と」
「そうかもしれない」
「そうか」
そうだ、ミステリックなる単語は存在しない。
ミステリアス(不可解)かミステリー(秘密・謎)だ。
ミスティック(神秘的)は惜しいけど、やっぱりミステリックという英語は無い。
ちなみにどれもこれも意味の区別は曖昧。
「そして手にあるのは凶器ってことでいいのか?」
「それはちょっと違うかもね。私の手には凶器しかない」
そう言い、おもむろに乱暴な速度で腕を振るう勢いに任せて鎌を投げた。
「――!?」
それは一呼吸前まで僕の首があった位置をかっ切る軌道を描いていた。
仰け反ってよけた僕の視界の下から上を、回転しながら鎌が飛び抜ける。
「……なぜ僕を殺そうとする?」
「それがわかったらやめてあげるかもしれない」
「自分の胸に聞け、ってか」
「そうなるね」
「そうか」
……会話のパターンが変化しているな。
そして貫頭衣の内側から無骨な、およそ五尺の柄からL字になるように刃が伸びたような大鎌を取り出して僕に振り下ろした。
「…………」
「――〝凍〟!」
この間のものとは違い、短く、脇差しぐらいの長さで留めた繊細な作りの氷刃を出現させて、俯角の付いた鎌の刃を受け止める。
そして、刃同士が、接着した。
「くっついた……」
「そりゃあ、氷が圧力で溶けてんだから、そこからもう一回、無理に冷やせばそうなるだろうな……!」
会話をしながら、冷や汗が流れているのがわかる。
……くそっ、これ、女子の扱う威力か!?
一番に受け止めている方の刃は、接点が溶けていて鎌が若干食い込んでいる(氷は圧力で融点が変わる。あれだ、富士山の頂上に近いところで米を炊くと美味しくならないのと、扱う理屈は広い意味で一緒だ)。
「押し、切るっ」
「切るのは僕の専売特許だとは言わないが、おまえが言うな!」
だが僕の口答えは口答えに収まり、無情にも峰の幾何学模様には、ピシピシとさらなる線が出来上がりつつあった。
ひび割れ模様。
「――〝滴〟っ!」
空いていたもう一本の手で、最早使い古されたと言っていいだろうネタが元にある技を使って、僕は鎌の柄を切断した。
飛沫が飛び散り、地面にばらばらと落ちる。
……一瞬だけしか発揮できないのが難点だな。
僕の後ろで氷刃と一緒に捨てた金属が重く響く――と意識を逸らした隙に番鳥は軽々と天井めがけて跳んだ。
「――雨が降ろうと槍が降ろうと一族郎等皆殺しの素人」
「……まさかっ!?」
真っ逆様に、番鳥の懐から文字通り、一メートルほどの槍が降ってきた。
腕を振り抜いた姿勢で気持ち前かがみだったという理由で僕は全力前進した。今更それを見るために向きを変える余裕と言える余裕はなかった。
どどどどどどどっ! と槍は連発されて、次々に床に突き刺さっていく――音だけが聞こえる。
――ここであえて割愛せずに僕の感想を述べると、
不思議な――ではなく、不自然なことに――これが明らかにフェイタルな攻撃だとわかっているのに、僕はあまり、この『槍』という攻撃形態にさほど恐れを感じていなかった。
何というか、肩透かしな感じと言えばいいのか、備えに備えた試験の問題が簡単すぎて満点を取ってしまったような落ち着かなさだった。
さて、それはともかく、
すぐ後ろに馬蹄が殺到するかと思うぐらいの勢いを持った音が迫っている。
意を決して、視線を僅かばかり後ろに向けると、なんと番鳥はそのまま天井を走っていた。
……真似できねえ。
「人として、間違った動きをしてんじゃねえ!」
「人でなしに言われたくないなぁ」
「お、おまえの事だぁあああああああ!」
僕としたことが、思わぬ口答えに一瞬面食らってしまった。
天井が壁で塞がれているのを利用するため、手近な教室に転がり込んだ。ぶつかった机がいくつか倒れる。少々体を打ったが、槍は止まった。
「……さて、思い出せた?」
「今もっておまえに対する恐怖感か何かが生み出されているんだよ……」
「そう」
「……そうだ」
息も絶え絶え、立ち上がって再び対峙――せず。
「なら、まだ殺しましょうかね」
「……ああもう!」
僕は、逃げを打った。
机と椅子を番鳥に向かって『切り飛ばし』、散弾のようにして動きを止めている隙にガラス窓を全身で砕いて、僕は宙に投げ出された。
程なく重力に捕まり、僕はなす術なく落ちる。
計算中……。
「う~ん……三階?」
このとき大切なのは、あまり上方向にジャンプしないことだ。
そして、秒速一メートルの内に出した答えはというと、さすがに正解だったのだが、あまり意味はなかった。
「落ちた~……よ、っと」
七分の十秒ぐらい滞空していただろうか、着地の衝撃はそれなりだったが、〝色採〟が悶絶するほどではなく、僕はすぐに逃げ出すことができた。
そこからはよくわからなかった。
離れていくにつれて、いつの間にか風景に色が戻り、生命が息づく、平和そのものといった、幻想のような現実に、僕は帰ってきていた。
たっ、たっ、たっ……、と。
そして、ようやく一息ついた。
とりあえず、今日死ぬことはなかった。
10/7=1.42857142857……。
また明日。