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灰色のバックソード  作者: Hegira
第五泥
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道化スリップ

一転して二転三転して学校。

 どこの世界にも残党という奴は存在するもので、ある程度の組織になると簡単には壊滅させられない――ぐらいの認識は博識ならぬ薄識(はくしき)の僕も知っているところではあるのだけど(これはオリジナルではない)、まさか学校単位でそんなものが残り続けるとは思わなかった。


「おいおいあのヤローは転校したってのにこのヤローは何でまだここにいるんだろうなあ? なあ四手統那ぁ?」


 ……文脈的にどんなスタンスの人間かって言うのはわかるんだけど……誰だっけ? というかそもそも登場したの、初めてじゃないか?

 僕は白々々々しくも、小動物のように怯えた。


「清貧学生の僕に……一身上の都合だけで転校できるお金はないのです――」

「おっ、と手が滑ったぁ!」


 そいつはとにかく問答無用で僕が殴れれば良かったらしく、話しかけてきていた時からじゃんけんでもしたかったのか、拳をグーチョキパーさせて(いや、チョキって違うだろう……)、結局、よりにもよって眼潰しのチョキだった。


 ……ああ、だから僕が知らない人物なわけだ。


「わあああっ!」


 とわざと声を出しながら、よけた。

 壁際で、かなりぎりぎりまで引きつけていたのが功を奏して、二本の指がぞっとするほど小気味いい音を立てて、スーパースローで見れば第一関節が反対側に直角だった。

 ……それぐらいの力で目潰しするつもりだったのかよ……。


「ぐっ……っ!」


 すげえ。悲鳴を上げない三下。四の数字を持つ僕が偉そうに言うことじゃないけど。

 決して『殺意』が相手に負けないように――そして殺しそうにならない程度に――気をつけながら、僕は言う。


「そっちは僕を襲ってきた同級生の中でも百本の指にランクインするぐらいには強いみたいだけど、それじゃあ足りないなあ。そのランキング一番の麻倉(あさくら)打葉(うつは)に比べれば――」

「るっ……せぇっ!」


 そいつは片足で蹴り上げた。

 が、もう片方が体重の支え方をミスって転んだ。


「がっ!?」

「成程! 手が滑ると次は足が滑る! 流れる石の如し! さすが!」


 完全に僕のペースだった。

 というか僕がマイペースなだけだった。

 それと、こけたのにはちゃんと理由がある。

 それは、四の型(こんなところで!)。


「(〝村雨・(しめり)〟ってところかなー……?)」


 足下から湿気が延びて、床と壁に付着する。

 それは圧力の強さに比例し、滑らかになる。


「うっせ……えぁっ!?」


 転んだ姿勢から手を突いて身を起こそうとするが、その手がまっすぐになる前に掌が水平にしゃっ、とズレる。

 水の摩擦力が直立を許さない状況。


「……う、生まれたての小山羊ごっこ!」


 いや、全然そうは見えないけど……、ここはほら、僕がふざける場面だし……。


「ふざけんな! ……て、てめえ何しやがった!?」

「わぁ転んだぁ♪」


 このおちゃらけた台詞、なんと僕のものである。

 滑り込んで、激突を計る。


「お前は一体全体何なんだ!?」


 ふざけた高校生だ。

 滑った足裏でもうなにがなんだかわかっていない相手の体をタッチし、触れている瞬間に全身の筋肉をバネのように解放し、運動量をありったけ叩き込んだ。

 カーリングのストーン同士の衝突のように、僕は寸前までそいつのいた場所に居座り、蹴った奴をボーリングよりもまっすぐに滑らせた(ちなみに地質調査の方のボーリング)。


「うぉおおおおおおおおぅふげっ!?」


 遂に楽しげな声でスケーティングを披露し、躊躇(ちゅうちょ)無く消火栓という壁に激突した。

 ……うわ、消火栓、凹んだ。


「と考える前にシュピーン」

「く……来るなフォギャッ!!」


 サンド『僕の敵』イッチ。


 それとも、


 サンド

『僕の敵』

 イッチ


 だろうか。


 喩えるならオセロでもいいかもしれない。

 とにかく僕は滑り込み、肩から突撃して、相手を壁とで挟んだ。

 それで相手は失神し、どうにかケリが付いた。


「なーるほど、こういう手口もあるわけか……」


 いかに相手の『殺意』を()ぐかが、微妙に勝負だったのだが、上手く行った。

 さすがに会う人会う人殺そうとは、とても思えない。

 思ったら思ったで、死んでしまう。そして逆に、死ぬなと思えば死んでしまう。

 水平に保ったシーソーのような、不安定さ。


「馬鹿馬鹿しく戦う……意外と光明が見えてきたか?」


 どうするか悩んで、結局放って置いたまま廊下を歩む僕。

 打葉の時は、あいつに殺意が全くと言っていいほど無かったのが幸いした(まあ、〝色採〟だったというのも大いにあるんだろうけど)。

 まあ、たとえ戦闘中にそれがあっても、決する前に無くなってしまえば、問題はないらしい。

 階段に足をかけて、一旦止まる。


「…………これを逆手に取って行けば……うーん、どうやるか」


 僕が人生でもかなり重要な疑問を解決しようとしていたその時、


 ずっ、と。

 いつもの封陣と共に、


 強烈な殺意――と、感じ紛う程の、死の気配、足音が、ひた、ひた、ひた……と。

 階上からぼやあ、と染み出てくるような色が、迫る。


「ここであったが一日目、ぐらいかなー?」


 真っ赤。

 深紅。

 朱夏のそれとは似ても似つかない、鮮血の色。

 明らかに制服ではない、ちょうど一反(いったん)分はあるだろうか、単に被せたように見える、真っ黒な貫頭衣は決して床には着かず、その着衣に似つかわしくない顔を見せ、下手をすると在るかどうかもわからないような足をかろうじて覗かせていた。

 乾き切った布がはらり、と舞ったかと思えば、そこから伸びて露わになった片手には、まるで死神に相応(ふさわ)しい、しかし小振りの鎌が握られていた。


「おーい、もしもーし、やっほー四手統那君。死ぬ準備はできているかな?」


 その顔は見なくてもわかる。

『苦手意識』がすでに構築されている。


 僕を襲ってきたのは、何を隠そう、番鳥優子だった。

タイル張りの床は水をまくとよく滑って転ぶので気をつけましょう。


また明日。

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