閑談センテンス
書き足していく内に目標の倍の長さに。
一階にある和室の中(まあ、客間と同じ働きをしているから他の部屋より綺麗にされていて、居やすい)、ゆったりとしまむらとユニクロを組み合わせたスタイルに胡座という風情で僕の父さん、四手萌葱は子供のような笑みを浮かべてゆらゆらとしていた。辛うじて爽やかさだけは持っているから――盛っているから、か?――とにかく、その子供っぽさは雰囲気的には許せる仕草ではあるが、僕の父親がやる行動として見ると、これがなかなか看過できない。
「もう少し大人になれ」
「ふっ。統那にニュートロンジャマーの何がわかると言うんだい?」
「架空の産物だって事ぐらいは知ってる」
なんでここでガンダムシードなんだよ。
「ぐほぁっ! お、おまえはもう父さんを、越えている……」
「ずいぶん弱えな!」
ザクもびっくりの耐久値だ。
一騎当千分の一。
「まあ冗談は置こうか――おっと」
父さんは煙草の箱を取り出そうとして、天井――正確にはそこに取り付けられている小さな物体――を見上げて悲しそうに目を細めて、ため息をつきながら頭を落とす。
「だから煙感知にしないで熱感知にしようって言ったのにさあ……母さんってひどくない?」
「これを機に控えろ。煙草」
消防法も良いことをするもんだ。
「いつも懐に控えているんだけどねえ」
それは控え違いだ。
「普通の人よりいくらか納税しているからって偉ぶるのはやめろよ」
タバコ税(ちなみに酒税は納めていない)。
「はっはっはっ。いくら父さんでも必要以上に日本国に媚び諂うほど落ちぶれちゃあいないさ」
納税して働いて学校に行かせて投票して、それだけさ。と言った。
「都合が良いから日本に住んでいるだけだ~って主張は何回も聞いたから」
「あれ、そうだっけ」
「物忘れがひどいな」
「ひどいなあ。息子に言われちゃったよ、認知って」
「いやぁこれは結構傷つくよ。言われてみる? 『お前頭おかしいんじゃないの?』って」と言っているが、さして傷ついていない風だった。
会社に雇われている研究者、科学者ということだが、その辺の気風がこのふよふよした雰囲気を生み出しているのだろうか。
「というかその前に認知症とは誰も言ってない」
「そう? まあ、認知症ってのは認知症って事を認めたことを認められなくなったときが本格的だよね」
僕の父親らしき人は何事かを喚きだした。
「知るか」
「少なくとも父さんはそう思うなあ」
「僕は言と刃と心で認めるとなるのが不思議でならないという方向に関心が向いているからそれを調べたいんだだからじゃあな」
「おっと待ってよ僕の息子」
「何だよ僕の父親」
ちなみに片那は娘。そのまんまだし、何かと問題がありそうな呼び名だった(なにせ居候だ)。
「何か悩みがあったら力になるぜ?」
「…………」
そうか、これでも僕の父親なんだから、『何か』に気付くって事はあるよな。
……うん、ちょっと見直した。なんだかんだで心配してはくれているんだな。
そうだよな、子供のことを案じない親っていうのは自分がそうされていない限りはいないよな。
僕の母さんほどではないにしろ、こっちもこっちで面倒見は良いほうだし――
「三角関係とか」
「何のことを言っている!?」
嘘、前言撤回!
「同級生の幼馴染みか、はたまた近所の年上か……」
「てめえ垣間見てやがったな!?」
見るは見るでも覗きの類の方らしい。面倒な方の見るだった。
というか何だこの会話の流れ。客観的に見れば……どうでもいいか。フラグなんてあってないようなものだ。
「……いや、それ以前に、モテてないから……。僕に? あり得ないあり得ない。僕みたいなちゃらんぽらんちんぷんかんぷんをまともに相手にするような奴、いたら自殺してるよ」
「過激な息子を持って、父さんは面倒だなあと思っているよ」
「後衛的なことを言われて僕は光栄だよ」
少なくとも前衛的な父親よりは(言い換えれば、星一徹みたいなやつよりは)子供として、楽だ。
そのまま父親を無視して二階の自室のドアを開けると、
ばんばん、と。
風船を持った小学校低学年の女の子、川井窓枠がベランダで『ぶら下がって』いた。
今日だけでなんだかたくさんの人にあっているせいか、何かリアクションを取らねばと思った挙句、何を思ったか、床に向かってエルボードロップした僕(徒労に終わったのは言うまでもない)。
「朱夏がしなくなったと思ったらおまえかよ!」
『入れてー』
年少者特有の、幼い声が窓越しに伝わってくる。
僕は俊敏かつ快く応じて彼女を中に入れた。
「どうしてここが?」
「朱夏ちゃん」
「ああ……」
教えたのかよ朱夏。
僕の個人情報はどこまで広がるのだろう。まさかミサカネットワークとか使われないよな……無いか。
「それでどうしてこちとらがここに来たかと言うとねー」
「ここに住む!?」
気が狂ったようにきらびやかに目を輝かせる僕。
「それはむりー」
うわー、ひらがなで優しく断られたー。
いや、はっきりと断られたのか……。
「……まあ、冗談はさておいて、こんな何もない所にどうして?」
「きみがいるからだよー」
「わーい!」
僕は見捨てられてなかった!
と感激した次の瞬間、
「もの凄い死相が見えてるよー」
死相。
「え……」
なんかズバリ言われた。
聞き違いでなければ、見捨てられている方がマシな台詞だった。
「正確には生きている状態が『歪んで』見えるんだよねー」
「ゆがんで……」
「歪んで、とも言うね」
「ひずんで……」
送り仮名で判断できない……。
まるで不正にふさわしい特徴だ。
いびつだ。
「うーん、具体的には『運』が偏ってる、ね」
「……不幸体質?」
ふこうだー。
「違う違う。ほら、えーと、なんて言うのかな……」
言葉を選んで悩む窓枠ちゃん(見た目年齢八歳)を僕は網膜に焼き付けた。
……うん、あと一週間は保つ。もつ。たもつ。
「ああ、あれだよあれ。占いでさ、金運恋愛運健康運って分け方があるでしょ」
「ああ、あの無責任な」
まあ一億の十二分の一ぐらいなら、誰かは当たるんだろうし、本物以外は曖昧模糊なぼかし表現だから当たったような気になるんだけど。
「無責任かどうかはわからないけど、それの中で、きみは『誰かに殺されない』、というカテゴリの運が欠落してるんだよね。ケーキ全体から一切れ取ったみたいに歪んで見えるんだよねー」
「えーと、窓枠ちゃんは、僕が殺される、って言いたいのかな?」
全く、縁起でもない。
「いつになるかはわからないけど、少なくとも殺される原因は他殺だと思うよ」
…………。
うわあ……。
「コメントのしようがない……」
「うん、こちとらも自分が言われたらそんな感じになると思うよ」
さらっと言うなあこの小学生(実年齢はおもっきし怪しいけど)。
「他殺、ねえ……まあ、当然といえば当然か」
「ん? 思いの外ポジティブだね」
「〝色採〟なんてやってたらほとんどが殺されてる……ってことぐらいは想像つくけど」
窓枠ちゃんの前で皮肉っぽいんだけど、魔法少女とか、ああいうふわふわした感性はとても僕には持てない。無理だ。
「そうでもないよ。現代社会で食い荒らす〝色採〟の方が珍しいんだから」
「……そうなの?」
「そうでもないよ」
「……え?」
「いやいや今のは冗談だよ~」
「わーい許しちゃう~」
「! ……、……~~~」
……な、なんだかよくわからないけど今のはいけなかった、……のか?
そのまま窓枠ちゃんは「耳にまだ違和感が……」と難しそうな顔をした(これも脳内メモリに保管した)。
「わざわざ2オクターブも上げなくていいよ……」
「僕にそんな特技が!?」
女声並み!
ソプラノ!?
そして、これ、どう活用すればいいんだ!?
襲われそうになったときに『きゃー!』……いや、自分で撃退できるだろ。少なくとも普通の人ぐらいなら。
「それよりも、別に〝色採〟になったからって全部が全部きょーぼーじゃないんだし」
「って言ったって……普通、力を手に入れた『人』ってのはそういう傾向があるもんだろ」
「まあ、そうだけどね。でもそこで重要になってくる事実があって、〝色採〟ってのは、限界があるんだよ」
「限界……?」
「そう。下限と、上限」
下限と上限。
底辺と、天井。
「面白いことに下もあるんだよ。だけど、今それは関係ないけどね」
「で、上限っていう言葉だけど……例えば僕がどれだけ『食っても』、それで強化できるスペックには限界があるってことでいいのか?」
他に当てはまるとすれば、『食える』数に上限がある、ぐらいだろう。
「そうそう。ダブル定額」
「まさかの単語で解説が簡単に!?」
思わぬ単語が飛び出してきたのでついに突っ込んでしまった。
「だから、きみが最初に会ったあの〝形取り〟は、言っちゃえば迎え酒の酔いを迎え酒で治していたようなものなんだよ」
「高揚感だけを得る、ってところか」
となると、クスリみたいなものか。
まあ、わかってて手を出すものじゃあないよな……。
「じゃあ普通の〝色採〟はどうしてるんだ?」
「さあね。どうなんだろう。千差万別してるって言えば、納得してくれる?」
「僕は窓枠ちゃんの言うことは何でも信じるよ♪」
「ありがとね~♪」
「どういたしまして~♪」
……とまあ、あとはこんな感じのぐだぐだトークで長らくくっちゃべったために、晩飯に呼ばれるまでいたいけな少女を自宅幽閉していたという経歴を持ってしまうことになったのだった。
正確には、ロリコンというか、年下に異様に甘いだけなんだけど、まあそれは他人が決めることなので皆さんは『統那』だろうが『四手統那』だろうが好きにお呼びになってください。
ではまた明日。