門前アンチパシー
嫌いなものは嫌い。
心理ってそういうものらしい。
それからしばらくして家の前に着くと、見知った人物がいた。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」
夜天浪雅だった。
……煙たいことこの上ない。もしも僕という装置に火災警報機が備わっていたら即座に『火事です、火事です』と喚いているところだ。それぐらいには僕は嫌煙して、敬遠している。
補足しておけば、浪雅は煙草を吸わない。
「一体何の用だ夜天浪雅」
「つれないじゃないか四手統那。折角おとなのおねえさんが通りがかりに嫌がらせをしてやろうと画策していたのに」
あれって結局はポケモンバトルを挑んでくるからなんだか歓迎していいのやらいけないのやら。
「だから僕はおまえが嫌いで嫌なんだよ!」
また、『嫌』の字を二回繰り返したことに大した意味はない。
「何分最近出演していないなあと思ってな」
「僕の父親なんかまだ一回も出ていないんだけどなあ!」
少しは見習え(いや、何をだよ)!
「ははは。四手父親は出演しないことになった」
「え……マジで!?」
僕の地の文でしかその存在を表現できないのか!?
それはそれで難儀な展開になったな……。
「四手の父親、萌葱さんには何を隠そう私もお世話になっているのだよ。肉体的に」
「肉体的に!?」
あの野郎何してんだよ!?
家族にぶっ飛ばされたいのか!?
「ええい教えろ! あの野郎おまえに何しやがった!? 事と次第によっては僕は家庭を守る!」
主に母親――といってもマザコンじゃなくて、それ以外の家庭環境に複雑な感情を持っているというか……ん? これってファミコン(略さず言えばファミリーコンプレックス)か?
「君のその口振りでは逆に家庭を壊しかねないが」
「大丈夫だ! あいつだけを切り離してみんなハッピーハッピー――どはっ!?」
興奮していた僕の頭の後ろをどつかれた。この場で唯一の良心とも言える存在、朱夏によって。
「おおぉぉぉ……」とうめきながら僕は憐憫をさそうように目を潤ませ(たつもりで)、後ろを向いた。
「そんな口車に乗せられるんじゃない。もっとぴっかりしないと」
「ぴ、ぴっかり?」
発光ダイオードかよ。
「ははは。奇異にも彼女ができたか」
「奇異とか言うな! そして笑うな!」
「ふはははははは!」
「高笑いするな!」
「いや、失礼。君と言うつもりが奇異なことに奇異となってしまった」
「…………」
多角的に面倒くさい。
それとその知的に見える話し方は(僕の)誤解を招くからやめてほしい(絶対、こいつ本当はバカだって)。
「っていうか彼女とかじゃないし……」
「ほうほう。友達未満、恋人以上か」
「条件付き二次不等式か!?」
えっくすにじょうまいなすにえっくすまいなすさんだいなりいこーるぜろ、えっくすのっといこーるまいなすいち。
いや、『友達の境界』が−1というわけじゃないんだけど……。
「え……ふ、ふとうしき?」
「そこからかよ!」
僕の数学は所詮高校レベルだぞ!? 大卒のおまえが何故できないんだ! と大卒に過剰なる期待をかける僕。
「人間の頭は不要な事は忘れるようにできているのだからこれは仕方ないんだ。うん、仕方がない」
「僕にはおまえがどうしようもない奴に見えてきた……」
名探偵コナンとかの推理についていけない頭なんだろうな、こいつ。
数学ができない奴は論理的思考が上手く働いていないのと同じだからな……(ここになぜ数学を学ぶのかという問いに対する答えの一つがあると僕は思う)。
「というか、僕の突っ込みに反応できないならそんなボケかますなよ」
「いやしかし私はだな、ここで友情と愛情がどうして上下関係にあるのかということを論じたかったのだが……予想外に四手統那という人間が理系だったものでな。少々戸惑ってしまったのだ」
友情と愛情の優劣ぐらい電撃文庫のラインナップを見ればわかるだろ!
徹底して異性の関係の方が優先されてる。
「そうか? ああ、確かに友情がない作品はあっても愛情というか萌えがない作品は無いな」
「そうだ。ライトノベルの必要条件とも言える」
……のかどうか、ちょっと揺らぐけど。
「しかしだ四手。私には必要条件と十分条件の違いがわからないのだが……」
「おまえ徹底的に数学嫌いだな!」
ベン図とか言ってもどうせこいつには伝わらない気がする。
習っているはずなのになあ……。
「おいおい、ベン図のことならさすがに私も知っているぞ。あれは良い車だよな」
「それはベンツだ! 普通なボケをかますな!」
便座とか言わないだけまだマシだけど!
「成程な……ところで便座というのは、星座の一種なのか?」
「おまえのその場しのぎのようなエキセントリックな発想に僕は匙を投げる!」
ぽーい、と。それはもう軽く。
そんなもんが第八九の星座に数えられてたまるか! 汚れてしまう!
「星座と言えば有名なのは……やっぱ、あれだな。……えーと、なんだっけ?」
「黄道十二宮を除いて考えればおそらくおまえが言いたいのは北斗七星、つまり大熊座の事を言いたいんだろうなあと乱暴に推測したけど当たっているのか? ぁあん!?」
「はっはっは。そんなに怒るとバカになるぞ」
全くもって説得力無し!
こいつのあまりの頭の悪さにこのままでは僕はヤンキーに進化してしまうかもしれない。
……ついでに言えば北斗の意味するところは『北のひしゃく』と言う意味で、一体何がかっこいいのか僕にはさっぱりわからない。
自分の名前に『斗』がついていたら僕は泣いている。『僕、将来ひしゃくになるんだ……それで神社で参拝客の口を濯ぐんだ……ほとんどのお客さんが間違って水を飲むんだけど僕は負けない……!』……どんな子供だよ。嫌だよこんなやつ。
まあ、十歩ぐらい譲って北斗七星のように方位や時刻を知らせ、みんなの指針となって輝くように――と願いを込めて北斗と名付けられたのなら僕は受け入れられそうだ。そんな事もわからずに『〜斗』と名付けるようならきっとそれは世紀末に毒されている。
……ゴホン。
とにかく、子供にひしゃくと名付ける覚悟があれば、それは自由だ(念のために言っておくと、僕は当て字の概念を知らない訳じゃない)。
僕は統那で良かった。
「そうそう私の場合はだな、雅な放浪と解釈できるのだが……親はどういう気持ちを込めたのだろうな」
「大自然の浪のように優雅であれ、ってところなんだろうなあ!」
個人的にはなんとも抽象的でいい感じです。
「…………そうなのか!?」
「気付くの遅え!」
今更ながら、僕のブレーカーがいくつか落ちた。
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その後僕は浪雅に何度と無く失望して、やっと家に帰ることができた。
そして、
「やっ、僕の息子」
浪雅てめえ嘘つきやがったな。
というわけで、
僕の父親・四手萌葱、登場。
基本的に統那は年上に対してドライです。長幼の序、年功序列なんてのは考慮に入っていません。
つーか浪雅、書きやすっ。
それではまた明日。