邪険インクエスト
おおざととこざとへんが並んだ。
被服室。
決して罪を『被』っている囚人『服』を着た人の部屋では無い、なんて。
「にゃー、悪いね四手統那サマサマー。あたしが呼び出したばかりに……」
「様様と言われて一向にいい気にならないのは何故だろうな!?」
勿論そこに尊敬の念が籠もっているかどうかと言えば微妙だし、何よりそれを言っているのが不知火筑紫だったからだろう、けなされている気しかしない。
まあ、それはそれとして鬱憤を山積させておいて、いつものように会話が続く。
おっとその前に、
僕こと四手統那は惰性的な流れでその被服室にいた。
目的はと言えば筑紫の活動している部活動の一環で、筑紫は僕と言うより、僕の着ている制服に用事があるらしい。
その理由が、
テーマ:制服をぎりぎりまで改造しよう!
……ぎりぎりって何だ?
気にするあまりにそのことが口をついて出た途端、敗北よりも惨めなことが待ち受けているだろうから、僕はその思考には触れず、話題を変えた。
「……そう言えばいつものはどうした?」
「にょ? いつものとは何ぞや? 何時もと言えば今は何時何分何秒で、地球が何回回ったとき?」
とぼけるな。あと、いつかも触れたかもしれないが、地球は自転と公転をしていてそれのどちらをもって回っているとするのか、あとこの『回る』という表現からは実は天動説と地動説のせめぎ合いの結果地動説が勝った影響が現れていてもし天動説が認められているなら『宇宙が何回回ったとき?』と言わなければいけなくて、もしも宗教的な理由で天動説(科学的な意味ではなく)を信じているなら間違っても『地球が何回回ったとき』など言ってはいけない気がする、そして実際に回った回数を数える方法だが、初期の太陽系は土星の輪っかの様に太陽の位置の周りで高温の小さな惑星(なんだろう、マグマの塊、的なイメージ?)が展開されていてそれらの衝突・融合で段々と規模の大きな惑星になりやがて地球になったという話を聞いたことがあるけど、それを信じるならそもそもの数えるタイミングが見つからない……ビックバンから生命の誕生まで、どこからが地球の始まりなんだろうか? そしてこの課題では46億という十桁の数字の最後の一桁を求めなければいけないわけだが有効数字という考え方から科学的にそれは意味があるのか――という課題が『地球が何回〜』という台詞から見えたことにビックリしたよ!
……ゴホン。
僕の思考、飛びすぎ。
振り出しに戻る。
で、何を話していたんだっけ……そうだ、筑紫がいつもと違うんだ。
「いつも僕の名前をいじくるじゃないか」
「じゃあ西手くん」
「微妙に増えてる!」
読みがなも、画数も。
なんというやつだ。
「銃那くん」
「紡錘でもして出来た製品を売ったのか!?」
糸が金に変わった!
刀が銃に!
やべえ! かっけえ!
銃那と書いてガンナー(gunner)!
いけるかもしれない!
……ゴホン。
「ていうか単なる誤植だろ!」
「じゃあトヌーとかトネー、トノーって言ってみるかい?」
「トナーとトニーで既に二十分だ!」
何で五段活用させなきゃいけないんだよ。
個人的にはトノーは(ツッコミの観点から)許容範囲。
「トナーとトニ……おっ……」
「何か思いついたのか?」
「トナト」
「ロクなもんじゃなかった!」
トマトみたいだ。
四手トメイトウ。
「トナルド」
「なんだか惜しい!」
ドナルド、と言われて思いつくメジャーな二つの内、どっちを思い浮かべるんだろうか。僕はアヒルじゃない方が先だった。
ランランルー。
……いつまで経っても僕はこいつが何をしたいのかわからない。
「ネタがねえんだよもー!」
「何!? そうだったのか!」
それでもまあ、よくもここまで僕の名前をいじれたもんだ。
個人的にはシデンが一番気に入っている。
かっこいい。それだけ。
採寸を一通り終えて(ところで男ってバスト測る必要あったっけ?)雑談を交わしていると(他の部員も勝手に話し合っている。どうやらここの人達は筑紫という毒を克服しているか既に致死量を上回っているらしい)誰かが部屋に入ってきた。
「…………」
引き戸を開いたまま手で止めて、引き込みそうなぐらいに暗い目で部屋を見渡す――途中で僕に目線を止め、こちらに歩いてきた。
「……四手統那」
……番鳥優子。
だった。
僕の知りうる範囲で彼女についてプロファイリングすると、三年生、調理部、口数少ない、陰湿、黒髪ロング(手を付けずに伸ばしっぱなしな印象)。そんな言葉が当てはまる。
そして、ついでのように言うが、激しい感情を殺したかのようにものを見る目や、触れたらふっと消えてしまいそうな肌(触ったことはないけど)、儚さを含んだような綺麗さを持っている(好きとか云々ではなく)。
僕の目の前にいるのはそんな、少なくとも僕にとっては厄介な要素の塊なのだが、一番厄介なのはそこではなく――
僕はいつものように相対し、応対する。
「何時何故何処で何で僕がここにいることを知った?」
「そんな事は全く関係ない」
お互いに淡泊なやり取りだった。
僕達は、これでいい。
「何時何故何処で何で僕に用事ができた?」
「特に」
「別に、の変化形をここで使われても僕はおまえのことを絶対に何とも思わない」
ちなみに僕は芸能人を『見かけない』タイプの人間だ。
そんな僕に、番鳥は言葉少なに、
「そう」
「そうだ」
ここで、何もない間が少し。
「最近何かあった?」
「……おまえに言うことは何もないな」
というかおまえが何を言いたいんだ?
「そう」
「そうだ」
間が少し。
「私に言わないことなら、あるの?」
「僕はそんな詭弁には乗らない。この一ヶ月、僕に振り返るべき事は何もない」
「そう」
「そうだ」
「…………」
「…………」
何もない間が少しいつもより長め。
「ところで調理部に入る気は?」
「ない」
「無理矢理脅されて入る気は?」
「無理に対して道理で挑むのが僕の主義だ。つまりそんな脅しをやるような悪の組織に入る気はないということだ」
「そう」
「そうだ」
間が少し。
「君の食材を捌くテクニックだけは世界を狙うどころか越えているけど」
「実際に僕の調理風景を見ていないでよくそんなことが断言できるな」
「もし本当に大したことがなかったら学校の噂になっていないけど」
「……そうなのか?」
「そう」
調理実習の時の僕ってそんな風に見られてたのか……?
もしかしたらこの間の失敗はクラス中が驚いていたのかも……いや、その考え方は自意識過剰か。ミスなんて誰にでもある。
……いかんいかん、何でこいつが騙そうとしている可能性を考えていないんだ。
「さらに最近聞くところによると獅子島朱夏という君と同じクラスの女子も火の扱いが巧いと評判」
「ちょっと待て、おまえの歯牙は朱夏にもかかっているのか?」
「…………」
少なからざる僕の動揺に、逆にびっくりした表情を見せた番鳥。
「有益な情報を入手」
「どう考えても無益だとしか思えない」
「そう」
「そうだ」
「……そうかもしれない」
「……?」
「今回の本題とは関係ないから」
ますますわからない。
こいつに本題とかあったのか(今更だが先輩に向かってなんという言い種だ)。
「それも済んだ。とりあえず」
「とりあえず……?」
変な文法で締めて、番鳥はそのまま部屋から出ていった。
……すげー苦手だ。
少々目に毒ですがご了承下さい(背景の色のことです)。
というか無口キャラってこんなんだっけ? 書きづらい……。
…………………………三点リーダばっかり使ってる気が。
さあ! 制服は改造されてしまうのか!?
また明日!