序章モータル
モーグルじゃない(だからどうした)。
番鳥優子という僕の最も苦手だと言えるこの人物のことをここで話すからには、この章は間違いなく佳境への架橋となるはずだ。
それは戦いの連続の幕開けという意味でもあるし、僕の人間関係が切羽詰まってきているという事でもある。と、そんな風に言ってみたところで僕を中心に物語が進んでいる訳ではない。むしろ僕を置き去りにしかねない勢いで周りがどんどんと僕を引き摺っている様に感じられるのだ。
最初から巻き込まれてそれからずっと巻き込まれ続けているのではないかと思いたいぐらい、めまぐるしく僕の周りは動いている。渦潮に飲まれているのに未だ中心、奥底にたどり着かない。
巻き込まれ続ける……というのがもしかしたら僕に限らず何か、誰かと関係を持つものの宿命なのだろうか――と言ってしまえれば簡単なのだけれど、宿命という言葉は僕という存在にはあまりにも残酷でしかないのだからそうもいかない。要するに僕の選択肢はあらかじめ狭められているという事だ。
さて、話が逸れそうなのでさっさと番鳥優子の説明に戻らせて貰う。
彼女はとにかく僕の範囲をほぼすっかり覆いきっていて、それはきっと僕を殺すには十分だったのかもしれない。
だけど僕はそれでは死ななかった。それは僕の恩人以上の存在である不知火筑紫のおかげかもしれないし、僕の幼馴染みの獅子島朱夏のせいだったのかもしれない。いや、もしかしたら『あいつ』の存在が一番大きかったのかもしれない。しかし僕に降り懸かる問題はそれだけではない。
命彩。
ふと現れた異なる世界の住人の呼称。
少なくとも普通の人ではなく、色採とは段違いの強さを誇っている。……誇っているが、彼らはどこかで決定的にこちら側と違っている存在だった。何というか、端的に言えば、梃子でも動かない変梃、というか、哲学的な変哲というか……いや、その辺の表現は難しい(何しろダジャレ優先だ)。申し訳ないことに僕の語彙ではそれがどうおかしいのかは説明できない。何となく覚える違和感の塊、ぐらいにしか語れない。エキセントリックの集まり、というのがかろうじてできる説明だろうか。とにかく僕の目に奇異として映ったことは間違いない。
それと、後から思えば彼らは何かと戦っているようだった。何か……僕達ではない何かと、まるで僕達の向こうを見ているような戦い方だった。そう、彼らの眼中にはなんと僕らは存在していなかったのだ。僕達は通過点でしかなかったようなのだ。
まあ、そういう意味では彼らは戦いやすかったと言える。
そしてそういう意味では番鳥優子は僕の最高最悪の苦手なのだろう。
だがしかし、変であるとはいえスケールという点においてはどうしても命彩の方が格上で、客観的な事象のレベルとしてはどうしても色採を上回ってしまい、周りからの見た目には命彩――沖陽菜野――の方が強く映る。
だけどそれはやっぱり一般論で、僕個人の受ける衝撃としては、番鳥優子はそれに劣らず、それどころか勝っているようでさえあった。それだけ僕に対するものが凄絶だったのだろう。
狂っている。
そこに気づけなかった僕はかなり致命的とも言える。反省すべき点とも後悔しなければならない欠陥だとも言えそうだ。しかし古今東西何度も繰り返し言われるように、後悔は先に立たず、反省ですら過去にはまるで意味をなさないのだから厄介この上ない。しかしそこら辺が古今東西様々な物語を盛り上げるということをさすがの僕も承知しているのでそれをこれ以上とやかく言うつもりは無い。
少し話が逸れた。
番鳥優子という存在はある意味死神のようだとも言える。『ようだ』とは言ってもそれは決して比喩ではなくて、その存在の一側面において番鳥優子は完全無欠の死神で、誰かの命を刈り取る事にかけては比類無き強度を持っていた。しかしそうは言っても、それは『死ぬべきもの』に対してという前提があってこそのもので、決して核弾頭のような広範囲を無差別に焼き尽くし電子や中性子を超高速でばらまくものではない(そっちの方が圧倒的に恐ろしい)。正確には、運が悪ければ死ぬぐらいの一種生易しいもので、真の意味での確率現象を具体化したようなやつだ。
死ぬべき奴は死ぬし、死なないやつは絶対に死なない。
ただ、審判を下すという――一種、裁判のような――状況だけは番鳥優子の任意で現れる。そんな訳で番鳥優子は決して意味もなく、忌みもなく死神を名乗ってはいないのだ、と今は思える。まあ現在進行形の僕からすればこんな話は当前……ゴホン。当然の事ながら知る由もないので番鳥優子の正体はこの後に知ることになるのだが。
まあ詰まるところの詰まらない話、僕はこの二人の魔の手から逃れる為に戦う訳だが、それもこれも巻き込まれた結果だと言わざるを得ない。僕は何も働きかけていないはずだ。
かといって僕が何も悪くなかったというわけではなく、むしろ僕が――少なくとも番鳥優子に関しては――悪かったと言わないといけないのだろう。これはそういう問題だ。原因では僕は関わっていないのに、途中経過で僕が壊してしまったようなものだ。巻き込まれているだけのはずなのに、だ。
さてそんな風にして一人の人間の人生を死に誘うようにして狂わせてしまった僕だが、その結果として特に何も起こっていないのだから、一体僕は何をしたかったのだろうかと頭を抱えて考えたくなってしまうが、やはり特に何もしたくはなかったのだろう。
まあ、今回の事件は僕がどうこうしようとも、元から不可避だったのかもしれない。ただ、もっと上手く立ち回っていられたのではないかということを、思わなくはない。しかしそんなものは思うだけ無駄で、その理由はただ単に、哀れな羊のような僕にはどうしたって逃れられない柵があって、それは運命などというありもしないものではなく、徹底的な人為でしかなかったというだけのことだ。
その僕自身のアイデンティティに関わる事に僕の意志が介入できない以上、僕にはどうしようもない事なのだから、これを僕がどうこう言ってもただの不平不満にしかならない――いや、そうとも言い切れない(この僕に限って切れない事があるとは)。究極的には僕はずっと昔の段階で残りの人生の重要な分岐点を粗方処理してしまっていたのかもしれない、と思う。例えば許嫁が既に決まっている小学生のような人生の選択肢の限定を、だ。
まあ、そう進めた場合の結論は僕の物語は最初から消化試合のようなものだった、ということだろう。
そして僕は、ああ……ここでこんな事語るんじゃなかったなあ。なんて後悔してみたりするのだ。
まあそんな訳で、今回も始めよう。
死神って書いて『しにがみ』って読むけど、元々あるべき書きの『死に神』、から『に』を遠ざけるのはいささかなものかと(つまりどうでもいいと思っている)。
また明日。