終章ディプライブ
さり気なさの欠片も無く『第四章』と『D(アルファベットの4番目)』を掛けていた。
しゅばっ、と。
なんだか前回の話でキメた僕はと言えば、
(………………るゑゐん????)
わからなくなっていた。
無意識にやってのけたけど、その無意識にやったことが何なのか、わからない。
そう、わからない。
そもそも僕が考えた〝連続殺人〟に、『あんな機能』は、無い。ただの連続技だ。
無いんだ。
多分、これは忘れた事じゃないんだけど、本能的なところで自覚しなきゃいけない気がする。
……。
…………はあ。後で考えよう。
「ふぅ……終わってたらいいなあ……」
「…………」
いきなり脱力した僕に向かって朱夏は驚いたらいいのか責めればいいのか悩んでいるようだったので、その点を加味して僕の方から話しかけることにする。
「いや、ホントびっくりしたって。まさかいきなり僕があんな技を即席でできるとは思わなかったし――」
しかし、答えたのは朱夏ではなかった。
「そうよなぁ。まさかこの俺に気付かれずに俺を八つ裂きにするとはなぁ。俺もびっくりよ」
ぎくり、と。そういう擬態語が似合いそうな素振りで僕が振り向くと、何一つ欠ける事なく、小間険静は変わらぬ姿、五体満足で立っていた。
「おまえ……」
「ああ、その凄い技のお礼に豆知識を教えとくわ。俺は〝色採〟じゃあ無いのよ」
色採じゃあ、ない? 『この空間』で存在できるのは色採だけではないのか?
わからない――のはこの瞬間だけだった。
「何だと……?」
「〝命彩〟っつーんだわ」
ここで新単語が出てきた――とか言っている場合じゃない。
雰囲気が違うものになった。
相手が尚更ふざけるのをやめていた。
成程、格が違うというのも頷ける。大人と子供ぐらいの差は、あった。
初めから一方的な関係だったのかもしれない。
「そこで寝っ転がってる少年の言う通り、おまえ等〝色採〟とは違って、普通の威力を持った攻撃では、簡単には死なない。少なくとも土砂崩れ程度では、生き残る」
何かを言っている。
「しかし我らの戦いもまた『同族で殺し合う』事が真実なのだから、我らの攻撃手段が我ら自身を殺せないと矛盾が生じる。つまり我らの攻撃は全く別の法則で我らを殺しているのだ」
明らかにかけ離れた事を、言っている。
「人から発展する〝色採〟程度の法則では殺せないから、我らが我ら自身を殺す方法というのが、よく言われる魔法という言葉で表されるものだ」
深淵のような冥い底から腹の底に響くような声で、言っている。
「だが、なれば全ての命彩が魔法を使えるのかと言えばそうではなく、本当の魔法使いは多くない。大体が疑似的に一つの分野に特化して魔法の一部を再現しているに過ぎない。そう、つまり俺はいわば様々な魔法の分野に手を出す、拳法使いと言ったところだ」
さして自分を誇るようでもなく、淡々と、滔々と語っている。
「まあだから所作のそれぞれに拳を交えているのだが……そこはいい」
「それを、僕達に言ってどうするんだ」
「必要最低限の、只の啓蒙だ」
これ以上余計な事をするつもりはないのだと、言っていた。
ざっ、と歩く。
「なに、を……」
「決まっている。一番危険な因子を回収する」
誰に、と思ったら、なんと小間は僕の方に向かっていた。
歩みも間違いなく僕に近付いている。言葉にすればこそ単純なものだったが『目に見える』圧力が、逃げる事すら許さなかった。
素早さとかタイミングとか思い切りとか、そんな要素を握り潰された感覚だった。
勇気と知恵だけで切り抜けられるような状況じゃない。
そんなのを看過するほど俺は甘くないとでも言いたそうに僕を見据えている。
逃げる事がそのまま生から逃げる事に繋がってしまうような、理不尽さを感じた。僕は今更ながら、ようやく雰囲気で実力差を実感し、手を抜かれていた事を確信した。
きっともう、敵いっこない。
「だめっ!」
朱夏が叫んで火を放つが、決して炎ではない威力だったし、小間はもうそんなものをものともしない。
物々しい足取りは、崩れない。
打葉の重厚な動きとは対照的に、まるで閃光を発しているかのように速い動きの手で、火を叩いて弾いた。
「やはり燃料が尽きていたか……もう『保護』も必要ないな」
僕の眼前に、立ちはだかった。
頭を掴もうと、伸ばしたその手を――――
「〝手〟」
音もなく、見えない圧力が小間の形を押し潰した。
「う、打葉……」
「悪いな。寝ていた」
打葉はそのまま小間の方を油断無く見た。そっちでは小間の体が崩れた砂山の映像を逆戻ししたみたいに組み上がっていった。
……人間じゃない。
不躾にも僕はそんなことを呟いていた。
「ふん、ならばこの場にいる者の中に人間と言える存在は全くいないことになるが」
「……今のは失言だった。ごめん」
「何を敵相手に謝っている。そんな感傷は遊びの時だけ感じておくものだ」
謝ったのは小間に対してではないんだけど……。
再び、僕の視界を覆う。
「俺の今の回復について多少なりの解説を加えてやるとだな、『特定の殺害方法に対する回復魔法』を事前にかけてある。回数制限こそあるが、その回復力に制限はない」
今度こそ、今度こそ。
小間の言うところの『回収』をされてしまう。
そう思った。
だけど、運命――僕は信じないけど――は僕に味方しない。
望まない最善を実現した。
思わぬ方向、横合いから殴られた。
そいつは、僕が女だったら感嘆のため息をつくような整った顔立ちだった。眼鏡が無意味に効果的に光ったりする錯覚が見えることもある。僕よりも高いその背は理知的な雰囲気に逆らい、しっかりとした体格を持ち、簡単に僕を吹っ飛ばした。
麻倉打葉だった。
「こういうパターン、よくあるよな」
「…………」
小間は僕達の二束三文芝居を黙って見ていた。
「何だよ……それ」
「最低限のフラグだっただろう」
「知らねえよそんな事! 何をしようとしてるのかわかっているのか!?」
おふざけではなく、僕は声を荒げた。
「青春しているところ悪いが、俺としては究極的にはどちらでもいいんでな、さっさと引き裂くぞ」
「ああ、俺にしといてくれ」
何も気にしていない、と態度で語っていた。
「何言ってんだよ! それが友達の役割だとか思ってるんじゃねえだろうな!? おまえ実は寝惚けてるんじゃないのか!? こんな時間だもんな、そうだよな!」
「ははっ、寝言は盗み聞きして声を殺して抱腹絶倒するもんだぞ?」
「ふざけるな!」
「お前こそふざけてろ!」
「!?」
「考えて結論を出しているのか!? 自分の行動の結果を可能な限り予測しているのか!? 感情に任せた行動が同じ思考速度での計算に勝てると思っているのか!? 俺が全くの打算抜きでこんな行動にでると思うのか!? まさかここにきて美徳や自尊心を持ち出す気じゃあないだろうな!? 言っておくが俺は自己犠牲なんて事をやっているつもりは無い! 総合的に見て俺が『一番被害が少ない』んだ! それを分かれ!」
圧倒されて、僕はそこから何も喋らなかった、というよりは喋れなかった。
一通り言葉を吐き終えた打葉は、僕に背を向けた。
「話は終わったか。行くぞ」
あとは、ただ打葉が、何の抵抗もなく連れ去られるのを見ていることしかできなかった。
殴られたショックで、僕は意識を保っているのが精一杯だった。
****
後に残された僕と朱夏は、無力を噛み締めながら、解けていく封陣を見ていることしかできなかった。
結果として、小間は帰っていったが、その代償はあまりにも大きかった。
…………。
いや、こういうタイミングで後書きをカオスにして良いものかと悩んでいたのですよ。今の三点リーダ×4は。
何はともあれ、第四章終了です。テーマ通りに脈絡の無さを実現できたかどうかはともかく、楽しんでいただけたのでしょうか。作者としてはそこが一番気がかりです。気がかかりっぱなしです。どうしようもなくしょうもない心配性ですね。
まあ予想外に統那を強くするタイミングが早かった感は否めないのですが、やっぱりこの物語はこんなもんだろう、と逆に腹を括っています。割り切って自由に書いてます。
というわけで腹を切らないように気をつけよう、がモットー(期間限定)の作者でした。
それと……
ああ、どなたか親切な方で、感想を寄越してくださる方はいずこに……? と、泣き言を言っても今の世知辛い世の中ではこんな貧弱アクセス数(2万)では感想は来ないのでしょうな。どっかのランキングサイトにでも載せない限り。まあそれ以前に面白いのかどうかわからないことには動きようが無いのですが(正直言って、ランキングに載せるほど面白いとはとても思えない)。
カオスはカオスでも、滲み出る作者の混沌とした暗澹たる気持ちをコーラで薄めたような後書きになってしまいました。すいません。誤ってました。謝ります。
また来月。