一軒家イラプション
イラプション≠噴火(eruption)
……ひねた作者ですいません。
勝手な侵入者、片那に逃げられて僕と朱夏は取り残された。
「どうすんだ、この状況……」
「おにぃって……ぷっ」
「そこか!?」
「だって子供っぽい……っ」
確かに恥ずかしい呼び名ではあるが!
……恥ずかしい。
「とうくん! 二人で降りて来なさい!」
階下から母親の声が響いた。しかも追爆してきた。
「はいはい分かったから今降りるから!」
「とうくん……ぷっ」
「笑うな!」
やりにくい。
****
何故か、母親・せせらぎは朱夏をにこにこ顔で僕たちを――いや朱夏を、迎えた。僕のことは気に留めていない。
「折角うちに来ていたのに大したおもてなしも出来なくてごめんなさいねえ」
と言いつつほうじ茶から賞味期限が当日の大福まできっちり用意しているのは僕にとって神業としか思えなかった。
片那は母さんの隣に座って幸せそうに大福を頬張っている。
ということは、僕と朱夏がテーブルの一辺を二人占めしていて、
「…………」
いつもの空間に別人がいるだけで僕はなんだか変な居心地だった。
……やっぱりやりづらい。
「別に……そんな気にしなくてもいいです」
これまた何故か、朱夏はやりにくそうだった。
****
僕の頭に残らないような内容の雑談の中、
「それにしても……もうそんな年頃なのね」
そんなお決まりの台詞を言った僕の母。
……母さんは、何かを誤解していた。
「いや、違……」
僕の弁解が展開されようとしたところで母さんは部屋の時計を見た。
「ああ、そうね、時間も丁度良いし、今日はうちで夕食、食べていきなさいな」
まだ五時にもなっていないけど、きっと何か思惑――それも僕にとって、よからぬ種類の思惑があるのだろう。
全くの誤解だった。
「いや、家でもう人数分のが用意されていると思うので、折角ですけど……」
「うーん、残念ね」
朱夏は冷静で、丁重だった。
……らしくもない。
さっきはやりづらかったが、これはそれよりも、なんというか――出過ぎた真似というか……いや、そんな資格はないだろう。
と、そんな僕の心情はさておき、しばらく雑談をして過ごしていると、おもむろに母さんは立ち上がり、片那と二人で僕と朱夏を元いた場所へと押し出し始めた。
「さあさあ後は若いお二人で」
「だから何でそうなって……」
「おふたりでー」
「良い子はそんなこと言わない!」
「…………」
朱夏、もう少し何か否定の言葉を喋ってくれ!
あまりの、物理的でない勢いに僕は大した抵抗も出来ず、階段にぶつかるわけにもいかないので押されるがままに上っていった。
ちなみに僕は片那に押され、朱夏は母さんに押されていた。
それで、再び僕の部屋に戻ってきた訳なのだが……、
「えー、と……」
「…………」
気まずい!
何が気まずいって、家族の二人にこの状況を認知されている中で同年代の女子を自分の部屋に入れているのが気まずい!
「今日はいい天気だな」
「そうだね」
あれ!? あの万能の切り出しで行ったのに、晴れだったのに終了した!? ……ああ、僕が続けないせいだった。しかも午後にさしかかって今更感のある話題だったことに気づいた。
床に座して向かい合う僕と朱夏。
一方的に仕組まれたお見合いみたいな光景……か? もちろん僕は実際にやったことないから想像がつかないけれど、朱夏から拒絶の雰囲気が感じ取れる。気がする。
「…………」
「…………」
……もしや今のは話題選択を間違ったのか!?
新たに僕が話題を(具体的には『綺麗だけど化粧でもしてんの?』的な事を)持ち出そうとしていたところに被せるようにして朱夏が口を開いた。
「ずいぶんときれ――」
「今日私がここに来たのは――って何か言った?」
「い、いや……焦るほどの事じゃない」
焦ってるのは僕だった。何だこの浮ついたふわふわは。
そんな哀れな僕の弁解を汲んでくれたのか無視したのか、朱夏は続けた。
「……今日来たのは、昨日の事があったから、っていうのは分かってる?」
「あ、ああ。勿論。僕にはその程度の事お見落としさ」
「…………」
お見通し、の言い間違いは通用しなかったようで、しかも、案外ズバリ、僕の状態そのものだった。
やはり、僕はボケに向いていないのだろうか……。
ストレス溜まりそうだな……ああ、今の内に発散する方法でも考えておくべきなのかな……。
それより、今はこっちの話だよな。
「とにかく、そういう話なら、ちょっと待っててくれ」
「?」
小首を傾げる朱夏を尻目に僕は扉を開けた。
気圧の変化で窓が鳴るのが聞こえる。
「やっぱり……」
「や、やっぴー、おにぃ」
そこにいた我が愛すべきホイコーロー……いや、居候(僕は馬鹿か?)を見て、思わず溜め息が出る。
「帰れ、自分の部屋に」
「しゅん……」
罪悪感に責められながらも僕は年長者の厳しさでもって片那という張り込みを排除した。
しかも『しゅん……』って。自分で言うやつ初めて見たぞ。さらにその前の『やっぴー』。挨拶じゃないだろ、それ。
ドアを閉め、元の場所に戻ろうと振り返る。
「全く……プライバシーに関してあいつはホントに油断ならない……」
話す言葉もそうだが一体どういった理由でこういう事が出来るのか。全く遺憾だ――
「……あっ!?」
――と、どうしてこうなのか、僕はたまに何もないところでこける程度にはドジらしく(小学校の一時期、筑紫に『どじっこだ〜どじっこ〜とうな〜』といじめ……なじられたものだ)、それがこのタイミングで起こった。
さらに悪いことに、一歩、二歩とよろけながらとある距離を稼いでしまった。
朱夏までの距離。
物理的、彼我の差。
既に僕の角度は四十五度を突破していた。超前傾姿勢。縮地は……出来そうもない。
いや、そんなことより。これはやばい……世に言う『押した押す』……というヤヴァンな状況ではなかろうか。
だとしたら、僕は有象無象の○○犬というレッテルをこの朱夏サンにはっつけられるのか。
いやだ! 僕の輝かしい過去が穢れる! 現在も、未来も! ……全部じゃないか!
しかし、そんな僕の間抜けな予測は杞憂に終わった。
こちらに向いた朱夏の目が見開かれ、その凛とした目に僕は不覚にも気を取られたが、それも一瞬。
「……!」
朱夏はそのまま僕の胸ぐらを掴んで、勢いを後ろに流し、
「え、うわっ!」
片足を僕の下腹部に当てて、軽やかに丸く、後転した。
「ていっ!」
「うがふっ!?」
結果、巴投げした朱夏と、巴投げされた僕の出来上がり。
押入れの戸にぶつかった踵が妙に、絶妙に痛い。
「いきなり何するの? びっくりした……」
「僕の方がびっくりしたんだけど……」
なんて奴だ獅子島朱夏。僕が名付け親だったら大河と名付けているところだ。……究極のネコ科生物かよ。
と、仰向けになっている僕が上の方……つまり朱夏の足下の方の向こうを見ると、ドアが開いていた。
その陰から覗く頭が二つ。
何のことはない、母さんと居候、せせらぎと片那だった。
「あらあら、とうくん楽しそうね」
「おにぃ、かっこわるい……」
大人の解釈と子供の解釈の二つ。
僕を観測した結果は絶対に一つ、ではないらしい。
「それじゃあかたちゃん、邪魔しちゃ悪いから私達は下に降りてましょうね」
「じゃあねー、おにぃ」
それだけ言って、ドアを閉められた。
「え、待っ……」
僕は誤解を解かないといけないのにそこで立ち去られるのか!? そうは問屋が卸さないぜ!
だが、朱夏がしゃがんできて手のひらで僕の口を塞いだ。
「……むがっ!?」
……柔らかい、というかあったかい。それに何だこの香りは。噂のラベンダーだろうか。
不幸にもアロマの何たるかを知らない僕に、これは永久の謎としてのしかかることになった。
そもそもこの手はどういう意図で。まさか……、
「しっ。他人に聞かれないならその方が都合がいいから」
「…………」
……僕は何か変な思考を働かせていたらしい。
かなり反省。つまり、猛省。
そうでないと真面目に事を考えている朱夏に失礼な気がしたのだ。僕なりに。
足音が遠ざかると朱夏の手があっさりと口から離れた。
……ぜ、全然惜しくないぞ? 本当だ。だって無実だろう?
僕は起き上がって、そのまま腰を据え、気持ちを切り替え……て、朱夏の話を聞くことにした。