小康ディフィート
本当は家康ディフィートとかしてみたかった。
昼真っ盛りの封陣下。
「〝息吹〟、だな」
迫る小間に対し、打葉は予備動作無しで(予告こそしたけど)、火を吐いた。吹いた。
それらは打葉の至近距離、丁度小間との間の面一杯に目一杯広がり、白熱の光を発し、蒸発した。
それは朱夏の放射とは比べものにならないけど、小間の接近を阻むには十分な効果を発揮した。
小間は「わちゃっ、あっちっ!」と言いながら再び距離を置いた。
「おいおい、子供が火遊びするんじゃないわよ!」
朱夏に山ほど聞かせてやりたい台詞だった。
「おっさんの台詞とは思えないな。それに威力は抑え目だ」
「失礼な。おっさんこれでも猫被ってんのよ」
調子に乗ったダンディという表現がしっくりくる声の小間は、少し焼けたのか酸欠になりかねないぐらいのペースで両手に息を吹きかけていた。
「別にそちらさんの中身に用はないけどな」
「手厳しいねぇ。最近マナーゲームが激化してるせいか?」
……マネーゲームだろうか? このおっさん、スタンスの割に楽しいな――
「しかしまあ、及第点はやれないねぇ」
どっ、と。
後ろから思いっ切り頭をぶん殴られたと気付いた時にはもう手遅れだった。
「俺のそっくりさんには気を付けないと」
僕の意識は落ちた。
****
目が覚めると、保健室の白い天井が見えた。
「四手。そろそろ起きたか?」
「……うん? ああ、打葉先生お久しぶり」
横の椅子に打葉が座っていた。何やら文庫を読んでいて、僕の方を見てもいない。
「そうだな、一時間振りだな。小間険静に不意打ちを喰らって気絶した後『言い忘れてたけど、中途半端な奴だったら事情があって消さなきゃならないんだよねぇ困った事に。色採ってやつは少なすぎるぐらいが丁度良いからなぁ』と言い残し去って行ってからだと五十分振りだな」
「……解説ありがとう」
おかげで思い出す暇も無かった。
「しかしあいつは予想外だったな」
「あいつ?」
小間の事か? それとも僕を後ろから殴った奴だろうか?
「いや、ただのほのめかしだ」
「ふうん。ただのほのめかしか」
「きっとお前が考えもしていない事だ」
「そこまで言うからには僕が追求しちゃいけないことなんだろうな」
気になるけど、舌戦で打葉に勝てる気がしないので元から諦めている。
「まあ、そっちは俺がなんとかする」
……打葉が主人公やった方が良くない? この物語。
「一人称だとお前が最適だろう」
「いや、だったら三人称にすればいいだけで……とにかく、あいつの襲撃のあと、どうなったんだ?」
「今まで気にしていなかったようだから言って置くが封陣での損壊はこっちには影響しないぞ」
「……えっと?」
何のことを言っているんだ?
「ん、違ったか? お前の疑問は学校が壊れていないかどうかだろう」
「僕の思考の先回りは止めて!」
何より読者がついてこれない!
えっと、要するに! 封陣で物が壊れても、現実世界では何も起こらない、ということ。
……まあ、八木との戦いで気付いても良さそうなものだったんだけど、今まであまりにも気にしなさ過ぎだったかもしれない。というか気にしてなかった。
さすがに今回は僕の身近な白昼の学校での出来事だったから、それが壊れていないかぐらいは気になった。
「どうやら『封陣が現実世界を基に形成されている』という仮説が今のところ有力だな」
「…………」
僕が何も考えていないかのように物語が進んでいる。
ゆゆしき事態だ。
「まあそんな事よりもだ、俺達は強くならないと緩やかに殺されかけている状況の方が今は優先して対処すべき事柄だろう」
****
その、帰り。
「トニー君元気かい?」
「ついに外国人になっちまったなあ僕ってやつぁ!」
筑紫に捕まった。
「あたしの事はξと呼んでくれ」
「読めねえよ! なんだよそのニョロニョロ!」
「もしくはΞ」
「漢数字の三……じゃない!? 何だこれ!?」
ちなみに正解は『クシー』、らしい(言うまでもなく筑紫―>クシー、だ)。ギリシャ文字、あんたナニモノだ?
ああ、あと機種によっては三とΞの区別ははっきりついてると思うけど、わからない奴は本当にわかりにくいから。携帯とか特に。
「で、ζさんはトニー君に何の用で?」
「惜っしいなぁートニー君。それは『ゼータ』だ」
「ちっくしょぉぉおおおおおおお!」
似てるなあ! 一回くねっとしないだけで!
ついでに言えば、ν(ニュー)とυ(ユプシロン)とか全然わかんねえ!
「……改めて、ξさんはトニー君に何の用だ?」
「そーそー今日は愛しの朱夏ちゃんを見かけないな~、と思って。トニーなら何か心当たりがあるんでない? 昨日喧嘩したことだし」
『誰の愛しだ』とは突っ込まない。
「見かけないって言っても一日だけだろ。それなら風邪とか誰にでもあるんじゃないのか? 喧嘩して欠席するなら昨日の段階でだろ」
「ノンノンあたしをナメない方がいいぜトニー。『獅子島朱夏のインフルエンザ伝説』を忘れたとは言わせねーよ?」
インフルエンザ伝説……? ……ああ、あったあった。すっかり記憶の海に埋没してた。
当時は第三者的に『ふーん』と感じていたような気がする。
「なんだっけ……確か自分がインフルエンザなのを押して無遅刻無欠席を守ろうとして結局感染者を学校中に広めた結果学校をしばらく閉鎖させた、だったか」
そんでもってインフルエンザが出欠のカウントに入らないっていうのを後から知ったっていう無茶苦茶滅茶苦茶っぷり。
朱夏ってそれぐらいに遅刻と欠席には執念があるんだよな……。
今回それを軽くぶち破るほどの事態が起こったらしいのだけど一体誰が……。
「イェス。だからトニーが関わってるんじゃねえのかいコレっつうあたしの論理展開ローリングしてんだけど了解したかしったか?」
「おまえが何かを考えていそうで何にも考えていないのはわかった!」
そして論理展開ローリングって何だ。
「早く答えねばあたしがここでマッパになる」
「え!? 脱ぐの!? ここで!?」
その論理展開ローリング(この用法で合ってるのか)がわからねえ!
そして! これは少なくとも僕が望むようなシチュエーションではない! 『見たい』という気持ちを否定はしないけど(……あえてしないけど!)、こんなオープンな姿勢で開けっ広げにされるのを喜ぶのとは絶対に同じシチュエーションではない!
「イェス、ウィー、キャン」
「僕にはできないからな!」
一人称複数形で僕を巻き込むな!
……で、
「まずは制服を脱ぎまして……」
「何故スカートから脱ぎ始める!?」
「一番防御力が低いから」
「少し論理的!?」
いや勿論止めるぜ!
最近の禁欲的なまでの年齢制限のためにも!
「止めろ止めろ答えてやる僕の思い当たる節と言えば本当に昨日朱夏と喧嘩したぐらいだから! でもそれを朱夏が気に病むとは思わないし!」
「ふっ、初めからそう言えばいいのだよ」
…………。
何だ、この軽く敗北した感じ。小間にやられたのより悔しいし。
「しかし喧嘩ね~。まあ、ここまで来たらトニー君が誤るしか無いんじゃないん?」
「漢字が誤ってる! あと朱夏は僕のことなんか落ち葉ほども気にしちゃいないだろうけどな!」
正解は勿論『謝る』だ。
「やだなーこんなミス50000とあるよ」
「『ごーぜろぜろぜろぜろ』とか言われても僕は知らないなあ!」
『ごまんとある』って言いたいのはわかるけど……わかるけど、わかりたくない。
「とにかく! 痴情のもつれ――」
「そんなんじゃねえ!」
こいつ誤解してやがるな!? 誤ってるな!?
僕と朱夏が恋人だと思ってやがる! これでは僕が筑紫を好きだって事をわかって貰えないじゃないか! この間「愛してるぜ」と言ったのに!
「およ? すでに性的――」
「うるせぇぇええええええええええええ!」
おまえはこの物語に年齢制限を設けるつもりか!? まあそもそもそれがわからない人に受けるとも思えないけど!
「おおおぅ、イカした怒りようだねー」
「誰のせいだ!」
自分で言うのもなんだがイカレた怒りようの方が近い気がする。
「ちゃーんと、今日中に謝れよー。それがトニー君のせいかどうかはともかく」
「……わかったよ」
結果として、筑紫に諭された僕だった。
まあ、僕と一番長い時間会話をしている家族以外の人の言う事だし、聞いても間違いはないだろう。
前の話の色彩変更忘れてた。おっさんゴメンよ。
暗褐色が見当たらなかったからそれっぽいもので代用。
ダメダメじゃん。
あと、クシーはもしかしたら文系より理系の方が馴染みのある文字かもしれない。




