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灰色のバックソード  作者: Hegira
第四介
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授業ディレイ

ディレイってマイナスイメージな単語の割に右肩上がりに見える。

 時間的には一時間目の英語の授業。


「はい、ここで“I wonder if you cut me”という文がありますけどこれは、――はい遅刻常習犯〜出席簿にチェック、っと。……ぷくくっ、チェスのチェックと掛けてる。……ぷっ。チェックメイトも近いか……っ!」

「…………」


 いきなり笑いのジェネレーションギャップだった。

 僕こと四手(しで)統那(とうな)は学校の荷物検査が無くなって久しい六月のある日、見事に遅刻魔となっていた。

 それはいつもの理由ではなく(そう何度も荷物検査があってたまるか)、僕の幼馴染み(の、ような……)獅子島(ししじま)朱夏(あやか)のせいだった。


「寝坊して遅刻しました以後気をつけたいと思います」


 ということを今週だけで四回も言っている僕。

 あまりに無機質な応対なんだけど、正直な話、演技ではなく感情を抑えている部分もあった。

 欠席数は一応まだセーフなラインだけど、このままだと留年してしまいそうだ。

 机に向かう途中、歩きながら僕は前の席に座っている朱夏の顔を通り過ぎ様に見た。


「…………」


 よくもまあ、しれっとしてるよ。

 眠気の目の字も無いし。僕なんか目と民と气ぐらいまで行ってるのに……。

 僕はこの状況に少なからず、理不尽とか格差を感じずにはいられなかった。


(……ああもう、らしくない)


 それもこれも、毎日続く『特訓』のせいだった。

 夜十一時に公園に集まり(その前に家の前で合流しているんだけど)、そしていきなり二人で戦う。これだけ。一応、小規模な封陣を張ったり(僕がやっても失敗するので朱夏にやって貰ってる)と周囲への配慮だけはあるけど、正直、それ以外は身も蓋も無い。

 現在、全ての戦いで全敗。勿論僕が。

 だって――と言うと見苦しいだけなんだけど――互いに同じ様な身体能力で片やナイフ一本、片やいわゆる火炎放射器一丁。

 ナイフの射程は手の届く範囲(投げるという手段もあるけど、そうすると僕は手放しで大の字になって仰向けかうつ伏せになっている)、火炎放射の射程は十メートル以上、さらにそこから放射面が容赦なく広がる。

 はっきり言って僕に逃げ場は無い。弾切れでもない以上、僕に勝ちはない。

 朱夏の手加減と色採の回復力で黒焦げになるのは免れているけど、上半身は常に裸になる必要があった(いつかの八木(やぎ)と同じ理由で)。

 その僕の肉体について、


「意外と筋肉付いてるね」


 と朱夏は言うけど(この時僕は恥ずかしさを堪えて「み……見ないで」とボケた)、僕に言わせて貰えば体脂肪率は一応20%を超えないだけの太らずムキらずな感じの、中肉中背ってやつだ。一応特訓の成果として、日増しに力が付いているような感覚はあるけど、未だに片那(かたな)に腕相撲で勝ったことがないんだから、それは嘘だ(決して片那が馬鹿力という訳ではない)。

 まあ、特訓の成果が表れたとすれば、それと、あとは一つ発見があった、ということぐらいか。


 どうやら、僕は持つ刃物によって動きに違いが出るらしい。


 ナイフを持った状態を基本とすると、カッターナイフでは若干速くなり、軽くなる。体感程度ではあるけど。

 (はさみ)、包丁、日曜大工の道具から(のこぎり)……と、入手が簡単なやつを試してみたけど、鋏は動きは良くなったけど大きさと形状、強度からして実戦では使いづらくて(たとえマインドレンデルを出されても同じ事だ)、包丁はナイフに比べ、意外と重くて戦いに支障が出たし、鋸に至っては振る度に揺れるしなるの二拍子で思うように扱えなかった(材木は恐ろしいぐらいに伐れたけど)。さらに言えば後ろの二つは持ち運びが不便だ、という弊害もあった。

 以上の理由で、僕はナイフ(家にあった二代目)を使うのが最善、という結論になった。

 しかし、ここからが問題で、それ以上の前進や進歩が全く見えなくなったのだ。

 ちょっとずつ僕の動きにも経験らしきものは見えるようになったんだろうけど、一向に朱夏に近づける気配がしない。

 あれを避けるには、いわゆる『消えたように見える』足捌きが必要になるんだろうけど、朱夏の前では動きがバレバレ、すぐに捕捉される。あそこまでたどり着くのに一体どれだけの時間をかけるのか。少なくとも3分も走れなかったような人がフルマラソンを完走する、といった努力の範囲では収まらないだろう。

 あれはまだ人の範疇だ。……僕も人類の一員なんだろうけど、それはそれ、だ。

 こう考えてみると僕がいても無駄なんじゃ――――ぷすっ。


「てっ」


 着席っている(現在進行形)僕の後頭部に何かが刺さった。

 まさか教師のチョーク投げならぬ刃のブーメランか……という馬鹿な推測は捨てて、僕は刺さった何かを抜き(淡々と言ってるけど痛い!)、後ろを振り向く。

 後ろの不知火(しらぬい)筑紫(つくし)を牽制しつつ確認すると、刺さっていたのはなんと裁縫針だった。なんてこった。


「(……不知火てめえ何をする!)」

「(壷を突いてやったのさ!)」


 そんなこと言ったら皆がその言い訳使うだろうが! だから鍼師(はりし)は医者と同じく免許制なんだよ!

 ……僕は一体全体何を言っているんだ?


「(壷とかいらねえよ!)」

「(なにやら最近獅子島さんとアヤシイらしいから、その辺の妄想をしているんじゃないかと、煩悩を打ち消してみたのさ)」


 当たらずも遠からずな所が凄い!

 いやその前に、針で煩悩は消えないよな?


「(してねえ! というかものを考えるのは人として生まれた権利だろ!)」


 僕は便宜上嘘をついた。


「(ナトーのくせに生意気だ!)」

「(北大西洋条約機構のくせに生意気か!?)」


 僕は国家の枠を超えても生意気と断ぜられるのか!?

 NATOとTOUNA。

 滅茶苦茶無茶苦茶な繋がりだと思う。


「(バカめ! 納豆も知らないのか)」

「(カタカナ使っておきながらおまえは何を言う!?)」


 ……無理矢理だ。

 誤誘導(ミスディレクション)もいいところだ。


「(何を隠そう、あたしは初志貫徹で知られているのだ!)」

「(僕はおまえの言動が自由に動き回るところしか知らねえよ!)」


 それで僕が振り回されるのがパターン。


「(納豆!)」

「(あたかもそれが僕の名前であるように言っていることはあえて追求せずに言う。何だ!)」

「授業終わってるよ」

「……うわ」


 そして休み時間になってまたしても会話の途中で周りに置いてけぼりにされていたことに気付いた僕だった。

 これもパターン。


統那という名前が思いの外いじりやすくて驚いてるところです。


それと、連載を再開した途端にアクセスが跳ね上がって過去最高記録をマークしたのにビックリしました。ありがとうございます。

そしてそれ以前の過去最高が何故か三章を終えた直後、ではないのが作者の百八不思議の一つに数えられています。


ところで事物についての不思議は七つで十分なのかもしれませんが、個人の抱く不思議はどう考えてもそれを遥かに超えてしまっている、ということはつまり、我々人類はどれだけ他と被らない不思議を抱え込むかによって個性を確立しようとしているのでは、とは言ってみたものの、適当に言っている以上何の説得力もないんですよね。


こんな文章に感化されないように気をつけましょう、ということで無意味な後書き、もしくは遊びを終わります。

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