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灰色のバックソード  作者: Hegira
第一刀
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平和ルーティン

 獅子島朱夏について、僕の知っていることはと言えば、クラスメートで前の席、正義と言えるまでの道徳観念、他人との壁を必要以上に築いていること、少なくとも学校で分かることに関しては、本当にそれだけだった。

 あとは――――


****


 僕はあんなことがあった次の日、大胆に引きこもるわけにもいかず、学校で呼吸していた。

 心臓も鼓動している。トイレにも行くし購買のパンも食べる。真面目に授業も受けている。

 普段、色々と互いに面白そうだと思った事を話す、友人の麻倉(あさくら)打葉(うつは)は、今日は欠席している。

 あとは……、


「シデンのとーなん君、とーなん君とーなんくんとぉーなぁーんくぅーん。ほらほらそこの君だよナイフガイ」

「……僕はそんな変な名字じゃないし切れた異名も持っていない」


 っていうか何でそんなストライクゾーンを選ぶ?

 自他共に認める『つまらない人間』――少なくとも中学までは大半のイメージが悪く、近寄り難かったらしい僕――に話しかけてきたのは数少ない友達、不知火(しらぬい)筑紫(つくし)だった。

 ちなみに、僕との会話は、ほとんどが――打葉とのそれが面白そうだと思ったことを互いに意見交換みたいにして話し合うのに対し――僕達二人で面白くなるように掛け合いをするものだ。

 まあ、それにしたって周りが面白いかどうかは全く保証できないというか、むしろ何か謝罪とかで補償したくなる。

 そういえば、今みたいな僕の妙な言葉遣いは全くの外連味(けれんみ)であり、伊達や恰好付け、はったり、見栄だったりするので、見苦しくても、見逃してほしい。


「いや、偶然の書き損じ。そーして今日の遅刻にはドゥンな言い訳をもっているん?」

「書き損じでたまるか。……それにドゥンってどっかの通貨みたいだな」


 いや、『ゥ』がない通貨があるんだから当然か。

 ちなみに、僕は今日遅刻してきたのだ。敢えて原因を語るとすれば、校門前で例によって荷物検査があった。ほんのそれだけで僕は遅刻魔の業を背負う事になる。

 ……なんてかっこいいことを言っても、ただの不真面目な生徒であることに変わりはないけど。


「んー? シデン君元気ないね。キレが感じられないよ。いや、いつものことか。じゃあ……ほら、頑張ったらスカートめくってもいいよ」

「のっけから人を変態に仕立て上げるな!」


 僕はその程度の欲求も抑えられないようなやつとは違う! 多少はあるが!

 ……先が思いやられる。


「……え、そんなに見たいの? えっと、今誘ったあたしも悪いんだけど、そんな激しい突っ込みを入れられたらあたし困る――」


 じゃあどうしろって言うんだ。無視しろってか。


「公共の場でそんな振りをしたお前が悪いんだからな!」

「えっ、フリル?」

「そんな聞き間違えはない! それにウチの制服にそんなのは付いていない!」


 ちなみにこの学校の女子の制服はブレザーにプリーツスカート。普通の、というか地味の域だ。勿論男子の制服は殺伐としている。

 かっこよくもなく、かといって不満が出るデザインでもない。


「やだなあとーなん、そこは黙秘で行かなきゃ。盗聴している人がいたらこの会話って胸があるよ。夢ドキだよ?」

「夢と胸が入れ替わってる! 何で盗聴犯悶えさせる必要があるんだ!? そしてとーなん止めろ! 僕は東アジアから一歩も出たことはない!」


 何で東南(とーなん)って名前にしないといけないんだ。

 というか自爆していた。


「とーなん、今のはさすがに腹に据えかねた。今から東南アジアに謝れ!」


 透かさず揚げ足を取られた。

 というか僕の名前を各人の判断で勝手に国際問題にするな。


「お前が謝れ!」

「四手統那がいつもご迷惑おかけしています! すいませんでした完了!」

「ホントに謝った! ってそんな言い方しても過去完了形にはならないし意味が分からない!」


 おととい来やがれってか?


「おっ、いつもの調子に戻ったね。じゃあ今からトナーと名乗りなさい」

「何色の!?」


 僕はプリンターのインクなのか!?


「ペールオレンジ」

「そんなのあったな……」


 図工の時間に使った覚えがある。

 確か文句を言われる時期の丁度だったから、最初は『はだいろ』って言ってたけど……。




 と、そんな莫迦な会話をして、昼休みを過ごしていた。

 さて、件の朱夏――やはり目と髪は打ち終えた刀のように黒かった――は僕の前の席でいつも通り、一人で孤高というか、周りを拒絶してい(るように見え)て、前にいるせいか顔を見られる(可能)ことも、まして見られる(受身)ことも無かった。


 その微妙な距離感のせいで、僕はついぞ朝のことは聞けず仕舞いだった。

 一回だけすれ違うようなタイミングでこちらに視線を向けたような気もしたが、それだけで見られたと感じるのは自意識過剰もいいとこだろうと、それきり無闇な思考を打ち切った。


****


 そしてそのまま何事もなく、当然の如く帰宅部の僕は学校から直帰した。

 義理の妹……嘘。居候の飛びかかりをひらりと躱し、そのまま二階の自分の部屋へと駆け込んだ。


「今日は何もなかった、か……」


 扉に鍵をかけ、そのまま背中を扉に押しつけるように座り込んで一段落。

 遊びたい盛りらしいいもう……居候の気配が遠ざかったことを確認し、ようやく着替えることが出来た。

 そして、普通のスタンド(普通でないスタンドなんて知らないが)以外何も乗っていない机の上に、ブレザーに納めていたナイフをズボンのポケットに入れ直し、引き出しに仕舞っていたゲームを取り出してベッドに寝転がって遊んでいたときだった。

 窓が鈍い音を二回鳴らした……という表現は当前、いや当然ながら不適切で、外で誰かが窓を叩いていた。

 ……確かに僕の部屋の外にはベランダがあってそこに立つことは出来るんだけど、


 僕は、寝ながら息を吸い、


「どっから入った!?」


 飛び跳ね起きた。

 跳ね起きるの上級。


「…………」


 黙って僕を見ていた。

 そこには、獅子島朱夏がいた。

 僕は一旦、精神を落ち着ける。


「びっくりするなあ……」


 僕が気づいたのを確認すると、再び窓を叩いた。

 その表情は、少なくとも笑顔ではなく、さらに言えば友好的でもなかった。


「まあ、当たり前と言えば、当たり前か……」


 相当、時間があったからな……。


 打葉、または筑紫とのペアでやっているモンハンをスリープさせて、僕はベランダの窓を開けた。


「ふーん、片付いているんだ」


 単に『思い出』と呼べるものを全て捨てるなり売るなりしてしまっただけで、物が極端に無いだけなのだが。


「え、っと……どうして――」


 どうして、二階のベランダにたどり着いたのか、どうして、ここに来たのか、それぞれを聞こうとしたところで、


「おにぃ、隙ありー! って……」


 い……そうろう(無理矢理に言い直す僕)、の桐那(きりな)片那(かたな)がノックしながら入ってきた。


「あ……」

「おにぃ……」

「…………」


 信じられないかもしれないが、僕はこの時三通りのこの状況を切り抜ける手段を考えていた。

 ……案外普通か。

 だが、それを実行する時間が無かった。


「あのな片那、これはだな……」

「おぉ――――かぁーさーん!」


 気づいたときにはドップラー効果が出るほどのダッシュで『お』の発音が引き伸ばされていた。


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