終章アピアラー
突然、だったのか?
きっかけは、あったのか?
朱夏との、帰り道。
結局、収穫らしい収穫と言えば、新しい登場人物が二人増えたことか。
「これからのことを考えなきゃ」
きっぱりと朱夏は言った。
「これから、というと?」
「私達は、もっと強くならないといけない。そんな気がする」
今でも十分強いと思うんだけど……まあ、実際のところ、八木との戦いでは実質朱夏はダメージを与えられていないし、そう感じるのも無理はないのか。
だからと言って、僕が余裕でいる訳ではない。
今までが単に相性が良かっただけの話だということぐらいは気付いている。
多分、相性ぐらいで左右される様では、ダメなのだろう。
窓枠ちゃんにも言われたし。
「強くなる……って言ってもどうするんだ? 当てとかはあるのか?」
朱夏は曖昧な表情をして「さあ?」と言った。
「私はそんな確実っていう意味でずるい方法とかは知らないし、都合のいい師匠みたいな存在もいないから、闇雲に試行錯誤していくつもりだけど」
「それって大丈夫なのかなあ……」
「時間がないってこともないし、大丈夫でしょ」
獅子島朱夏はストイックだった。
まあ、道徳的な正義の人が楽な方法を探すこともないか。
それよりも僕の心配している事柄は、
「それを僕に話すということは、その……訓練? に僕が協力するってこと?」
「そうね」
さらりと決定。僕の意見は無い、と。いやまあ断る道理も無いんだけど。
それにしても朱夏のこういう勝手さといい受け答えの間のなさといい、そういった僕に対しての遠慮の無さというものは果たして、親しさの表れなのか僕のことを露ほどにも思っていない証拠なのか、僕は考えないことにした。
「とりあえず今夜あたりどこかに集合しようかと思うんだけど、どこかにいい場所知らない?」
「うーんそうだなあこの辺って小学校中学校住宅地って土地柄のせいか公園が若者の溜まり場として機能してないからそこを使うのがいいのかな――っていきなり今夜?」
今夜という単語が引っかかったせいか、僕は棒読みで返事をしていた。空元気というか、元気が空になっていた。
「じゃあ今日は休むの?」
いやまあ、行動は速い方がいいのはわかっているんだけど……あー、なるほど。
自分に厳しい、か。
そういう真面目は僕は嫌いじゃない。
いや、嫌ってもしょうがないんだけど。
にしても、そういう風に言われると断る理由が思いつかないから世の中不思議だ。
「いや、やっぱり善は急げって言うし、今日からやろう」
「だったら、そうね……今夜の十一時集合で」
……こうなると、深夜番組は録画かなあ……あ、家族にバレる。どうしようか……。
「わかった。それで行こう」
僕がそう言った瞬間。
あっさりと、どっぷりと。
目を疑うように短い間隔で、身近な感覚の封陣が、僕の肝を消し、そして消えた。
白線と黒影で、視界が埋め尽くされ、
生き物の居ないが故の死のない世界。
現実的でない現実。
嘘みたいで嘘じゃない。
災害の通り過ぎた後、跡のように僕は、憮然としていた。
「……統那!」
「あ、ああ。……どうする?」
ぴしゃりと言葉を打たれ、僕は我に返った。
「今から行っても、どうせわからないから行かないけど、もう悠長に構えてはいられなくなったかも」
窓枠ちゃんや轟さん、打葉のいたずら、という可能性は端から考えていないのだろう……いやまあ僕が普通に考えてもこの三人にそういった側面があるとは思えないし、何より封陣の威圧感――なんて言葉で表現してしまっていいのかわからないけど――が今までのとは違った。
「だったらなおのこと、急がないとな……」
「そうね」
「……あれ?」
ここで僕は一つのことに思い至った。
「どうしたの?」
「いや……同じ色採なんだし、打葉も誘ったり――っぷぁっ!?」
朱夏のぐーぱんちが頬にクリーンヒット!
一瞬だけど首が半回転しそうだった!
……な、何? 何!?
もしかしてぼ、僕の幻覚だったか!?
「どうしたの?」
おお、同じ台詞。ということは時間が戻ったんだな(統那くんは物理的ではない衝撃で混乱しているみたいです)。
よし、もう一度……
「同じ色採なんだしう――ずへぇい!?」
そ、双骨!?
鳩尾と腹部に両手のぐーぱんちがクリティカルヒット!
というか僕のリアクションボイス、気持ち悪い(だからといって『あべし』を使う気にはどうしてもなれないのだけど)……。
「どうしたの?」
エンドレスエンプレスとでも形容できそうな無茶苦茶だった。
「……も、もういいです朱夏サン」
これ以上は僕が保たない……。次はどこをやられるかわかったもんじゃない。
****
――以下は四手統那の与り知らぬ話であるので、三人称で書かれています――
跡路市のまた別のどこか。
周囲に何者の気配も無い、ビルの屋上。
突然、人の腰の高さに中心を置いた円周上に冥い球が幾つも現れた。それらはどこまでも光を出さない球体だが、いつしかまるで閉じこめられていたかのように白い淡雪のような光点がそれぞれの中心から吹き出しては消える。それらの僅かな明かりを漏らす冥い質量が廻りながら、中心に揃って幾筋の尾を引き、重なり合う。
闇夜の星空のような景色を宿した穴がいつの間にか、人をすっぽり覆う程に広がり、穴の奥行きも伺い知れないその空間から朧な人影が穴を抜け出て、いつしか確かな形を持ってその容貌を現実のものにしていた。
その瞬間だけ、副作用として封陣が現れるのだが、これを防ぐ手立ては現時点では見つかっていない。
周囲を油断なく警戒、気配を探る。
「…………」
現れてすぐに見つかり、最悪襲撃されるというリスクは、どうやら避けられたらしい。
現れた人影は封陣――本人がそう呼んでいるかは定かではないが――を解除し、サングラス越しに夕焼けの光を正面に浴びて目を細め、それをうんざりだとばかりに、くるりと背を向けた。
その顔立ちはおじさん(いわゆる、おっさんではない)と大体が評を下すくらいの、渋さと頼り甲斐のある顔(だと、本人は思いたくない)。背は日本人にしてはやけに高いが、そのオールバックの髪の黒さと和装がやはり、日本人というイメージを真っ先に抱かせる。ただ、和服の上にさらにベージュの、サラリーマンがよく着るオーバーコートを着ているせいで季節感の外れた印象、さらに言えば和服も常識からすれば目立つ類の格好ではあるが……それらが男に対して異様なものを感じさせる。
しかし、それ以上にその壮年の放つ尋常ならざる威圧、覇気が普通の人には関わろうとはとても思わせない様な何かを持っていた。
その声は、軽薄さを『装うように』、落ち着いていた。
「さて、到着したは良いものの、どうしようかねぇ」
言うや否や、男の懐で振動がした。取り出したのは、90年代の携帯……二つ折りでもなく、画面も小さく、カラーすら縁遠いものだった。少なくともサイレントモードなるものは持っていない。
その携帯は、『こちら』とは通じない代物だという一点さえ除けば、何も異質は無い。
携帯が、震え続ける。
男は悩み、しかし無視するわけにもいかず、出る。
「はいはいもしもし……はいはい着いてますって……いいえ、何も聞かされていないので全く存じ……あれ? そうでしたっけ? ……ああそうでしたそうでした。誘拐でしたね……いやあそんなことはないですってスカウトですよねスカウト……はいはい、はいはい。そんじゃ、失礼」
…………………………はあ、と溜め息をつき、携帯を仕舞う。
「いつまで経っても慣れないもんは慣れんねぇ」
男は、標的を探すべく、行動を始める。
とりあえず、肩透かしの第三章、終了です。
伏線張りまくり、バトル成分ゼロ(もしや恋愛成分もゼロ?)の第三章です。回収し切るとこの物語は終わります。それぐらいに詰め込みました。
カタカナの部分は『~する人』でほぼ統一してみたり、本来そういう目的のものではないのに前書きを使ってみたりとそっち方面でもトリッキーな構成でした。
次回からは全て戦闘要素を含むはずですのでその辺はご安心を。というより今回の話の構成にご容赦を、でしょうか。
ところで、もしかしたらこの小説が自分の十代最後の小説になるかと思うと、何か「おおお……」と来るものがあります。もう一年もしない内に二十歳……その頃にはもう少し幼稚さが取れていることを祈ります。いや、その前に単位ですね。大事ですよ、単位(昨年度いくつか落とした)。
最後に、こんな勝手な更新ペースにもかかわらず見てくださっている読者の皆様に感謝して、後書きを終わります。
P.S.何かオススメの小説(とにかく面白い! という方向で)、あります? 媒体は問いません。問えません。