引摺バーナー
危なくない、火はない。
状況は変わらず下校の途中。
「統那。何でさっさと帰ったの」
朱夏サンはとても事務的な口調でそう言った。
「えっ、いつも別々に帰ってなかったっけ?」
それは駅のない方角に二人一緒に歩いていったら絶対誰かに勘ぐられるだろうと思ってのことだった。別に付き合っているわけでもないし(付き合いたくないわけではないぜ)。
……しつこいようだが、火はあるが(別の意味で)、あえて煙を立たせることもないだろう。
というかそんな振る舞いを見せたら僕は業火に焼かれることになりそう。
「だから、今日は用事があるって言ったでしょ」
「……あれ?」
そんなのあったっけ……全然思い出せない。
「なあなあ、俺も混ぜてくれよ」
「なあなあで物事を進めようとするな」
さらに菊池が僕達の服装と比べて浮きまくり目立ちまくりにも関わらず関わろうとしてきた。
……まあ、僕はどっちでも構わないんだけど、とりあえずの流れで適当にコントでもやってみようかなと思った。
「ああそうだ、そっちの君にも聞いておきたいんだけど、尾上――」
「私は知らない勝手にすればどうでもいい興味ない」
……朱夏サンは何がしたいのだろうか? というか対応が初対面に対するものじゃない。
人の心、を精神的に傷つけるのはあなたの道徳的正義に反しないのか?
まあ、簡単に取り返しのつく範囲ならいいのか……?
「なあなあ、泣いていい?」
「だからなあなあで物事を進めようとするな」
ホント、お互い初対面なのにノリがいいな……。
馴染み過ぎだろ。
「ああもうなんかめんどい……! とにかく一旦家に帰るよ。話はそれから」
結果的に意味もなく立ち往生していた僕を朱夏はおよそ女子とは思えない腕力で(色採だとは思えるけど)僕を引っ掴み引っ張って引き摺った。
そうなると被害を食らうのは、マイ制服。つまり……マイ・ユニフォォォォォォォオオオオオオオム!
ここまできたらこだわってやる(何かのスイッチオン)!
「待って引き摺るのはわかったからせめてケツを接地させるのは止めさせて! また母さんに迷惑がかかる!」
「じゃあ背筋ピーン! すれば?」
「僕はランドセルか何かを背負ってるのか!?」
背筋ピーンって! 元体操のおにいさんか……っと、このネタ風化激しいんだろうな。すでにピンとこない人がいそうだし……。
「ランドセル? じゃあそうすれば?」
「だから何でちょっとサディスティック!?」
『ランドセルする』っていう動詞を僕は知らないのにそれを要求された(突っ込み所はそこではない)!? なんて鬼なんだ!
「本当ならサッカーするつもりなんだけど」
「ごめんなさい甘く見ていました」
『サッカーする』っていう動詞を僕は知らないのにどう考えても自分が蹴られる画しか浮かばない強烈さがあった。なんて鬼なんだ。
そして僕が謝るのと同時、朱夏は引き摺りを再開した。
……それにしてもどうやら、朱夏はドS、略さず言えばドサディストだった(略した人はこの語感の悪さに気付いていたのだろうか……どうでもいいか)……何だこの設定。……冗談だよな?
……ゴホン。
きっと一時的な風向きだ。きっと。
とにかく、僕は涙ぐましい服の補修を避けるために、なんとか直立姿勢を保った。気合いで。
僕が用意できたのを見るや否や、朱夏は誰にも止められない勢いで(決して速いわけではなかったが)すたすたとその場から離れるように僕を引っ張った。
僕は制服の背中を引っ張られながら、後ろを向いて菊池に見送られた。
「わー、菊池が所在なさげに手を振ってる〜」
引き摺られながらちょっとした客観的視点、現実逃避に走った僕。
というか引き摺られて、これ以上何をしろと?
そもそも引き摺られる意味が自分でもわからない。
……うーん、何でだ?
「そう言えば、あの怪しい人と何話してたの?」
角を折れ曲がり、見えなくなってから朱夏がそんなことを聞いてきた。
……菊池、おまえ朱夏(=健全な女子高生)から見て怪しい人だってさ。
「日本語」
「あっそう」
僕が(古典的に)そんなことを言ったもんだから、朱夏はなんと手を離してしまった。
ぱっ、どさっ。
ごちーん。
「痛っ!」
捨てられた。しかも直前まで斜めに引っ張られていたのに何故か頭から落ちた。多分『ぱっ』の前に足が上になるように振り上げられたんだと思う。なんか僕、鞭のようにしなってたし。
ということは……まさかボケが裏目に出た!?
どういうこってすたい!?
そんな感じに混乱している僕に、朱夏が手を差し伸べた。
「はい」
「あ、ありがとう?」
捨てられておきながら感謝も変だな……と思いつつもおとなしく背中を掴まれている僕。もう歩いた方がいいんじゃないのか? とは思っているんだけどなかなかこれが止められない。
しかし、
一瞬持ち上がり、
ぱっ、どさっ。
ずきーん。
二度目は刺すような痛みだった。と思ったら砂利に頭を打っていた。
「痛ぁっ!?」
「あ、ごめん」
それで済めばまだ良かったんだけどさらに朱夏は、
「うわああ待って置いてかないで! 意外と頭がふらふらしてきた……っとっぱあ!? 側溝に落ちかけた! やばいやばい! 末期! 末期!」
朱夏サンここで置き去りとかどんなチャイルドエラー……ゴホン。いやさサディスト、ドサディスト!
そして一頻り喚いた後、倒れながら僕は突発的に感傷的になった。
……今日の僕はぐるぐる回ります。
ああ……僕の人生ってプチ酷い。
初っ端から殺されかけて、また殺されかけて、見た目小学生の子と知り合って、久しぶりに朱夏と話して、バトって、ここで殺人罪を犯し(あの時跡形もなく消えた八木はその後行方不明ということになっているらしい)、打葉と揉め事を起こして、十数回爆発に巻き込まれて、切り合いになって……
…………うん、プチどころじゃなく十分に酷かった。
なんというか、思い返すとかなり精神的に痛かった。
もう起き上がりたくない。気力を振り絞って追いかけるのも一苦労の様に思われる。
……単に怠けっぽくなっているだけ、と言ってしまうとここで僕の株は大暴落なんだけど、実際そうかもしれないからしょうがない。
割を食うのは僕だけだ。僕の株なんて誰も買っちゃいない。
……ゴホン。
どのぐらい時間が経ったか数えてないけど、僕は今までの気持ちの整理をつけて、起き上がった。
そして僕は追いかけて――と、結果的にはちょっと離れたところで朱夏は待ってくれていたので、そこで話を再開した。
「ホントのところは……日本語も本当だけど、まあちょっと者を尋ねられただけで、あとは適当なお話だったよ」
「ふーん……本当にどうでもよかったんだ」
さらに菊池が可哀想になった。
……おまえ、怪しい上にどうでもいいんだって。
それでも僕ほどぞんざいに扱われることもないだろうけど。
「それはそうとそっちこそ、用事って何だ?」
この獅子島朱夏という人がデートって柄じゃないのはこの僕自身がよく知っている。
期待せずのほほんと構えていた僕に対して、朱夏はまた事務的な口調で言った。
「今日、川井窓枠に会いに行く」
これにはまあ、普通に驚いた。
今回の様に、この小説のサブタイトルは送り仮名を意図的に削除する傾向があるので漢字テストの時等、これを正解と思い込まない様に注意しましょう。
ちなみにここの背景色は朱色らしいです。
参考サイト『原色大辞典』(http://www.colordic.org/)
ここのこういう色彩がわかんねえよ、という方はどうぞ。
同時に作者の底も知ることになるかもしれませんが。
タグは付け方を知らないので……というかタグって何ですか?