探求フォーラーアウター
落ちて、外れる。
帰り道、ある人に出会った。
そいつは歩きながら左右をきょろきょろと見ながら、なにかを探すようにしていた。
そいつは男で、背は僕よりはきっと高い。顔の作り、体格は共に無駄の無い――無さ過ぎる――細さだったが、しかし表情には逼迫や追い詰められた感じ、飢餓の苦しみといったものが全く見えないから、その細さは体質なのかもしれない。
枯れているようにも、朽ちているようにも見えるのに、活きている。そんな妙な第一印象だった。
それは生まれてすぐに古木になったような、年輪のない縄文杉のような奇妙さだった。
ちなみに、第一と言うからには、この場合、第零印象もある。それは――――
「……?」
そいつはあべこべな格好をしていた。何があべこべなのかというと、僕と同年代の顔立ちなのに(その枯れたような顔が潤ったら、という前提でものを見ればそう見える)社会人の着るようなスーツを、ボタンは留めずネクタイは巻かずシャツはしまわずズボンに限らず裾は破れたり裂けたりのボロボロ、といった感じの着崩した……違う、着古したスタイルを着こなしていた。髪はボサボサ……といっても八木のワイルドとは違い、美容師がバックに控えている様な整った感じはするけど、まあ、お母さんによるカットを崩した髪型(僕のことだ)よりはマシだと言える。……なんだこの下から目線。
もっとも、そいつの容姿で一番の個性を見出せる異容……漢字ミスった。うわぁ。……異様な点はネクタイの代わりのようにペンダント……ではなく黒いシンプルな眼帯を首にぶら下げているというところだった。両目とも見たところ健在で正常のようだし、ただのファッションとするなら眼に付けとく方がいいと僕は思うんだけど、そこまで追求するほど、『通りすがり』という関係は近くないだろう。……眼帯というとまた話が伊達正宗に走りそうだからここで止めて、他の描写に戻る。
そいつはもちろん僕の近所にいるおかしい住人、ということではない。正真正銘のしょー、初対面だ。
……ショータイムとか言いたくなる自分に、幸あれ……と、この時僕が意図している『幸』は手枷の意味だ。自分で自分を罰したくなったということだ。
……ゴホン。
結局逸れてるし。
『もっとも』、問題だったのはこの人物の印象と言うよりもむしろ、これらの情報を『瞬きする前』に処理仕切っていた僕の頭だ。……こんなところで何でボールが止まって見える現象が起こってるんだ。
案の定というか、展開からして当然というか、そいつは僕の存在を『確認』すると、話しかけてきた。
「よう、何をさっきから金玉くり貫いて見てんだ?」
「言い間違いにしては元の台詞もおそろしく酷いな!」
きっと『めんたま』と言いたかったに違いないが、それにしてもくり貫きはしない。
くりぬくって……死ぬって!
「まあまあ、俺の質問に答えろよ」
「前から歩いてきた初っ端からグロいネタを扱ってくる枯れ木が服も枯らしたような人を見ていました以上終了僕は帰る」
ドライな僕。
ドライの時間ですよ。
上手いこと『ドライ』と『枯れる』が被っているよ。
「まさしく俺という存在のことじゃねえか。ところでついでにちょっと『者』を尋ねるぞ」
「既に僕の了解は取るつもりは無い、と」
どうやらきょろきょろしていたのは人探しをしていたらしいということはわかった。
「尾上蔵波、筒井羽織、戸井竹美嘉、この三人に覚えはないか?」
どれも、僕の聞いたことのない名前だった。
「知らないな。知り合いなのか?」
「知り合いじゃない。だけど知っている」
……なんだかよくわからない方向に話が進んでいるようだ。ヨーダ。
小ボケ。
……ゴホン。
とはいえ人脈のない僕のことだから、もしかしたらすぐ近くにいるのかもしれない、という可能性は拭えないけど。
「まあ、質問に答えてくれてありがとよ。お礼と言っちゃ何だけどよ、俺の名字と、俺の知っているとある三人のお話をお聞かせしてやろう」
「じゃあ拝聴してやろう」
この手の手合いの話は適当に聞いておいてサヨウナラ、に限るので、そうする。
もう逃げるのは諦めている。
「俺の名字は菊池。名前はまだない……しょだ」
「我が輩は猫であるみたいな小ボケはいらねえ!」
とても僕の口から出たとは思えない台詞だった。
「さて、お話だ――あ、結構真面目に語るぜ?」
「わかったから」
「そんじゃあいくぞ――
あるところに二人、人がいました。
そもそもいることには問題はなかったのですが、それは不自然な出来事となりました。
誰でもない意志――つまり考えうる限りの大多数に味方しない存在――が働きました。
不自然は消えるのが自然です。
このままではどちらかが消えるでしょう。
誰でもない意志は、今度は事態に輪をかけるために偶然に偶然を重ねて働きました。
そのために、もう一人が現れました。
もう一人は、存在を左右された以上、これ以上誰でもない意志に左右されません。
そして不自然が自然になりました。
その結果、釣り合いがとれました。
一時的な、保険のような釣り合い。
じゃんけんのあいこのような釣り合い。
それをなんとかしてどうにかして言葉で表すと、こうです。
彼、彼女、それの三人。
それぞれが相関関係にある、二等辺三角関係。
最初に彼は彼女を理解し、
しかし彼はそれを知らず、
いつも彼はそれを畏怖する。
突然に彼女はそれを知覚し、
しかし彼女はそれを知らず、
結局は彼女は彼を容赦する。
途中からそれは二人を熟知し、
すぐさまそれは二人を手伝い、
最終的にそれは二人に知られる。
どちらかが崩れた時、不自然な自然が崩れ、最後に一人生き残る。
それでようやく、釣り合いがとれるのです。
彼女が崩れると彼が生き残り、
彼が崩れると彼女が生き残り、
それが崩れると、二人共々崩れる。
まだ、結果は出ていません。これは今起こっていることなのです。
――とまあ、こんなところだ」
「…………」
態度とは裏腹に、意外と深そうに聞こえるお話だった。
二等辺三角関係とか、どこかで使われたような言葉はあったけど。
この話が、まさかさっき言っていた三人――尾上蔵波、筒井羽織、戸井竹美嘉――に繋がっているのか? ということは、筒井羽織(多分女?)か、戸井竹美嘉(こっちは女だろう)というのが『彼女』で、尾上蔵波(多分、男だろう)というのが『彼』、余りが『それ』、ということ……なのか?
その三人を探しているというこの菊池というやつは一体――
「うん、俺の思い付きも捨てたもんじゃないな」
「思い付きかよ!」
ちっくしょう!
黙って真面目に聞いた僕が莫迦だった! 馬鹿だった! バカだった!
「おっとそれ以上詮索するなよ? 作品が汚れるだろ」
「三人の内二人以上が死ぬ物語のどこが綺麗なのか教えて貰おうか」
自慢じゃないけど僕はキレイという漢字を空で書ける。
いやまあ、それはともかく、ここで状況はまた変わった。
とはいってもバトルパートなんかには全然突入しなくて、
「統那、何でさっさと帰ったの」
僕の、まあ、ある意味天使・獅子島朱夏が僕の後ろの方から現れた。
あくまでこの人間性での『真面目』なので、あまり言葉に信憑性(これってもしかして宗教的な単語?)は……。